8.修行
試練から戻った次の日、俺はさっそく修行を始めることになった。昨日から泊まっており、この騒ぎが一段落するまではシスの家に泊まる。教会のフラー司教にはディスが伝えておいてくれるらしい。
「いいかいユリウス、おまえが10日間でやることだが、体力をつける、魔力循環が出来るようになる。この2つだ」
どうやら10日間で俺を育てるらしい。デルメインの防御力では10日が限界だろうとディスが言っていた。
それより体力かあ。走り込みとかだよなきっと…。多くの魔力を使うにはそれなりに身体に負荷がかかる。それは元から知っているが、できれば避けたい。勉強は苦ではないのだが身体を動かすことはどうも苦手だ。あとは、魔力変換か…何をするのだろう。
「あの、魔力循環とは何ですか?」
「マナを身体に取り込み、魔力に変換して循環させることだね。今のおまえもすでに相当な魔力量がある。だが自然に取り込まれているそいつらを使おうとすれば、効率が悪いのさ。言うことを聞かないからね」
契約の儀を受けたあの日から、身体を巡る力に意識を向けるようにはしてきたが、どうやらそんなやり方ではダメらしい。
「あの…体力をつけるとは、やはり、走り込みとかですか? 」
「そうだね。午前中は走り込み、午後は魔力循環でいいだろう。魔力循環は、まずそこらにいるマナを感じるところからだ」
マナとはこの世界に満ちているエネルギーのことだ。俺は心が読めるからか、小さい頃からその存在が見えていた。昔は勝手に見えてしまっていたが、今は自分の意志で見ないようにも出来る。勝手に見えてたときは、そこら中が急に光の粒でキラキラ光るもんだから苦労したものだ。
「マナを身体に取り込むというのは、呼べばいいんでしょうか?」
たまにこいつらはやたらと寄ってくるのだ。遊んで欲しいのだと勝手に解釈していたが、よく考えれば精霊は愚か、マナに知能はない。あー…いや? でも話が通じるし、知能があるのか?呼べば来るし、遊びは終わりだと言えば帰っていく。
「っ!? ユリウスは、もうマナを感じれるのかい?」
「あ、いや感じるというか、見ることは出来ます」
「見るねえ。呼ぶというのは集めるということかね?」
「そうですね、ただマナを魔力に変換するというのが分かりません。」
「これは走り込みだけで十分かもしれないね。集めるマナを自分の力になってくれる子だけしてみな。そうしたら、身体に入っていく。人間に宿り、ひとつの力にすることを魔力変換と呼ぶ。何もする必要はないさ。」
なるほど、そこらに無数に漂っている状態をマナ、そして人間に宿り一つとなった状態が魔力。ということだな。
というか、いま嫌なワードが聞こえたような…10日間走り込みだけとか絶対無理。もっと魔法の呪文を覚えたりいろいろしたい。
「あの、走り込みだけですか? もっとこう魔法を教えてもらえたりしませんかね?」
「それは後で教えるさ。とりあえず、魔力変換をしてみな」
とりあえずここに居るマナたちに、俺の力になってくれるよう呼びかける。
「おっっと。」
ストーップ!
シスさんが目を見開いている。〈驚愕〉ね。びっくりしてばかりですね、俺もびっくりしてますが。
ここはもともとダースがいるからマナが多いのは分かっていたが、呼びかけた途端、俺の中にものすごい数が飛び込んで来た。それはもう、黒い光粒子の大きな波に飲み込まれるような勢いで…。
「あのー…とりあえず結構な数が身体の中に入ったんですが…」
「驚いたね。よほどマナに愛されているのだろう。エーナ村の子はマナに愛されてる子が多いけど、おまえみたいなのは初めてだね」
『あら、シス。当たり前でしょう? ワタクシの宿主だもの』
いつの間にか、ソファで寛いでいたダースがこちらに来ていた。
「確かにそうでした。ダース様がいるのに、闇のマナたちが力を貸さないわけがないですね」
『ふふふ、そういうこと。ユリウス、そのまま身体の中を巡らせてごらんなさい。出来るだけ身体の隅々にまで行き渡るようにね』
「ああ、やってみる」
『それよりシス。このルーって子にはユリウスを守れるようにワタクシが指導するから、契約をしちゃってちょうだい』
「その子はまだ7歳ではないですよ。良いのですか?」
ん? 契約? まさか契約の儀のことか?
