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十一月の出来事B面  作者: 池田 和美
18/19

十一月の出来事・⑱



 相手方の背中が旧校舎へ消えていくのを見ながら、アキラたちは丸テーブルの席へと戻った。

 真ん中に置かれた小型モニターには灯が入っていた。どうやらカメラの視界に動く物が入ると自動的に切り替わるようにセッティングされているらしく、さっそく青と白という慣れない二色で、昇降口の様子が映し出されていた。

 ぞろぞろと統制が取れていないといった態で大学生たちが昇降口から廊下へ移動する。

 それを感知したのか、画面が四分割され、昇降口から廊下へと移動する様子を追っていく。カメラごとの性能差でフルカラーの映像だったり、やはりモノクロームだったりと、画質も含めて揃った映像ではない。小さな画面の中で廊下から階段に移ると、土嚢を担いでいる者は変わらないが、重機関銃を運んでいる三人は大変そうだ。

 そうこうしている内に『常連組』も準備を終えたようだ。

 由美子は単色の戦闘服にヘルメット。手には黒とパールピンクのARピストルという姿だ。サトミから手袋とゴーグルを渡されて、さっそく身に着けていた。

 サトミは射撃場で使うような細身のシューティンググラスを顔にかけた。おそらく本物の防弾であろうから、BB弾に対する防御は大丈夫であろう。背中にはいつものディパックがあり、肩からはスリングでM四をかけていた。予備のマガジンなどが目立つところに装備されていないが、ディパックの中には色々と荷物が入っていそうだ。

「二人組で行動するのが基本だから。正美には御門」

「おー」

 正美が右腕をブンブン振って返事を返した。自前のコッキングピストルしか無かった正美であるが、どうやら槇夫が持ち込んだ合衆国植民地海兵隊の制式小銃であるM四一A(パルスライフル)を借りることになったようだ。

 相方とされた御門はゴーグルをかけているのが普段と違うだけで、あとはいつものとおり清隆学園高等部の制服に白衣という姿だ。

「ちょっとお願いできるかな?」

 空楽が楕円形をした物を恵美子へと差し出した。

「?」

 なにかと見ると鏡である。どうやら支度に使うので、手に持って自分を映して欲しいという事のようだ。

「はい、どうぞ」

 恵美子は空楽が見やすいように掲げてやった。

 鏡の中の自分をチェックしながら、黒色の長袖シャツの首元に茶色味が強い臙脂色のネクタイを締め始めた。

「空楽とは…」

 サトミが戸惑うような声を発した。

 すると黒コートを脱ぎながら優が黙って手を挙げた。空楽もネクタイを締めるついでのように手を挙げてこたえた。

「じゃあ空楽にはマサちゃんね」

 その優であるが、黒コートの下からとんでもない服装が出て来た。

 一言で言えば白い。これからサバイバルゲームに挑む服装とは思えない程だ。

 上等な白の三つ揃えに薄青のワイシャツをあわせており、足元まで白い靴下に白いエナメルの靴である。首元に締められたネクタイですら白色である。何かに触れただけで汚れが移りそうな服は、絶対に戦闘向けでは無かった。

「残ったツカチンはユキちゃんとでいいね?」

 向こうで黒コートの二人にサトミが確認していた。

(すると藤原はサトミとか…)

 アキラが何とはなしに確認していると、白い衣装の優が近づいて来た。

「ふふ」

 ちょっとお邪魔といった感じで、まるで救急箱のような木箱を丸テーブルに置きながら、恵美子の持つ空楽の鏡を覗き込んだ。木箱から整髪剤のスプレーを取り出すと、その中身を手に出した。シュワーと白い泡状のムースの山が出来上がった。それを両手に馴染ませてから、清潔に整えられている髪へと撫でつけた。するとどうだろう、若者らしい黒髪が見る間に銀色に変化した。

 髪の色をお手軽に変えた優は、正美のナイロールとは違ったリムレスの銀縁眼鏡をかけたまま、頭全体を覆う透明な仮面のような物を取り出した。

 首から上、頭全体を覆う透明フードは頭頂部にある蝶番で開閉できるようになっているらしく、前後に割るようにして頭に被っていた。

 首元のスナップ錠を鏡で見ながら閉めれば、まるで昭和時代の映画に出てくる宇宙用ヘルメットのような見た目となった。

 いちおう首元と、頭頂部、そして前後が噛み合う分割線の所に細かい穴が開いているので、呼吸には苦労し無さそうである。

 こうすれば眼鏡をかけたまま顔面を保護できる理屈は分かる。しかし実行するとなると、材料費の前に窒息の恐怖に打ち勝つ勇気が必要であろう。

 ちなみに、もう一人の眼鏡愛用者である正美は、眼鏡の上からかけられるサバゲ用ゴーグルという売り文句がついている市販品を使用していた。

「うふふふふ」

 鏡を覗いて頭を左右に振って出来栄えを確認していると、ネクタイを締め終わって茶色いジャケットに腕を通しながら空楽が言った。

「まるで奇械人(きっかいじん)たちを率いて、宿主の精神をコントロールする寄生虫を蔓延らせて世界征服をしようとした、悪の組織の大幹部のような姿だな。それか十三人の魔人たちを日本に呼び寄せた張本人か」

