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十五

「い、嫌や! 近寄らんといて!」

 スズが拒んでも離れても、善丸は近づいてくる。後ずさるばかりのスズの背中に、通り向かいの店の壁が当たった。

「ほら、店の中でゆっくり話しまひょ」

 善丸の手が、スズの腕を荒々しく掴み取る。

 その時、地響きにも似た声が、響き渡った。

「善丸、やめぃ!!」

 周囲の店の者たちが起き出すのではないかと思った。大地を揺らすほどの声は大波のように善丸とスズの身を揺らした。

 慌てて手を離した善丸は、声の聞こえる方を向いて膝をついた。

 その方向から、大きな大きな狸がふさふさの毛を揺らして歩いてくる。 

 狸のご隠居だ。巨体だというのに、なんとも優美な歩の進め方に、スズは思わず見惚れてしまった。

(あれ? この歩き方は……)

 ご隠居はスズと善丸の間に立ち、毛を逆立てていた。

「善丸、角一本では足りんかったようやな」

「お頭……そ、それは……」

「わしは頭やない。しかし、わしが目を掛けとる者にこないな仕打ちをしたんや。よもやただで済むとは、思とらんやろうな」

「へ、へぇ……! そやけど、お頭……わてはまだ何も……」

「くどい!」

 善丸は、ついに悲鳴と共に平伏し、そのまま頭を上げなかった。

 ご隠居はくるりとスズの方を振り返った。その顔には、善丸に向けていた気迫は少しも見られない。

「スズさん、難儀やったなぁ……怪我、ないか?」

「は、はい……あの……」

 呆けた顔と声でご隠居を見上げる。瞬きの後、スズは思わず、尋ねていた。

「あの……旦さん……清一郎さんやないですか……?」

「え」

 ご隠居から、急に清一郎の声が聞こえた。かと思うと、ふさふさの巨体はしゅるしゅると縮こまっていき、スズより頭一つ大きな身の丈の男性の姿に変わった。

 面がするりと落ちて露わになったその顔は、夜目にも端整に見えた。鼻筋の整った顔に、細く柔らかく垂れた両目は穏やかそうだ。

 祝言の日と似たような黒の羽織と紺の紬を身につけ、闇に溶け込んでいる。いや、闇の中でより黒く浮かび上がっていると言った方がいいだろうか。

 スズは、こんな人をどこかで見たことがある気がした。だがそんな感慨を、清一郎の声が吹き飛ばした。

「し、しもた……!」

「あんた……百鬼屋の旦那か? あのいっつも逃げ回っとる……『化け者(ばけもん)の清一郎』はん……?」

 狸のご隠居ではないとわかった善丸は、ゆらりと立ち上がった。一度竦み上がった姿を見られたため、その怒りは何倍にも膨れ上がっていると見える。

「こら、あかん……逃げるで」

 そう言うと、清一郎はスズの腕を掴んで、一目散に走り出した。


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