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十一月の出来事B面  作者: 池田 和美
14/19

十一月の出来事・⑭



「これは…」

 朝一番に土嚢運びを終わらせた『常連組』は、マイクロバスに乗って移動した。行く先は大学の学食であった。

 校門を出て、連絡通路から学園の中央通路を右折。大学区画の方へ当たり前のように走って行く。武蔵野の風景を残している雑木林の間に、各学部の建物がチラリと見えた先で、大学の事務やら何やらを纏めて行う管理棟区画へと至った。

 そこの広い駐車場に槇夫は愛車を停めた。

「元は体育館だったんだ」

 サトミが説明してくれながら、管理棟の横に建っている学食へと案内してくれた。正しくその名残がアチコチにある建物であった。まず外見がカマボコ型をしており、何も知らされずに見せられたら十人が十人「体育館」と答えるのは間違いなしの姿であった。

「おい、こんな時間からやってんのかよ」

 ヒカルが確認するようにサトミに訊いた。キャットウォークの高さにある窓には暗幕が敷かれて、中の様子は分からないようになっていた。

 裏の方でエンジン音をさせている冷蔵トラックは仕入れ業者であろうか。

 他に周囲には人の気配は無かった。

「なんと二十四時間営業」

 正面にある両開きの扉の右側だけが開かれていた。コンクリートではなし御影石らしい床張りの空間は、元は昇降口だったのだろう。そこから一段上がって、フローリングの床があった。

 現役時代ならばそこで靴を履き替えることになっていたのであろうが、全員がそのまま先に進んだ。

 フローリング張りには昔の規格で書かれたバスケットコートのコートラインがはっきりと残されていた。

 夜明けの暗い外から入ると、屋内の明るさに目がしぱついた。天井から下げられている水銀灯の照明は現役であるようだ。

 昇降口を通過すると、まず建物の半分を仕切る可動式の壁が目に入った。こちら半分には調味料が纏めてアチコチに置かれている長いテーブルと円い椅子が整然と並べられていた。

 隙間から向こうが見えるのは、とくに隠す必要が無いからであろう。区切られている向こう側も、調味料こそ置いていないが長いテーブルと椅子などが並べられており、同じ風景をしていた。

 おそらく大人数を収容するべき時に、そちらも使用するのだろう。

 こちら側だけだって普通のレストランぐらいの広さはある。ただし時間が悪いのか、アキラたち以外の客はいないようだ。

 可動式の壁沿いに進むと、ステンレス製らしき銀色のカウンターを持つ壁が行く手を遮る。その向こうは結構広い厨房となっていて、朝早い今は不機嫌な表情を隠さない男が腕組みをしてこちらを睨むようにして立っていた。

 厨房は学食として使用する時に新設した物らしく、床のコートラインが唐突に壁で切られて終わっていた。

 白いタイル張りの厨房で腕組みをしているのは、背の高いコック帽と汚れの落ち切れていないエプロンという年季を感じさせる料理人であった。

「はい、どうぞ」

 カウンターの端に積み上げられたトレーを二人に差し出しながらサトミが教えてくれた。

「まだ朝だから、メニューは二つだけなんだ」

 トレーが積み上げてあるところに本日の朝食というタイトルの写真が貼りだしてあり、そこには一汁一菜といった「朝の和食」と、トーストにプレーンオムレツといった「朝の洋食」の配膳例が示されていた。

 カウンターの上に大きく「和食」と「洋食」と貼紙がしてあり、まずどちらかを選ぶところから始まるようだ。「和食」の方はすぐに列が始まり、「洋食」の方はカウンターの向こう半分から列が始まるようだ。

 海藤家では朝はどちらかというとパン食なので、洋食の方へ並んだ。ヒカルも同じ列についてきた。明実は(こう言ってはなんだが)顔に似合わず和食の列へと並んだ。

 他の『常連組』は半分半分であるようだ。和食に並ぶ者もいるし、洋食に並ぶ者もいる。サトミも洋食で、空楽は和食といった感じだ。

 カウンターの列に並ぶと、あとは流れ作業だ。右から左へ歩いて行くと、手の届くところにトーストを乗せた皿や、オムレツを乗せた皿が整然と並べられていて、それをトレーに乗せていくだけだ。和食の列では、それがゴハンを盛ったお茶碗や、みそ汁が注がれたお椀であるようだ。