 優は透明なフードの内側でニヤリと笑うと、人差し指を一本立てた。白いハーフマントを肩にかけ、金色のチェーンをネクタイの上に渡らせて留めた。襟は立てたままなので、まるで白いドラキュラといった風体が完成した。

 とどめに白手袋を嵌めて完成だ。

 絶対にこれからサバイバルゲームではなく、夜会といった服装である。(午前中だし透明なフードを被ってはいたが)

「ちょっとまって」

「?」

 自分の服装に納得がいったのか、何度も頷いて荷物を片付けようとする優を、恵美子が遮った。

 優が丸テーブルに置いた木箱の中には整髪料だけでなく、基本的なお化粧道具も揃っていた。おそらく不気味なメイクに利用して来たのだろう、どれもが使われた形跡があった。

 恵美子は鏡を丸テーブルに置くと、箱の中から真っ赤な口紅を抜き出して、自分の唇にサッと塗りたくった。

(記念写真でも撮るのか?)

 恵美子のやることが分からなくて、アキラは丸テーブルの上を確認した。今どきの女子高生らしく恵美子のスマートフォンが出してある。頼まれたらカメラマンをしようとそちらへと手を伸ばした。

 白づくめの怪人と、都市迷彩を着て口紅を塗りたくった女。今年のハロウィンは過ぎてしまったが、来年あたりはこういった姿で街を練り歩いてもいいかもしれない。

 そんな考えをしていたアキラの目の前で、恵美子は優の首へ両腕を巻きつけるようにすると、ブチューとフードに唇を押し付けた。

なんたるちゃ(ヤック・デ・カルチャー)!」

 咄嗟に変な声が出た。

 だがアキラは目立たなくて済んだ。なにせ同じ光景を見ていた者は全て同じような奇声を上げていたからだ。

「どした?」

「あに?」

 気が付かなかったのは向こうでド突き漫才(イチャイチャ)していた由美子とサトミぐらいなものだ。

 された方の優は何もリアクションを取らなかった。いやあまりの出来事に硬直しているようだ。

 キスマークを残した恵美子は含み笑いをすると、まだ手にしていた口紅を使って、より完璧にフードに唇の形を描いた。

「どお? 左右田くん?」

 改めて鏡を手に取り、優の顔を映してやった。

 白い衣装に赤い唇が映える姿となった優は、フードの中で首を左右に振った。だがフードは首元でマントの襟などが邪魔をしてほとんど前に固定されているようなもので、動かなかった。

「うふふふ」

 だが満足だったようで、優は両方の親指を立てて恵美子に感謝の意を表した。

「気に入ってもらえたようだな」

 恵美子から鏡を受け取りながらヒカルが言った。恵美子は優の木箱の中から化粧落としに使うコットンを拝借して、自分に塗りたくった口紅を落とし始めていて、ろくに彼を見ていなかったのだ。

「勝てンの?」

 由美子が精一杯胸を張ってサトミを見上げていた。

 その表情から読み取れる感情は「不安」である。なにせ服装からして気合の入り方が向こうとこちらでは違うのである。こちらは、いま完成した優の異様な身なり以外は、やっぱり「テロリスト」の方がマシに見える格好であった。

 身長差からジーッとサトミを見上げたままの由美子を見ていると、まるでキスを待っているように感じてしまうのは、今起きた煽情的(センセーショナル)な事柄がいけないのであろうか。

 サトミは安心させるように笑みを変えると、その肩を優しく叩いた。

「信頼してよ、勝ってみせるから。姐さんは敵を見たら銃口を向けて『杉浦(すぎうら)克昭(かつあき)』ぃ~って言いながら引き金を引けばいいからね」

「その『杉浦克昭』って誰だよ」

 一気に相手を信用できなくなった目で睨み返す由美子。それに対して笑って誤魔化しているかのようなサトミが、一同に振り返った。

「それじゃあ、そろそろ行きますか」

「お~」

 おもいおもいに返事をして旧校舎へと歩き出した。

「がんばってー」

貸し出されたARピストルを持て余し気味にして歩いて行く由美子へ恵美子が声をかけた。

「まあ、期待しいひんで待っとってください」

 怪しい方言を漏らしながら行く有紀は黒いコートのままだ。手にはあのブルパップ式のサブマシンガンがある。

「せめて引き分けぐらいは狙わないとね」

 同じ黒コートながら有紀とは違うシルエットの圭太郎が、ボルトアクションライフルを担ぐようにして歩いて行った。

「勝利のキスを頂いたので、勝てますよ~」

 これは周囲の景色から浮いて見えるほどの白づくめの優だ。アポロショットが使えなくなったせいか、手ぶらで旧校舎に向かっているように見える。ただ左懐(ひだりふところ)が膨らんでいるのは、あの気持ちの悪い拳銃が入っているからであろう。

「貴様。そのフードを家宝にするがいいぞ」

 その横をまるで「撃っていいのは撃たれる覚悟のある奴だ」という印象をした服装になった空楽が歩く。確実に、架空都市にあるビリヤード場二階に事務所を構えている方ではなく、ロス郊外のローレルキャニオンに住んでいて姓の末尾に「e」がつく方だ。

