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十一

 その日の夜、寿子は清一郎の部屋に向かった。案の定、灯りが点いている。昼間はあれだけ周囲を翻弄しておいて、夜はちゃっかり戻って来ているのだからふざけている。

 自分の息子ながら呆れてしまう。

 まあ、まったく戻ってこないまま行方知れずになられるよりはいいと思うほかない。襖の前に立つと、静かな声が聞こえてきた。

「お母はん? 何ぞご用でっか?」

 こういう勘はいやに鋭い。

 寿子は静かに障子を開け、部屋に入った。

 こんな時間でも、二人は面を外さない。自分の部屋以外は公の空間と同じと、家訓として徹底している。家長である清一郎と寿子が、まず第一にそれを遵守しているのだ。

 清一郎は何事か書き付けをしていたが、寿子の方を向き直った。どことなく、緊張しているようだ。 

「ちょっと聞きたいことがありましてな。昼間に聞ければ良かったんでっけどなぁ……」

 チクリと嫌味をこめて言うと、清一郎は一瞬だけ身を固くした。

 今は時間がないので、それくらいにしておいてやるとして……寿子は、袂から小さな守り袋を取り出した。スズがすり切れるまで持っていた、あの守り袋だ。

 それを見た途端、清一郎は驚きの声を漏らした。

「これは……なんで、お母はんが?」

「スズさんから預かったんだす。あんまりにもすり切れてるさかい、繕ってあげますって言うてな。それはもう、大事にしてたで」

「そ、そうでっか」

「『そうでっか』……言うことはそれだけでっか?」

「べ、別に他には何もありまへん」

「ほぉ~ほな、聞かせてほしいんでっけどな……何でこれを、スズさんが持ってたんでっか?」

 清一郎は、また身を固くした。まるで刀の切っ先を向けられているかのようだ。

「な、何でて……さぁ?」

「『さぁ』やあれへん! 誤魔化してもあきまへんで」

 寿子は守り袋の端に見える模様のようなものを指さした。何かの紋様に見える、

「ここ、掠れてしもてるけど、この紋……狸のご隠居はんの紋や。今日初めて狸のご隠居はんと会うたスズさんが、子どもの頃から持ってるはずがあれへん。これは、ご隠居はんが深い付き合いのある者にだけ贈る特別なモノや。ご隠居はんの庇護下にあるて、どんなあやかしにも通じるお守りやった。小さい頃、あやかしに好かれ過ぎて困っとったあんさんを気遣って、特別にくれはったモノや。違いまっか?」

 清一郎は、じっと黙り込んでいる。肯定はしていないが、否定もしていない。

「そういえば、あんさん……そんな大事なモノをなくして帰ってきたことがありましたなぁ。10年くらい前やろか。けろっと新しいお守りもろてたけんど……もしかしてあの時になくしたのは、これなんとちがいますか?」

 清一郎は何か言おうとして、失敗して、また何か言おうとして……ぐっと拳を握りしめると、大きく息を吐き出した。

「その通りです。10年前に、わしが渡したもんです」

 寿子がため息を漏らす。それを聞きながら、清一郎はもう一度呼吸をして、話し始めた。

「その……あやかしは、確かに昔っから怖い思てました。お客さんら、他の店の者やお母はん、お父はんよりも、わしばっかり可愛がるいうか……吸い寄せられるようにわしの方にばっかり来るさかい……そやけど狸のご隠居はんだけは違うて、守り袋もくれはった。それから、ご隠居はんのことだけは怖くなくなったんです。あやかしばっかりやってわかってても、幽世にも行って……ご隠居はんに会うたり」

「まぁ、そうなんちゃうかとは薄々思てましたけんど……あれだけ幽世怖いあやかし怖い言うて泣いとったくせに、よう通いましたなぁ。人に化ける術をご隠居はんに教わるためでっか?」

「その通りです。化け術に幻術……咄嗟に人の目を誤魔化して逃げるのに便利なことを色々教わったんです」

「それで? その話とスズさんにどう関わりが?」

「……ある日、帰り道を間違えてしもたんです。その時にお客さんたちとも違う、もっと怖いあやかしにつけ回されて……必死に、現世との境の戸に飛び込んだら、いつも出る戸とは別の場所でしたんや。船場ではあったみたいやけど、どこかの店の庭に出てしもて……」

「それが、スズさんの家やったんやな?」


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