3.外の世界
数日後、俺はひとりひとりに挨拶をしてから、孤児院を出た。見送りは断ったのだがシスターマリーだけは、キャリッジの停留所までついて来てくれることになった。
キャリッジとは、この世界の交通手段の一つである。防御力の高い鎧鼠が鉄製のキャビンを引いた乗り物で、さながら護送車のような頑丈な作りになっている。
防御魔法なんかが施されているキャビンもあるそうだが、そんな高級なキャリッジはこの村には来ない。
この世界は人の住んでいる区域以外は基本的に危険だ。マナを吸収して進化した生き物を魔生物と呼ぶのだが、とにかくデカくて凶暴な奴や、小さくて厄介な奴がうようよしている。
この世界では村から出ることは、命をかけるに等しい。
「ユーリ、すぐには帰ってくるのは難しいでしょうから。手紙を書いてくださいね」
泣きそうな顔をしながらシスターマリーは笑う。
〈後悔〉〈心配〉〈希望〉
渡されたお金は1,200ベリル。800ベリルはデルメインまでの片道分の運賃だ。この村に帰ってくるには、400ベリル稼がないと帰ってこれない。
シスターマリーは、そのことを悔やんでいるのか…
自分も一緒に行けないことを悔やんでいるのか…
「シスターマリー。必ず手紙を書きます。そして必ず会いにきます。」
できるだけ心配させないように、力強く答える。
「無理をしないように。身体には気をつけるのですよ。さあ、キャリッジに乗って。」
御者に運賃を払い、キャビンに乗せてもらう。シスターが御者に、俺のことをよろしくと頼んでくれている。
「ユリウス、元気で。また会えるのを楽しみにしています」
「シスターマリー、本当にありがとうございました。お元気で。必ず会いに来ます。皆にもそう伝えてください」
「えぇ、伝えとくわ。気をつけていってらっしゃい」
シスターマリーは、見えなくなるまで手を振ってくれた。
エーナ村から一度も出たことのない俺にとって初めての旅。
2度目の人生、異世界に来て初めて見る外の世界だ。
といっても、キャビンについている鉄格子がはめられた小さな窓から覗くことしかできない。
御者は日が暮れるとキャリッジを停車させ、乗客はキャビンの中で眠りにつく。そして、日が昇るとともにまた走りだした。
もちろん道は舗装などされておらず、ひどい揺れだ。半日を過ぎたあたりからお尻が痛い。
エーナ村から乗ったのは俺を含めて5人。他の街に物を売りに行ったり、買い出しに行く人だ。森を抜ける間、しきりに魔生物が襲ってくるが、御者や乗客が魔法で撃退している。
そうして3日が過ぎた頃、ようやく小高い丘の上にあるゼラテ町に着いた。
「おい坊主、隣いいか? ん、1人か?どこまで行くんだ?」
町から乗ってきた男に声をかけられる。
「どうぞ。デルメインまでです。」
「んじゃ、俺と一緒だな! よろしくな坊主!」
ガハハハハ、と大きく笑いながら、背中をバシバシ叩いてくる。
俺の3倍はあるかという筋骨隆々の男に叩かれ、俺の身体は、砕けてしまいそうだった。
「…う、えっと、よろしくお願いします。先ほどの村はずいぶんと大きいですね。驚きました」
「坊主、あそこは村じゃねーぞ、町だ町。俺が育った町さ。デルメインなんかと比べりゃ小せぇが、良いとこだぞー。坊主も今度ゆっくり寄ってってくれ。とにかく果物がうめぇ。そんでもって酒がうめぇ。坊主にはまだ無理だがな。ガハハハハ」
〈愉快〉〈楽しい〉〈嬉しい〉と言葉のままの気持ちが見える。
確かに、果樹園らしき場所がいくつも見えた。いつか行ってみよう。エーナ村以外の街をみたことがないからな。
「機会があればぜひ。」
そんなこんなで、このガタイの良いおっさんと喋りながら、4日目の夜を迎え、キャリッジが停車する。
「キャリッジの旅は大変ですね」
「ガハハハ、坊主。疲れちまったのか? 明日の夕暮れ前にはおさらばだ。もうちっと頑張れ。」
ガハハハハハ。
ゼラテ町のおっさんが、豪快に笑う。
「はい…」
苦笑いをして返す。この人のおかげで今日は退屈せずに過ごせた。
「じゃあ、坊主。俺は寝るぞ」
「はい、おやすみなさい」
明日にはデルメインに着く。着いたらまずは、属性の確認だ。シスターマリーが教えてくれたのだが、
光属性だった場合、国営の寮付きの学校に通うことが決められているらしい。光属性だけが習得出来る、治癒魔法士を育てるためだ。学費や寮代なんかは全て無料。かなり優遇されている。
闇属性だった場合には? と聞いたら、その場合には、冒険者になることが多いと言っていた。闇魔法を教えている学校は存在せず、自力で覚えるしかないのだという。
出来れば光属性だとありがたい。闇属性だったら…そうなったときに考えよう。なるようになるだろう。
俺もそろそろ寝よう。と目を瞑る。
「うああああ!!!!!」
「!????」
なんだ!?凶暴な魔生物でも出たのか?
