十一月の出来事・⑯
プップーと呑気なクラクションを残して槇夫のマイクロバスは出発した。
それに対して大学生だけでなく『常連組』も適当に手を振って見送った。
大学生たちは、それぞれが車から降ろした長めの黒いボストンバッグを、パイプテントへと運んできた。ナイロン製らしいそのバッグはファスナーが一周しており、まるで魚の開きのように全部開くことができるようだ。
開けると片側に、ベルトで固定されたエアソフトガンが収められており、反対側には、これまた固定ベルトに留められて、綺麗に畳まれている黒色の服が収納されていた。その他にも大小の内部ポケットが用意されており、BB弾を詰めたボトルや、充電池、充電器などがシステマチックに収納されていた。
「へ~」
バッグの一つを覗き込んで、ついアキラは感心した声を漏らしてしまった。
中学生の頃から男の子らしくサバイバルゲームには興味があった。しかし、その頃から自分の進路を考えていた彰少年は、自分の学力からしてちょっと背伸びした受験に挑戦したため、エアソフトガン自体に触れる機会が少なかった。まともに遊んだのは、この六月に今居る『常連組』が企画したゲームに参加したのが最初と言ってよかった。そういうわけでエアソフトガン自体の知識は雑誌やネットで蓄積していたが、こういう周辺の装備品の情報は乏しかったので物珍しかったのだ。
「お? 興味ある?」
少しでも女の子にお近づきになりたいのか、またワンマイルコーデの彼が声をかけてきた。
「い、いえ。けっこうです」
まさか『常連組』が居るこの場所で変な事をして来るとは思えないが、やはりギラギラとした欲望を感じ取って、警戒心が先に立ってしまった。
「なんだよ。見てくればいいじゃないか」
屁っぴり腰で中央のテントに退散して来ると、自分の通学用バッグから柄付きキャンディを、ウエイトレスの衣装へと補充したヒカルが、からかうように言って来た。
「でもよ…」
どう表現していいのか分からず「うーん」と口を尖らせていると、ヒカルがツツと身体を寄せて来た。
「おまえも男に戻ったら、あのぐらい積極的なのかな?」
「それは…」
ちょっと絶句していると、意味ありげに胸元のボタンを弄ったヒカルが、意地悪そうに微笑んだ。
「いや。今でもそうだったな」
「あれは、その、えっと…」
顔を赤くしたアキラに、ヒカルが囁いて来た。
「そういう時は褒めるんだよ」
「褒める?」
「そ。女は褒めてなんぼって、カナエも言ってたろ」
そういえば母親がそんなことを言っていたような気もした。
「ヒカルが魅力的だからいけないんだぜ」
とっておきのイケメンボイスを出したつもりだったが、残念ながらこの身体にふさわしい可愛い声しか出なかった。ヒカルが苦笑いを浮かべた。
「そのう…」
太い体型を漢字コートで包んだ男が近づいて来た。
「?」
何の用があるのだろうと、ふたりして振り返ると、なぜか無駄に胸を張って彼は言った。
「僕のビックマグナムが拝みたいならいつでも見せるけど、いまは遠慮してくれないかな」
何を言っているんだコイツという顔を隠さずに睨み返すが、宛がわれたパイプテントで、大学生たちが微妙な顔をして、ウエイトレス姿の二人を見ていた。ひとりふたりは上着を脱ぎ始めていた。
(ああ、着替えるから見えない所へ行ってくれという事か)
同時に察したふたりは、『常連組』が準備を進めるパイプテントへ踵を返そうとした。
その途中でヒカルが、声をかけて来た奇抜なファッションの男を指差した。相手を指差すにはだいぶ下向きに人差し指を向けると、心底バカにしたように言い放った。
「で? その二二口径がどうかしたって?」
「なっ…」
「勃起してその程度なら、医者に相談した方がいいんじゃねえか?」
あまりの言葉に男は絶句して立ちすくんでしまったようだ。アキラと腕を組むようにして『常連組』が居るパイプテントへと歩き出しながらカンラカンラと嗤ってみせた。
「あ、えっと、ごめんなさい」
確かにヒカルが口にした事は事実なのだが、もっと言い方があるだろうとアキラはヒカルに引っ張られながら頭を下げて場を後にした。
しかしアキラが頭を下げたことで、事実が事実として認識されたようで、図らずも追加ダメージとなったようだ。顎を落として硬直してしまう男。まあ、彼の中では女子高生という存在は清純とか清潔とか潔癖とか、ともかくありとあらゆる汚濁からかけ離れた存在だったのかもしれない。まさか一見美少女のヒカルから、あんな言い回しが出てこようとは夢にも思っていなかったようだ。
まあアキラもこんな身体になる前は、同じように女の子へ幻想を抱いていた男の子の一人だったから文句は言えなかったが。
真ん中の喫茶店仕様になったパイプテントを挟んで『常連組』が、お店を広げているパイプテントに行くと、なぜだか空楽が親指を立てて挨拶してくれた。アキラには意味が分からなかったが、ヒカルが同じポーズでこたえていた。
こちらのパイプテントは様々な荷物が一杯であった。テントの奥に並べられた長テーブルには、明実がセッティングした通信機材が山と積まれていたし、他にも並べられた長テーブルには『常連組』たちの色々なバッグなどが置かれていた。前に男子寮にエアソフトガンを借りに行った時に見せてもらった銃も、テントの手前側に立てられた長テーブルに並べられて置いてあった。
またさらにその手前には、軽合金の枠にナイロン製の布を張った物がある。布に書かれたメーカーのロゴからしてキャンプ用品のようだ。
「お、寝心地良さそうだな」
アキラを解放したヒカルがそのメーカーロゴの横へお尻を下ろした。あまり沈み込まない所を見ると、アウトドアで使用するベンチベッドの類のようだ。
「色々持ってきたねえ」
ヒカルから解放されたアキラは、長テーブルに並べられた数々の銃をよく見ようと近づいた。
「まあ、そうどすなあ」
一番に反応してくれたのは、相変わらずの霜降りコート姿である有紀だ。男子寮住みである彼が『銅志寮』の同志たちとの窓口の役割をすることが多かった。
「いちおう室内戦て聞いてたけど、どないな装備必要になるか分からへんかったもので」
いま彼が抱えているのは、見たことも無いような銃であった。いや、表現が正確ではない。現実世界では見たことは無かったが、仮想世界では見たことのある銃であった。
銃の上半分は、まだ常識的な姿をしていると言えた。ただ排莢ポートが上面のだいぶストックに入り込んでいるような場所に位置しているため、普通の銃にはありえない雰囲気を醸し出していた。
ブルパップ式サブマシンガンに間違いないが、ここまでコンパクトに仕上がっている銃は現実世界ではありえないはずだ。まず、どんな金属を選んだとしても弾薬の発射で発生する衝撃には耐えられないだろうシルエットをしていた。
しかも銃の下半分は、機関部と銃把を繋ぐようにしてLの字形の弾倉が取り付けられていた。銃把側から給弾しないとなると、どうにも弾丸の長さ分ボルトが後退できるとは思えないほど後方からの給弾となる。
もちろん本物ではなくエアソフトガンであるが、アキラはビックリしたように目を丸くした。
「セブロのC二五Aじゃん。エアガンで出てたんだ」
「いえ、ちゃいますで」
一発で言い当てられて嬉しかったのか、まるでネコが微笑んだように有紀の目が細められた。
マガジンの横が大きく開き、そこからザラザラと緑色の液体が詰まったBB弾を流し込むようにして補給していた。蓋を閉めて巧妙に隠されたゼンマイを巻くダイヤルを回すと、弾倉の中でジャラジャラと動いていたBB弾にキシリと圧がかかったような音が加わった。内部は強制給弾システムの多弾マガジンの機構になっているようだ。
