余命1年の侯爵夫人
この作品は再掲です。
何をとちくるったのかIDを削除してしまいました…
再掲するにあたり、少しだけ改稿しております。
アルファポリス様では別名義でアップしております。
「離婚してほしい。君の要望はできる限り叶えたいと思う」
誠実なのか誠実でないのかわからないが、主人は頭を下げた。
主人に愛人がいることを知っていた。
それでも私は主人がまだ離婚をしないのならば、そばに居たいと思うほどに主人を愛していた。
けれどもとうとう離婚を言い渡された。
私に追い打ちをかけるように言うなんてなんてひどい人と思いながら、貴族として感情をコントロールするように教育を受けた私は、泣きも叫びもできなかった。
今は夜。
仕事から帰った主人は久しぶりに食事でもと声をかけてくれた。
でも、私の体は病に蝕まれていたので、もう食事も少量しかとれなかった。
いや、今日の朝ずっと続く体調不良がなぜなのかわからなくて医者をよんだところだった。
「…もって一年です」
呟くように言ったのは、この侯爵家の主治医をしている中年の医者だった。
「え…?」
私は聞き間違いかと思い、再度訊ねた。
「奥様の体は難病に蝕まれています。この病気は苦痛を伴い、絶命します。現在治療薬らしいものは…」
ヒュッと息を吸い込んだのは誰だろうか…
死ぬ?自分が…
「…そうですか」
それしか私は言えなかった。
「奥様…このことは侯爵様には…」
今更主人の同情を誘えないことは理解していた。
主人の中に私はいない。
ただ、私の中に…その愛の残骸が残っていただけだった。
「いいえ…言わないでください。どうすることもできないのだから」
主治医はどう言葉をかけたらいいのかわからない顔をしていた。
そうよね、私だってこういわれたらかける言葉はないわ。
自嘲の笑みしか浮かばない。
私たちの間に子はできなかった。
それが貴族として致命的であることは理解していた。
『僕はリネージュさえいればいい。子は親戚から養子をもらおう』
そう言ってくれたのはいつだったのかわからない。
それでも私たちはうまくやっていけると思っていた。
いつの頃からか、主人の香りと違う香りに気づいた。
いつの頃からか、ある手紙が届くたびに笑みを浮かべていた。
いつの頃からか、仕事の帰りが遅くなったり視察と言って泊まりも増えた。
私も侯爵夫人として視察に一緒に行きたいと伝えたら、舌打ちされた。
その時に気づいたのだ、ああ…彼の愛はここになくどこかに置いてきたのだと。
仕方ない、子ができないのは私のせいなのだから。
そうして、私は呆然としていたらいつの間にか夜になっていた。
久しぶりに主人が声をかけてきたが、自分はこれからどうしたらいいのかわからず、曖昧な返事をしていた。
「離婚してほしい」
冷水を浴びせられたかと思った。
彼は今の愛人と再婚するのだろう。
では私は?
いや、もう死ぬのだ…いまさら何を望むのか…
「少し…考えさせてください。何が必要か調べないことには…」
「そうだな…わかった」
そうして私たちは別々の部屋に帰った。
私は一体何のために生きてきたのかと思った。
幸い使用人たちは私を女主人として扱ってくれている。とても優秀だと思う。
愛人はちゃんと女主人としてこの屋敷をまわしてくれるだろうか。
そんなことを考えていた。
一週間、無為に過ごした。
何も考えたくなくて、でも命は確実に削られていった。
主人は何か言いたげな顔をしていた。
当然だろう。
何を要求されるのか?