「うわあ、重いね」

「うむ。しっかり持つのだぞ」

 悲鳴のような声でその雰囲気をぶち壊したのは正美だ。明実が使用予定の<マーガレット・スピンドルストン>を運ぶ手伝いをさせられていた。

 制服に白衣だけの明実と違い、彼は肩からレチクル座ゼータ第二星系の植民星で戦争ができそうなライフルを提げているので、大変そうだった。

 最後に残ったサトミが、わざわざ丸テーブルの所まで足を運んできた。

「?」

 不思議そうに彼を見つめる恵美子に、サトミは右のホッペタを差し出した。

「オレには勝利のキスをくれないの?」

「ま」

 恵美子は目と口を丸くしてみせた。

「欲しかったら首級(しゅきゅう)を挙げて来い」

 横からヒカルがにやけたような顔で言った。

「う~ん」

 それに対して難しそうな顔をして腕組みをしてみせるサトミ。

「どうした?」

 何を悩むことがあるのだろうかとヒカルが訊くと、サトミはちょっと照れたような顔をしながら言い放った。

子宮(しきゅう)を扱うのは慣れているんだけど、首級は扱った事ないなって」

「ま」

 ポッと頬を赤らめる恵美子とアキラ。しかし言い返されたヒカルは平気な顔で言葉を返した。

「そういうことはドーテーを捨ててから言え」

 ついでとばかりに咥えていたキャンディの柄を彼の足元へと吹き飛ばし、地面へ突き立ててみせた。

「あ、やっぱりわかる?」

 なぜか喜んだサトミは、自分の体を抱きしめながら言った。

「嫁入り前は無垢な体でいたいの」

「とっとと行っちまえ」

「へいへい」

 結局、恵美子からの勝利のキスを受けられなかったサトミは、飄々とした足取りで荷物を背負った背中を見せた。



「槇夫先輩は何を飲みます?」

 丸テーブルに居残り組である四人が着くと、さっそくアキラが槇夫に訊いた。

「俺も日本茶かなあ」

「コジローは?」

「あたしウーロン」

「また?」

 アキラの再確認に、恵美子は大きく頷いた。

「また」

「おまえは?」

「日本茶で」

 アキラが手にした銀の盆へ、ヒカルが手早く三つの紙コップを乗せた。うっすらと底に色が残っているので、最低でも日本茶とウーロン茶が入っていた紙コップは間違え無さそうだ。

 アキラは奥の長テーブルで飲み物の準備をすると、電子レンジでぬるめに温め、丸テーブルに出した。

「さてと。準備は出来ているのかな?」

 槇夫は席を立ってモニターが覗ける位置へと移動した。モニターの正面はヒカルで、右にアキラ、左に恵美子という並びだ。本当なら恵美子が正面であるのが正しいのであろうが、アキラとヒカルが並んで座るようにしているため、必然的にそういった並びになってしまったのだ。

 四分割された画面の左上だけに人物が映し出されていた。お揃いの戦闘服で先に旧校舎に入った大学生たちだと分かった。

「これは、どうなったら勝ち?」

 恵美子が解説を求めた。隣に座るヒカルがスルーパスをするようにアキラへ視線を向けた。

「基本はフラッグ戦と言って、相手陣地に立ててあるフラッグを取った方が勝ち」

 アキラが画面の中の大きな旗を指差して言った。それを待っていたかのように、無人の階段を映していた下二つの画面が昇降口に切り替わった。

 どうやら『常連組』が入ってきたことをセンサーが感知したようだ。

「それか相手を全滅させても勝ちだな」

 開始時間が気になるのかチラチラと腕時計を確認しながら槇夫が付け足した。

「やられた奴は、こっちに帰って来るって言ってたな」

 ヒカルが確認すると、槇夫は大きく頷いた。

「敵のフラッグを取った瞬間を画面に捉えられれば、開始と同じようにバスのクラクションを鳴らす。それでおしまいだ」

 分割された画面が次々と切り替わっていく。それで『常連組』が上の階へと登って行くのが分かった。登りながら打ち合わせをしているのだろうか、サトミの唇は動きっぱなしだ。それに対して他のメンバーが特に答えている様子は無い。音声を拾う機能が無いため何を言っているのか分からないが、一回だけ由美子に階段から蹴り落されそうになっていた。