「どないしても欲しかったけど、どこのメーカーも出してくれへんさかい、外側だけのモデルガンをガレ(ージ)キ(ット)イベントで買うて来て、中に電動ガンを組み込んだんどす」
「え? じゃあ自分で作ったって事?」
アキラが感心して目を丸くすると、有紀は照れて、いつも浮かべている微笑みを強めた。
「そやけど、そないなややこしい仕事では無かったどすえ。モナカって言うて、左右分割になってる外側に、電動ガンから抜き出した機関部を挟んだだけさかい」
カリカリと多弾マガジンのゼンマイを巻くダイヤルを回していたが、カチカチと巻ききった音に変化した。
「撃ってみますぅ?」
柔らかい有紀の言葉に誘われて、アキラは手を出した。ハンドメイドのエアソフトガンにはありがちな部品の取り付けが甘くてポロッと取れるなんていうこともなく、アキラの手に中へとしっかりと納まった。
パイプテントの外に長テーブルが一つ出してあり、そこにも複数のエアソフトガンが置かれ、そこから離れた位置になぜか頭部だけ破壊されて失われたマンシルエットターゲットが置かれていた。
「セレクターは?」
「残念ながらそこまで再現できしまへんどした。全自動やけどす」
つまりグリップ上部にある安全装置と一体化した連射と単射を切り替えるレバーは伊達なのであった。
ウエイトレスの格好のままでサブマシンガンを肩付けして、壊れた標的へ銃口を向ける。小柄になってしまった今のアキラでも構えやすいコンパクトさだった。
足を左右だけでなく前後にもずらした反動を受け止めるスタイルで開く。ここら辺は銃の専門家に教わったので、自然と射撃ポーズが様になった。
トリガーを絞ると、スパパパと軽快にBB弾が吐き出され、標的に緑色の弾痕が生まれた。
「あ、ペイント弾?」
確認するように有紀を振り返ると、ゆっくりと頷いた。
「こちらも試してみるん?」
そういって彼が差し出したのは、ティルトバレル・ショートリコイルにオープン・ハンマーという少々古臭い姿をした自動拳銃であった。唯一特徴的なのは、トリガーガードに両手で構えた時に、添えた側の手指用の指かけがあるところだろうか。
だが、色はパーツごとに違うし、グリップなんかパテで盛ったままが丸わかりの姿だ。どうやら有紀が製作中のエアソフトガンであるようだ。
「あ、セブロM五だ」
借りた短機関銃と元ネタが同じなオートマチックである。同じようにエアソフトガンでは発売されていないはずであった。
「こちらはまだ未完成どす。やっぱし機関銃と違うて拳銃はややこしおすなぁ」
彼の手の中でクルリと回されて、グリップが差し出された。
「いいのか?」
未完成という事は第三者が触れたら、それだけで壊れそうなイメージである。
「どうぞ」
ニッとした有紀の笑顔に、手にしたサブマシンガンと交換でオートマチックを受け取った。
さすがに未完成品らしく、ちょっとスライドがグラグラしているような気がした。感触から、やはり壊してしまうような気を感じて、アキラの表情が曇った。
「壊れちゃいそ」
「いけますえ」
対照的に有紀の微笑みがまた強められた。
「うちにはマテバがあるんやさかい」
そう言ってコートの内側から抜いたのは特徴的な回転式拳銃だった。イタリアの銃器製造会社が販売していた競技用銃である。一番の特徴は普通のリボルバーならば弾倉の一番上に来た弾薬から発砲するが、このモデルは反動を抑え込みやすくするために、一番下の弾薬から発砲する点にある。
「あ、ソレ…」
「はい。コレだけは製品がおましたさかい」
国内の某エアソフトガンメーカーが製造販売している銃である。しかもハイロー両方のグレードが販売されているが、どうみても高価な方のモデルに見えた。
貧乏学生とはいえ趣味には金をケチらないようである。
クルリと得意そうに手の中でリボルバーを回転させてみせた有紀は、さすがにコレは貸せないらしく、コートの中へと仕舞った。
「リボルバーがサイドアームなんて、援護される側としちゃ、好みより実行制圧力の方が心配だわ」
横から満面の笑みで会話に加わって来る肉塊がある。いや失礼、身長と胴囲の直径が奇跡的に同じ数字のようだから、そういった印象を持ってしまうのだ。
圭太郎が女言葉に近い柔らかい言葉遣いを選んでいるのは、自身の発する存在感を和らげるためだろうか。
あまりの巨体にフルサイズのボルトアクション式ライフルが、ハーフサイズの儀仗銃に見えた。
「おや、不満どすか?」
「いんや、そうじゃないけどさ。はい、これ」
そういって手にしていたゴーグルを差し出した。
「射的でもいちおうゴーグルはしてね。事故があってからじゃ遅いですから」
「お、ありがとう」
素直に受け取る。どうやら貸し出し用に用意されている物らしく、結構キズが入っている中古品であった。小柄な女の子のようになってしまった今のアキラには幾分かオーバーサイズであった。
「で、これも撃ってみます?」
どうやら持っているライフルを試してみたいか訊いているようだ。ガスなり電動なり、アキラも色々なエアソフトガンを撃ったことはあるが、ボルトアクションは初めてだった。
「う、うん」
この際だから楽しんでしまえと頷く。有紀にオートマチックを返却して手を出すと、圭太郎はあっさりとライフルを持たせてくれた。
意外とズッシリと重かった。
「これは?」
ボルトアクションの銃にはあまり知識が無かった。
「ん? ええと、SS九〇〇〇だけど? 知らない?」
素直に頷くと衝撃を受けたようで、大仰に驚かれてしまった。
「エアガンと言えばコレなのに…」
「まあ、そら特別とちがうでっしゃろか」
有紀が知らなくても当然といった反応をしてくれた。なにか知らないことが罪のような態度の圭太郎とは真逆の反応である。
「なにせウチのライフルは、クラウンちゃうくてタカトクの頃からの物どすさかい」
「クラウン? タカトク?」
知らない単語に戸惑っていると、意外なところから会話に参加してきた人物がいた。
「タカトクといやあ、タイムボカンの超合金だよな」
パイプテントの前に置かれたベンチに腰掛けたヒカルである。
「あとは、赤堂鈴之助の刀」
それに対して全員が同じ反応をした。
「は?」
「男の子はみんな仮面ライダーの帽子被ってたっけ」
ヒカルが想い出し笑いをしていると、目を点にした『常連組』の男子どもは顔を見合わせていた。
「あ~」
アキラは察した。これはふたりの会話でよく発生するアレだということに。そうジェネレーションギャップというヤツだ。
アキラはライフルを圭太郎へ一旦返すと、ヒカルの所まで行って、わざわざ右手を添えて囁いた。
「みんな知らないみたいだぞ」
「知らない?」
今度はヒカルがキョトンとする番だ。
「男の子ならタイムボカンの超合金をみんな欲しがるんじゃないのか?」
「まず超合金って何だよ」
「えっ…」
アキラの指摘に絶句するヒカル。口元から咥えていたキャンディが落ちかけていた。
「超合金は超合金だろ?」
「だから知らないって」
会話が水掛け論のようになってしまっていた。ヒカルは周囲を見回して『常連組』の耳に入らないようにアキラへと確認する。
「ええっ? テレビに出て来るロボットのオモチャの事だよ」
「あ~、トランスフォーマーみたいな?」
「?」
理解した顔になったアキラに、こんどはヒカルが不思議そうな顔となった。
「まあ、アレだ。オモチャにも流行り廃れがあるもんだ」
アキラが強引に話しを纏めに行くと、ヒカルも腕組みをして頷いた。