『そんなのここ数万年の間に、人間が勝手に決めただけだもの。気にしなくていいじゃない』
ちょっとおかしな会話が聞こえてきているが、ダースに何を言っても無駄だろう。ルーに無理をさせるようなら止めるが、魔法を使えれば自分の身が守れるようになる。二度とあんなことはゴメンだが、この世界では常に危険と隣り合わせなのだ。
「では…『神の祝福』」
魔方陣が天井に描かれキラキラとした光りが、ルーに降り注ぐ。本当に契約の儀の魔法そのものだ。
シスも魔源の弟子だけのことはある。司教しか使えないと言われている魔法を、難なく発動させているようだ。
「ルー、大丈夫そうか? 何かあったら言えよ」
話すことはないだろうがとりあえず、声をかけておく。
「ユリウス、そこまで魔力循環出来るなら十分だね。朝晩1時間やればいい。1時間やったら、走り込みをしておいで」
シスは鬼だ。走り込みのコースだが、ダースの部屋に続く階段を降り、魔石塔(あのビルみたいな魔石をそう呼ぶらしい)をまわって、また階段を登り戻ってこいと言われた。それだけで、5時間くらいかかるのでは?
助けを求めるようにダースを見たが、どうやらルーに教鞭をとることに夢中らしく、一生懸命マナについて解説しているところであった。途中、自分のいかに偉大な存在かを熱弁していたが。
仕方なく俺は1時間の魔力循環を行った後、走り込みに向かう。
「死ぬ〜。バトラ〜」
俺は階段を走って降り、洞窟を抜け魔石塔のある広間までたどり着いた。心なしか洞窟も長かったような気がする。広間に飛び込むなりバトラを呼ぶ。
奥の扉のところで待っていてくれているようだ。少しだけ休憩していこう。
「ありがと、バトラ」
『ユリウス様、冷えた水で宜しいでしょうか』
「うん、助かる。あ゛ぁー疲れた」
扉を入ってすぐ、床に大の字になって倒れる。
帰りは登りだ。地獄だ。いや…あまり考えない方がいい。ルーが心配だし、早く帰ることだけ考えよう。
バトラに水をもらい少し休憩すると、また走り込みに戻る。
「死、ぬ…」
俺がシスの部屋へ戻ったときにはルーとダースはすでに寝ていた。
「お疲れさま。ずいぶんかかったじゃないか」
「…こんなの無茶だ」
「どうやら、体力はあまりないようだね。そこにあるスープとパンを食べたらすぐに寝な。身体が回復するスープだから、ちゃんと全部食べるんだよ」
疲れすぎて喉を通らないと思っていたが、相当お腹も減っていたらしくあっという間に食べ終わる。
「もう少し食べるかい?」
「いや、もう止めとく。明日もどうせ走るんだろ? あんまり食べると吐きそうだ」
あまりにもひどいコースで嫌気がさしていたせいか、砕けた口調になってしまった。敬語で話す余裕すらない。
「はっはっはっ、面白い子だね。ダース様が気に入るわけだ」
俺が嫌がりながらも走ろうとすることが、面白かったらしい。やめられるならやめたいが、どのみち魔法を使うには身体づくりが重要ってことは知っている。遅かれ早かれ、学院でも同じようなことをさせられるのだろう。
「それより、ルーは大丈夫だった?」
「あの子もねぇ、おまえに似たのかね? ダース様はマナの基本やらこの世界について話したあと、魔力循環を教えていてね。夜には出来るようになっていたよ。あの子は何者だい?」
「さあ、分からない。俺が知りたいくらいだ。デルメインに向かうキャリッジで盗賊に襲われて、俺とルーだけ生き残ったんだ」
「…そうだったのかい。なるほどね。」
「ルーの属性は何だったんだ?」
「基本属性は"土"だね。あの子の魔力量も大概だよ。おまえもそうだけど、普通はそんなに取り込めないのさ」
「まあ、良いことならいいじゃないか。自分の身を守れるようになってくれればそれでいい」
「まあそうだがね。あぁそうだ、明日からは今日のコースを2往復だからね」
「は…?」
次の日から、朝に魔力循環をして走り込みを2往復したあとシスの家に倒れ込み、また夜に魔力循環をして終わるという日々が続いた。
ルーのメニューにも走り込み1往復が追加されたようで、朝晩の魔力循環、走り込み。たまに座学も受けているようだ。
5日を過ぎたあたりから体力がついてきたのか、いくらかマシになり、戻ったときに倒れ込むことがなくなった。
「体力がついてきたね。今日から魔力循環をしながら走り込みをしな」
「ん? 魔力循環をしながら…分かった」
簡単に考えていたがやってみると意外と難しい。走っているほうに集中してしまうと、魔力に意識がいかず身体に行き渡らない。頭を使う分いつも以上に疲れる。
「あ゛ーくそぉ!」
ルーも同様に6日目から走り込みプラス魔力循環になったらしい、普段表情のないルーも苦しそうな顔をしている。
『そろそろね! ルー、今日は帰ってきたら魔力の使い方を教えてあげるわ!』
なんだかダースが張り切っている。今日で9日目。ようやく明日で一旦、終わりだ。
「そうですね、ダース様。ユリウス、おまえも一緒に教えてもらうといい。ルーと一緒に戻って来れるように死ぬ気で走りな」
あぁ?あいつは悪魔だ!死に神だ!
