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TS勇者  作者: 輪舞曲
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第三話 転換



 15歳の春、俺──エッダ・アーシラトは勇者に選ばれた。ちょうど、約130年ぶりに魔王軍が侵攻してきたという時期だったはずだ。

 聖都の教会で、次代の勇者に相応しき者を示す神託の御劔が俺を指し示したのだという。ちなみに、俺は数えて24代目の勇者だったらしい。


 その後は、『聖騎士』『重戦士』『賢者』『預言者』の四人に『勇者』である俺を加えた五人の勇者パーティで魔王のもとを目指して旅をしていた。

 道中、色々なことがあったが、仲間と共に困難を乗り越え笑い合った、中々に楽しい旅だった。


 旅を始めてから六年目、俺たちはついに魔王のもとへと辿り着き、万全の状態で決戦を挑んだ。




 だが、魔王は俺たちの想像の遥か上を行く強さだった。

 戦いの結果は惨憺たるもので、俺たちは魔王に手も足も出ずに敗北した。仲間たちは皆俺の目の前で殺されていった。


 最期の景色は、こちらへ嘲るような微笑みを浮かべながら俺の首を切り裂いた魔王の姿だった。




 ……俺は死んだはずだが、まだこうしてものを考えられるのか。死ぬ直前に時間が遅くなるとかいうもので、一時的に色々と考えていられるだけなのだろうか。


 意外にもその答えは直ぐに分かった。指先に微かな感覚があったからだ。


 やがて徐々に指先から手足、腕や脚へと段々と感覚が戻っていき、自らが凸凹とした固い地面の上に横たわっていることを自覚する。視界も酷く重たいながらも僅かに瞼が開き出していた。


 と同時に、頭に鉛を詰められたような酷い頭痛に開きかけていた瞼を力強く瞑ってしまう。


 それもやがて慣れてくると、漸くその重たい瞼を開くことができた。

 やはり、私は薄暗い場所で横になっていた。目だけを動かして周囲の様子を探ろうとするが、暗さのせいか壁際も見つからなかった。


 が、しばらくそのままボーッとしていると、やがて目が暗闇に慣れてきて、やけに皺だらけで形の崩れた上着の袖が見えた。それも埃や煤のような汚れが着き、所々が裂けている。


(……生きてる、のか?)


 ふと脳裏に降って湧いた疑問。

 意識の途絶える直前の記憶が蘇り、反射的に先ほどまでの頭痛も忘れて勢いよく上体を起こし右手を首にあてる。すると、切り裂かれていたはずの首元の傷がなくなっていることに気がついた。


 これは一体どうしたことだろう、などと考えつつ自らの首を切り裂かれる感触を掻き消すように首をさすった。本当に傷がなくなっている。それに、はっきりと脈も感じ取れる。ということは、取り敢えず俺は生きている、と言っていいのだろうか。

 あの鮮明さからして、魔王との戦いは夢だった、という訳でもなさそうだが。


 色々と思い出す方面に頭を使うと、戦闘中は怒りと驚愕、恐怖などの感情がごちゃ混ぜになってはっきりと意識することもないままでいたが、こうして仲間の亡失という事実が突きつけられる。


 そんな想いをかき消すように、兎にも角にもこの場所から動こうと考えて、頭だけでなく全身から湧き上がるような痛みに襲われながらも右手を支点に左手で持ち上げるようにして、足がきちんと動くことを確認しながら何とか立ち上がった。そしてその状態で今度は首を動かして辺りの様子を探る。


 依然あたりは薄暗いが、やや慣れてきた目によってある程度周囲を知覚できるようになっていた。馬車の車軌二つ分ほどの横幅に、見たところ俺の身長と比べるとそこそこ高めの天井。

 そのどれもが不規則な形をした岩肌に覆われている。それに今更気づいたが、天井から水が染み出していて、地面もかなり濡れていた。どうやら俺は洞窟のような場所にいるらしい。