「昔は銀玉鉄砲だったもんな。こんな威力のあるオモチャなんて無かった」
「銀玉?」
またキョトンとしているアキラに、諦めたようにヒカルは肩を竦めてみせた。
「オモチャで遊んでいられる内が花さ。生き残るために本物を振り回さなきゃいけないよりは、さ」
「まあ、そうだろうけど」
銃の専門家として世界中を巡って来た者が言うと深味があった。
「ほら、触らせてもらえよ」
背中の真ん中を優しく押され、アキラは再びシューティングレンジとなっている長テーブルのところへ戻った。
「これは大丈夫。押してコッキングじゃなくて、ちゃんと改良パーツで直してあるヤツだから」
ストックに沿うように装備された弾倉を指差しながら、圭太郎はライフルを見に来ていた正美に説明していた。
「押してコッキング?」
正美が不思議そうに質問した。
「そう。昔はボルトレバーの使い方が逆で、押してコッキングという、とても使いにくい物だったのよ」
実際にあるボルトレバーのところで、力を込めて前へ押してコッキングする振りをしながら圭太郎は説明した。
「で、ツヅミ弾からBB弾に進化して、こう本物と同じように引いてコッキングになったという…」
「へえ」
さすがにエアソフトガンが発展してきた歴史までは興味が無いのか、正美が適当に返事をし始めていた。
「で? コレは?」
圭太郎からライフルを受け取った正美は、銃本体の上にマウントされたスコープを覗き込みながら訊ねた。
「今でもじゅうぶんに役に立つ物やぁ思てます」
有紀が横から自信たっぷりに言った。なにせ元のSS九○○○は「カスタム部品だけで一挺できる」と言われたほど、かつて国内各社から銃身からピストン、シリンダーまで部品が発売されていた品である。
「なにせ長う、うちらの銅志寮にて受け継がれてきた伝統の逸品さかい」
聞けば生産していたメーカーが倒産し、次に金型を買い取ったメーカーも倒産、一時期は江戸時代創業という玩具屋の老舗が販売していたという。そこから「ガチャ」という言葉の由来になったカプセルトイの中身を製造していたメーカーに渡り、BB弾対応の近代化改修が行われ製品名も変わったが、ここも廃業。いまはエアコッキングリボルバーという握力勝負でハンマーを起こすエアソフトガンを出しているメーカーが、規制の一番緩いグレードのライフルとして販売、生き残っているという。
サバイバルゲーム黎明期の命中率が低い時代は、エアソフトガン随一の命中率の高さで、それからやってきた高威力時代は簡単な構造で改造しやすいという事で、強力なスプリングに交換して活躍してきた。(パワーソースをフロンガスに改造するパーツすらあった)それから電動ガンが発明されて登場してきた時は、ボルトを引く速さで対抗できると一部のヘビーユーザーは手放さなかった。
ただ何事にも栄枯盛衰があるように、長くライバルであった某社が出した新しいコッキングライフルにとうとう王座を譲り、今に至っていた。
この銃を語るだけで日本のサバイバルゲームの歴史が語れるという、古兵の製品なのであった。
しかも有紀の話しによれば、いま正美の手にあるこのライフルは、最初に開発生産販売したメーカーの品で、そこから時代ごとの改修を歴代の銅志寮の有志たちが加えて今に至っているという(生物では無いが)生きる化石のような物であるようだ。
元の部品はネジも含めて一つも残っていないということなので、まるで九州にある動態保存の蒸気機関車のような話しだ。
正美は標的に向けて長テーブルに肘をつくように構え、ボルトを引いて初弾をチャンバーに送った。
「あ、本当に軽い」
彼が普段所持しているのはエアコッキングのピストルであるから、若干スライドを引く時に握力が必要だ。しかしボルトレバーがあるライフルだと、ストックで本体を肩付けで固定できるので、それが容易いのだ。
バシッと音がして、標的へとBB弾が飛んだ。腕が良いのか銃が良いのか、心臓の位置にある同心円へと見事命中した。
「をー」
自分が出した結果に正美自身が感心した。
「次、撃たせて」
「はい」
アキラが手を出すと、すぐに場所を譲ってくれた。むさ苦しい男子の中に混ざる一見美少女であるから、何でも我儘を聞いてくれそうだ。
「スコープは弄らないでちょうだいね」
どうやらゼロインは終わっている様である。正美にはしなかった注意事項を聞きながらアキラは長テーブルに肘をつかずに、立射姿勢で的を狙ってみた。
ストックの一番後ろがゴム製となっており、肩に当てても変な痛みとかは無い。頬つけしてレシーバーの上に固定された高倍率のスコープを覗き込むと、すぐそこに標的が立っている錯覚すら覚えた。
レシーバーの前方には折り畳まれた二脚が装備されているが、それは伏射に使用するだけでなく、こういった姿勢の時には重心のバランスを考えて取り付けられたようだ。変に銃身側が重いとか、機関部側が沈むなんていうことは無かった。
ボルトを引く。まあ『施術』のせいで人外の腕力となっているため、ボルトレバーの重い軽いなどはあまり気にならなかったが、たしかにそんなに力を入れずに引ききることができた。
長い銃身の先に、さらに同じ長さの太い筒がついている。実銃ならばサイレンサーなのであろうが、どうやら長銃身のままだと運びづらいので、そこで外せるようにとの工夫のようだ。
あまり反っていないトリガーに指をかけただけでトリガーシアが外れて、バシッという音と共にBB弾が発射された。
「わ。トリガー軽すぎ」
「まあ、前の方の趣味やね」
視界からスコープを外すと、新しい弾痕が標的に生まれていた。同じ色のペイント弾なので分かりにくかったが、また心臓に見事命中であった。
「でもコレだけで戦うのは心細くないか?」
なにせエアコッキングライフルである。いま主流の電動ガンだと多弾マガジンで一〇〇発とかのレベルで連続して撃ち続けることができるから、弾幕を張ったまま近づかれたら押し負けてしまう可能性があった。
「そう言う時のために、コレですよ」
圭太郎が拳銃を取り出した。四角い姿はグロック系統の電動ハンドガンに見えたが…。
「え?」
大きな掌に誤魔化されていたようだ。SS九○○○と交換で渡されたソレは、自動拳銃では無かった。
「マック一一?」
「残念、違います。一〇の方ですよ」
アキラと圭太郎の間に、映画の特殊効果で使う分割線があるのかもしれない。渡された銃は、アメリカで生まれた結構有名どころの短機関銃であった。彼の手元にあった時には、ポケットガンは言いすぎだが普通のオートマチックピストルに見えたのに、渡された途端に巨大化したような印象を持った。
実際に手に取るとオートマチックピストルよりもサイズも大きいしウエイトも重かった。
国内各社からエアソフトガンとして発売されている内、電動ガンを最初に開発販売した会社で出しているモデルのようだ。
だが『常連組』が持っている銃が、ただそのままということはあり得ない。この銃も、もちろん手が入れられていた。
こいつには威力を高めるというより、持ち運びのしやすさに特化して改造が施してあった。まず外せる部品は全て外してある。銃身に取り付けられる長太い抑制器が外され、銃後方に装備されている引き出し式の肩当ても抜き取られていた。
そしてアキラの細い指に少々余る太いグリップに、下から差し込む形となる長方形の弾倉は短縮化されていた。元のマガジンは銃の全長と同じほどの長さがあったが、いま入れられているのはグリップから顔を出す程度の短さだ。