確かにルーとは年齢も倍以上違うが、倍の距離で同じに時間に戻れなんて頭がおかしい。
頭にきているが、とにかく走る。冷静ならなけばいけない。登りと降りのペース配分を間違えれば、命取りになる。魔力循環もほぼ無意識で続けられるようになっているが、怒りにまかせて走れば体力を持っていかれる。
「……やり切った。」
『さすが、ユリウスね』
俺の修行についてはダースも厳しい。それか出来て当たり前だと思い込んでいるか、どっちかだ。回復するスープを飲んで休憩し、早速ダースの魔力講義が始まる。
『まず魔力は、マナであり意志を伝えれば何とでもなるわ』
はい、さっそくさっぱり分かりません。ルーはずっとこんなふざけた講義を受けていたのか?
「…補足しようかね。おまえたちがやってきたとおり、マナに意志を伝えることで魔力として自分の力に出来る。その力をどう使うかもまた、おまえたちの意志次第で何とでもなるということさ。ただし、集めたマナの属性には逆らえないがね」
シスが説明するには、水のマナから火を生み出すことは出来ないが、水に関することならイメージ次第で大抵何とでもなるらしい。
「えっとつまり…例えば水の刃になれと意志を伝えれば、そうなるということか?」
「そうだね」
『ユリウスの場合は、今は闇のマナを集めているでしょう? そうしたら闇の刃が出来るわ。やってみたらいいわ! ユリウスがどんな刃を作るのか気になるもの』
ダースがキラキラした目でこちらを見てくる。
「ユリウス、イメージをしっかりと伝えないと形を作ってはくれない。刃なら切れるイメージもだね」
とりあえずやってみる。妄想は得意だ。前世では一日妄想して過ごすこともあったくらいだ。
循環させている魔力にイメージを伝える。俺の目の前に、真っ黒の刃の剣。やっぱり形は刀がいいだろう。そこまで刀身は長すぎず、あの話の主人公のような刀にしよう。柄の両方に刃がついた刀。一方が短く、一方が長い。切れるイメージも漫画のあの優雅な刀裁きを伝えて…
『まあ!見事だわ』
ダースが感嘆の声を上げる。ダースの声に、瞑っていた目を開けてみると、俺の目の前に一本の刀が出来上がっていた。我ながらなかなか良いものが出来たと思う。
「まさか一度で出来てしまうとは…」
『あら、ユリウスなら当然よ』
なるほど、なんとなく分かった。これはいろいろ試したい。だが、気になることがある。
「初級魔法の教科書を読んだことがあるが、こんなことは書いてなかったはずだ」
孤児院には卒業していった子たちの本や教科書が置いてあった。それをみんなで使い回している。もちろん俺もそれを読んだことはあるが、こんな内容は書かれていなかった。
「それは人間がマナとの生活から離れすぎてしまったのさ」
シスいわく、今世の中で使われている魔力は、マナの意志を無視したものらしい。身体に勝手に集まったマナを魔力として、無理やり行使したもので意志が伝わりにくいらしい。初級魔法くらいならイメージだけで使えるが、中級以上は呪文まで唱える必要がある。
「それなら、俺たちが教えてもらった方法を広めればいいんじゃ?」
ダースが悲しい顔をしている。
『そもそもマナの存在を信じている者がほとんどいない』
「え?」
いや、よく考えれば確かにそうだ。世界にはマナというエネルギーがあり、契約して魔力として使えるようになるとされている。これはおとぎ話みたいなもので、実際には契約の儀で魔力自体を授かると考えられているのだ。
「この話をしたところで、真剣に聞く者などいないのさ。だから、魔力の使い方も大きく変わってしまった。誰かがまとめた魔法書がベースになり、決まった形で使うことしかしなくなったのさ。」
「それは残念ですね。可能性に満ちているのに。」
ダースが嬉しそうにこちらを見る。
『ちなみに、基本属性のほかにもマナに気に入られれば使えるわ。そのあたりも、今の人間たちはおかしな解釈をしているようだけど』
「ん? 俺は基本属性を持っていないから…ってあれ? どういうこと?」
基本属性のほかに、気に入られれば…? だったら俺も他の属性を使える可能性があるのか?