 それと、着ていた服自体はそのままで腰にも愛剣を帯びたままでいるのだが、少しばかり服が大きいような気がして少しばかり動き辛い。

 それに腹に開けられたはずの傷も、そこの箇所の服が破れているのみでさっぱりなくなっており、大きなダメージは負っていないようだが、何より疲労感が大きい。


 が、ここが何処かは分からないものの、ここに留まっていても仕方がないので、軽く足先を開いて閉じてを幾度か繰り返してから、取り敢えず出口を目指して進んでみることにした。


 暗闇で足元が覚束ない中で、疲労───おそらくは脱水から来るものだろうか───になんとか耐えながら、壁に体を預けるようにして壁伝いに進む。

 そうして一度地面の出っ張りに足を取られ、体勢を崩したところで、あることに気づいた。



(……ん?そう言えば、確か俺の使える魔法の中に、こういう時に役立つのがあったよな)



 魔王軍との戦いでは基本魔法を使うのは『賢者』と『預言者』の二人だったが、一応他のメンバーも簡単な魔法なら扱うことができたし、俺は五人の中じゃ魔法の面では真ん中ほどの実力だった、はず。

 あぁ、また思い出してしまった。だが助けになりそうなのは確かで、記憶通りならば白門の初級魔法の一つに一時的に光を灯すことができるものがあったはずだ。しかも俺の使えるもので。まぁ、今の俺に魔力が残っていれば、の話だが。


(ええと、確か……『光灯(ルクス)』、だったか)


 幸いにも魔力は残っていたようであるが、万全の状態ではないからか、非常に魔力を操作するのが難しい。が、簡易な魔法ということもあって、大して時間もかからずに魔法を発動させることができた。

 指先から白い光を放つ小さな玉のようなものが現れ、そらは指先から離れると首くらいの高さで俺の視界のうちをのろのろと左右に横切っている。暗闇だったのでその光はやや淡いながらも目立ち、行き先が照らされた。


(これで大分進みやすくなった)


 そうして明かりを手に入れたことで足を取られないように気をつけながら俯きがちに歩くと、意外にも地面が濡れているどころか、凸凹のせいでところどころに大小の水溜まりができていた。

 いや、よく考えたら俺がさっき歩いていた時から水の跳ねる音はしていた気がする。俺がボーッとしていて特段意識していなかっただけで。


「っ!」


 目の前の小さな水溜まりを大股で跨ごうとした時、更に前に通路の右半分を浸すような大きな水溜りがあり、反射的に前に出した足を手前につけて仰反る。

 俺の調子の問題なのか、やや光が弱いせいで少し先となると見辛くなる。至近距離は光があるだけに少し距離が離れると余計に闇が深く感じる。


 ふと濡れることを覚悟して水たまりに足を踏み入れ、その大きさから水面に俺のほぼ全身が反射されていた。



「……あ?」



 そこに映っていたのは、腰近くまでに伸びたの燻銀の髪に、その鋭いながらも大きな眼に嵌め込まれた二つの碧眼の、少女。

 状況が飲み込めずに、辺りを確認してみても人の気配はない。勿論、魔力の反応も。俺は魔力感知がそこまで得意だった訳ではないが、流石にこの距離で見逃すことはまずない。


 そして反射的に自分から漏れた驚嘆の──やけに高く愛らしい声。


 まさか。まさか。


 否定したい気持ちに急かされるようにして、何とか屈んで水面に自らの顔を近づける。すると、やはり光球も俺の頭の降下に従うようにして降りてきた。


 水面に映っていたのはやはり横から白い光に半面を照らされた少女の顔だった。そしてそれは、俺が自らの頰や首に手を伸ばしてみても、やはり同じように映っていた。


(これが俺………なのか?)


 道理で服がややオーバーサイズに感じた訳だし、天井も高く見えた訳だ。

 などと頭の中では辻褄合わせが始まっているが、心では受け入れきれずに、最後の最後──変わったのは見た目だけで、アレだけは無事でいるだろう、そう願わずにはいられない場所に手を伸ばす。



「……ぁ、」


 がしかし、そんな俺の淡い期待もとい最後の砦はいとも容易く平坦な股座によって打ち砕かれた。



 理由は不明だが、どうやら俺は、女になってしまったらしい。




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