代わりといってはなんだが、筒状に銃本体から前へ飛び出る銃身に砲口制退機のような部品が被せてあった。これが本体に合わせて四角いので、全体が長方形という印象のある自動拳銃のグロックのように見えたのだ。
「電(動)ハン(ドガン)でもいいんですけどね。同じ弾幕だったら、こっちの方が厚い物が張れるので」
「弾は?」
銃をひっくり返して下からマガジンを見た。マガジンキャッチは今様のオートマチックピストルによくあるようなグリップの途中にボタンがあるタイプではなくて、ヨーロッパ製のポケットガンに多く採用されている、グリップの下に位置して下からマガジンを支えるタイプの物だ。
「マガジンを自作しまして、三〇発入っていますよ」
「マガジンって作れるの?」
不思議そうに訊ねると、圭太郎は有紀と顔を見合わせて曖昧な表情をした。
「まあ古くて壊れた銃の物なんかから部品取りしていますけどね」
圭太郎はコレをまるで拳銃の様に扱っていたが、小柄なアキラでは無理だ。両手で構えて二等辺三角形を作るように構えた。
「あ、あれ?」
引き金を絞ろうとしても動かなかった。
「安全装置だ」
後ろからヒカルの声が飛んできた。銃を傾けて本体のドコかにあるセフティを探すと、圭太郎の太い指が小さいレバーを示してくれた。
逆さ台形をしたスライドレバーがトリガー右側の本体下についていた。本体の方に英字で刻印があり、前進させるとセフティが解除されるようだ。
パチッという感触でレバーを前進させると、トリガーが自由に動くようになった。
改めて標的に向けて構えると、トリガーを絞った。
「うひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ」
本体の中で電動ガンの機関部が動いている振動が伝わってきて、変な声が出た。あっという間に装弾されていた全てのBB弾が発射され、標的へ新たな弾痕が複数生まれる。しかし、しっかりと保持ができていなかったせいか、着弾は大いに乱れていた。
「あらあ~」
あまりの成績の悪さに、我ながら呆れた声を出すと、圭太郎は微笑み一杯の声を出した。
「まあ手が小さいものね、女の子だと」
たしかに両手で包むようにして持っても、まだ指が回り切らない印象の銃である。だが規格外に大きい圭太郎ならそうでもないようだ。
アキラから返してもらったM一〇を片手で持ち、簡単にグリップからマガジンを抜いていた。もちろん身長に見合った指の長さであるし、また体重に見合った指の太さであった。
「マサちゃんは銃を貸さないの?」
圭太郎がヌーッと薄い気配で近づいて来た優に声をかけた。声をかけられた事に気がついた優は、ゆっくりとアキラを振り返った。
ニヤリと顔を歪める。無表情の時は、女優との結婚が報道されただけで全国の女性がそのショックで無気力になって職場を放棄し、所属事務所の株価まで暴落させたという伝説を持つ、イケメン俳優兼歌手に似ているという恵まれた容姿をしているのだが、なぜかわざわざその印象をブチ壊すような不気味な表情をすることが多かった。
「使う?」
声質自体はとても透明感があるのだが、イントネーションをわざと歪めているような発音であった。
優がみんなとお揃いのコートの下から出したのは、ワイヤーフレームのストックに黒いプラスチックのレシーバーという、古い設計のサブマシンガンのような銃であった。
だがやはり『常連組』に所属する者の定めか、普通の構造をしていなかった。なにせ黒地に赤い炎のようなマーキングされているレシーバーの上には、並列で二本の銃身が乗っているのである。
「あ~」
有紀が優の銃を指差した。驚いた顔をすぐに曇らせた。
「あ~、あ~」
圭太郎も優の銃を指差すが、同じように顔を曇らせた。
「なんでしたっけ、その銃」
難しい顔をした圭太郎が、同じ顔になっている有紀に訊いた。
「ここまで出てるんどすけど」
あいかわらずの怪しい方言で言うと、平手をオヘソの高さに当てた。
「下から出さないでくれよ」
ベンチからヒカルが冷やかすように言った。ヒカルは答えを分かっているのか、咥えたキャンディの柄を揺らしていた。
「こういう時は…、あ、あれ?」
正美が誰かを探して周囲を見回したが、どうやら目当ての人物を見つけられなかったようだ。
「サトミはんやったら、お迎えに行ったで」
有紀のツッコミに、そうだったとポンと手を打つ正美。
「じゃあ分からないかなぁ」
残念そうに正美が言うと、有紀は含み笑いをして人差し指を立てた。
「こらアレちゃいますか? ハカイダーショットちゅう…」
「馬鹿者!」
有紀の台詞を大音声が遮った。驚いて振り返ると、全身黒づくめの空楽が怒ったように腕組みをして仁王立ちをしていた。
「え?」
「ハカイダーショットはコレ!」
取り出したのは一見するとステンレス素材で作られたコルト・ピースメーカーのような銃を取り出した。ただピースメーカーでないことは確実だ。銃身はとても長いうえ、さらに言うなら上下二段式であった。
「ほなバイバスター?」
「それはコレ!」
今度はデザートイーグル並みの大型自動拳銃を取り出した。黒色の本体に銀の縁取りがしてあって、なかなか格好良かった。
「ほな~…」
「分かって言っておるな。そいつの正体はアポロショットだ!」
からかわれている事が分かったのか、有紀を睨みつけて空楽は言った。有紀は大して怖がっていなさそうな微笑みのまま首を竦めた。
「怒らんとおくれやっしゃ。ちょいした遊び心ちゅうものどせぇ」
「あぽろしょっと?」
今まで空楽が取り出した銃の数々にはある共通点があった。それが分からなかったアキラがキョトンとした。
「なんだアポロショットを知らんのか」
とても尊大な態度で、今まで出した二挺の銃を仕舞った空楽は、腕組みをしなおして近づいて来た。
「GOD機関秘密警察室長であり世界一迷惑な男。とある深海開発用改造人間と熱い戦いを繰り広げ、昭和の男の子たちの熱いハートに刻み込まれた伝説だぞ。その男が使用した銃がアポロショットだ」
「昭和って…。ええと、不破くんは何歳よ?」
「まだ高校一年生で誕生日が来ていないので一五歳だが?」
「はあ」
アキラが納得いっていない声を漏らしている間に、優が手にしたアポロショットを正美に差し出すようにして掲げた。
「え? 貸してくれるの?」
「ちょっとだけなら」
快活に言えばいいものを、わざと暗い声を出し、さらにニヤリと笑うものだから印象は最悪だ。
「そ、それじゃあ、ちょっとだけ」
正美は恐る恐る受け取ると、アポロショットを標的に向けて構えた。トリガーを絞る度にパシパシと小気味よくBB弾が発射される。ただトリガープルやトリガーストロークが大きいので、おそらく中身はノンブローバックガスガンであろうことが察せられた。
「お~」
見るからに適当な改造品に見えたが、集弾率は良いようだ。ほとんどの弾痕が標的の心臓の位置に集中していた。
「ちゃんとしてるんだねえ」
「うふっ。ありがとう」
正美の素直な感想に、照れたような反応を見せる優。こういう普通の反応を見せれば、もっと学内でも人気が上がると思うのだが。
「でも…」
正美がちょっと不満そうに言った。
「全部、右側の銃身から弾が出るんだね。左にもあるんだから使えればいいのに」
右利きの正美がストックを小脇に抱えるようにして構えると、外側にあたる右側の銃身からBB弾が発射されていた。さすがに交互発射や、同時発射などの機能は入れられなかったようだ。
「左の銃身はアポロマグナムとなっていて…」
優が教えてくれた。
「トリガーを前に押すと…」
「ああ、確かに前へ…」
ズパン!
