十一月の出来事・⑨
「なんだ、やっぱり先輩の差し金ですか」
科学部事務局でサトミが呆れたような態度で声を上げていた。だが、それはポーズであるということは丸わかりだ。なにせ目が生き生きと輝いていた。
「まあな」
元教材倉庫に残されたまともな椅子は少ない。その内の一脚にジーンズ姿の槇夫は座っていた。
まあ、この二人が頭を突き合わせての悪巧みなど、最近の清隆学園高等部では見慣れた光景である。
そうは行かなかったのは同じC棟の二階にある図書室であった。実は先ほどまで一つの事件が起きていた。
迷彩服の大学生が乗り込んできて衆人環視の中において『学園のマドンナ』である佐々木恵美子へ告白するという異常事態だ。
一歩譲って放課後の高等部校内に清隆大学の学生が入ってくることもあるだろう。実際、いま槇夫は高等部C棟の科学部事務局に座っていた。
十歩譲って図書室で恵美子へ会いに来る事は異常では無いだろう。なにせ授業を受ける時に居る教室と、部活で鍛錬している格技棟を除けば、彼女に一番出会える場所であるからだ。ちなみに手紙で校舎裏に呼び出しても、まず来てはくれない。それどころか生徒昇降口には、ほぼ彼女専用となっているゴミ箱があるぐらいで、手紙を下駄箱に忍ばせても読んですらくれないのだ。
百歩譲って衆人環視の中で告白する事は異常では無いだろう。なにせ教室にはクラスメイトが居るし、部活では一緒に鍛錬する部員が居る。もちろん図書室には利用者もいれば『常連組』もたくさん居るのだから。二人きりというチャンスは東京で見る流れ星より確率が低いからだ。
だが、その全てをひとまとめにするのは千歩譲っても事件に違いなかった。アメリカの例を持ち出すまでもなく、日本にだって学校へ侵入した者によって色々と嫌な事件が起きているのだ。
それを防ぐために清隆学園は厳重な警備体制を敷いていた。
まず大学の理系学部と、付属する幼年部から高等部まで入っている広い敷地は、万里の長城ごとく侵入者を防ぐためのフェンスで囲まれていた。
まあ、元は航空隊の基地だった清隆学園を取り囲むので、総延長は相当な数字となり予算からしてそんなにゴッツイ物ではない。しかし学園側が侵略者阻止の意欲を持つ程度は一般に伝わるぐらいの最低限の役割は果たしていた。
敷地内では専用のパトロールカーに乗った警備員が見回りをしていた。まあ本物の警察が使用しているような本格的な車では無くて、悪天候でも楽に見回りが出来るように用意された軽自動車ではあったが。
もちろん任務は学園内敷地の治安維持…、というより広い敷地に目をつけた悪徳業者がゴミの不法投棄をしにやって来るのを追っ払う方が多かったが。まあ、それも治安維持の一環である。
見回りのパトロールカーが学園敷地内へあからさまな侵入者を認めた場合、大学構内にある警備本部から応援が五分以内に駆けつけることになっていた。もちろん本物の事件となれば近隣の警察署へ連絡が行き、これも五分以内に本物のパトカーが駆け付ける事になっていた。まあ、これは地元の警察との治安協定を結んだ時の書類上の数字であって、必ずというわけでは無いのだが。
ただし見た目の奇抜さでも色々なパーソナリティを抱えている清隆学園であるから、これは建前と言ったところか。大学の方には銀色をした宇宙刑事の格好で講義を受ける学生が平気にいるぐらいだから、見た目だけで不審者かどうかを見分ける事は難しい物になっているからだ。
高等部ではさらに高い壁が校舎をグルリと取り巻いていた。これは、清隆学園の建っている土地が元陸海軍共同の航空基地であった名残の掩体壕を再利用した物であった。
さすがに教職員だろうと、この壁を乗り越えて大人が侵入すれば、かなり目立つことになる。高等部A棟にある警備分室にも警備員が常駐しているので、通報があればサスマタなどで武装した警備員が駆け付けることになっていた。もちろん事件となれば教職員も解決に協力する事になっている。この場合、生徒で構成されている治安維持組織である風紀委員会は、生徒の避難誘導に当たる事とされており、どんな立場の生徒だろうと実際に犯人と接触しないような体制となっていた。
まあ、外来者が最初に入ることになるA棟で正式な手順を踏めば、校内に入ること自体は違法ではなくなるのだが。
槇夫はちゃんと教職員昇降口にある事務所の窓口で来訪の目的を伝えていた。かわいい後輩たちが放課後に励んでいる部活動の指導という名目だ。