早く離婚して愛人と再婚したい。
そういう思いが透けてみえた。
「奥様、主治医のゼン医師が面会を希望されています」
侍女の声に起き上がる。
「わかったわ、客間にお通しして」
静かに一礼して去っていく侍女を横目に、さっと衣服を整える。
客間には少し興奮したようなゼン医師がいた。
「お待たせいたしました。今日は何か?」
「おおお奥様!落ち着いて聞いてください!」
「落ち着くのは先生の方よ」
少し笑ってしまった。
「はぁ…すみません。いやでも!すごいことに!!奥様の病が治るやもしれません!!」
「え?」
「隣国の医師団がこの難病の薬の開発をしてるそうなんです。なんと!治験を募集しているそうなんです。それに受かれば…!!!」
「治験…」
「そうです!ただ、薬の副作用などで最悪命を落とす可能性もあります…ですが奥様…希望を…希望を捨てないでください!!」
ゼン医師の言葉はまるで膜を一枚隔てた言葉に聞こえた。
私が生きていても彼は困るだろう。
離婚した娘が戻れば実家も困るだろう。
私には居場所も何もなくなってしまった。
「先生…私はね生きていてももうすでにどこにも居場所はないの。一週間ほど前に離婚を言い渡されたわ。だからいつ死んでもいいのよ」
「生きることをあきらめないでください!隣国では離婚した女性が社会進出できる場も多くあると聞きます!奥様は侯爵夫人として色々携わってきたはずです!きっと!きっと何かあるはずです!!」
私は夫に恵まれなかったけど、それ以外の人には恵まれたなあと思った。
「ありがとう…でもその治験の募集に受からないとダメなんでしょ?」
「そう…まずはそうなのですが!とりあえず応募してみましょう!」
善は急げとばかりにゼン医師は帰っていった。
すれ違うように主人が帰宅した。
「どこか悪いのか?」
この人の優しさは残酷だなと思った。
「少し体調不良なだけです」
私はすました顔で言った。
数日後に驚くべき結果をもってゼン医師はきた。
なんと治験に受かったらしい。
貴族は自分の身を危険にさらすなんてと死ぬ間際まで嫌がるそうだ。
そして、女性が応募してくるのもまた珍しいのかもしれない。
それは生きていて居場所のある人間だけだなと思う。
どうせ死ぬのだから、誰かの役に立てればいいなと私は思った。
「侯爵様、お話がございます」
私は主人をそう呼んだ。
最近は離婚の条件をききたい為か真っ直ぐに帰ってきている。
主人は私が声をかけた時に侯爵様と呼んだことで、離婚のことだと察しただろう。
「きこう」
そうして私たちは、机を挟んで向かい合った。
「機会を設けてくださり有難うございます。
まず、財産に関してですが法定分を頂きたいです」
「わかった」
「あと…」
「なんだ?できる限りの事はしよう」
愛した人がこの人で良かった。私は久しぶりに主人に向かって笑顔を向けた。
「二か月間、あなたの名前を呼ぶ権利と、朝晩のお見送りと抱擁する権利をください」
主人は私が言ったことが理解できなかったみたいだった。
「なぜだ?」
「最後にあなたの妻だったと実感が欲しいのです。あなたはこれから先…共に歩む女性がいらっしゃるでしょう?」
そう問いかければ、愛人がいることを私が知っていると思っていなかったらしい。
「なっ?!」
「知っています、あなたには愛する人がいてその方とこれから生きていきたいと思っていることも。ご安心ください。二か月の期間だけです。最終日にはこの屋敷を去ります。使用人たちにもきつく言い含めます。まずは離婚届にサインします」
私は誰かの温もりを覚えていたかった。それはやはり主人の温もりを最後に覚えていたかった。
だからこそ名前を呼ぶ権利と抱擁の権利が欲しかった。もう私には時間がない。
「わかった…」
私の言い分が通った形になった。
二か月後には治験で隣国に向かう。その費用も医師団は出してくれるそうだが、もし生き残った場合資金はあったほうが良いだろう。
もし生き残らなければ、医師団に寄付すればいい。それは私のなかで考えうる最善だった。
その日から、毎朝毎晩
「アレク、行ってらっしゃい」
「アレク、お疲れ様、お帰りなさい」
の言葉と共に抱擁をした。
最初の頃は当てつけなのか女性ものの香りがしていたが、二週間もたてばしなくなった。
彼は義理に厚いのか、毎晩帰宅していた。
彼の温もりを覚えておこう、抱擁するたびに主人の温もりを感じた。
使用人たちにもこれが期間限定であること、
離婚すること、新しい女主人に仕えることを言い含めた。
一か月経ったころ主人へ朝の抱擁をしたあとじっと見られた。
「どうしましたか?」
「いや…」
すると主人は私の顔を親指でなぞった。
「君は…こんなに痩せていただろうか?」
心が通わなくなって初めて主人は私を見たようで…
