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第二幕ー参

 そこからさらに三日かけて、ようやくニルウェルに到着した。

 外から見る限り、城壁が崩れたりといった違和感は見当たらない。門扉も解放され、行商人たちが通行手形を見せて中に入っていく。

「あれ? 普通?」

 馬上でクレアの後ろに掴まっているアリシアが首をかしげた。

「みたいだけど……油断は禁物ね」

 そう言ったクレアの指示の下、三人は馬から降りて歩き出す。数刻のうちに城門まで辿り着き、手続きをおこなう。

「ヒューリッツから参りました特異班です。ダグラス市長への取次ぎを願います」

 クレアがそう告げると、門番たちの顔が一様に強張った。

「は、はい、少々お待ちください」

 そう言ってばたばたと騒がしくなる。

「みんな待ってたのかな?」

 アリシアが小声で訊ねる。

「いや、それにしては雰囲気が尋常ではなかった」

 刀の姿のまま儂は応える。

 あれは応援の到着に安堵しているようには見えなかった。恐ろしいことが起きる。そしてそれが自分の身に降りかからないように祈るような。

 帝都でこの話を聞いた時からまとわりついている違和感が大きくなってくる。

 なんだ? 一体何が起こっているんだ?

「今日、ここに泊まっていくんだよね? 市場とか見ていってもいいかな?」

「解決できれば、ね」

 そわそわと落ち着かないアリシアにラルフが苦笑する。普段帝都の外に出ない分、こいつのはしゃぎようには儂ら三人とも苦労しているところだ。隙あらば仕事中でも裁縫道具の購入や新しい模様の着想に役立ちそうなものを探してふらふらと行ってしまうからな。

 やがて門番たちが慌ただしく戻ってきた。

「お待たせしました。市長のもとへお連れします」

 馬はここで預かってもらい、徒歩で向かう。

 街の景色もいたって普通だった。不自然に空気が張り詰めていない。市場はそこかしこで物売りと買い物客の声が飛び交い、子どもたちは駆け回り、婦人たちが井戸端会議に花を咲かせている。

 帝都と遜色ない光景だ。

 だからこそ、違和感が強くなる。

 市民に不安を抱かせないため、軍が情報統制する話は珍しくない。軍内部のごたごたは出来るだけ内々に処理できればそれに越したことはない。

 だが軍の定期連絡が途絶えて一ヵ月。それに門番たちの様子からするに、異常事態は街全体に広がっているとみていいだろう。

 ――そこまで考えて、うすら寒い想像が儂を襲った。

 市民がここまで平気な顔で過ごせている。それはつまり、“異常が当たり前になってしまった”のではないか?

 だとしたら、問題は軍にとどまらない。

 最悪の場合、国を巻き込む一大事になるぞ!

「市長、特異班の方々が参られました」

 門番の声に我に返る。

 いつの間にか観音開きの扉の前に立っていた。さっとあたりを見ただけでも、質素だがそれなりに格のある風体なのがうかがえる。

「どうぞ」

 扉の奥から声がする。市長という割にはずいぶんと若い声だった。

 その声が記憶をかすめる。が、どこで聞いたのか思い出せなかった。

「失礼します」

 と門番が扉を開ける。

 執務室と応接室が一体となっている、よくある構造の広い部屋だ。さっきまで執務作業をしていたのか、奥の机からこちらへ向かってくる人物がいた。

「初めまして。市長のダグラスです」

 柔和な笑みを浮かべてそう告げたのは、どう見ても五十を過ぎた男だった。屋内だというのに幅広の剣を携帯し、その柄に手を置いたまま離さない。抜剣の動作ではないから、ただの癖という可能性もあるが。声といい佇まいといい、どうにもちぐはぐな印象を受けた。

「初めまして。帝都ヒューリッツより参りました、魔剣士のアリシア・フェルベールです」

 アリシアが応える。するとダグラスと名乗った男が目を輝かせた。

「おお、君があの魔剣士か!」

 急に近付いて来たかと思ったら、空いている手でいきなりアリシアの手を取って激しく上下に振りだした。

「噂はかねがね聞いているよ。来てくれてありがとう!」

「あ、いえ……はあ」

 アリシアが微妙な顔をしている。当然だ。こんな熱烈な歓迎は初めてなのだ。クレアとラルフも面食らった顔をしている。儂も顕現していたらそんな顔になっていただろう。

「遠路はるばる、よく来てくれたね。さあさあ、こちらへ」

 ダグラスが椅子を勧め、三人が幅広の――“そふぁ”と言ったか? に座る。ダグラスも向かい側に座ったが、剣から手は離さなかった。

「いやあ、魔剣士がいると聞いて、どうしても会いたくて無理を言ってしまったよ」

「……え」

 クレアが弾かれたようにダグラスを見る。

「では、軍の定期連絡が途絶えたというのは……」

「真っ赤な嘘だ。こうでもしないと派遣できないと言われてしまってね」

 ダグラスが申し訳なさそうに頭を掻く。でっち上げられたと聞いて、儂らの体から力が抜けた。

「なあんだ~。大佐も意地悪だよね~」

「緊張して損した……」

 アリシアがそふぁにもたれかかる。その横で眉間を揉むクレアに内心で同意した。あの大佐はもうちょっと融通をきかせてもいいんじゃないか?