図書室へ入り込んで来た迷彩服の男がどんな申請をしたのかはナゾだが、まさか『学園のマドンナ』に会うためとは申請していないだろう。もちろんそんな申請は弾かれるに決まっている。在校生に対するつきまとい行為(いわゆるストーカー)を防がなければならないからだ。
「で? あいつ乗って来たか?」
何かを確認するように言った槇夫へ、サトミは大きく頷いた。どう焚きつけたかは不明だが、彼がこの事件の裏に居る事は明白であった。
「はい。『常連組』八人と、向こうの八人で行うサバゲで決着を…、コジローと付き合うかどうか決めることになりました」
相手が仲良くしてくれるとはいえ大学生だからか、いつもよりサトミの言葉は丁寧だ。
「八人?」
槇夫の表情が少し歪んだ。高等部図書室に居座る『常連組』は十人前後のグループではあるが、いつも事件に積極的に関与して来るのはだいたい七人と相場が決まっていたからだ。その七人を指して誰が呼んだか『親の七光り』という別称が(いや蔑称か?)存在していた。
「成り行きで姐さんも巻き込まれる事になりまして」
「? ねえさ…、ああ、藤原さんか」
一瞬だけだがサトミの実姉が事件に噛んだのかと誤解した槇夫であったが、すぐに図書室の主の顔を思い出した。サトミが由美子に対して親しみを込めて「姐さん」と呼んでいることは学内でも有名なのだ。
「また、おまえも藤原さんを巻き込むのが好きだなあ」
少々呆れた声を上げる槇夫に対して、サトミはちょっと声を張り上げた。
「いえいえ。巻き込んだのはオレじゃなくて、コジローですよ」
誤解するなとサトミは強調した。サトミの説明によれば、いきなり図書室に乗り込んで来た大学生は、貸出当番が休んだカウンター業務を代わっていた恵美子に対して大胆にも告白。間髪入れずに恵美子は由美子に抱き着くと「愛しの人」と公言したのだとか。
そこで諦めるのが普通であろうが、話しが清隆学園の校内となると変わって来る。清隆学園には世にも珍しい「決闘条項」なる校則が存在するのだ。
それによれば、生徒同士の揉め事は当人または正式に認められた代理人によって行われる決闘によって解決する事となっていた。
この決闘条項に則り、大学生は由美子へ白手袋を投げつけて宣戦布告。勝った方が恵美子と付き合うという話しになった。
決闘と言っても、この平和な日本で実際に武器を用いて血で血を洗うような抗争をしろという条文ではない。青少年らしくスポーツで解決する事というのが建前だ。まあスポーツの中には剣道や柔道、ボクシングなどの格闘技も含まれるのだが。そしていつの間にかカードだったりルーレットだったり、スポーツとは言いづらい競技でも決闘が行われるようになっていた。
この校則が存在するのには清隆学園の歴史が関わっていた。昭和の高度成長期に盛んになった学生運動。その華やかな時代に大人たちからの干渉をなるべく排除しようとして考え出された校則なのだ。
生徒の生徒による生徒のための自治。つまり生徒会の活動という点では、大人からの過度の干渉を退ける効果が確かにあった。そして(今でもそうだが)進学校だった清隆学園では、この校則が追加された当時は「決闘」というと、テストの点数の優劣による頭脳的な物が多かったと伝えられていた。
だが、時は流れて二一世紀。とんでもないパーソナリティばっかり集まった…、つまりお祭り好きな生徒たちによって、この校則はイベント開催の口実となっているのだった。
こんな都内どころか日本国内でも珍しい校則があるため、口の悪い教育関係者からは「リアル本能〇学園かよ」とか「いやいや私立弱■学園高等学校ですよ」とか「アスティカシア高等専□学園だな」とか陰口を叩かれていた。もちろん文部科学省やら中央教育審議会やらのお偉い組織は「改善」を「指導」しようとしていた。しかし生徒会による自治という大義名分を掲げた看板があるために、その改善指導は退かれてきた。
そして今の槇夫にとって一番大事な事があった。お祭り好きな清隆学園なので、こういう派手な事件から始まる決闘では、生徒会が胴元となってどちらが勝利するかの賭場が立ち上がるのだ。
なにせ金欠大学生である。愛車であるマイクロバスの維持にだって、いま取り掛かっている機械の再生にだって、いくらでも金が欲しかった。
そして金を稼ぐ方法は、当てにならない宝くじなどを除けば、バイトで稼いだ毎月の給金ぐらいだ。
ここで一枚噛んで、札束の海に溺れるぐらいの目があっても、罰は当たらないはずだ。
ちなみに決闘の種目はサトミの誘導によってサバイバルゲームとなっていた。SMCに所属する大学生の顔を立てたという形であるが、要は自分たちが戦争ごっこをしたかっただけである。