凄い音がして正美の腕の中でアポロショットが爆発した。
「このとおり自爆装置が働きます」
圭太郎の影で得意そうに言う優。でも平気そうな声の割に涙をポロポロ流していた。どうやら花と散った自作の銃を惜しんでいるようだ。
「泣くぐらいなら自爆装置なんて仕込まなきゃいいのに」
ヒカルが呆れて言った。
「まったく、そんなことだと思いましたわ」
圭太郎がアキラの前で笑った。気がつくと正美とアキラの間に、圭太郎の巨体が割り込んでいた。やっぱり女の子へ被害が行かないようにと庇ったのであろうか。
「権藤はん。生きていてはります?」
自分も圭太郎を防壁に利用した有紀が、口に手を添えて銃を構えた姿勢で固まった正美に声をかけた。
「けほ」
顔に煤をつけた正美が振り返り、ひとつ咳をした。口内から煙が出てきたのは、錯覚であると思いたい。
「大丈夫か? 君たち?」
さすがに爆発音を聞いて、大学生たちも着替えの途中で顔を出していた。どうやら彼らは屋内戦と聞いてSWAT装備を持ってきたようだ。全員が同じ黒いズボンを履いていた。上はまだ着替えている途中なのか、タンクトップやTシャツ姿である。人数が三人と中途半端なのは、代わり番こに戦場となる旧校舎の下見へと出かけているからだ。
「いつものことですから」
明実が取りなすように間に入った。
「でも、けっこう大きな音がしたぜ」
「ケガ人がいるなら、車を出すけど」
どうやらSMCのメンバーは常識的な人たちが揃っているようだ。そして『常連組』は、それと対極な連中なのであった。
「大丈夫ですから」
明実が押し切り、立ったまま硬直している正美を他のメンバーが回収する。とりあえず長テーブルに散らかしていたエアソフトガンを、ヒカルが座っていたベンチベッドへと移して、そこへ横たえた。長テーブルは寝心地は悪いが地面からの高さがあるので、手当にはこちらの方が向いているはずだ。
「び、びっくりした~」
そこまで運ばれて、ようやく正美が動き出した。
「ふん。どうやらススけただけのようだな」
空楽が正美の顔を見おろして確認した。
「もっとちゃんと診察しろよ」
ヒカルがしかりつけるような口ぶりで手を伸ばした。正美の銀縁眼鏡を外して瞳孔の状態を見ようというのだろう。怪我人の意識レベルを確認するためには最適の行動のはずだ。
「ぶふっ」
まるで逆パンダのように眼鏡で保護されていた場所が白く残り、他の煤けた場所とのツートンカラーになった正美の顔を見て吹き出してしまった。口元を空いている方の手で押さえて、転げ落ちそうになった柄付きキャンディを捕まえた。
「ひどくない?」
ヒカルが摘まむようにして持つ銀縁眼鏡を取り戻しながら正美が、笑い出してしまった相手に文句を言った。
「すまんすまん」
ヒカルはベストのポケットから柄付きキャンディを一本取り出すと、詫びとばかりに差し出した。
「これでも嘗めて機嫌を直してくれ」
「…ありがとう」
正美は素直に柄付きキャンディを受け取った。有紀が自分のバッグをゴソゴソと探って、円筒形をしたウェットティッシュ入れを取り出した。蓋を開いて、上半身を起こした正美へと差し出した。
「ありがとう」
こっちにもちゃんとお礼を言って何枚かを消費して顔を拭った。最後の一枚で眼鏡の汚れも綺麗にする。
「お、面白かった?」
まだ涙目の優が、自分の破けたディパックにアポロショットの残骸を片付けながら訊いた。
「いや、あんまり」
「そう…」
正美の正直な感想に肩を落とす優。行動がチグハグで、サトミよりも意味不明であった。
「意外と頑丈にできておるなあ、貴様は」
傍らの空楽が感心するように言った。
「そんなことで褒められたくないよ」
口で言い返しながら、長テーブルからおりようと足を振った。その彼へ、空楽は逞しい手を差し出した。
「うむ」
「よし」
二人は握手するように手を握ると、空楽は正美が立つのに手を貸してやった。
「あ~、酷い目にあった」
手にした汚れたウェットティッシュを、これまた有紀が差し出したゴミ袋へと放り込んだ。学園内で燃やせるゴミと燃やせないゴミに分別して処理する専用のゴミ袋だ。おそらく今日は男子寮住まいの彼がゴミを一手に引き受けて片付けてくれる算段になっているようだ。
「ありがとね」
「お安い御用どせぇ」
「他の銃も試してみます?」
圭太郎がベンチベッドへ移したエアソフトガンを指差した。
「うん。僕は長物持っていないから、借りたいんだよね」
正美は魚屋の店頭で品定めする料理人といった感じで、並べてあるエアソフトガンを見比べた。
なにせ槇夫のマイクロバスを使って銅志寮から運んできただけあって、種類だけは豊富にあった。全て有志たちのコレクションである。その中には、いま圭太郎が持っている代々受け継がれてきた歴史の生き証人のような古い銃から、ついこの前に海外メーカーから発売されたばかりとインフォメーションされた物まで色々と取り揃えてあった。
そのドレもがカスタマイズされており扱いにくそうな印象であった。とくにステアーAUGとか、英国製の「たまに弾丸が出る棍棒」などは、ブルパップ式なので敷居が高く感じた。
そんな中に一挺だけ無改造に見えるM四カービンが混じっていた。
「あ、このM四は借りられるかなあ」
正美が一番まともそうな銃へ手を伸ばした。国内メーカーの電動ガンであるし、余分なオプションも取り付けられていない。見た目はドノーマル品に見えた。
「あ、そらサトミはんの銃どす」
伸ばしていた正美の手が宙で止まった。優の銃でアレである。サトミの銃だと何が仕掛けてあるか分かった物じゃない。最低でも同じように自爆ボタンはついているだろう。他にもグリップに毒バリが仕込んであり、持ち主以外の者が構えると青酸カリが注入されるとか、考えうる中で一番危険なエアソフトガンであるかもしれない。
「こ、こっちは?」
隣のAKMへと手の行先を変えた。手に取る前に圭太郎が教えてくれた。
「それはエアコッキングライフルだよ」
見た目はアサルトライフルの外見をしているが、一発ずつボルトを引かなければならないようだ。そして圭太郎が持っているボルトアクションライフルと違い、アサルトライフルのコッキングレバーは、あまり引きやすい形状はしていなかった。
「こっちは?」
アサルトライフルとしては珍しいガリルを指差した。有紀と圭太郎が顔を見合わせて、パイプテントの奥に置いてある巨大なタンクを指差した。
「エアタンクを背負うつもりがあるなら使えるけど」
聞けば威力至上主義が全盛だった頃の製品のようだ。電動でもコッキングでもなく、ガス作動式のライフルであった。
冬の足音が聞こえている今日のような気温の時は、パワーソースであるフロンガスボンベが気化熱による凍結を起こしやすいので(それに消費するフロンガスは、お財布にも地球にも優しくなかったので)空気入れと一体化したようなエアタンクをパワーソースとして準備して来たようだ。
戦場で圧力が足りなくなっても、物陰で自転車のタイヤへ空気を入れる要領でレバーを上下させれば、すぐに圧力が復活するはずだ。
だが銃とタンクをチューブで繋いで背負った姿は、アサルトライフルを構えた一般兵士というより、火炎放射器を構える戦闘工兵といった見た目であった。
ガリルだけでなくM一六やAKM、G三からFN FALまで有名どころのアサルトライフルの大半は同じガス作動式のライフルであるようだ。
「じゃあ、コレは?」
先端から後端まで弄っていない箇所が無いほど改造されたARピストルを指差した。黒い本体にパールピンクのメッキが施されたパーツが散りばめられており、なかなか見た目は良かった。
「そいつはサトミはんが藤原はんへ貸す予定の物どす」
有紀の説明に再び手を引っ込める正美。同じように自爆装置を警戒しているようだ。
正美がライフルを選びかねている様子を見ていると、アキラの横に優が近寄って来た。
「うふふ」
まるで囁くように小さな声で笑って見せる。その気味悪さに引いていると、手にした銃を差し出して来た。
「撃ってみます?」
「ええっ」
いま優が持っているのは、動物の骨や軟骨を組み合わせたような姿をした拳銃である。まあ敢えて言うならオートマチックピストルであろうが、デザインが奇抜過ぎて銃の分類どうこうの前に発射できるのかが心配になる。宇宙を舞台にしたホラー映画で、地球人を襲ってくる側が持っていそうなデザインなのだ。
「撃ってください」
今度は涙目で頼まれてしまった。
「わ、わかったよ」
そのまま泣かれるのも嫌なので、優が差し出す銃へと手を伸ばした。
「うっ」
まず触り心地が悪い。グリップは小動物の肋骨を重ねて作ったような形状をしているし、なによりねっとりとした粘液が滲んでいるような肌触りなのだ。
「これ、何発入るの?」
アキラの質問に、小さく手を挙げた優は、自分の口の中へ手を突っ込んだ。
すると右下顎の歯列を歯茎ごと取り出し、それをアキラへと見せつけるように掲げた。
「…あ、あの~」
いい加減、逃げたくなっていた。だが、どうやらそれは優なりの演出であったようだ。縦方向に見ればエアソフトガンによくある、脇のレバーでスプリングを縮めてBB弾を装填するマガジンだということわかった。ということは、わざわざ演出のためにマガジンを口に含んでいたことになる。
唾液のついたままのマガジンへ、優がBB弾を装填する。歯茎に植わっている奥歯など造形はリアリティがあった。
給弾の終わったマガジンが差し出された。端から唾液なのか粘液なのか分からない物が滴になって垂れていたりした。
アキラはグッとガマンしてマガジンを受け取り、グリップの下からマガジンを装填した。
簡易シューティングレンジとなっているパイプテント向こうの長テーブルまで行き、先に置いてある標的を狙う。照星と照門すら骨でできていた。
「これ、どうやって撃つの?」
なにせ常識から外れた見た目である。リボルバーでないことはハッキリしているが、まずエアソフトガンとしてパワーソースが何なのかすら見当がつかなかった。
「ここを引く」