実弾(ほんもの)だったら当たれば嫌でも分かるが、オモチャだと当たった当たっていないでケンカにならないか?」

 ヒカルの素朴な質問に、アキラと槇夫は顔を見合わせた。

「そこは紳士協定で」

「つまり自己申告だから、当たってないと言い張ることができるわけだ」

 ヒカルが呆れたように椅子の背もたれに体重をかけた。

「いや、こっちの弾は全部ペイント弾だから、当たれば跡が残る。言い逃れはできないぞ」

 さっきまで『常連組』の銃を借りていたアキラは、試射で使用したターゲットを思い出して言った。

「なら誤魔化しようがないか」

 ヒカルの再確認に、アキラは頷いてこたえた。

 そうこうしている内に、右上の画面に『常連組』が揃ったところが映し出された。これで屋上の東西にあるペントハウスにあるお互いの陣地で両軍が待機していることとなった。

 最終的な打ち合わせをしている様子が映し出されていた。

「そろそろか…」

 時間を違えてはいけないと思ったのか、まだ五分以上あるのに槇夫は席を立ち、自分のマイクロバスの方へと移動した。

 これだけ静かな廃墟で鳴らせば、たとえ屋上のペントハウスに居たとしても耳に入るはずだ。

「で? 真面目な話し」

 恵美子が声色を変えた。

「『常連組(こっち)』は勝てそうなの?」

「さあてなあ」

 ヒカルが腕組みをした。

「連中の実力は相当だったのは認める」

 ヒカルは『常連組』とサバイバルゲームをしたことがあった。その時に実力を把握したのだろう。

「うんうん。夜にテッポーで遊んでいるみたいだもんね。私も誘ってって言ってるんだけど、いっつも仲間外れなんだ」

「いや、仲間外れとかでなく…」

 アキラが恵美子の恵まれた肢体を見ながら言葉を濁らせた。

「まあ間違いが起きてはいけないからって配慮だろ」

 なに見てんだよと言わんばかりにヒカルの足がアキラの足を踏んづけた。アキラは遠く富士山の方向へと視線を逃がした。

「ちょっとぐらいは…、ねえ」

 含み笑いをして魅力的なウインクをされてもアキラは困るばかりだ。

「コジロー…」

 さすがに春から同じクラス、同じ班で暮らして来た仲である。ヒカルは恵美子をアダナで呼んだ。

「おまえ、そういう願望がある(おそわれたい)のか?」

「私を襲って何かできると思う?」

 逆に訊かれアキラとヒカルは顔を見合わせた。いくら剣道の腕が全国大会級だとはいえ、複数の(オオカミ)から襲われたら、対処しきれないのではないだろうか。常識的に考えて剣道の試合は一対一であり、犯罪者がそんなルールを守るわけが無かった。押し倒された一巻の終わりである。

「あれ?」

 そこでアキラは気が付いた。恵美子は春にあった剣道部の「かわいがり」をたった一人で撃退した事は聞いていた。その時にも先輩方が行儀よく一対一の試合形式で実力差を分からせたとは思えなかった。どちらかというと集団で囲んで私刑(リンチ)を企てる方が自然であろう。

 チラリとヒカルの顔色を窺うと「今頃気が付いたのかよ」と顔に書いてあった。

「私の(ウチ)は、剣道の道場なんだ」

「じゃあ()え抜きだな」

 真面目な顔で語り出した恵美子へ、ヒカルが相槌を打った。

「でも道場でやっているのは撃剣(げっけん)じゃなくて、より実戦的に木刀を使った剣術なの」

「げっけん?」

 キョトンとするアキラをヒカルがつついた。

「竹刀でやる剣道のこった」

 二人は清隆学園高等部へ道場破りのようにある剣士が乗り込んで来た事件を思い出した。あの時の恵美子は竹刀で対峙したが、剣での戦いに躊躇した様子を見せなかった。

「さらに戦前は真剣を使っていたらしいの」

「そいつは…」

 さすがに稽古で真剣を使う剣術道場という話しは聞いた事が無かった。二人が絶句している内に恵美子は語り始めた。

「遡れば戦国時代に合戦場で生まれた流派だと聞いているわ。矢玉、槍鉾、刀剣。どれも一撃が当たれば即死の攻撃があらゆる方向から押し寄せる合戦場で、生き残るために生まれた極めて実戦的な剣術」

「流派の名前は?」

 ヒカルの質問に、恵美子は唇に人差し指を立てた。

「あまりにも実戦的で、一人で三本の刀を操っているように見える事から、伝説の流派とされているわ。だから名乗っても誰も信じやしないの」

「古流武術の中には伝承者を、芸能の歌舞伎のように絞って伝えている流派をあるぐらいだからな」

 長く生きて来た中でそういった猛者と知り合う機会があったようで、ヒカルは納得の表情を見せた。

「ってゆー設定、どお?」

 だがコロッと口元からトレードマークの八重歯の先を覗かせて、恵美子は笑顔になった。

「え~」

 いまの中二病設定を本気で信じかけていたアキラが嘆くような声を上げた。まあ全国大会に顔を出すレベルの彼女にはそのぐらいの剣術は修めてもらっていたかったアキラなのであった。なにせ中学生男子だった頃(にねんまえ)、年頃らしくノートに「とある設定」を書き連ねた過去を持っていたからだ。

「鳴らすぞ~」

 マイクロバスから槇夫の声が聞こえて来た。

 予告をしてから遠慮なくマイクロバスのタイフォンが一杯に鳴らされた。

 音速でワンテンポ遅れて、画面の中の両陣営が動き出した。お互いが、フラッグがある自軍陣地に数人の守りを残し、残りが階段を駆け下りていく。少しでも両チームの様子を画面に納めようと、目まぐるしく画面が切り替わっていった。

