18.しがらみ
「エーリヒ殿、デルメインでの一件は失敗したようだね」
薄暗い部屋に2人の男が密談を交わしている。ぼんやりと見える装飾から上質な部屋だということが分かる。
「お言葉ですが…これほど早く結界が構築されるなど誰が予想できたでしょう?トライ様が救援に向かわれたのは予想通りですが、まさかあれほどの魔石を用意できるとは」
エーリヒと呼ばれた男が首を横に振りながら答えた。
「其方の言うおりだな。魔石を用意した上に結界を瞬く間に構築してしまうとは…やはり彼らは」
「侵略者…ですか」
「あぁ、この手記は私の家に代々伝わるものだ。現王でさえその存在を知らない。ここにはハッキリとこう書かれている」
”13人の天人は、マナの地を我がものとすべく舞い降りた。彼らの手は既にあらゆる地に伸び、とうとうこのラティスにもやってきた。神よ侵略者にどうか裁きを”
「それで結局、貴方様の祖先は神に見放され、王家を乗っ取られたというわけですね」
「その通りだ。奴らは人外の力を持っている。デルメインの一件がその証明だ」
「ははは、その人外の奴らを相手にせねばならぬとは、我々”ガランサス”はもっと力をつけなければならないですね」
「その為の契約だ。私はこの命に代えてもこの地を、いや世界を侵略者共から取り戻してみせる。」
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結局昨日はそのまま、ブラウン隊長たちの特訓に付き合って終わってしまった。楽しみにしていた魔道具屋がお預けになっている。
「よし!今日こそあの不気味な魔道具店に行くぞー」
『あらユリウス、ずいぶんと張り切っているわね』
ダースは王都に来てからずいぶん買い物を楽しんでいるようで、装飾品や洋服が増えている。宙に浮いたり、姿を変えたりするところを見られなければ、普通の人間と変わらない。
「そりゃそうさー。確かにさ強くなることも大事だけど楽しくないじゃん。痛いし。それに、その時できる経験を大切にってフラー司教も言ってたしね」
俺はもともと家に引きこもって過ごすのが好きだった。運動音痴ではなかったが、スポーツをするのもみるのもまったく興味がない。人と争うことが嫌いなのだ。同じ漫画を何度も読み、詳細な描写を一つ一つ確認していく方が何倍も楽しかった。
『それでユリウスはどんな魔道具を作るつもりかしら』
新しいワンピースをヒラリとさせながらダースが言う。
「ん〜そうだな…1番はやっぱり、ダースが自由になれる魔道具かな」
『え…?』
「俺に宿ってる状態って不便でしょ?俺の行動に常に左右される。何かに縛られて一生を生きるなんて俺だったら嫌だね」
ダースがもっともっと外の世界を楽しめるようにしてやりたい。俺に一生くっついてなきゃいけないなんて、かわいそすぎる。それと俺にだって思春期がくるのだから、困ることもあると思うのだ。
『……出来たら、イイわね』
そう言うとダースはどこかへ行ってしまった。変な期待を持たせてしまっただろうか…。魔源の感情は見えないのでよく分からない。今すぐには無理でも何百年もあるし、そのうち誰かが常識をひっくり返すような発明して、出来るようになる。なんてことは前世では良くあったものだ。
「まっ、まずは魔道具を作れるようになるところからだな!」
俺とルーは朝の日課をこなし、先日の魔道具店へ行く。
「ユリウス様、まさかこの店ですか?」
今日は朝からずっとノア団長が護衛をしてくれている。朝の鍛錬に出かけようとしたら、もう目を離すわけにはいかないとばかりに、俺たちの部屋の前にいた。
「そうそうここ。なんかイイ感じでしょう?研究所っぽくて」
「ん、まあそう言われればそうですね。ここの店主は少し変わっているというか、自分の好きな魔道具しか作らなくて困っているんです」
職人気質の頑固親父ってとこかな。
「なんだ?おっ!おめぇら、昨日の坊主たちか?」
俺たちが店の外で立っているのが見えたのか、店主がドアからでてくる。
「どうも!昨日はいろいろあって来れなくて…」
