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7.危機

「どうなっている…何が起こったというのだ」


デルメイン領長であるヴェランデ・リングスは頭を抱えていた。デルメインを覆っていた闇霧(ダークネスフォグ)が突如消えてしまったのだ。この地は、この霧のおかげで獰猛な獣や魔生物から守られ発展して来た。それが無くなったとなれば、それらの危機がこの地を襲う。


幸いにも、デルメインの3分の1は王都に面しておりそちらは外敵の心配はない。しかし残りの3分の2の領土の外周だけでも500km以上に渡っており、到底守ることはできない。すでに放棄した1階層目は、好き勝手に荒らされていた。


「リングス様、1階層目の住民の避難は完了しております。街にいた冒険者を2階層目に集め、防衛に協力してもらっています。」


衛兵が報告する。


「そうか。」


たとえ、下階層に避難したとしても、デルメインの中心は最階層まで続く大穴になっている。その穴を塞がない限り、安全とはいえない。空を飛べる生き物であれば、簡単に下の階層にも来れてしまうだろう。


「ディスよ。お前の力でもこの大穴をふさぐ防御魔法は難しいのだな?」


「無理でしょうね。ただ、多少の時間稼ぎはしましょう。王都に要請はしたのでしょう?」


フードを被った不気味な雰囲気の男が答える。


「ああ。だが、防御結界を展開させない限りこの地の安全は守られない。しかし、この地を覆うほどの結界を発動させるにはそれこそ何年もの月日が必要だ。」


通常、人の住む地には防御結界が張られている。街が大きくなるにつれて結界も大きくしていくのだが、デルメインは闇霧(ダークネスフォグ)に頼っていたため結界がなかった。巨大な結界を発動させるためには、魔法陣を描き、優秀な魔導士、数十名が魔石に力を込め発動させる必要がある。


「ここには何も揃っていませんね」


ディスと呼ばれた不気味な男は嘲笑うかのように言う。


「ああ。お前の言うとおりだ」


防衛には最低限の投資しかしていない。いや、街の整備、冒険者の誘致もそれほど重要視していなかった。領長リングスが力を入れていたのは、階層を広げ採掘量を増やすことであった。


この地には自衛をするだけの力がまったく無いのだ。


「王都からの援助は期待できないでしょうから、最悪この地を捨てる準備を。それでは私はこれで」


男がその場からフッと消える。


「まったく、いつも急に現れ消えていく。それよりこの地を捨てる準備か…」


ヴェランデは後悔していた。父である前領長は闇霧(ダークネスフォグ)の調査を進め、防御結界の必要性を検討していた。しかし、ヴェランデは調査団を解散させ、街を守る衛兵も減らしていた。それよりも早くこの地の鉱石を採ってしまおうと思ってたのだ。


「天罰だな」


父からはいざという時の守りをと常に言われてた。人間が攻めてくることもあるのだからと。


ヴェランデは既に諦め、力なくうなだれることしか出来なかった。


ーーーーーーーーーー



俺はバトラにもらった魔石の袋を抱え、ルーと別れた階段下までやってきた。


「さて、ルーを連れて今日は帰るか〜」


この階段を登るのにも結構時間がかかったはずだ。それに、5階層の教会まで帰るのにも時間がそこそこかかる。初めて来てるので明るいうちに帰った方がいいだろう。魔法を教えてもらうのは明日からするか。


『戻らない方がいいわね。ここに居た方がいいわ』


「ん? 何で?」


ダースが妙なことを言ってきた。


『…さあ?』


なんだか気になる言い方だが、とりあえず階段をあがりルーのところへ行こう。


「戻りましたー。ルーお待たせ〜」


「「えっ?」」


「あ、えっ?」


思わず聞き返してしまった。シスさんとフードを深く被った男が〈驚愕〉している。えっと、ルーは…ダイニングテーブルの方に座っているようだ。とりあえずいつも通りなようで安心だ。


えっとそれで、何だっけ?〈不信〉〈疑念〉〈殺意〉っておいおいおい。あの男はやばい。


「あの…じゃあ、今日はもうルーを連れて帰ります…」


ルーの方へ近寄り、手を引いて玄関の方へ向かおうとするが、ヤバそうな男に遮られてしまった。


「ダース様、ご機嫌麗しゅう。本日もお綺麗です。しかし、そのお姿はいかがされたのでしょう? こいつを殺しましょうか?」


フードの男が急に膝をつき、ダースに恭しく挨拶する。隣でいつの間にかシスさんも腰を折り頭を下げている。


『あら、ディス。まさかユリウスを殺すと言ったのかしら? その前にワタクシがお前を殺してやりましょう』


ずいぶん物騒な話をしている。


「ディス、ダース様に謝罪をしな。この者、ユリウスはダース様が楽しみにされていたお子さ。試練が終わり戻ってきただけのはずだったが…どうしたものか。ダース様ご説明いただいても?」


『ふん。ユリウスに宿ることにしただけよ。あなたたちの仕事を減らしてあげたのだから感謝なさい』


2人の顔がみるみる青ざめていく。やはり、ダースを連れ出すのはまずかったらしい。えっと、一人は〈焦燥〉にもう一人は〈絶望〉か。


ディスという男はガクリとうなだれ、見るからに絶望しているな。心を見るまでもなかったか。


「あー、ダース?やっぱり戻ったほうがいいんじゃ?」


言った瞬間、キッとディスに睨み付けられた。


『ユリウスいいのよ。こんな者たち放っておけば。それより2人とも、ユリウスが教会に帰りたいのだけどさっさと何とかしてくれるかしら? このままじゃ、危なくて行かせられないわ』


