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TS勇者  作者: 輪舞曲
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第一話 始まりの日



 インペリアル(一般に『ニンゲン』というと彼らを指す)獣人、エルフ、魔族など様々な種族が入り乱れる『エデン』と呼ばれる大陸。

 かつて魔族の首領である魔王、そして魔王の指揮する魔王軍によって大陸各地が荒らされ、インペリアルをはじめ多くの種族が滅亡の危機に瀕した時、一人の青年が現れた。


 後世、初代勇者と呼ばれることになるその青年によって魔王は大陸の果てに封印され、世界に平和が戻った。


 それから時は流れ、ある時再び魔王が蘇った。魔王と共にこの世に蘇った魔王軍は群れを成して世界を荒らし周ったが、またしても勇者は現れた。


 初代勇者の末裔とされる二代目勇者は、その命を犠牲に魔王軍を退けた。が、魔王を討ち果たすことは叶わず、依然として魔族は魔王の封印された大陸辺境の地でその強大な勢力を保持し続けた。


 それ以降も、魔王軍が彼らの根城とする、『魔族領域』と呼ばれる人々に見捨てられた地を越えて侵攻してくることはあったが、その度に勇者が現れてそれを退けてきた。


 そうして、今度も約130年ぶりに侵攻を始めた魔王軍を撃退すべく、勇者とその仲間達が立ちあがった。







 第四紀443年。聖都アグラティアス。


 この日、人口20万以上を抱える大陸最大のこの都市は、異様な熱気に包まれていた。


 何せ、今日この街から実に130年ぶりに──勇者一行が魔王討伐へと旅立つのだから。


 俺たち五人は周りを衛兵に囲われながら、馬車に乗って聖都の大通りを北門へと向かって進んでいた。


 街の人々は家の窓から、或いは沿道に出てきてこちらへと様々な肯定的な感情の籠った視線を向ける。それらに適度に手を振りつついると。



「あっはは。何だか僕たち、凄い期待されてるみたいだね?」


 俺の左隣に座る同い年の『聖騎士』の爽やかな笑顔と言葉。が、そこそこの付き合いがあるから、彼の言中に使命感の中に不安が混じっていることは容易に想像がついた。

 すると今度は俺の前に座っていた『預言者』が態々自身の眼鏡を指先でクイと上げてから口を開いた。



「ま、我々は勇者一行だからね。力なき人々の思いも背負って戦いに赴かなくてはいけないというだけの事だ」

「ルキウス、アンタは相変わらず堅すぎるし、若干ズレてるし。別にそんなに気負わなくても良いでしょ。私たちなら大丈夫よ」


 その隣に座る『賢者』が呆れたように言う。が、彼女の舌先は止まることなく更に言葉を続けた。



「てか、『重戦士』だっけ。アンタもアンタで、顔合わせからほとんど喋ってないじゃない。私たちは神学校時代から親交あるけど、アンタのことは殆ど知らないわ。何とか言ったらどうなの」


 俺の右隣に座る黒い全身鎧を着込んだ巨躯の人物───『重戦士』に対して鋭くそう告げる。

 が、彼は特に気にする素振りも見せずに、ただ座ったままでいる。


「まぁまぁ、落ち着けって。コイツも知り合い四人の中に混ざって中々馴染みづらいんだろ……」


 こうなると彼女がそのまま捲し立てて止まらないであろうことは長い付き合いからよく分かっているので、俺はそうしてフォローに入る。



「ふーん?私にはコイツから、馴染もうって気が感じられないのよねー」

「でも実際エッダの言う通りじゃないかなぁ。僕たちだって最初二人に会った時は気まずかったし」

「あぁ。俺もシャロンと初めて二人になった時は気まずかったな」


 ルキウスのフォローが特に気に入らなかったのか、彼女は彼の方へと大きく身を乗り出して反論してきた。



「ほぼ知らないやつと二人きりだったら誰でもそうなるでしょ!」

「いや、俺はエッダたちの時は緊張しなかったぞ。お前が特別気難しかっただけだ」

「どういう意味よ!!」

「そのままの意味だが……」


 このままいくとシャロンがルキウスの胸ぐらを掴みに行きかねないので、それを察知したアレンが「また始まった」と笑いながら止めに入る。

 俺ら四人の間じゃよくある光景だが、流石にほぼ初対面の『重戦士』もいることだし、何より人目がある、というよりあり過ぎる。


「フフッ」


 小さな笑い声の出所へと目をやると、重戦士がその重厚な黒い籠手で縦長の兜の口元に手を当てていた。

 俺の視線に気づくと、ハッとしたように慌てて手を下ろす。



「……失礼しました」

「あ、いや全然気にしてないよ」


 そう言うと特に何も返さず、先ほどまでと同じように無言で俺の隣に座ったままでいる。

 ちらりと前へ目をやると、シャロンがアレンに宥められているのを見ながら何だか微笑ましい気持ちになった。



「なぁ、ノヴァ」


 敢えて隣には目をやらずに名だけを呼ぶ。そしてそのまま視線を前から動かさずに、別に返答は期待していないということを暗示しようと思ったわけでもないが、独り言つように続けた。


「教会でも言ったけど。これから宜しくな。俺たちと、一緒に戦おう」


 やはり彼からの返事はない───かと思われたが。



「はい。魔王を倒すまでの暫くの間ですが、宜しくお願いします」



 ノヴァの重厚で厳めしい黒い鎧の奥から、くぐもった冷たい声が聞こえてきた。


 今度は落ち着き始めた皆に聞こえたようで、三人とも驚いたようにこちらを見ている。今朝の教会ぶりだから、ほんとに数時間ぶりに喋ったことにはなる。


「……もう随分と北門が近づいてきたみたいだな」


 若干の気まずい空気を誤魔化すようにルキウスがそう告げた。

 つられて馬車の行先へと目をやれば、すでに巨大な聖都の城壁に付けられた出入り口の一つ───北門がかなり近くに迫ってきていた。


 あの門を通って、これから俺たちは魔王討伐へと向かうのだ。そして、歴代の勇者もそうしてきた。

 魔族との戦いは熾烈なものになるだろう。実際、過去の勇者やその仲間たちは多くが魔王との戦い、或いはその道半ばで死んでいる。


 そんなことを考えると、少しばかり感情的、というほどでも無いが、得も言われぬ気持ちになって、誰に告げるでもなく、自然に言葉が漏れ出た。



「……この五人で魔王を倒そう。それで絶対、全員で生きて帰ってこよう」



 それはふいに口から溢れた独り言のようなものだったが、四人とも言葉こそ無かったものの頼もしいくらい力強く頷いてくれた。



 こうして、俺の、俺たちの戦いが始まった。







 いや、始まってしまった。



 

 ──その先に、どんな結末が待ち受けているとも知らずに。




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