御者席の方から叫び声が聞こえた。気づけば、辺りが松明のような明かりで照らされている。
「盗賊だ!!!逃げろーーー!!!!!」
乗客の1人が狂ったように叫んだ。
途端にキャビンの中はパニック状態になり、我先にと逃げ出していく。
「ぎゃぁああ!」
「うぁぁぁぁ!」
キャビンから飛び出した乗客たちが次々に殺されている。
「おい坊主。お前はここから出るな」
ゼラテ町のおっさんが言う。
確かに、逃げても魔法も使えない俺では逃げ切れないだろう。生に執着はないが、みすみす死に急ぐこともない。
「そのつもりです。俺では出てもすぐに殺されるでしょう」
「その通りだ。悪いが俺も殺されたくはない。だが、お前を守って逃げられるほどの強さもない。すまないが、俺は一か八か、逃げる。まあ、お前も俺も生き残る確率は同じようなもんだがな」
〈後悔〉〈死〉、そして小さな小さな〈希望〉か…
「気にせず行ってください。村から出れば危険なことくらい承知しています」
「おう、お前も男だな。じゃあな」
俺が今なすべき事はここで隠れていること。シスターマリーとシスターメアリが苦労して用意してくれた、この大切なお金を守ることだ。
なんなら俺は死ぬことよりも、孤児院の大切なお金を取られることの方が嫌だ。あんな奴らに、このお金を使われると考えただけで怒り狂いそうだ。
じゃあ、生き残る方法はあるかと言えば、そんなものは持ち合わせてない。治癒魔法…せめて魔法が使えれば…
一瞬の間に、様々な想いが頭をよぎる。
「うわっ、」
騒ぎに興奮したのか鎧鼠が急に暴れ出し、鎖を引きちぎり、逃げていく。
「うっ。」
地面に叩きつけられ、転がる。
暴れた拍子にキャビンも右へ左へ揺さぶられ、結局俺は外へ放り出されてしまった。
顔を上げると、目の前では、子供を庇うように倒れている血に染まった親子。
その奥には、ゼラテ町のおっさん…。その他にも、命を狩られた乗客が転がっていた。
死ぬことは怖くないとは言え、殺された人間を見るのは流石に堪える。
「ひどいな…」
「お、まだいたのか。貧乏そうなガキだな。とりあえず、金を置いて死にな」
〈殺す〉〈金〉〈楽しい〉と見えた。自分の目を疑ったが、何度見てもこの盗賊の顔にはその3つが見える。この世界にも、こういう輩もしっかりいるということだ。
「俺の命なんてどうだっていいんだけどさ、このお金は渡せないんだ」
自分でも驚くほどに冷静で、この金だけは守るという闘志に燃えていた。
せめて、みんなのもとにお金を返したい…
「うあああ!!!」
「なんだっ!?」
「闇霧だ!」
「逃げろぉぉぉ!!!!」
今度は盗賊たちが悲鳴をあげ始める。次々に松明が消え、彼らの周りは、漆黒の闇に覆われた。
「…魔法?」
俺は動くことも出来ず、闇に飲まれた空間を呆然と見つめる。
しばらくして悲鳴が止む。
月明かり戻ったその場所には、生気を吸われたような盗賊の死体が転がっていた。
「え…うぇっ。」
流石に耐え切れなくなりもどす。何が起きた…?とりあえずこの場から離れよう。
立ち上がる気力もなく。そのまま、四つん這いでキャビンに向かう。
「あ…。生きてたのか…」
子供を庇うように倒れていた母親。その前に静かに座り込む小さな男の子の姿があった。3歳くらいだろう。泣くこともなく、ただ母親のことを見つめている。
母親は、文字通り命がけで子供を守ったのだ。
ーーー〈絶望〉
「っ!」
くそっ、嫌なものを見た。ショックで泣くこともできないってか。こういう時、この力はホントに不便だ。見たくないものまで見えてしまう。
「いくぞ。」
その子の手を引き、倒れたキャビンの中に身を隠す。抵抗することなくついてきたが、その子の顔からは、感情が失われていた。
もはや何の感情も見えない。心をどこかに置いてきた人形のように、虚空を見つめている。
「俺は少し寝るから」
今の俺にできることはない。
眠れなくても目を瞑る。歩くにしても、夜では道も見えない。いや明るくなったとしても、外を歩くのは自殺行為だ。助けを待つのが賢明だろう。
こうして、ようやく4日目の夜もキャビンで眠りについたのだった。