「賭けの方は、もう生徒会が動いています」
サトミは事務的に言った。なにせ『常連組』には監査委員会に所属する十塚圭太郎がメンバーとして名を連ねているのである。生徒会を出し抜こうとしても絶対に無理だ。
強引に胴元になろうとしたら、生徒会と大きな摩擦が生まれてしまうことだろう。世間でも勝手に賭場を開くことは処罰の対象となる。そういうことだ。
「まあ、ソッチは慣れている生徒会に任せた方が無難だな」
槇夫も高等部で新たな諍いが起こるのを是としないスタンスのようだ。もちろん生徒会が表立って賭場を開く事は、日本の現行の法制上存在する色んな刑法やら民法に引っかかることになるので、建前は有志による管理団体という事になっていた。
まあ毎月行われる『学園のマドンナ』の(裏)投票と同じように、生徒会の表に出せない仕事だが、みんな知っているという奴だ。ちなみに(裏)投票の方でも誰が『学園のマドンナ』になるかの賭場が毎回立てられている(というか賭場のために(裏)投票があるような物だ)が、今年は圧倒的強者が存在しているため、そちらではあまり儲かっていないようだ。
「そこから、どうやってウチへ利益を誘導するか…」
「すでにユキちゃんが動いています」
サトミは高等部のローカルネットワークに接続されている科学部のノートパソコンを指差した。
「?」
サトミは立ったまま、すでに電源が入って待機画面だったノートパソコンを操作し始めた。大学の方にあるネットワークへと渡り、ひとつのサイトに辿り着いた。
それが目当てだったようで、机の上でノートパソコンをクルリと回して槇夫の方へと向けた。
それは乗り込んで来た大学生が所属するサークル、セイリュウ・ミリタリー・コーポレーション…、つまりSMCのサイトであった。
普段は団員の募集と、近況報告しかやっていないサイトに、新たなページが追加されていた。
ノートパソコンのカーソルをそのバナーへと合わせた。
すると勇ましいBGMとともに動画の再生が始まった。内容は先だって行われた「五〇〇対五〇〇の大決戦」と銘打った大規模なイベントにおいて、どれだけ彼らが活躍したのかの喧伝である。
対して高等部図書委員会のサイトには、サバイバルゲームの「サ」の字も無い。当たり前の話しだ。健全な図書室を運営する組織に、そういった娯楽情報は要らないはずだからだ。あるのは今月お勧めの本とか、図書委員会の活動報告とか、図書室の利用規約だとか、お堅い内容だけである。
この勝負に参加しようとする一般生徒が賭けに際して、これらのサイトから情報を得ようとしてどちらが強いと判断するかは、一目瞭然であった。
あとは高等部に複数いる予想屋を黙らせる手段が必要かもしれないが、彼らにとっても『常連組』の実力は未知数のはずだ。科学部の方に探りを入れて来る可能性はあるが、こちらで検索しても高等部のサバイバルゲーム部のサイトしかヒットしないはずだ。
「これで、大方の票は向こうに集まる事でしょう。そこを逆転勝ちすれば、胴元が持って行く分を引いたとしても、我々の懐にガッポリと…」
親指と人差し指で円を作ったサトミがニヤリと顔を歪めた。相手が大学生だというのに、もう勝利は確実だと言わんばかりだ。
「勝てるのか?」
先日、同じゲームに参加したのでSMCの実力は把握していた。槇夫の鋭い質問に、腕組みをしたサトミはウムとひとつ頷いた。
「こちらには『ニッコリ笑って敵を撃つ、同志寮の女帝』と呼ばれているユキちゃんこと、松田有紀がいるんですよ」
「ほほう」
同志寮のサバイバルゲーム愛好者たちは、高校生といえども見くびれない実力を持っている事は学園内では有名である。なにせ寮を抜け出して夜遊びしようとする寮生と、そうはさせまいと罠を張る寮監との戦いが、毎夜の如く繰り広げられているのである。趣味で休日だけ体を動かしている大学生とは場数が違った。
「さらに『夜戦なら負け知らず、動ける脂肪』のツカチン、『今宵もあなたの背後に今晩は』ブラックプリーストことマサルくん。『スロバキアと道産子の混血でチャキチャキの江戸っ子』御門明実。『キラリと光る知性の輝き』権藤正美に『石見一族の末裔』たる不破空楽までいるんですから、この陣営が負けるならヴィレル・ボガージュでも奇跡は起きませんって」
スラスラと早口で仲間を褒めちぎるサトミが薄っぺらい笑顔を浮かべた。それは「消防署の方から来ました」と消火器の訪問販売する詐欺師が浮かべるものに近かった。
「さらに『爆発炎上火気厳禁』の貴様が加わるのだからな」