「そうかしら?あまり変わらないと思うわ」
嘘だ、だんだんやせ細っていくのでサイズの調整をしている。
痛み止めの副作用か食欲はあまりなかった。
それでも主人が私の体調を気遣ってくれたことが嬉しかった。
でもそれもあと一か月もすればなくなる。
一か月の間、身辺整理を行い、必要なものは隣国の治験者の屋敷に送った。
侯爵夫人として購入したものは、ほとんど売り払い侯爵家の財産に上乗せした。
この計上分は離婚したのちに主人に渡してもらうことにした。
ズキズキと痛む胸は、物理的にだろうか…それとも精神的なものなのだろうか…
「奥様…私…本日付で辞めることにしました」
そういった侍女は口を閉ざした。
「そう…お疲れさまでした。次のところに紹介状を書かないとね。あなたはよくやってくれたわ」
「有難うございます、紹介先なんですが…」
「どこにしましょうかね…」
私が思案していると
「あの…奥様!私、奥様についていきたいです!!」
「え?」
「ゼン医師との話を聞きました。人払いされていたのに聞き耳を立ててしまい申し訳ありません!ですが、私は奥様についていきとうございます」
「でも、お給金そんなにだせないわよ?それに離婚した女性の侍女なんてあなたの評判も…」
「評判なんて…!!私は奥様に拾っていただきました!奥様だからこそと思ってきたのです!」
そこまで言われて拒否する人間はいないだろう。
私は何と恵まれているのだろう。
余命を宣告され離婚を言い渡されたけれど、それでも以前ほど死にたいとは思わなかった。
「ありがとう…ではついてきてくれる?」
「っっっはい!!」
そうして着々と離婚する期日は迫ってきた。
あと一週間で離婚するというある日に、主人は花束を持って帰ってきた。
「これを君に…リネージュ」
離婚する妻に花束なんて吃驚してしまった。
でも嬉しくなって思わず微笑んだ。
「ありがとう…アレク」
なぜ花束を?なんて聞かない。
これは茶番だ。
でも、ちゃんと私の言い分を聞いてくれている。
それだけで満足だった。
その一週間は、花束に始まって贈り物をたくさんもらった。
なぜだろう?
私は財産を法定分と定めているので、それ以外は必要なかった。
リストアップして、宝石類は処分した。
これのお金は以前ドレス諸々の計上分に乗せた。
花だけは…
押し花にできるものは押し花にした。
これは私の想い出だ。
遺品になるかもしれない。
そして最後の日。
「アレク、行ってらっしゃい」
「ん。そのリネージュ…」
「なんですか?」
「帰ってきたら…」
もごもごと何かを言っていたけど、ちゃんと理解している。
今日で最後だ。
だから主人が出ていったら私も出国する。
「はい、気を付けて」
私はちゃんと理解している。
今日で最後だと。
その意味も込めて深くうなづいた。
ほっとしたような主人の顔を見た。
焼き付けておこう。
私は確かにこの人を愛したのだ。
主人の乗った馬車を見送ってから、私は使用人たちに向き合った。
「今まで有難う。私のわがままに付き合ってもらって感謝します。今日これで私は去りますが、彼の…アレクの愛する人にもよく仕えてください」
そういうと目を潤ませ、今にも泣きだしそうな者、すでに泣いている者たちを見ると私は確かに幸福だったなと思った。
荷物を持ち屋敷の中央の間に立つ。
そこには私と主人が寄り添う肖像画があった場所だ。
しかし離婚するので、今日…いや、さきほど使用人にお願いし、処分したところである。
これで私の物は何もない。
ここには残していかない。もし私物があれば処分するように伝えた。
わずかばかりの着替えと侍女を伴い、まず役所に向かった。
そして紙切れ一枚で私たちの関係は終わった。
ちゃんと受理されたことを確認し、屋敷のほうにも伝わるように手配した。
実家にも伝えた。ただし、死ぬ可能性があるので病を得ていることと居場所は伝えなかった。
死ぬ確率の方が高いのだけれど。
死んだら侍女から報告がいくようになっている。
でも…なぜか清々しい気持ちになった。
「奥様…そろそろ」
「もう…奥様じゃないわ。リネージュよ、ただの」
そう侍女に伝えると
「かしこまりました。リネージュ様」
そうして私は隣国に向かった。
主人…アレクが帰ってきたときに、肖像画も何もかもがなくなっていたことに気づき、贈り物が換金され、自分の懐に戻ってきていたことが判明し、泣いたこと。
そして本当はもう一度やり直そうとしていたこと。
私には知る由もなかった。
皆様から頂いたレビューや感想をIDを削除してしまったことで見れなくなってすごくへこんでおります。
大変申し訳ございません。
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