銃の最後端をまるで女の子のような細い指で示された。そこに小動物の大腿骨近位端と思われる球形の骨が、組み合わされた肋骨などの間から後ろへ飛び出していた。
どうやらコレがボルトのようだ。アキラは大腿骨頭と思われる部位を摘まみ、グイッと後ろへ引いた。引き切るとカチャリと骨同士が重なる音がした。
手を離すとバネが仕込んであるのか、それとも靱帯か何かで代用しているのか分からないが、ボルトが自然に前進した。
どうやらコレで射撃準備は完了のようだ。
両手で握った銃を標的に向ける。照門は向かい合った肩甲骨の端であり、照星は銃口にある何かの頭蓋骨の後頭部であった。
どうやら両生類の肋骨らしき細くて骨製のトリガーに触れると、バシッと圧搾空気が解放される音と共にBB弾が発射された。
標的の肩にベトリとスライム状の物がついた。いやBB弾自体は他の銃でも発射したペイント弾であろうが、この銃から発射するとこういう様に見えてしまうのだから不思議な物だ。
ちなみに当たった箇所はちゃんとアキラが狙った所である。標的の左胸にある同心円にはすでに多くのペイント弾が着弾していため、わざとずらした位置を狙ったのだ。
「おー。素直な弾道」
再びボルトに手をかけようとすると、その手を優がそっと邪魔をした。
「?」
ニコニコと首を横に振るので、そのまま反対の右肩を狙ってトリガーを絞った。
再び圧搾空気が解放される音と共にBB弾が発射され、そこへ見事命中した。
どうやら派手なブローバックなどしないが、銃の中で次弾装填が自動的に行われているようだ。ノンブローバックガスガンに比べてトリガーの引きと距離、そして切れが違った。
今までで一番「相手を撃った」という感触があった銃だ。性能では一番では無いだろうか。ただし見た目と肌触りは最悪であったが。
「ありがとう」
笑顔をつけて銃を返却する。優もその素地のままに微笑んで銃をコートの内側へと収めた。いつもそんな顔をしていれば女子人気も高いだろうにと思ったが、それを指摘するとわざと気持ち悪い表情に切り替えて来るような気がしたので、もう一度礼を言うのに留めておいた。
「じゃあ、僕のも撃つ?」
いつの間にか正美がやってきていた。どうやらまともなライフルが無いので諦めたようだ。
彼が手にしているのは大手エアソフトガンメーカーの安いエアコッキングピストルであった。
モデルとなった銃は旧共産圏で一番人気の高かったチェコスロバキア製(当時)のCz七五であった。しかもショートレールと呼ばれる前期型である。これはまだ鉄の塊から削り出すという贅沢な製造法で作っていたオートマチックで、狙いの正確さや作動の確実性、そして早い段階でのダブルアクションと複列弾倉採用と、アメリカの実戦的射撃の考案者に「これが四五口径だったら完璧だった」と言わしめた銃だ。
大人しく受け取ってみる。小柄な身体となり、それに見合った大きさの掌となったアキラには、少々握りにくいグリップだ。まあモデルとなった銃が九ミリパラベラムのダブルカラムマガジンの採用で、マガジンが収められるグリップが太目であるから、圭太郎のような大柄な者ならともかく、正美のような平均的な日本人にはちょっとつらい太さである。もちろん今のアキラにはもっとだ。
スライドを引きチャンバーへ弾を送る。作動は滑らかであり、スライド後方に切られた滑り止めが自然と指に馴染んだ。
引く力もそんなに必要無いことから、おそらく年齢制限一〇歳以上推奨品であろう。他の『常連組』が、おそらく業界の自主規制を無視している雰囲気なのに、一人だけ規制を守るとは、真面目そうな外見をしている正美らしかった。
錘が入れてあるとはいえ軽く感じる銃なので、標的に対して斜めに立ち右手で持った銃に左手を添える保安官の方式で構えてみた。
まったく無改造と思われたが、照門と照星に丸い凹みがつけられて白い塗料が流し込まれていた。三つの白い円を並べるようにすれば標的に対して真っすぐ構えている事になる。
ちょっと固いトリガーを絞ると、ポヘッと情けない音を立ててBB弾が発射された。
威力は全く無い。それどころか標的に届きすらしなかった。雑草を刈り残した校庭にポトンと落ちてバウンドしていた。
「え? コレで戦うの?」
さすがに心配になった。大学生たちの装備を見るに、着る物から本格的なのだ。こんな弱い威力、しかも一発ずつ手動で装填しなければならない銃では相手にならないのではないだろうか。威力からして中身は無改造であるのは確実であるし、固定ホップアップなので定格の重量でないBB弾だと、ろくに飛ばないのだ。それなのに装弾されているのは、普通のBB弾よりも遥かに重いペイント弾である。
「違うんだなあ」
正美は自信たっぷりでアキラからCz七五を返してもらうと、次弾を装填した。
標的に銃口を向けるが、相当上の方を狙っていた。
再びCz七五はポヘッと情けない音を立てたが、BB弾はきれいな放物線の弾道を描き、吸い込まれるように標的の同心円の中心に命中した。
「はへ~」
その職人技に感心する声が出た。
「中学校の理科でやったでしょ。物は斜め上に放り投げた方が、水平に投げるよりも遠くまで届くって」
なんでもないことの様に言うが、何百回、いや何千回と練習しないとこう見事に当てられる物ではない。彼はお小遣いが無い分、練習量でその差を埋めようとしていた。
「でも斜めに撃つって、狙いが難しいだろ?」
「そこは戦艦の公算射撃と同じだよ。一発目を遠目で撃って、二発目を近目に撃つ。その弾着の差を見比べて夾叉させれば、その内当たるよ」
「こうさんしゃげき? きょうさ?」
学校の授業で聞いた事も無い単語にキョトンとしてしまう。
「ええと。つまり練習が大事ってこと」
どうやら普通の女子高生相手に確率論の歴史を説明する虚しさを知っているようで、正美はそういうことにした。
「うむ。何事も精進だな」
正美の横に空楽が現れた。偉そうに腕組みをして、頷いていたりする。
「剣にしかり、銃にしかり。その道を究めた者だけが辿り着ける高みがある物だ」
求道者が教えを垂れるような言葉である。ガッシリとバランスのとれた肉体は、膂力だけでなく瞬発力にも配慮した鍛え方をした筋肉のつき方であった。
これで自他ともに『読書と睡眠、そしてアルコールを愛する男』として認める存在なのだから不思議だ。この肉体は一朝一夕に仕上がる範囲を明らかに超えている。おそらく中学校、もしくは小学校の段階から四六時中トレーニングに励むだけでなく、摂取するカロリーや栄養素などにも配慮し続けなければできまい。
「ええと。フワくんは、どんな銃なの?」
「これだ」
アキラの問いに取り出したのは先ほどから弄っているボルトアクションとリボルバーを重ねたような銃であった。グリップは琥珀色をした透明で、銃身を支えるレシーバーに二つの赤いLEDが灯っていた。
もっとも特徴的なのは、大きめのトリガーガードに収められた二つのトリガーであろう。実銃ならばセットトリガーと言って、前方のトリガーを予め引いておくことによって、後方の発射用トリガーを絞る時に余分な力をかけずに出来るという機構である。拳銃ではおそらく実例は無く、長距離狙撃を目的とした猟銃に多く採用されている仕組みだ。
だが、逆にこういった普通の拳銃では有り得ない姿をしているからこそ有名になれた銃でもあった。
どこからどう見ても刃の上を走る如く危険な職業が仕事を行うのに必要な銃であった。
「弾は入っている」
クルリと手の中で銃を反転させて琥珀色をした透明なグリップを差し出して来た。最下部を固める金属削り出しの底部分が鈍い輝きを持っていた。
「これって…」
緊張しながらアキラは銃を受け取った。
「安心しろ。ブラックホールを撃ち出すような代物ではない」
「なにそれ?」
意味が分からなかったアキラが首を傾げると、空楽はポリポリと頬を掻いた。
手に取るとズシリと重い。もしかしなくても金属部品を多用している事が分かった。
「これ。エアガン出ていたんだ」
「出てないぞ」
「アレとはちゃいますで」
平然と空楽が言い、反対側から有紀が否定した。
「は?」
相反する言葉にアキラが固まっていると、有紀が空楽へ柔らかい笑顔で教えた。
「グレランとおんなじカートリッジを使うて、散弾銃のように弾を発射する物はおましたけど、他はだいたい無可動のモデルガンやったはず」
「そんな物があったのか」
どうやら空楽は把握していなかったようである。
「あと現地の趣味人、ほんまもん使うて撃てる銃を製作したのをネットに上げてましたかいな」
「銃規制が緩い国は違うな」
「まあ威力の方も44マグナムどしたさかい、相当な物や思うけど。うちは改造銃でフォーティフォーを撃つ度胸はあらしまへんで。最悪の場合は手の中で弾ける可能性があるんやさかい」
有紀が左手を上に向けると爆発を示しているのか、パッと開いて見せた。
「はは」
アキラの口から渇いた笑いが出た。身近にゴリゴリに改造した銃を乱射する者がいるなんて口が裂けても言えなかった。
「なんだよ」
自覚は無かったがチラリとヒカルに目が行っていたようで、とてもご機嫌斜めな声が飛んできた。どうやらアキラの考えることぐらいはお見通しのようだ。
「じゃ、じゃあ貸りるね」
「うむ」
アキラはリボルバーの物と同じサイズらしいグリップを握り直した。片手で構えて撃とうとしてみた。
「重いね」
幸い並みのマッチョよりも膂力があるため、この程度の重さは屁でも無いが、今まで持たせてもらった中では一番の重量感であった。あとグリップは大きく、指が回り切らなかった。こればかりはシラウオのような爪の先まで美しさを表現しているような身体のせいであるから致し方なかった。
アキラが、口では重いと言いつつも片手で標的に銃口を向けたのを見て、空楽の眉がピクリと動いた。知識としてアキラが人外と聞いていたのと、実際に人非ざる姿を見せられるのは別なのであろう。
上面に被せられた楕円体のパーツの先頭部分にあるネジ頭が照星らしい。照門にあたる物は無いようだ。
(指差すように、だっけ?)