「こいつは別料金になるよ」

 サトミがそう教えてくれたのは、カウンターに置かれたガラス戸のついた棚である。中には野菜を盛り合わせが小さなボウルに山盛りになっていた。

 サトミが一つそれを自分のトレーに乗せた。

 確かにそのサラダは最初に貼りだされていた配膳例には入っていないメニューであった。

 他にも同じような棚があった。中に並べられているのはペットボトル飲料や、プレーンヨーグルトらしき物を満たしたボウル、キュウイフルーツやイチゴを納めた棚もあった。

「ちっ。酒は無いのか」

 和食の方にある棚を覗き込んで、未成年らしからぬ呟きを口にしている輩がいた。

 アキラも飲み物の棚に手をかけたところで、サトミが注意するように教えてくれた。

「ちなみにお茶は飲み放題だよ」

「あ、そうなんだ」

 サトミが指差したのは、カウンターの終わりとも言うべき場所だった。そこには給湯器が並んでおり、伏せた湯呑がたくさん積み上げられていた。

 ならばわざわざペットボトルを取る事はないかと手を引っ込めた。

「シェフ! 大盛りで!」

「…」

 和食の方の列で圭太郎が厨房へ声をかけていた。すると強面の料理人が無言のままのっそりと動き出し、彼のためにドンブリへ巨大な炊飯器から白飯を山盛りにして出していた。

 トレーの上が納得いく形になったところで、スーパーのセルフレジみたいな一画へと運んでいく。レジは複数あるのだが、この時間は利用客が少ないからか、一つ以外はカバーがかけられていた。

 一つだけ開いているレジには、これまた厨房の中にいる料理人と同じぐらい年季の入ったオバサンが立っていて、何やらメモを取っていた。

「普通ならここで精算するんだけど…」

 サトミの様子からいつもと違うようである。アキラたちを含めた『常連組』のトレーを覗くと、何やらメモを書き加えて行くばかりだ。

「オレのおごりだ」

 最初に和食を選んでテーブルへ着いていた槇夫が背中で言った。

「お!」

 そうなると食べ盛りの高校生なんて現金なものである。

「ごっつあんです!」

「ありがとうございます」

「うむ、馳走になる」

「おおきに」

「ごちになります!」

 礼だけは大声で、遠慮なく棚からオカズを加えていたりした。

 晩秋の早朝であるから空気はすっかり冷えていた。客のために出してあるのだろう、大きなストーブがいくつもテーブルの列に加わっていた。

 だが、ここでも利用者数に比例してか、火の入っているストーブは一台だけであった。

 槇夫はその近くに席を取っていた。他の『常連組』も適当な距離を開けてトレーを置いて行く。アキラもそう離れていない所に席を取った。

 サトミが自分のトレーをテーブルに置くと、槇夫のところへ寄って行った。彼がズボンの後ろポケットから長財布を取り出すと、中身を確認せずに丸ごとサトミへと渡した。

 槇夫の財布を預かったサトミが、レジのおばさんのところまで行くと、クレジットカードで決済して戻って来る。途中で給湯機によると、二人分のお茶を汲んで、一つは槇夫の前へと置いた。

「利用停止になってなかったか?」

「え? 大丈夫でしたけど」

 どうやら限度額ギリギリだったようだ。首を竦めるサトミを見て、槇夫はイタズラっぽく笑って見せる。冗談だったのか本気なのか分からない態度だ。

「それでは」

 槇夫の横でサトミが声を上げた。

「いただきます!」

 それに合わせて『常連組』も食物と先輩への感謝を口にした。

 量はそれなり、味はちょっと薄目であった。慣れているのかサトミなんかはオムレツにこれでもかというぐらいにケチャップをかけていた。長いテーブルごとに調味料が置いてある理由がわかった気がした。



 女が三人寄れば姦しいという言い回しがあるが、男だって十人近く集まれば、じゅうぶん煩くなる。色々な下らない話で盛り上がった朝食会も終わり、これからどうするという話しを『常連組』たちは始めた。ちなみに同じノリを、静寂を(たっと)ぶべき図書室でやるから由美子に(なぐ)られるという自覚は、彼らに全くない。

「駅に姐さんたちが九時に来るから、それまで銃の準備と下見ができるよ」

 それぞれの前に置かれたトレーの上の朝食も片付いたところでサトミが提案するように言った。

「下見は大事だな」

 食事を終えて飲み放題のお茶をお代わりしていた空楽がウムとうなずいた。

「逃げ道を知っていた方が何かと有利だ」

「逃げ道って」

 銀縁眼鏡の中で正美が目を丸くした。

「そういうことは戦う前には言わない方がいいんじゃないの?」

「なにを言う、正美」

 腕組みをした空楽は、教えを垂れるように言った。

「ノブナガしかり、イエヤスしかり。彼らが歴史に名を残せたのは、もちろん(いくさ)上手であったからだ。しかし連戦連勝とはいかずに、負け戦もしておるのだぞ。何回か負けておるのに、お家断絶まで追い込まれておらんだろ。つまり負けても逃げるのがうまかったのだ。まあノブナガは本能寺で逃げそこなって自害したらしいが。逆に三日天下のミツヒデなぞ、逃げ道をちゃんと作っとかないから山崎から坂本への途中で落ち武者狩りなんかに刺されるのだ」