「で?」

 中継画面を見ながら恵美子は話題を戻そうとヒカルに訊いた。

「勝てそうなの?」

「前に一緒に遊んだ時は、動きにキレがあったからな。敵陣に斬り込むぐらいの事はやれそうだが…」

「ま。私は誘わないくせに、ヒカルちゃんは誘うんだ」

 恵美子は小さく憤慨した。少しの時間でそれを引っ込めて、画面を指差した。

「あんなオバケが据えてあるのに?」

 上の画面にはSMCが切り札として持ち込んだ機関銃が映っていた。素人目で見て当たると痛そうで、恵美子が心配そうに訊いた。

「機関銃だって万能じゃない」

 サバイバルゲームは専門外のヒカルが言った。

「いつかは弾切れを起こすだろうし、結局は敵に向けられる銃口は一つだ。同時に別方向から攻められれば、囮を犠牲にして射手を倒すことは可能だ」

 クイッと紙コップを煽ると、緑色の液体を喉へと流し込む。

「やだヒカルちゃん。本物に斬り込んだみたい」

「…。まあ、これぐらいは想像力の範疇だろ?」

 アキラは一瞬だけみせたヒカルの表情を見逃さなかった。アレは過去に囮役をやらされた顔だ。

「じゃあ屋上をバーッと走るヒトと、いっこ下から行くヒトに分かれるのかな?」

「常識的に考えてそうだろうな」

 頷いて恵美子の考えを肯定したヒカルは、ベストのポケットから新しい柄付きキャンディを取り出した。

「あと守りが二人ぐらいに、別動隊が二人。ちょうど八人?」

 アキラが指折り数えてみせた。

「だが射線が通る屋上を進撃する必要はないかもな」

 次々に切り替わる画像を見ながらヒカルは、いま自分が言った言葉を否定した。ワシャワシャと音を立ててキャンディの包み紙を解いた。

「あんな三脚に据えた物が階段の下を狙えるとは思えない」

「たしかに」

 専門用語で説明すれば俯角が取れないという奴だ。三脚から外して射手が抱え込むようにすれば下方向も射角に入るだろうが、三脚に乗せている間は左右方向の自由度ほど上下方向に狙えるわけではない。

「マシンガンの射程ギリギリで挑発ぐらいはするだろうが、それ以上に相手をする必要がねぇ。そうなると屋上を突っ走る二人は節約できて、他に回せる」

「逆は?」

 恵美子が画面を指差した。

「この大物を屋上に持ち出して、そのまま前進するっていうのは?」

「それはアリかもしれねえが…」

 フッと画面ではなくパイプテントの向こうに見える旧校舎を見上げた。

「だが、コッチにはスナイパーがいる。おいそれと近づくことはできないだろうさ」

 ヒカルはそう言い切ったが、そうならないのが本物の戦争とゲームの差であった。

戦場のスナイパーならば抵抗火点に据えられた機関銃の射程外から射手を狙撃することができるが、サバイバルゲームではそうはいかない。なにせ威力に制限が加えられているからだ。ゲームを楽しむため、また銃刀法に違反しないため、そして怪我の予防に課せられた規定(レギュレーション)であった。十歳以上を〇・一三五ジュール以下、十八歳以上を〇・九八ジュール以下とされている。(言うまでも無い事だが十歳未満の使用は想定されていない)

 これではどれだけ銃の射程を上げようと(たくら)んでも、結局はこの規定が邪魔をして頭打ちという状態となる。極端な事を言えば、まるで物干し竿のような対物ライフルと拳銃の射程が同じということだ。

 ならばいっそ拳銃にした方が楽だし取り回しがしやすいと考えても不思議ではない。とくに長物(ライフル)を持たずにゲームへ参加する空楽や優あたりはそういった思考なのだろう。

 実際、中継画面を映し出しているモニターの中で、その二人は軽快に階段を飛び降りていた。

 対物ライフルは大げさとして、アサルトライフル程度の大きさだと、持ち運びに適した大きさと重さだ。まあモデルにした銃自体がそれも考慮して設計されているので当たり前であるが。そして両腕に加えて肩でも銃を保持するので狙いやすいという利点があるので、同じ威力の拳銃と小銃では、小銃の方に有利性があると言えた。

 どうやら戦場は五階と定められたようだ。『常連組』の四人と、SMCの四人が、陣地から階段を駆け下りた真下で、相手側の様子を窺うような動きに入った。

 サトミが廊下にあった掃除用具入れを蹴飛ばして倒し、その陰へと四人が姿を隠した。

 その向こうで、とうとう明実が抱えて来た超大物が展開を始めたのが映っていた。

 ゲームが始まる前に、本来ならば十歳以上十八歳未満である『常連組』が高威力のエアソフトガンを使用するにあたって、両者で話し合いがあったようだ。

 高校生が高威力なエアソフトガンを使用するにあたって、SMCの代表を気取った男は「あの武器は、自分は見ていません」と怯える部下を持った少佐のような一言を発して使用を認めたとか。

(高威力ねえ)

 だがアキラには言葉のマジックが分かっていた。なにせ惑星規模の衝突実験に使用される機材(アレ)を持ち出しているのだ。高威力は高威力でも十八歳以下の者が十八歳以上の銃を使うという話しでは無くて、実銃に匹敵するぐらいの行き過ぎた高威力な銃の事であることは間違いない。

(ホント、怪我だけはよしてくれよ)

 アキラも旧校舎を見上げた。


 ズパン!


