1-10 とある朝
レイナと二人で黒猫亭に帰ってきた翌日の早朝_____日が昇り始めたあたりで自然と目が覚める。
「んっ……さて、今日は面倒なことを終わらせないとな……」
あれは、昨晩の事______
ーー
「倉庫を貸して欲しい、ですか?」
それは、お風呂上がりに3人で少し休憩をしている時に私が持ち出した要望。少し急だったからか、ミラは少し驚いたような顔を見せた。
「うん。実は私のアイテムボックスがそろそろ容量いっぱいになっちゃってね……整理するために明日場所を借りられないかな、って」
理由を聞いたミラは、ほうほうと頷く。それから少し考えた後に言った。
「そういうことならわかりました!大丈夫ですよ!」
「本当?ありがと__」
「ただし!」
「?」
私が礼を言おうとした言葉を遮り、ミラが口を開く。
「私とレイナちゃんもそれに参加させるのが条件です!」
「ふぇ、私もですか?」
「な、なんで……?整理するのにかなり時間がかかると思うから私だけでやろうとしてたんだけど……」
思わぬ提案に私は少し混乱する。膝の上でクーラーミルクを飲んでいたレイナは急な話だったからか横にしていた耳をピンと伸ばした。量も多いし買取に出してない魔物の死体も入ってるから、2人が見ても楽しかったりするものじゃないと思うんだけど……
「そこです」
「?」
不意に、ミラの目がスッと私の瞳を見据えた。深い緑と黒の混ざった瞳は、まるで私の奥底を覗いているかのような……そんな感覚に襲われる。
「カヤさんはさっきかなり時間がかかる、と言いましたが……冒険者さんなら、それこそ魔物の死体とか素材とか、かなりの量を溜め込んでるんじゃないですか?」
その言葉に思わずドキッとしてしまう。私はそこそこ魔物を狩るタイプの冒険者なので、当然ギルドなんかに魔物の解体を依頼するわけだが……移動馬車の関係や依頼の都合で時間が足りず解体出来ずそのまま受け取った魔物も多々ある。そんなわけで、私のアイテムボックスを圧迫する原因の大体を担っているのは魔物の死体と素材だった。
「……図星みたいですね。そんな量1人でやったって1日で終わるわけないでしょ!」
「な、なんとか終わらせるから大丈夫大丈夫……」
「カヤさん、魔力ランクはおいくつですか?」
「……Bです」
「ダメです!絶対1人じゃ終わりません!」
「ぐっ……」
ぷんぷん、といった雰囲気で軽く怒った様なミラに思わず言葉が詰まる。
「これは《黒猫亭のミラ》としての理由です。あの倉庫は私の持ち物でもありますから、カヤさんがアイテムボックスを整理する時に魔物の死体を並べる等するのは大丈夫なんですが……最終的に倉庫の中に魔物の血液やら何やらを残したくないので時間をあまりかけてほしくないんです。倉庫の中には保管してる食材だってありますから」
「ご、ごもっともです……」
ぐうの音も出ない正論とはこの事だ……ミラの真っ当な言い分に、私は何一つ言い返せず撃沈する。
「それともう一つ……これは私としての理由になりますけど、私が魔物の素材とかを見てみたいからですね。私はまだ子供なのでフィズダムより外に出た事が数えるくらいしかありませんから」
「なるほど……」
「私の条件の理由、わかってもらえましたか?」
そう問いかけてきたミラに対し、一つだけ疑問が浮かぶ。
「レイナも…もしかして気になる?」
膝に乗せたレイナに聞いてみる。すると少し耳をパタパタさせながらも、話してくれた。
「ゎ、わたし……は、その……カヤさんの…役に立てるなら、お手伝いしたい……です」
「……そっか」
「それにその……色々な物、わたしも興味がある……から」
……もしかしたら、ミラには全てお見通しだったりするのだろうか?
