第二話 戦いの後
第四紀450年冬。聖都アグラティアス。
この日街は例年の収穫祭や生誕祭以上の、空前の賑わいを見せていた。
いや、この街どころか大陸中が暫く湧き上がっている。
しかも、特別な式典が行われるということで大陸中から人々が集まっていた。
代替わりの時など限られた場合にしか姿を見せない、教会の聖職者の頂点に立つ聖王も式典に参列するということで、教会の信徒たちはその姿を目にしようと躍起になっている。
「──聞いたか?今度の式典、聖王様だけじゃなくて皇帝陛下も参列なさるらしいぞ」
「マジかよ!あれだけ対立してたお二人がか──」
街のメインストリートを歩いていると、生活音だけでなく様々な人の話し声が聞こえてくるが、その殆どは今日行われる式典に関してのもの。
それだけ、人々の関心がそれに向けられているということだろう。
それはメインストリートだけでなく、裏通りや横道などでも同じことで、街全体が湧き立っているというのが肌で感じられた。
暫く居住区を除いた街中を、露天や商店などを中心に見て回っていると、どうやら式典の時間が近づいてきていたようで、人々が街の中央にある大聖堂の方向へと向かっていた。
その人の流れに従うようにして、大聖堂の方へと足を進める。
しかしこれだけの人数ともなると、いかに大聖堂周りの広場が広いと言っても、入り切らないのではないかと疑ってしまう。
いや実際、広場に入り切ることのない人々もいるのだろう。
大聖堂と聖都の都市部を区切る城壁を越えたところで漸く、大聖堂の全貌が見えてくる。
第三紀初頭に建てられたというこの麗しき大聖堂は、教会の総本山として毎年多くの巡礼者が訪れているが、今年、というより今日はその比ではない人が押し寄せている。
城壁から大聖堂前の広場まで残り半分といった所で、人々の列を離れ、横道に入る。
今度は人の流れに逆らって、城壁内の塔のもとへと歩いていく。
しかし当然と言うべきか、塔の入り口にいる衛兵に止められた。
ので、なぞるように記憶を辿り、鞄から鍵を取り出す。驚いたようにしつつも、衛兵は道を通してくれた。そんなに大層なものなのか、この鍵は。
……というより、鍵に嵌め込まれている金色の宝石のおかげかな。
塔を登り、城壁へと出るとやはりと言うべきか見晴らしがいい。城壁の上の衛兵には驚かれつつも、首に鍵を通したネックレスを着けているお陰で何も言われずに済んでいる。
適度に時間を潰していると、広場の方から大きな歓声が聞こえた。
凝視すると、どうやら聖王が出てきたようだ。宝石の散りばめられた無駄に縦に長い帽子と同じく宝石塗れのいかにも高級そうな服を着ている。
「──今日、このような式典を行えることを、主に感謝いたします。我らが勇者とその仲間たちがその身命を賭して、憎き魔王を討ち果たしたのです──」
拡声魔法でも使っているのか、少しばかり距離のあるこちらまでも声が聞こえてくる。
そのせいで、知ってか知らずか分からないが、彼の言葉と民の歓喜ぶりが滑稽に写り、小さく笑いを溢してしまう。
でもそれも仕方のないことだと思う。
───己の知らぬ間に、勝手に死んだことにされているのだから。
★
少し時は戻り、第四紀449年夏。『魔族領域』アトス霊山山頂。
人類から見放された、魔族の跋扈する大陸辺境の地、『魔族領域』。その中で、魔王城の位置するグラニコス山に次ぐ2番目の高さを誇るアトス霊山。
その山頂は、滅多に登るような者が居ないということもあって、手入れこそされていないものの、そこから見る景色は中々の壮観である。
そんな場所に、この日は珍しく三人も人が訪れていた。
「いやぁ……ここに登るのもいつぶりかしら。相変わらず、クソみたいな景色ねぇ」
「そうか?随分といい景色だと思うがな」
一人は短い青髪の長身の男、もう一人は銀色の長髪のこちらも長身の女。そして、その男の抱える同じく銀髪の少女の三人である。
少女は意識がないのか、目を閉じたまま力の抜けたように抱えられたままでいる。
「それで?登ったは良いがここからどうするんだ?」
「この山にはねー、中々興味深い洞窟がありまして。そこにこの娘を置いていきます」
「洞窟って、遺跡のことか?あんな場所になんでコイツを。折角生かしておいたのに、殺す気か?」
「そーね、まぁ大体そんなとこよ」
女の回答に、男は興味のなさそうな様子で「ふーん」とてきとうな相槌を返した。そして、視線を一度女から外して自らの抱える少女の方へと移し、再び女の方へと向ける。
「目的の場所の入り口はどこなんだ?」
「ここからさっき来た道を戻って、山の中腹ぐらいかな」
「……は?じゃあ最初からそこに案内しろよ」
「えぇ?折角この景色を見せてあげようと思ったのに。全くこれだから、風情を介さない奴って嫌いなのよね」
やけに大仰な女の反応に、男は僅かばかり苛立った様子を見せるが、それはすぐに大いに呆れを交えたものになった。
「お前。さっきクソみたいだとか言ってたよな………はぁ。まぁもう良いわ。お前のペースで話してるとこっちが疲れる」
男の非難するような視線に反発するように女は口を尖らせて小さく肩を揺らすが、それにも飽きると直ぐに体を翻して先ほど登って来た道の方へと進む。
「?早く着いてきてよー?」
「……お前って、俺より年下だよな、確か」
「え、何。200年くらいしか違わないじゃんか」
今までに無いほど、男は深く、深くため息を吐いて女をその少しばかり見開かれた、ナイフのように鋭い紺碧の瞳に映した。
「…………これ言うのも何十回目かだけど、600年だからな」
「うわうわ。何か、態々覚えてるあたりがマウントとるためみたいで嫌らしいよね」
舌まで出して露骨に嫌悪感を露わにする女に対して、男は何も言わずに少女を抱えたままその後に続く。すると女も再び身を翻して先導を再開した。
「やれやれ。大層な"王様"っぷりだな、全く」
そんな男の皮肉めいた言葉も意に介さずに、女はちらりと横目で少女を見やると、愉快そうに鼻歌を歌いながら、その薄紅色の唇を小さく開く。
「もうすぐだよ───エッダちゃん」