顎を撫でるようにして納得する槇夫に、サトミが訂正するように言った。
「『眉目秀麗清廉潔白』のオレが加わって、さらに全体指揮を『拳の魔王』が執るんですから、間違いありませんとも」
まあサトミの二つ名はともかく、由美子に敗北を味合わせたとなると、その後の復讐が恐い物になりそうだ。『常連組』としては一番避けたい事態であろう。いわば「背水の陣」を敷いているような物だ。一歩でも後退すれば流れに呑まれる、それは即ち死である。
槇夫は大きく頷いた。どうやら『常連組』の勝利を確信したのだろう。
「おぬしも悪よのう」
「いえいえ。お代官さまに比べれば、私どもなど、ほんのヒヨッコでございます」
「こいつめえ」
わーっはっはと昭和の時代劇コントのような掛け合いをやって二人が大声で笑っていると、ガヤガヤと騒がしい声が廊下から近づいて来た。
「だめだ、だめだ」
「落ち切らないねえ」
「困るのう」
この部屋の主たる明実と、秘書役の二人である。開けっ放しの扉から三人が帰って来た。
珍しく明実はいつも制服の上に着ている白衣を脱いでおり、それをヒカルに持たせていた。
「お、遅かったな」
待っていたぞとばかりにサトミと槇夫が出迎えた。
「なかなか落ちなくてのう」
明実がヒカルの持っていた白衣を広げてみせた。そこには前衛芸術に失敗したように、発光ピンクのインクがぶちまけられていた。まるで進化した烏賊が塗料をぶち撒けて町中を染めていくゲームにおいて、対人戦(PvP)にボロ負けした姿のようだ。
水道で手洗いして来たのだろうか、濃淡が出ていて余計にそういった印象を見た二人に抱かせた。
「まったく。なにやらかした? ん?」
いつもの通りに柄付きキャンディを咥えたヒカルが訊ねると、それが恒星の周囲を惑星が公転する事のように明実が言った。
「ペイント弾を装填したエアソフトガンで掃射されてのう」
「こんなに?」
アキラが驚いた声を上げた。一発二発どころでない被弾数であった。
「なにせフジワラが怒りに任せて撃ちまくったからのう」
「は?」
「いやね」
言葉足らずな明実の説明に、横からサトミが割って入った。
「エアソフトガンの練習をしようと大学の射撃場に行ったら、そこで姐さんがブチ切れてさ」
「理由も無しにフジワラが切れるわけ無かろう」
ヒカルが眉を顰めた。由美子とサトミを比べたら、まだ由美子の方に親近感を感じているようだ。同性だからというより、クラスで同じ班として活動する事が多いからであろう。一緒に過ごした時間はサトミと比べ物にならない程に長いはずだ。
「いや、ほら…」
人差し指を立てたサトミが視線を天井の方へと逃がした。
「まあ、コレが主な原因なのだが」
渋々といった感じで明実が制服の内ポケットから「象が踏んでも壊れない」スマートフォンを取り出した。一発で画像を呼び出し、その画面を皆に見えるように差し出した。
「これは…」
「ははーん」
「…、怒って当たり前だと思うが?」
三者三様に納得した。そこに映っていたのはマンシルエットターゲットと言って、文字通り人の影を木の板に写し取ったような標的であった。実銃の訓練にも使用されたりするが、画像の物は明実の白衣を汚した物と同じインクが、表面で弾けた様になっていた。おそらく今言ったエアソフトガンの練習に使用したのだろう。
そして重要な事は、複数あるドレもの顔が、由美子をいたずら書きに落とし込んだ似顔絵になっていることだろう。
「いやあ、コレにしてから仲間内の命中率が改善して」
サトミが後頭部を掻きながら、なぜか照れたように言った。
「やっぱり気合の入り方が変わるのかなあ」
「これは怒るよ」とアキラ。
「よく、これだけの絵心があったもんだ」と変な感心をする槇夫。
「いいから、おまえもはやくシャワー浴びて来いよ」これはヒカルである。
「えっ?」
なぜか自分の腕を体に巻き付けて、サトミが恥ずかしそうに言った。
「そんな積極的な…」
「ああ?」
下らないシモネタに話の方向を持って行こうとしたサトミに、抜く手も見せなかったヒカルの黒い自動拳銃が押し付けられた。
「なんか言ったか?」
「いえ、なにも」
サトミもこの銃がエアソフトガンでないことは重々承知していた。飄々としているがやはり眉間に一〇ミリAUTOで穴を開けられたくなかったようで、両手を上げて降参の意志を示した。
「とっとと行ってこい。そこら辺にインクが垂れてるんだよ」
「へへ~い」
ヒカルの迫力に、ペイント弾でカラフルになった制服姿だったサトミは、科学部事務局を出て行った。