「あ?そういやまた騒ぎがあったみてぇだな。ったく、騎士団の奴ら仕事しろってんだよな」
「それは耳の痛い話ですね」
ノア団長は無表情で店主と視線をかわす。
「おう?お前さんは確か王宮騎士の団長さんか?なんだ、坊主たちの護衛か」
「そうですよ、ノアと申します。アイザックさん」
「俺のことは知ってるってか」
「えぇ、王宮では有名なお店ですから」
お互いに〈不信〉と顔に出ている。どうやらこのお店と王宮はあまり関係がよくないようだ。
「あー…ノア団長?今日は俺たちアイザックさんにお世話になるし護衛は大丈夫」
「そういう訳には参りません。お二人に何かあったら大変ですから」
「あ?俺が何かするってのか?いいか?この坊主はお前が邪魔だって言ってんだよ。さっさと消えな」
ノア団長の目が鋭くなる。〈警戒〉。
「では、私はここで待たせてもらいます」
「おう、そうしろ。ほらお前たち行くぞ」
入った入ったと店へと招き入れてくれる。ノア団長は多分動かないだろう。〈不信〉の文字が濃くなっている。あれじゃ、いくら言っても無駄だ。
「ノア団長、じゃあちょっと見てきますね!」
店内は埃っぽく、床にいくつもの魔道具が転がっていた。失敗したものなのか、商品なのかは判別がつかない。
「坊主たちは魔道具を作ってるとこを見たいと言ってたな?」
「魔道具ってさ、あまり作ってるとこないでしょ?売ってるところはあるけど」
「そりゃほとんどの工房がここにあるからな。その昔、製法を流出させないようにここに職人が集められたんだ」
なるほど、魔道具は職人によって作れる魔道具が違うという。代々受け継がれている製法もあるそうだ。
「俺は魔道具作りに戻る。適当に見てもらってかまわねぇ。もちろん俺が作ってるところもだ」
「いまは何を作ってるんですか?」
「あ?今か、今は空間転送を再現できないか試してるとこだ」
「え?魔法陣を描かずに?」
「あったり前だ!さては坊主、魔道具の仕組みをしらねぇな?」
そりゃそうだ。今まで日常的な魔道具は散々見てきているが、作っているところを見たことがない。
「いいか?坊主、」
アイザックは魔道具の成り立ちを説明してくれた。魔道具の始まりは、マナに恵まれなかった者たちが魔法を使うために編み出したものなのだそうだ。魔力のなかった彼らは、道具と魔石を組み合わせ、魔法文字を刻むことで魔法陣の発動に近い状態を作った。
「魔法陣は魔力で書かなきゃならねぇだろ?魔力のない奴にそんなことは出来ねぇ。んじゃあ、どうしたか?魔石に文字を刻んだんだよ」
なるほど。通りでどの魔道具も魔石部分が隠されているわけだ。わざわざ壊してまで調べたこともないので今まで知らなかったが、魔石に文字を刻んでいたとは。
「でも、刻むだけで魔道具になる…?」
「そう、そこが俺たちの独自の製法なのさ。決まった手順で刻んでやらねぇと発動しねぇ」
むしろ決まった手順で刻めば発動するのがすごい。
「じゃあ、いまは空間転送を再現するために、魔石に文字を刻んでるってこと?」
「そんなとこだな。だいたい回路は決まったんだがな。俺たち職人に割り当てられている魔石の数は年間で決まっててな。俺はそれをとっくに使っちまったわけだ!ガハハハハ」
要するに研究資金が足りないってわけか。研究者ってのは成果を出すために莫大な金額が必要だと言う。それも投資をしたからといって成功するとは限らない。
「俺の魔石を分けてもいいけど…」
「何?坊主魔石を持ってんのか?」
〈期待〉〈希望〉〈興奮〉。
そんな目で見られてもな。タダであげるのは違う気がする。デルメインの時のような危険な状態のときは別だが、今は、このおっさんの欲求を満たすだけになる。成功すればそれこそ、常識をくつがえすような大発明になるだろうが、成功すればの話だ。
「それなら条件がある。精霊を宿せる魔道具を研究してくれたら魔石を譲ってもいい」
「何?精霊だと?」