 それを待っていたように旧校舎五階のガラスが全て外側へと吹き飛んだ。キラキラと雪の結晶のように太陽の光を反射しながら、雨霰のように校庭へと降り注ぐ。もうちょっと校舎寄りにテントが設営されていたら、アキラたちも頭からかぶるところであった。

「はあ?」

 アキラが目を剝いて驚いていると、丸テーブルへ戻って来ていた槇夫が椅子に座らないまま呆れた声を上げた。

「やっぱりこうなるとは思ったんだよなあ」

「は?」

 何が起きたのか視界に入っているのだろうが、理解が追いついていないようで、恵美子がとても気の抜けた声を漏らした。

「閉鎖空間であれだけの初速を出す装置を作動させたら、そら衝撃波の逃げ道が無くって、ガラスも破れるという寸法だ」

「衝撃波って…」

 アキラが槇夫に視線を移すと、こちらもこの事態を予想していたのか、ヒカルが頭の後ろで手を組んでいった。

「あれだけの威力だもんな。撃ちだす物がBB弾でも、本物のレベルで被害が出るわけだ」

「じゃあ、アレに撃たれたら…」

 最悪の事態が頭をよぎってアキラが顔色を白くしていると、安心させるように槇夫がその肩に手を置いた。

「このための防弾服じゃないか」

「プレートが入っていないカテゴリーⅢAじゃあ止められんだろ」

 ヒカルがツッコミを入れた。どうやら大学生たちが着用していた防弾服を見極めていたようだ。

「カテゴリーⅢで四四マグナム(フォーティーフォー)が止められるんだったけか? SMCの防弾服はⅢAじゃなくてⅢのはずだが?」

「そうか? ⅢAに見えたんだがな」

 どうやら防弾服の質の話しをしているようだが、詳しくないアキラにはチンプンカンプンだ。ちなみにカテゴリーⅠが一番弱くて、数字が大きくなるほど防弾力が上がる。カテゴリーⅢAというのはカテゴリーⅢより少し弱いぐらいだ。

 水掛け論のような会話をヒカルと槇夫で続けていると、四分割された画面の一つがまた白くなった。

 少しだけ遅れて校舎の方から「ドオン」という音が響いてくる。窓枠に残っていたガラスの破片がパラパラと校庭へ撒かれた。

 反対側の画面の中で、黒い戦闘服姿の一人が派手に吹っ飛び、壁へ叩きつけられていた。

「死んだか?」

 いかにも他人事のように槇夫が呟いた。

「どうだろ?」

 ヒカルも画面に顔を近づけて確認しようとした。流血などはしていないようだが、だらしなく大の字になってのびてしまったようだ。

 と、画面にヘルメットを緑色に染めた戦闘服姿が入って来た。どうやら、もうどこかで誰かに撃たれたようだ。あの緑色は間違いなく『常連組』が使用しているペイント弾のものだ。主戦場の五階では無いとしたら、別動隊の二人か、フラッグを守っていた二人の内のどちらかだ。

 四分割された画面の下の段に、四階に下りた別動隊が映し出されているので、消去法でフラッグを守っていた守備の一人だという事が分かった。

「もう二人抜けか?」

 ヘルメットにペイント弾のインクをつけた戦闘服姿が、床でのびている一人に肩を貸しつつ階段を降り始めたようだ。

 続いて同じ画面に、ゴーグルにペイント弾を被弾して、みっともない顔になった一人がフレームインしてきた。こいつは五階で撃ち合いしていた一人であろう。やられる瞬間が撮られていなかったが、どうやら距離を詰めようとして由美子、サトミ、正美の誰かに討ち取られたようだ。

 いまだ意識が回復しない一人を、両脇から支えるようにして死体役となった二人が下ろし始めた。

 その間に画面が切り替わり、四階の様子を映し出す。どうやら教室を一部屋ごとにチェックしながら進む戦闘服姿の二人を、空楽と優が迎え撃つようだ。

 教室の掃除用具入れに隠れていた優に向かってサブマシンガンを向けたところで、便所に隠れていた空楽が、一陣の風のように強襲した。一人を後ろから羽交い絞めにして拘束する。もう一人がソレに気を取られたところで、優が掃除用具入れから飛び出し、残った一人の背後を取った。