「私から説明しよう。そもそも基本属性の意味が違う。元々、基本属性とはその者が1番愛されているマナの属性を指すのさ。ルーの場合は"土"、ユリウスの場合は特殊で"光"と"闇"が同等だからどちらも基本属性だと言える」
「えっと、じゃあルーにも光とか闇が使えたり、俺にも土や水なんかが使えるってこと?」
『当たり前よ? ユリウスは既に全てのマナに愛されてるもの。集めるマナを変えれば、土だって水だって扱えるわ。それと、ルーはすでに闇もいけるわね。ワタクシが教えてるんだもの』
頭が混乱してきたぞ。
えっと、基本属性はその人に1番合うマナの属性を指していて、その他の属性も使えないわけではない。ただ、気に入られる必要がある。とこういうことだな。
「なるほど、マナの存在が信じられていないから、大抵の人は新たに属性が増えたりしないのか」
『そういうこと。じゃあ、次はルーの番ね。あなたにはユリウスを守る役目がある。この扉のずっと先には露天が並んでいたわね。そこにいる人数を探るのよ。土のマナに呼びかけ、人間の魔力を探ってみなさい』
いつからルーは俺を守らなきゃいけなくなったんだか…。普通は俺が守るものだと思うのだが。
まあ、試しに俺もやってみるか。
「えっとダース。これは魔力にしなくていいってことだよね? そこに居るマナに干渉する感じ。でいいのかな?」
『そうね、自分の魔力を飛ばせばより正確でしょうけど、敵を探るのに自分の魔力を飛ばすのはダメね。その場にいるマナを使う方が良いわ。それと土のマナは、他のマナを感じる能力に優れているから、土のマナを使ったほうが良いわね』
おっ? ルーが紙に何かを書いている。いつの間にか、読み書きも教えてもらったらしい。
「3? 3人いるってこと?」
「ユリウスもやってみるかい?」
やってみよう。せっかくだから土のマナに。俺の場合は色ではっきりと見えるから意志を飛ばしやすい。地面には大抵、土のマナが集まっている。視点をマナに切り替えれば、黄土色に輝くマナが集まっているところが道だと分かる。
「あれ?」
「どうしたのかね」
「あっ、いや俺の場合はマナが見えるから…。あーこの、不自然に固まっているのがマナというか魔力かな。だとすればルーの言う通り、3人だね」
扉をぬけて角を曲がった先に1人、少し先にもう1人。洞窟路の入り口付近にもう1人。
『まあ! さすが、ユリウスね』
「感じることは出来ても目で見ることなど、私でも出来ないというのにね…。あまりそのことは他人に言わない方がよいだろう。言ったところで、信じる者もいないだろうが」
頷いておく。心が見えることには隠す癖がついていたが、マナが見えることは自然と話してしまっていた。この人たちだから、自然と話せたのだろうが次からは気をつけよう。
「それじゃ、明日はいつも通りのメニューが終わったら、防御結界の説明をするからね。魔力で遊ぶのはほどほどにしておきな」
シスには心を見透かされていたらしい。注意をされなければ夜通し魔力で遊んでいただろう。試してみたいことが、いくらでも浮かんでくる。
それにしても修行のことでいっぱいいっぱいで、防御結界のことをすっかり忘れていた。今でも上の階層では、この地を守る為に戦っている人が居るのだ。
俺には正直なところ他人がどうなろうが知ったことではない。自分が生きていくこと、それと今はルーのことで精一杯なのだ。だから、俺が助けてやるなんて正義のヒーローのようには思えない。
ただ、このままでは俺が困る。ルーの親も探せなければ、王都にも行けないかもしれない。俺は、自分の利となることだけを考えて動く。それだけだ。