「そう。精霊はマナの溜まり場から生まれて、その場所に宿って育つ。育つと魔力を持つ生き物に寄生しながら生きれるようになるんだよ。でもそれって精霊のもつ力と宿主となる生き物の器に左右されるんだ。俺はそれを生き物ではなく、魔道具で代用できないかと考えている」
「俺は精霊がなんなんだか知らねぇんだが、寄生するのに生き物じゃなきゃいけねぇ理由はなんだ?魔力量だけの問題なら、でかい魔石を用意すりゃ出来そうだが」
そう、そう思って俺も試そうとしたがダースに無理だと言われた。自分が生まれた場所以外に宿るには、条件があるのだという。その条件は本人にも分からず、器となれる生き物を目の前にすると本能的にそうだと感じるのだという。
「それは無理みたいだ。精霊は生まれた場所以外に宿るには、その精霊に適応した器を探す必要があるらしい」
「器だあ?」
「俺にもよく分からない。それはその生き物の持つ魔力量だったり属性だったりするのかも知れないし、まったく別の何かかも知れない」
〈疑念〉…
「…おい坊主、てめぇの名前は何て言う」
「ユリウスだ」
「ユリウス、てめぇは何のためにその道具を作りたい」
アイザックは〈真剣〉な眼差しで俺を見てきた。先ほど見えた〈疑念〉も消えている。ほかの感情は何も見えない。
「俺の知り合いに精霊がいるんだ。そいつは人間に宿ってるが、精霊は宿主から離れすぎると消えてしまう。生まれた場所に何千年も縛りつけられ、やっと器を見つけて外に出れたのに、それでもまだ自由じゃないんだ。そいつを自由にしてやりたい。それが理由だ」
この世界には魔法がある。初めて魔法を使ったとき、これは万能の道具だと思った。しかし、そんなことはなかった。結局この世界の人間も、様々なしがらみを背負って生きている。その姿は前世と変わらない。
「ユリウス、俺は自分の作りたい道具しか作らねぇ。俺が空間転送を作るのは王の為じゃねぇ、民の為だ。7年前のあの日、魔力に優れた奴らは我先に逃げた。死んだ奴らの多くは魔力の少ない奴らだ。俺はな、ここにいるような奴ら為に道具を作ってんじゃねぇ、弱ぇ奴らを守る為につくってんだ」
7年前というのは魔嵐の事件ことだろう。かつて無いほどの巨大な魔嵐で多くの民が犠牲になったうえ、帝国まで攻めてきて民間人が殺されたという。
「俺は逃げた奴らが悪いとは思わない。俺とそこにいるルーは、弱いが故に殺される人々を見た。そして俺たちもそうなるはずだった。この世界では弱きものは搾取される。だけどさ、そんな世界のしがらみに抗ってみるのもありだと思わない?精霊が自由になったり、魔力のない人間が空間転送しちゃったりさ」
「クク、ガハハハハ!面白ぇ!気に入ったぞ坊主!やってやろーじゃねぇか!弱さがなんだ、精霊がなんだ、全部俺の道具で何とかしてやる!」
〈希望〉〈意地〉〈歓喜〉
俺たちは意気投合し、まずは空間転送の魔道具の完成を目指すことにした。その日は基本の魔道具の作り方を教わり、簡単な魔道具作りから始め、気づけばすっかり日が落ちていた。
「申し訳ありません!!!」
俺は魔道具作りに夢中になり、外で待たせているノア団長のことをすっかり忘れていた。ルーも隣でペコリと頭を下げている。
「いえ、お二人が無事ならそれで良いのです。魔道具屋はいかがでしたか?」
「それはもう最高でした!」
やはり魔法は素晴らしい。ロマンがある。魔道具作りは、魔石と道具につながるように文字を刻んでいく。彫刻を掘っていくようなような、そんな作業だった。
刻み始めてからは俺もルーも、もちろんアイザックも一言も話さずそれぞれの作業に没頭していた。これはまた新たな趣味になりそうだ。
「それは何よりです。明日もここにいらっしゃいますか?」
「んーそうだなぁ。トライが来るまではそうしたいところだけど、明日は王都を回ってこようかな」
実はギルドから1つ依頼を受けている。王都ラティスにある薬屋に水を運ぶというものだ。水といってもデルメインで採れる特殊な水で、魔力をふんだんに含んだ魔水だ。
「ではご一緒させていただきます」
ノア団長がいれば依頼場所もすぐ分かるだろう。
「よろしくお願いします」