 最後はお互いが拘束した相手の顔に向けてペイント弾を当てて片付けた。

「ゲリラ…、というよりニンジャだな」

 槇夫が感心したような声を漏らした。まあ空楽は石見氏直系の忍者であるらしいが…、ただし自称である。

「これで五人。あと三人」

 丸テーブルに両肘をついて、まるで祈りを捧げるように両手を組んだ恵美子が言った。

 その頃になってようやく最初にやられた三人が校舎から出て来た。階段を降りている途中に気が付いたのか、床で伸びていた者も自分の足で歩いていた。

「ひでーめにあった」

「まだ撃たれたところ、痛いんだが」

「見ろよ。穴があいてるぜ」

「防弾服に穴をあけるなんて、あんなの反則だろ」

 三人は丸テーブルで(くつろ)いでいたアキラたちに寄って来た。だが槇夫がその前に立ちはだかった。

「秋田とはどんな威力のエアガンでもアリということで話しはついている。その会話は記録されているから、いまさら無効と言われても、こちらも困る」

「ちぇ。あいつ、ほんとーに疫病神だな」

 言われた三人が、まだ仲間が戦っているはずの旧校舎を振り返った。

「平気で同士討ち(フレンドリーファイア)するしよ。でしゃばって変なレギュレーション認めるしよ」

「金払いぐらいか? 他に良いところはないな」

 本人が居ないからか、言葉を選ぶことも無く不平を垂れ流していく。

「どうする? まだやる?」

 黒づくめの一人がペイント弾で緑色になったマスクを外して他の二人に訊いた。

「俺の銃は壊れちまった」

 防弾服に穴をあけた男がこたえた。

「俺はヘルメットのインクを落としたい」

 被っていたヘルメットを脱いで、被弾の様子を確認した男がやる気のない声を出した。

「どっちにしろ装備を一回洗わないと無理か」

 自分のマスクを確認した男が頷いた。

 三人は控室として用意されたパイプテントへと戻り、装備を外し始めた。

 その様子を何の気も無くアキラは眺めていた。その横でヒカルがギッとアンティークの椅子を鳴らした。

「あのバカは何やってんだ?」

 ヒカルが呆れた声を漏らした。画面を見ると、サトミが教室の窓枠に足をかけて外壁へと乗り出していた。

「ええと、五階だよね?」

 アキラの確認にヒカルは頷いた。

「ああ、五階だ」

 視線をモニターから旧校舎へと移すと、確かに五階の外壁に貼りつくように移動する人型の物がある。距離のせいで小さく見えるので、まるでヤモリのように見えなくもない。

 コンクリート外壁の外側に耐震補強の鉄骨が外骨格のように張り巡らされているから、見ていて危なげは無かった。

「?」

 どこからか呪文を唱えるような声が聞こえた気がして恵美子は周囲を見回した。

「…」

 誰かが聞き取れないほどの小声で何かを呟いているようだ。

 アキラは開いた口が塞がらないと言った態で校舎の壁を見ている。口元が動いていないので違うだろう。

 槇夫はちょっと難しい顔をして、取り出したスマートフォンをチェックしていた。何をしているのか分からないが、彼も口元を引き締めているので候補から外れた。

 横に座るヒカルが、パイプテント越しに旧校舎の外壁へ熱い視線を送っていた。

 ヒカルの唇が細かく動いていた。恵美子は座り直す振りをして耳を近づけた。

「落ちろ…、落ちろ…」

「…」

 恵美子は酸っぱい物を口に入れた時のような顔になってしまった。

 無事に人影は隣の教室へと辿り着き、ニュルンとガラスを失った窓から室内へと入って行った。

 誰かが舌打ちをしたような気がした。

「また、なにをしているんだろうねえ」

 教室に仕掛けられたカメラが、侵入者を察知して画像を送り始めた。サトミは背負って来たディパックから色々な小道具を出して教室へ張り巡らせていく。どうやら罠を設置しているようだ。

 最後に教室の真ん中に着せ替え人形を設置すると、そこからテグスを引きつつ掃除用具入れへと寄って行った。中に何かを仕掛けているようだ。

 全ての設置が終わって自分はカーテンの裏へと隠れた。小学生以下が隠れん坊で選択する潜伏場所であるが、足以外は誰もいないように見える。まあ冷静に見回せば発見してくれと言っているような物だ。

 そこへ遅れて黒づくめの一人が突入して来た。銃口で室内を見回すように警戒してから、中央に置かれた着せ替え人形に気を取られた。

 映像だけで音声が無いので分かりづらいが、どうやら着せ替え人形が気を引く音か何かを流しているようだ。

 そのおかげか、カーテンの裏に居るだけのサトミは発見されずにいた。黒づくめは人形へ近づくと、銃口でつつくようにして机の上から床へと落とした。それが罠のトリガーとも知らずに。


 ボフン


 座布団をヘビー級ボクサーが殴りつけたようなくぐもった音がした。サトミが潜伏した教室の窓から盛大に白い煙が噴き出している。どうやら罠が作動し、室内は煙幕で覆われたようだ。

 教室と、廊下を映していた画面がホワイトアウトした。あまりの煙幕の量に何も映すことができなくなったのだ。

 だが五階の窓ガラスは衝撃波で全て吹き飛んでいたため、清隆学園の抱える雑木林を渡ってきた風が、北から南へと吹き抜けた。その風に煙幕が吹き散らされていった。

 すぐに映像が回復する。四分割された画面の中に、全身がインクまみれになった男が立ちすくんでいる様子が映っていた。どうやら着せ替え人形に結び付けたテグスは、掃除用具入れに仕掛けたグレネードランチャーに繋がっていたようである。