 ……だが、そうだとするとあの門番たちの様子が気にかかる。魔剣士であるアリシアを恐れるのはまだわかるが、あの怯え方はそれとは違う。

“知らないもの”への恐怖ではなく、“知っているもの”への恐怖。

 前者は儂やアリシアがよく経験するから慣れたものだ。未知のものはそれだけで恐れの対象になる。理由がわかれば――あるいは、その存在に慣れれば、自然と恐怖は薄まっていく。クレアやラルフがその良い例だ。

 問題は後者だ。

 魔法など、事象を理解して正しく恐れながら使うのは良い。だがそれとは別に知った上での恐怖というのは厄介だ。

 平等に刃物を突き付けられているような、少しでも自分の寿命を長くしたい者に見られる焦燥が見えたのだ。

 何かしら理由をつけて調べる必要がありそうだな。

「アリシア、親父さんに会うついでに部隊を見て回れるか聞けるか?」

 儂の問いにアリシアがのっそりと動く。

 だが口を開いたのはダグラスだった。

「……国殺しさん?」

「え?」

 アリシアがきょとんと聞き返す。

 ――は?

 おかしい。儂の声は聞こえないはず。

 いや、待て。

 なぜその名を知っている。

 この姿になってから誰にも教えていない。

 まさか、いや、

 ダグラスと、

 目が、合った。

「きゃああ!?」

 爆音と炎が扉と窓を吹き飛ばす。

 アリシアたちの悲鳴もお構いなしに、儂は三人を引っ掴んで飛び出していた。

「ムラマサ!? なに、どうしたの!?」

 負ぶわれているアリシアが咎める。当然だろう。だが弁明の余地すら今の儂には惜しかった。

 最悪だ。

 よりによってあいつがここにいるなんて。しかもあんな常識外れな行動、誰が予測できた!?

「どけ!!」

 音を聞きつけてきたらしい兵士に火柱で牽制し、そのまま正面の飾り硝子に突っ込む。

 場違いなほど澄んだ音が鳴り響いた。

「う、おっ!?」

 すぐに来るはずの衝撃が来ず、思わず下を見る。

 しまった、二階だったか!

「シルフ、ノーム、遊びの時間だ!」

 左腕に抱えていたラルフが叫ぶ。

 体が何かに捕まったような衝撃を受け、ゆっくりと着地する。上を見れば硝子片が空中で静止していた。

「助かった!」

 短く礼を言って走り出す。後ろで硝子片が降り注ぐ音がした。

「どこへ行くの!?」

 右腕に抱えられているクレアが問う。

「外だ!」

 短すぎる言葉に、しかし意味を正しく理解してくれたようだ。

「左の路地! すぐの十字路を右!」

 端的な指示にすぐに従う。

 大通りは目立ちすぎる。裏路地を通って脱出を図るということか。背中のアリシアがクレアを覗き込んだ。

「道を全部覚えてるの?」

「地形の把握は軍の必修科目よ! 下ろして、先導する!」

 クレアとラルフを解放し、儂とアリシアを挟む形で駆け抜ける。

「アリシア、追手は!?」

「まだ!」

 アリシアが首をひねって知らせる。殿(しんがり)のラルフも怪しい場所や人物に目を光らせる。

 裏路地はやはりと言うべきか、表通りに比べて治安は行き届いていなかった。地べたに座り込んでいた人々が騒がしさに顔を上げるが、軍服を着た三人と赤い羽織の男という組み合わせにぎょっとして縮こまる。それを横目に捉えながら、儂らは狭くて暗い裏路地を走った。

 ガランガラン、とやかましく鐘が鳴る。

 時刻を告げるものではない。異常事態を知らせるものだ。

 ちっ、思ったよりも行動が早い。

 再び鐘が鳴る。だが今度の音は先ほどよりも高い。見回りの兵士たちが異常を知らせるために携帯しているものだ。

 ハッと見上げれば、弓をつがえる何人かと目が合った。

「見付かった!」

 儂より先にラルフが叫んだ。

 クレアが舌打ちして右へ進路を取る。一拍遅れて矢が降り注いだ。

「ひっ!」

「おいおい、冗談だろう!?」

 アリシアがさらに強い力で儂にしがみつく。火で矢を落としながら、儂も目を見開いた。

「威嚇じゃないのかよ! 当たったら懲戒ものだぞ!?」

 帝都が知ったら怒るなんてものじゃない。謀反に問われて最悪処刑されるぞ!?