暇な時にヒカルに聞いた射撃方を思い出す。暗闇で拳銃を撃とうとすると、普通だと照星や照門が使用できない。そういった時は指鉄砲で目標を示すつもりで銃口を向けろと教わっていた。この銃は照門が無いので、同じような狙い方をするしかないようだ。
内部機構はダブルアクションオンリーのリボルバーとなっているようで、トリガープルやトリガーストロークがそれなりにあった。
ボシュン!
他のエアソフトガンとは明らかに違う発射音がして、標的の喉元にあたる場所でペイント弾が炸裂した。もう多数の着弾があったので普通の所に当てても判別が難しくなっていたので、わざとそこを狙ったのだ。
「すごいな」
アキラは目を見開いたまま空楽を振り返った。発射と同時に、上部に乗せられたライフルの部品から、前に向けて白い霧のような物が噴き出したのだ。
どうやらBB弾を発射するのとは別に、生ガスを噴き出すギミックが仕込まれており、それが他のエアソフトガンとは違う発射音と発射煙を演出しているようだ。
これならば連続後方転回して迫って来るダンサーでも一撃で倒せそうだ。
「ちょっと重いけど、凄い迫力」
「まあな」
エアソフトガンを製造販売している会社から製品が出ていないとすると、部品を集めて一から手作りしたということになる。素直に褒められて嬉しかったのか、空楽は鼻の下を擦るとそっぽを向いた。
「おや。珍し」
有紀が目を丸くした。
「こないに照れる空楽はんを見るのんは初めてどす」
「そ、そっか」
同世代の男の子に目の前で照れられても反応に困るのであった。アキラは先ほどの空楽がやったようにクルリと手の中で借りた銃を回すと、グリップを差し出した。
「ありがとな」
「どういたしまして」
空楽は受け取ると、右側につけたフロントブレイクタイプのホルスターへと差し込んだ。
これで一通り『常連組』のエアソフトガンを弄らせてもらったことになる。周囲を見回せば、明実がなにやらヒカルと話し込んでいた。
「おまえはどんなエアガン使うんだよ?」
近づきつつ訊くと、会話を遮られて事を気にする様子もなく、明実はテントの裏を親指で示した。
「オイラはアレを使おうかと思っておる」
「?」
準備などをしなくていいのかと思い、明実が示したテント裏へ回り込んだ。そこに鎮座しているのは、以前見たことのある巨大な装置であった。
「うげっ」
アンチマテリアルライフルが可愛く見える装置である。今は折り畳まれて圭太郎の持つスナイパーライフルほどの大きさしか無いが、二段階展開すると時空すら揺るがす黄金の電気騎士が持つ超兵器並みの大きさになることを知っていた。
なにせ完成後の試射をした時にはアキラも立ち会ったのだ。その時にグリップを握ったのは他ならぬヒカルで、数キロ先のポリタンクを見事撃ち抜いた。
主機関を製作した明実によると『地上最強エアソフトガン<マーガレット・スピンドルストン>』という名前のようだ。
普段は高等部の科学部下物理部において「月の形成」についての衝突実験に使用されている発射装置だ。真空の実験装置内に均した金属粉の砂場へ、超高速で突入体を撃ち込むことに使用される。金属粉の砂場を原始地球の地表に見立て、突入体は衝突する微惑星の代わりだ。そして衝突してできるクレーターの形状や深さ、そしてどれだけの量の金属粉が飛び散るかのデータ収集が繰り返されている。
そうして集めた基本データを元にして、「月の形成」についての秘密に迫るのが目的である。現在一般的な学説は、古代惑星テイアが古代地球へ衝突したとされる「巨大衝突説」である。しかし物理部では、二〇数個の微惑星が連続して原始地球に落下した「複数衝突説」の方が正しいのではないかという仮説を立てていた。
基本データの作成はその仮説の正誤を判断するのに必要なのだ。
そして物理部の真空チャンバーは、中等部旧校舎裏にある旧体育館内、現清隆大学実験棟にあった。
「こんな物持ち出してどうするんだよ」
まさか他の人に聞こえるように罵倒するわけにもいかず、アキラは速足で明実に詰め寄った。
「ん? なにかおかしいか?」
コレを本気で言っているのだから困るのであった。
「あんなのの試射をしろって言われても、こっちから願い下げだからな」
断固たる意志を囁き声に込めると、明実が不思議な事を口にした。
「安心しろアキラよ。オイラは科学者なので迷信などまったく信じておらん」
「めいしん?」
話しが見えずにキョトンとしていると、ニヤリと嗤った明実は目線をヒカルに向けた。
「それに試射ならヒカルにしてもらったしの」
「下手すると死人が出るだろ、アレ!」
試射の時の威力を思い出したアキラは、囁き声で相手を罵倒するという難業をこなして明実を白衣の上からつついた。
「まあ、当たり所が悪ければそうなるかもな」
「おいっ」
流石に声を荒げると、明実は安心しろと言うようにピースサインをしてみせた。
「万が一の場合でも大丈夫。ちゃんと傷害保険の適用内だ」
「そんな保険があるわけないだろ」
一刀両断に否定して見せると、ふーやれやれと幼馴染は肩を竦めてみせた。
「最近、知恵がついてきたのう。養父としては嬉しいが、友人としては軽いノリが欲しいところだぞ」
それを聞いてアキラの額に青筋が浮かんだ。
「誰が『ちち』だ」
「じゃあ『パパ』で」
「そういう問題じゃねえ」
首を絞めてやろうかと両手を構えたところで、別の角度から声が会話へ参加して来た。
「まあ、あれだ」
ベンチベッドから長テーブルに腰かける場所を移していたヒカルであった。口元のキャンディの柄は天空を指すように上を向いていた。
「相手の銃を破壊するように撃つしか使いようが無いねえ。威力が高すぎるんだよ、アレ」
「だが改めて初速を実測しておきたいからのぅ」
「いまさら? そういう実験はやったんじゃないのか?」
どうしてもアレをゲームに持ち込みたいようである。だが射撃データはヒカルが試射した時に集めたはずだ。
「いや。数回射撃して平均値を知りたい。いつもは真空チャンバーへ撃っているから、大気中でのデータが不足しておってな」
「だったら休みの日にでも、裏の雑木林あたりでやれよ」
右腕全体で中等部の周囲に広がる雑木林を示した。清隆学園は敷地内に雑木林を抱えているので、体育会系部活の走り込みから、想いを寄せ合った二人の逢引きまで、青春の一ページを人に知られずに行おうと思えば、やり放題であった。嘘か真実か、年に一度ほど行方不明になった生徒や学生を、消防や警察、自衛隊など関係各所の協力を得て一斉捜索する事があるようだ。たまに素行不良等で下宿先を追い出された「野良」または「野生」の学生が発見される事があるらしい。
「そうはいっても忙しい身であるからのう」
「アキラ…」
まだ何か言おうとするアキラにヒカルは言った。
「…傷害致死で前科者になって愛する人を悲しませるような男に見えるか? アキザネが」
「見える」
膝蓋腱反射よりも速く言葉が出た。
さすがのヒカルも言葉を失っていると、そこへプップーと呑気なクラクションの音が聞こえて来た。