ダースは2人の反応を気にする様子もなく、命じている。

シスは深くため息をついていた。


「ディスはダース様にお茶を用意しな。悪いがユリウス、少し話を聞いてもいいかい?」


ダースはいつの間にか元の大きさにもどり、ソファで寛いでいる。俺はシスにすすめられ、ルーの座っていたダイニングテーブルに腰掛ける。


「ユリウス、教会には戻らない方がいいだろう。というか戻れない。10階層より上にいるものは避難指示が出ているのさ」


「何かあったのですね?」


嫌な予感しかしないな。たぶん俺のせいだろうから。


「そうさ、デルメインを守っていた闇霧(ダークネスフォグ)が消えてしまった。」


デルメインを覆う闇霧(ダークネスフォグ)は、外敵からこの地を守っている。


「それはダースが俺に宿ってしまったことと関係があるのですか?」


「そうだね。ダース様はこの地に宿り、この地を守護していた。いまはユリウスに宿りユリウスを守護している。それで、闇霧(ダークネスフォグ)が消えたって訳だね」


この地の守護者が消えたということか…


「それって…なんかヤバいんじゃ。」


「ああ、大変なことさ。わたしらでもどうにもならない」


「あのところで、あの人って…」


ディスと呼ばれる人は、ダースの接待をしているようだ。いつの間にかフードを脱いでいる。思っていたよりも若かった。しかし、顔は青白くやはりどこか不気味だ。


「あーアイツかい? あいつはディスって言ってね、私とあいつはダース様の弟子みたいなもんでね。ディスはダース様に心酔しきっているからね。悪かった、許してやってくれ」


「あーはい。ところでこれからどうすれば?」


「どうしようかね。ユリウスがまさかダース様が宿れるまでの逸材とは思ってもみなかったよ。特別なことは分かっていたが…」


「特別というのは? 属性のことでしょうか?」


「そうさ、おまえは光と闇を持っているだろう? それとマナに愛されている。魔力量が桁違いだ」


やはり俺の魔力は多いらしい。マナに愛されているという実感はなかったが、そうなのだろう。


「やはり、ダースを元の場所に宿らせたほうがいいんじゃないでしょうか?」


「それは無理だねぇ。ダース様がそうなさりたいというのを止めるわけにもいかない。それに今までは、そうしたくても出来なかっただけなのさ。」


「器か」


「そうさ。ダース様から聞いたのかい? 精霊でも宿せる器はなかなか見つからない。魔源ともなれば余計だね。ダース様から器を探すように私たちは言われていてね。おまえの場合は、自ら来てくれたが。」


「ダースはどうして器を探していたんですか?」


「それは、ここから出たかったのだろう。何万年、いや何百万年ものあいだここに宿っていてね。外の様子を窺い知ることは出来ても、私の家くらいまでしか来れないのさ。外の世界が見たいといつも言ってるよ」


やはりダースはここで生まれたのか。精霊と同じように生まれた場所が、宿る場所となったのだろう。宿っている場所から離れれば、マナが拡散し消滅してしまう。ある意味、囚われているのと同じである。


「…器に宿る前に相談して欲しかったがね」


そりゃ、こちらも同じだ。


「なんかすみません。」


「いいや、おまえのせいじゃない。私たちが心のどこかで器なんて見つからない。そんなことは無理だろうと諦めていたのさ。準備をしておかなかったわたしらが悪い」


『シス?話はそんなとことろでいいでしょう?ところでどうするつもりかしら』


ダースが話しに割り込んでくる。


「そうでした。ディス、王都に要請はだしたのかい?援軍はどうなんだい?」


ダースとの会話を邪魔されたのが気に入らなかったのか、〈不服〉そうだ。


「要請は出していた。ただ、この地を守るほどの援軍は期待できないでしょう」


「そうだろうねぇ。しかし、結界を作るにしてもわたしらだけではどうにもならない。」


『ユリウスがいるじゃない。あと一方は適当に魔法士を集めれば良いわ』


またも2人が〈驚愕〉の表情を浮かべている。


「ダース様、さすがにそれは。こんな奴では結界の発動など無理でしょう。まだ、マナの扱いもできない様子」


『こんな奴ですって?ユリウスに暴言を吐くのであればお前には消えてもらうわ』


ダースの周りに黒いオーラがうごめく。それに触れれば即死だと、素人の俺にでも分かる。


「ディス、少し落ち着きな。いつかはこうなることは分かっていたはずさ。ダース様申し訳ありません。ディスは少し混乱しているようです。敬愛するあなた様が、急に宿主をお連れしたので」


ディスはどこか奥の部屋へ行ってしまった。


『ふん、分かっているわよそれくらい。』


ダースも本気ではなかったようだ。意外と優しいらしい。


「それよりダース様。ユリウスが結界を発動できるとお考えで? それはダース様がサポートするということですかね」


『そうね、もちろんワタクシがサポートするわ。だけどまあ、少しはマナを扱えるようにならないと無理ね』


「それはそうですね。しかし、それくらいなら何とかなるかも知れません。あとは、魔石か…」


どうやら俺が魔法陣を発動させる要員に数えられることになったらしい。まあ、俺としても魔法について学べるのなら望むところだ。


『それなら問題ないわ。ワタクシが宿っていた魔石をユリウスに譲ったのよ。 それらを買い取りなさい』


魔石が足りないのか…ん?買い取る?


「いやいや、お金はいりませんよ。もともとはダースのものだし。ここにもらっただけでも十分だから」


バトラにもらった袋を見せながら言う。


「それは良くないね。ユリウスにはまだまだこれからお金が必要だろうさ。それじゃあ、その辺の交渉はディスに任せて、ユリウスは修行だね」


こうして急に俺()()は、泊まり込みで修行することが決まったのだった。

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