「――拙いわ」

 先頭を走るクレアが苦々しく呟いた。

「城壁の見張りだけじゃない。地上からも囲い込まれてる」

 縦横無尽に走っているから、咄嗟に理解ができなかった。だが城壁の兵士たちを合図に、儂らはどんどん街の内部へ進んでいる。

「それに、いくらなんでも早すぎです」

 若干息を切らしながらラルフが言った。

「俺たちが屋敷を飛び出してから、まだそんなに時間が経っていませんよね?」

「――ああ」

 その通りだ。

 異常を知らせる鐘の音は響いた。そこから間髪入れずに所在を知らせる鐘の音。統率された動き。

「そういうことか……!」

 自然と口角が上がる。まったく、最悪なことこの上ない!

 誘われるように表通りに飛び出せば、群衆が待ち構えていた。滑るように立ち止まる。

「……えっ?」

 アリシアの間抜けな声だけが空中に溶けて消える。

 取り囲んでいるのは街の住人たち。全員が包丁やら小刀やらを構えている。中には木の枝とかを突き付けている子どももいる。そして誰も彼もが引き攣った表情を浮かべていた。

 さすがにこの人数を突っ切るのは難しい。すぐにアリシアを下ろし、彼女を守るように三人で陣形を組み直す。

「ムラマサ、貴方、こうなった原因がわかっているのよね?」

 短時間で息を整えたクレアが問いかける。

「ああ」

「何者なの? どういう関係なの?」

 その質問に失笑が漏れる。

「くくっ……。儂の知り合いなんてたかが知れているだろう?」

 群衆の奥からやってくる気配を感じ取りながら答える。

「まあ、儂もこんなことになっているとは思ってもいなかったが」

 屋敷があった方角の群衆が道を作るように左右へ割れる。その先から現れたのはダグラス。

 ちっ。火傷の一つや二つくらい作れると思ったんだがな。

「再会もそこそこに逃げるなんて、とんだご挨拶だね」

 血の気を失った群衆とは対になるように、ダグラスはにこやかな表情を浮かべる。

「はんっ、一番会いたくなかった奴に不意打ちで出くわしたらこうなるわ」

 こちらも嫌味で返すが、内心はどうやって切り抜けるか作戦を組み立てていた。相手も状況も悪すぎる。せめてアリシアだけでも逃がしてやれないものか。

 ダグラスが儂の後ろにいるアリシアへ視線を向ける。

「彼女が君の契約者か。ずいぶんと可愛らしいね。契約したのが十年くらい前って聞いたけど……。君、そういう(へき)があったの?」

「偶然の産物だ。儂だってこんなちんちくりんが適合者だとは思わなかったさ」

「ちょ、ちんちくりんってなによ!」

 アリシアが腰のあたりを殴ってくる。それを無視して儂はダグラスを睨みつける。

「……で? まさかアリシア(こいつ)見たさに呼んだってわけではないよな?」

 挑発のつもりで問うと、ダグラスはこてんと首をかしげた。

「え? そのまさかだよ?」

「えっ?」

「は?」

 両脇で群衆を警戒していたクレアとラルフがこっちを見たのがわかった。儂も思わずダグラスを見つめ返す。

「だって魔剣士だよ? 僕が成し得なかったことを実行できた人がいるって凄いことじゃん! だから一目会いたくて、ちょっと無理してお願いしたんだよね。なかなか頷いてくれなかったから、ちょっと強引なことをしちゃったけど」

 嬉々として紡がれる言葉に頭を抱える。

 そうだ。こいつ思考の半分はガキのままだった。だからたまにとんでもなく直球で来るから、気の毒になるくらい周りが振り回されていたんだった。

 ――って、ちょっと待て。

「おい、まさかここ一年の間に起こった特異事件、お前が黒幕なのか?」

「うん、そうだよ」

 こともなげに肯定され、開いた口が塞がらなくなる。

 こいつ、儂を――いや、アリシアを連れてこさせるためにわざわざ事件を引き起こしたというのか!?

 儂らの気も知らず、ダグラスはにこにことアリシアを覗き込む。

「あらためて、初めまして。僕の名はマイルズ・アンカーソン。気軽にマイルズって呼んでね」

ここまで読んでくださり、ありがとうございます。

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