そこらを走っている車とは違い、地球にまったく優しそうでないエンジン音ですぐに分かる。槇夫の愛車であるマイクロバスが帰って来たのだ。
青い色の車体は、出て行った時と同じ位置へと停車した。
なにやら車内で会話をしているのが窓越しに見え、アイドリング状態のまま槇夫が車体中央の折り戸を開けて降りて来た。
手には一つのダンボール箱がある。
窓にあるカーテンをサトミが引いて目隠しをしていく。チラリと見えた由美子と恵美子の二人の姿は大半が隠されてしまった。
槇夫のマイクロバスには車体中央にある出入口の後ろに、車内を前後に仕切るカーテンも装備されていた。そのカーテンまで半分閉めて、サトミは黒いボストンバッグを取り出したようだ。
なにやら服を取り出して二人に説明している様子である。恵美子が機嫌よく、由美子は機嫌悪そうに受け答えをし、最後はサトミを折り戸の外へと蹴り出した。
しばらく尻を撫でていたサトミは、そのまま中央のパイプテントの前で固まっていた三人の所へやって来た。
「お待たせ。二人を連れて来たよ」
「普通の女子高生は、日曜日にやることがいっぱいありそうだが。よく来てくれたもんだ」
出迎える形となったヒカルが、ゴソゴソと揺れているマイクロバスを見て口を開いた。おもしろく感じていないのか、咥えたキャンディの柄が右下を向いていた。
「まあコジローが言い出しっぺのようなモンだし、姐さんは負けるのが嫌いだから」
マイクロバスの周囲に近づいて良からぬ事を企む輩が出ないように見張るためか、サトミも二人が着替えているはずの青い車体に目をやった。
「そんな風が通るところに立っていると寒いだろう? ストーブ点けたぞ」
これは槇夫である。もう少し風が遮られるところからも見張りは出来るはずである。
槇夫がダンボール箱から取り出したのは、キャンプ用の屋外で使用するタイプのストーブであった。備えられた燃料ポンプで加圧し、いま着火が終わったところであった。
殺風景な廃墟の庭で見る炎の明かりは心を和ませる効果があった。さっそくアキラはストーブの方へと歩み寄った。
ヒカルも横へやってくる。ふたりしてアンティーク調の椅子を引いて、ストーブに温まった。
その横で、いつものディパックをゴソゴソとやっていたサトミが、荷物を取り出していた。何をやっているのだろうと見ると、ホルスターに入れた拳銃が出て来た。まあこれからサバイバルゲームなのだからエアソフトガンなのは間違いなかろう。ズボンのベルトに左右と尻側と三つもホルスターを取りつけた。
右のホルスターに入っているのは、ガスリボルバーのコルト・パイソンであった。シリンダーをスイングアウトするとプチプチとBB弾を装填している。六発装填したらヨーク部分を押し込んで確実にシリンダーを戻してホルスターへと差し込んだ。
反対の左のホルスターには、おそらく電動らしいオートマチックが入っていた。ベレッタM九二Fである。左手で構えてから右手で、俗に言うワリバシマガジンを抜き出すと、こちらにも給弾して銃を戻した。
三番目の尻の上に回したホルスターには、大日本帝国陸軍制式自動拳銃である十四年式拳銃が入っていた。現在、ガスブローバックガンを生産するメーカーがあるが、どうやらこれはエアコッキングガンのようである。こちらは右手で持って左手でベレッタM九二Fに似たワリバシマガジンを抜き取ってBB弾を装填した。
最後にそれぞれのパワーソースを補充すれば完了である。パイソンにはフロンガス、M九二Fには電池、そして十四年式拳銃は前期生産型の特徴である皿を重ねたようなボルト後端に手をかけて引けば完了だ。この十四年式のボルトは戦時生産のために省力化されていないタイプなのに、トリガーガードは卵形をした後期型であった。
「ハンドガンだけ?」
アキラが驚いて訊ねると、サトミはベンチベットに寝かせてあったM四を手に取った。
「これもオレの銃」
これで四挺もの銃を持つことになる。ちなみにドレも十八歳以上推奨品の物に見えた。サトミはM四にもBB弾の補充とバッテリーの交換を行った。こちらも普通の電動ガンらしく、ハンドガードへバッテリー入れ、多弾マガジンへザラザラとBB弾を流し込むだけだ。
「どれか撃たせてよ」
「う~ん、お断りだな」
サトミがちょっと難しい顔をした。
「自分が扱う武器を他人に触られたくない」
「ケチ。他のみんなは撃たせてくれたのに」
アキラが唇を尖らせて言うと、サトミはサッと『常連組』を見回した。相変わらず標的に向けて射撃したり、撃って減ったBB弾を補充していたりしていた。
「オレは他のみんなみたいに迷信深くないから」
「めいしん?」
そういえば明実からも同じ言葉を聞いたような気がした。
「迷信って?」
「聞いたこと無い? 乙女に綾をつけてもらうと験が良いってさ」
「おとめ?」
つい自分の鼻先を人差し指で差してしまった。
「それだったらヒカルだって同じだろ?」
「アキラちゃんとヒカルちゃんなら、どっちがより『乙女』だと思う?」
サトミの言葉にヒカルとつい顔を見合わせてしまうアキラ。丸テーブルの下で膝の辺りを蹴られた。
「あいて」
「まあ、こいつよりゃ男性経験はあるわな」
ふふんと大人の女性を演じているのか、鼻をくくったような貌を見せるヒカル。咥えているキャンディの柄をタバコのように揺らせてみせた。そこを横から明実がいらぬことを言った。
「男の経験ならアキラの方が上じゃろ。なにせ…」
その先は言わなかったが、事情を知っている者には分かった。なにせ「男に出会った回数」はヒカルの方が上であろうが「男そのものであった経験」を持つのはアキラの他にはいないはずだ。
「ええ。ということは…」
それを曲解した正美が大声を上げた。微妙な視線を明実へと向けてくる。なにせ幼馴染ということは事あるごとに宣伝して来たから、それを『常連組』で知らぬ者はいないのだ。
「なにを言いたい。ちなみにオイラは清らな体であるぞ。なにせ操をカナエさんに捧げておるからのう」
明実は自分の腕で自分の体を抱くような仕草をしてみせた。
「じゃあ。へ~…。へ~」
正美が完全に誤解している目で見てきた。しきりに感心したように声を漏らしていた。
「人は見かけによらないって言うけど」
「…。誰か味方はいないのか?」
アキラはたまらず助けを求めた。
「安心しろ。こんなオボコ丸出しの女が、男性経験豊富なわけないだろ」
ヒカルがいかにも適当にアキラを親指で差すと、これまた適当に言った。
「オボコ?」
アキラが目を点にしていると、正美がまるでインタビュアーがマイクを向けるように握り拳をヒカルの方へ差し出した。
「そういう新命さんは?」
「それなりに。これ以上はノーコメント」
キッパリと言い切るのがヒカルらしかった。それがまた大人な女性の雰囲気を演出していた。
「さてと。そろそろ姐さんたちも着替えが終わる頃かな?」
ホルスターの据わりを確認するかのように上から下に三挺の銃のグリップへ手を当てていたサトミがマイクロバスの方へ目を戻した。
「きがえ?」
「そ。普通の女の子は迷彩服とか持ってないだろうから、用意したんだ」
その時、マイクロバスの中央にある折り戸が開かれて、人影が現れた。