「なんだよ、あいつらは」

 その様子を確認していると、顔を覆うマスクにペイント弾のインクをつけた二人が旧校舎から出て来た。おそらく四階で空楽と優に撃破された二人であろう。

「生半可なホラーよりも恐かったぜ」

 ブルブルと体を震わせるのは、おそらく優と対峙した男であろう。なにせ白い夜会服のような服装に、口紅のついた透明フードという異装である。

「あれ? おまえら。もう片付け?」

「見ろよコレ」

 黒い戦闘服を脱ぎかけた大学生が、防弾服にあいた穴から人差し指を覗かせた。

「ええ? 防弾服だよな?」

「おまえケガは?」

「いちおうしてねーけど、撃たれたトコ、いてーよ」

「アザになってるな」

 わいわいと倒されたら倒されたなりに盛り上がれるのだから、本当にサバイバルゲームを楽しんでいるのだろう。

「ひのふのみ…」

 その頭数をヒカルが数えた。

「これで下に五人。いまインクまみれが一人…。あと二人か」

 画面の中でインクまみれになった元黒づくめの男が、サトミに肩を叩かれて我を取り戻していた。ガックリと肩をおろすと、SMC側では無く『常連組』側の階段を降り始めた。

 まだ一人も欠けていない『常連組』は、敵陣地の真下となる五階の階段室に集まった。四階の敵を片付けた空楽と優も合流し、陣地を守る圭太郎と有紀以外は勢ぞろいした。

 左上の画面の中で、サブマシンガンを持った二人が、同時に階段へ乗り出し、トリガーを絞る様子が映し出された。

 弾速の分だけタイムラグがあり、六人が雲の子を散らすように別れる様子が、下段の画面に映し出された。

「さて、これからどうする?」

 まだ立ったままの槇夫が腕組みをして言った。たしかに階段を上りながら銃撃戦となれば、上の階に居る方が圧倒的有利だ。しかも体を晒さなければならない攻め手側と、土嚢を積んだ陣地に籠る守り手側では、平らな場所でもどちらが優位か一目瞭然だった。

 と、画面の中で、サトミのM四を借りて構えていた明実が、白衣の内側からなにやら取り出した。

 アキラには見覚えがある装置であった。昨夜明実が夜なべして組んでいた使用目的不明のガジェットである。

 受け取ったサトミは、まるでそれが銃であるかのように構えると、ちょうど様子を見るために身を乗り出していた太い体を戦闘服に包んだ男に向けて、握りに設けられた引き金を引いた。

 途端にサイレンのような音が鳴り響いた。

 音源を辿って振り返ると槇夫に行き着いた。どうやら彼が持っている何かから、そのけたたましい緊急地震速報のようなサイレンが鳴りだしているようだ。

 槇夫が慌てて尻のポケットからスマートフォンを取り出した。わずかに布地で弱められていた分も無くなり、耳が痛くなるような音量となった。

 スマートフォンが使用者の顔認証に成功したのか、サイレンに続いて合成された音声メッセージが加わった。

「宇宙作戦群経由でNORADよりの警告を受信。当該地域は衛星爆撃の目標とされました。速やかに避難を開始してください。繰り返します。宇宙作戦群経由で…」

「なんだって!?」

 槇夫の表情が険しくなり、まず青空を見上げ、それから丸テーブルから不思議そうに自分を見つめる女子高生たちに視線を移した。

「ヤバイ物が降って来るらしいぞ」

 半ば怒鳴り声を浴びせられても、一見三人の女子高生たちには変化が無かった。

「えいせいばくげき?」

 アキラがキョトンとして訊き返し、ヒカルが口の中でキャンディをガリリと噛んだ。

「なにそれ?」

 恵美子がアキラに確認しようとするが、もちろんアキラの知らない単語であった。

「弾着まで一分を切りました。すみやかに当該地区からの避難を完了させて下さい」

 警告音声が変化した。それでヒカルがサッと立ち上がった。

「空襲警報ってことだな?」

「古い言い方なら」

 すぐに槇夫が頷いた。

「みんな避難を!」

 槇夫が大学生たちにも声をかけた。

「なんだ?」

「ジェイアラートか?」

「車!」

 荷物をそっちのけで大学生たちは愛車へ向かって駈け出した。着替えの途中だった物は半裸だったが、誰も気にしなかった。

「さ! 俺たちも!」

 槇夫に促されて三人も席を立った。だが無慈悲にも警告音声が切り替わった。

「残り三〇秒を切りました。すみやかに当該地区からの避難を完了させてください」

 大学生たちは愛車のエンジンをかけると、アイドリングもなしにアクセルを踏み込んだ。フェンスに向かって止めていたため、全力でバックをかけ、そのままブレーキターンで校門の方へフロントを振った。

 三台の車が中央通路へ向けて発車した。

「まにあわん!」

 そんな軽快に走り去る自家用車を見て、愛車であるマイクロバスに駆け寄った槇夫は叫び声を上げた。たしかに鈍重なマイクロバスでは、あんな速やかに校門をくぐって脱出できるとは思えなかった。

「警告。カウントダウンに入ります。一〇、九、八、七…」

「どうする?!」

「こうするんだ!」

 ヒカルに問われて槇夫は校庭に向かってヘッドスライディングをするようにして伏せた。

「耳を塞いで口を開け!」

 槇夫の対爆姿勢の指示に慌ててヒカルも続き、アキラと恵美子がワンテンポ遅れて見習った。

「…三、二、一、ゼロ」


 その時、清隆学園中等部旧校舎付近は衝撃波に包まれた。



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