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「どうぞどうぞ。愛想もねぇ野暮ったい上に大阪の言葉も抜けねぇ見窄らしい奴ですが……あ、大阪言葉はむしろ良かったんじゃねえか」

 それが、養父たちから掛けられた別れ際の言葉だった。

 寿子のなんともおどろおどろしい一言で、義家族は一転してスズの方を差し出す気になった。それに加えて寿子が支度金と称して多額の金子を渡したことが決め手となった。

 寿子はそのことを、大阪へ向かう汽車の中で、スズに謝った。

「ごめんなぁ。なんやカネで買う形になってしもて」

「そんなことは……でも、うちなんかにあんな大金払て、良かったんですか?」

「かまいまへん。もっと吹っ掛けてくるかもしれへんて思てたくらいや」

 寿子はそう言って、カラカラと笑った。もちろん、面の奥でだが。

「あんさんこそ、荷物、ホンマにそれだけで良かったんか?」

 スズがあの後まとめた荷物は、ほんの僅か……両手で軽く包めてしまう程度のものだ。

「ええんです。自分のモノなんてほとんどなかったので。うち個人の持ち物は、これぐらいや」

 そう言って見せたのは、胸元にしまっていた古びたお守り袋だった。すり切れているものを、何度も何度も縫い直している。

「それは……?」

「これは、子どもの頃……うちがまだ大阪でお父ちゃんたちと暮らしてた頃から持ってるもんです。これだけなんです、あの頃からずっと一緒におるものは」

「……そうでっか。ほな、大事にせなあきまへんな」

 寿子はお守りを握るスズの手をそっと包み込み、胸元に戻すよう促した。優しい温かさが、スズの手を伝った。

 初めて会った時は驚き竦んで、ろくに会話もできなかったが、落ち着いて話してみると、寿子は気さくでよく笑う、朗らかな女性だった。一緒にいる下男の芳郎(よしろう)は無口だが、誠実に付き従っているのが伝わってくる。

 人前で面を外そうとしない姿は衆目を集めたが、慣れてしまえば気にならない。むしろどうしてそんな出で立ちなのか、理由が気になっていた。

 その理由をスズが理解できたのは、大阪に着いてからだった。正確には、彼らの店である『百鬼屋(なぎりや)』にたどり着いてからだ。

「こ、ここって……何のお店ですのん?」

 かろうじてそう尋ねるので、精一杯だった。

 店は、大阪の商業の中心地と呼ばれた船場の目抜き通り・堺筋に軒を連ねるうちの一軒。居並ぶ店の中でも、ひときわ大きな建物だった。店構え、間口の広さ、出入りする客の数、奉公人の数……どれをとっても周囲の店の倍以上だ。

 だがそれ以上に、店の雰囲気が他と大きく違った。

 まず奉公人たちが寿子や芳郎と同じで、全員、面を着けていた。顔を隠して商いするなど、とても商売人のすることと思えなかった。なのに、店は繁盛している。

 そして繁盛の元となっている客。幾人かは人の形をした者もいるのだが、それ以外の大勢……店に出入りしている者はほぼ全員、人ではなかった。

 間口が大きな理由はすぐに理解できた。人間の身の丈の三倍はあろうかという大きな牛が後ろ足で立って、堂々と入っていくのだから。

 かと思うと、スズの膝ほどの身の丈の猫が、愛らしい柄の小紋を着てきゃっきゃと楽しげに出て行く。

「今のって、あの……」

「ああ、やっぱり見えるんやな。あのお客さんらの姿が。……あのお方らはな、『あやかし』や」

「あやかし?」

「そう。幽世に暮らすまつろわぬ方々でしてな、時々こうして現世……人の世に来られますのんや。暮らしてはる方もいるんえ」

「お、おばけ……ですか?」

「まぁ、色々やなぁ。人の思いから生まれたお方もいれば、動物や植物、長い間使われてきたモノに宿る思いから生まれたお方もいてはる……わてら人間の計り知れんことが、この世にはぎょうさんあるっちゅうことや」

 寿子の話すことが、その世界が大きすぎて、にわかには理解できなかった。だが、混乱すると同時に感じ入っていたことも事実だった。

「そ、そんな方々がなんで、このお店に……?」

「そらあんた、人の世で暮らすのに必要なもんが幽世で手に入るわけがあれへん。あっちにはない美味しいもんや綺麗なもんをわてらが手に入れて、こっちでは手には入らん貴重なもんを引き換えに頂く……なかなかええ商いですやろ?」

 スズはなるほど、と思った。徳川の世において金銀銅の両替を生業としていた両替商は、明治の世には概ね金融業を主とする『銀行』へと姿を変えている。それなのに未だに『両替商』を名乗る理由がわからずにいたが、納得した。

 あやかし相手に、様々なモノとモノを『両替』しているのだから、まさしく『両替商』だ。

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