「分かった、ミラとレイナにも手伝ってもらってもいい?」
改めて聞くと、ミラとレイナは揃って頷いた。
「じゃあ明日の早朝にでも始めよっか。早いほうが何かといいと思うから」
「はい、楽しみにしてますね!」
「わたしもワクワクします……!」
ーー
と、言う事で……今日は朝から私のアイテムボックスの整理をすることになった。軽く背伸びをしてベッドから起き上がると、隣で寝ていたレイナも目が覚めたらしい。
「お、おはようございます……カヤさん」
「おはようレイナ、よく眠れた?」
「は、はい!ぐっすりでした!」
「それは良かったよ」
どうやらレイナは寝覚めがいいらしく、割と受け答えもはっきり出来ている……と思っていたのだが。
「顔を洗ってきます!」
「え?そっちは食ど……」
「ふぇぁっ!?み"ゃ"っ!」
顔を洗うと言って部屋を出た後、なぜか反対方向にある一階に降りる階段を踏み外して盛大に転げ落ちた。
「だ、大丈夫!?」
「わわ、なんですか大丈夫ですか!?」
食堂に居たミラも心配そうな顔をして現れ、きゅー……と小さく声を漏らすレイナに駆け寄る。
「しゅ、しゅみません……!まだ少し寝ぼけてたみたいです……」
「怪我はなさそうで良かったよ……」
「私一応回復魔法がちょっと使えるから、どこか痛む様なら言ってね?」
「カヤさんもミラちゃんもありがとうございます……」
プルプルと顔を振るった後にしょんぼりしていたレイナは特に怪我をした様子もなく、私とミラはホッとする。しかし……うん、色々と先が心配だ。
ーー
「ここがうちの倉庫です。特殊な魔道具のおかげで、こう見えて中はとっても広いんですよ!」
「特殊な魔道具……どのくらい広いの?」
「そうですね……黒猫亭が10軒は入るかな?」
「10……!?」
「えぇっと……あ、でも細かく測った事はないので実際どの程度かは私も知らないんですよね」
驚いた私にミラはそう付け加えるが、その言葉で余計にその魔道具の異質さが際立った。
(黒猫亭が10軒入るサイズと仮定して、ただの物置小屋サイズの空間をどこまで拡張してるんだ……?)
空間拡張の魔道具自体は、高価ではあるがそこそこ見かける。しかし大体は空間を広げても2倍程度のものがほとんどで、5倍以上の物になれば白金貨何十枚という価値が付く。
(ひょっとして……ミラってかなりのお金持ちだったりするのかな)
別に無理に聞きたいわけでもないが……ともすれば私の知る中でもかなり上位の魔道具なだけあって、頭の隅っこで邪推してしまう。
「?」
まぁ、この子は賢いしちゃんとしてるけど、悪どい商人な感じは全然しないし……何か事情があるんだろう。そう思考を切り上げて、私たちは倉庫に足を踏み入れた。
ーー
「おぉ……」
「ほぁぁ……!」
倉庫の中に足を踏み入れると、私とレイナは思わず声を漏らした。見渡しても果ての見えない真っ白な空間には、食材や家具、それからおそらくミラの私物と思える物が場所ごとに分けられて置かれていた。
「自慢の倉庫ですよ。食べ物も腐らないし、すごく広いし」
「そりゃこんだけあったらね……」
想像異常のサイズに驚いていると、ミラが自慢げにそう教えてくれる。
「……ん?食べ物が腐らないってどういうこと?」
「あ、そう思いますよね……実はこの空間時間が止まってるんです。聞いた話でしかないので仕組みは全く分かりませんが……」
「時空間の操作……この範囲を……?」
どこまで馬鹿げているんだこの魔道具は。自分の目で見て分かったが、これは黒猫亭10軒程度の広さじゃない。目で見て果てが視認出来ないのは、無尽蔵に空間を拡張出来るごく一握りの魔道具だけだと、昔師匠から聞いたことがある。聖遺物……いや、古代遺物と言われた方が納得できる。
「ミ、ミラちゃん、これってどこかで買ったの?」
気になったのか、レイナがミラに尋ねる。確かに私も気になる。
「あの魔道具は……えっと、昔使ってた人が譲ってくれたんです。この《黒猫亭》を継ぐことを条件に、という事で……私もアレがものすごい値が付く魔道具なのは薄々分かってるので……その、これがある事はあまり他の人には漏らさないでいただけると……」
「もちろん言わないよ。ミラにはこの街に来てからお世話になってるし、恩人に対してそんなことするつもりはないよ」
「私も……と、ともだちの秘密はちゃんと守るよ!」
「!カヤさんレイナちゃん、ありがとうございます」
微笑ましい光景を見てほっこりしながら、ふぅと一息付いて口を開く。
「……さて、始めようか」
大掃除の始まりである。
・空間拡張の魔道具
大きな六角形の球体が浮かんだ地球儀のような形をしている設置型の大型魔道具。部屋の内部の空間を1.5〜2倍ほどに広げる低レベルのものであればそこそこ流通しており、それでもそこそこ値が張るため冒険者ギルドの解体場や商人ギルドの倉庫、他には一部貴族が個人で所有していたりする。ランクが高いものは部屋の広さを3倍4倍に出来るものがあり、これは主に国の主要都市などが所有していることがほとんど。
ごく一握りの最高レベルの空間拡張の魔道具は、魔力を注げば注ぐほど空間を無尽蔵に拡張出来る。定期的に魔力を貯める必要はあるが、理論上無限に空間を広げられる。
・魔力ランク
冒険者ギルドで測ることができる、個人の魔力総量をランク付けしたもの。一般の人は大体Fランク、冒険者はE〜Cランクが多い。魔力ランクBは冒険者の総数の20%ほど、Aランクは冒険者の総数は5%ほどになる。魔力ランクがD以上だと冒険者登録の際に魔法使いとして登録出来たりする。
アイテムボックスは本人の魔力総量で許容量がかなり変動するため、回想の時にミラがカヤに魔力ランクを聞いてから怒ったのはそれが理由。