「血染めの丘の戦いでも、川口支隊の左翼隊は、まず逃げ帰るところを決めてから斬り込んだそうだし」

 サトミの台詞に正美がキョトンとした。

「いつのドコの戦い?」

「知らないか…」

 ガックリと肩を落とすサトミ。しみじみとぼやくように言葉を繋げた。

「あの時は苦労したのになあ。スチュアートさえ出て来なければ…」

「戦車ってより鎖閂式小銃(さんぱちしき)半自動小銃(ガーランド)の差だろ」

 見てきたように話すサトミに、ポケットから柄付きキャンディを取り出しつつヒカルがツッコミを入れた。

「あと補給(ロジスティック)の問題だ」

「まあ、つきつめるとソコなんだけど」

 どうやら二人にしか分からない話になったようで『常連組』の連中もキョトンとしていた。それに気がついたのか、ニヤリとサトミは笑うと席を立って、並んで座っていたアキラとヒカルの所まで来た。

「で、男たちは下見に出かけるけど、女の子たちはどうする?」

「どうするって」

 そんな事を訊かれても、明実が行くのなら護衛役のヒカルはついて行かなければならないし、そうしたらアキラも自動的にソッチだ。

「いちおう武装したオレたちがいるから、小一時間ぐらい御門から離れても大丈夫だと思うよ」

 どうやらこちらの思考はお見通しのようだ。だが、何を企んでいるのか底が見えない相手だから油断はならない。突然、裏切って明実の身柄をどこかに売り渡す可能性だってある。まあいちおう朝に二人だけで行動していたので、大丈夫だとは思うが…。

「契約で離れられないなら、まあ仕方がないけど」

 そう言って来るサトミに、ちょっときつめの視線を返すと、恐くないよとばかりにウインクが返って来た。

「大丈夫。オレが裏切ろうとしても、こわ~いオジサンが見張っているから」

「誰がオジサンだ」

 腕を組んで目を閉じていた黒色の長袖姿の少年が言い返した。たしかに「オジサン」と呼ばれるには十年ぐらい早…。

「オジサマと呼べ」

 どうやら一般人とは違う価値観を持っているようだ。

「どうする?」

「そんな厳密にガチガチの契約をしているわけでもない。五月がそうだったろ」

 アキラの定まらない声にヒカルが答えつつ、手は相手のポケットへと伸びた。そのまま、いま剥がしたキャンディの包み紙を押し込んだ。ちょっと渋い顔をして見せたサトミは、自分のポケットを覗いてから「ああ」と言った。

 明実がちょっと出かけている間に、二人してやったバイトを思い出す。あの時も明実の身辺には別の護衛がいるということで行動の自由ができた。ついでにつけ加えると、目の前にいるヤツがその時の敵であった。

「だったら、シャワーなんてどお?」

 ニコリと、ただでさえ女顔のサトミが柔らかく微笑んだ。普通、男子高校生が女子高校生に風呂を勧めるなんて下心が見え隠れするものだが、まるでそんなイヤらしさは無かった。下手をすると同性の友人に誘われたのかと錯覚しそうになる程だった。

「シャワーか…」

 咥えたキャンディの柄を立てて、ヒカルも向かいに座っている少年を真似するように腕を組んだ。たしかに土嚢作りでヒカルは汗を掻いた後である。アキラだって汗は掻かなかったが袋の口を広げる役をしていたので全身に砂埃を被ってしまっており、たしかにシャワーが恋しくなっていた。

「お風呂でもいいけど? でも、この気温で湯船に浸かったら、後がキツくならない?」

「たしかに」

 サトミの確認にヒカルが同意した。頷く代わりにキャンディの柄を上下させる。いまはストーブの近くに座っているからいいが、外は冬の前触れで寒さを感じる温度だ。昼ならば問題は無さそうだが、いまは避けた方がよさそうだ。

「風呂なんてあるのかよ」

 アキラが口を挟むと、さも当然のようにサトミは言った。

「清隆学園の各学校には大抵あるよ。職員用の保育園だってお風呂無いと困るでしょ? チビッコがオネショした時とかにさ。幼年部からはシャワーになるけど、教職員用と児童生徒用にそれぞれシャワー室が完備されてる。高等部だって校庭の更衣室にシャワー室あるよ」

「あ~、奥の~」

 清隆学園高等部は校庭を四つの校舎で囲むような配置となっている。A棟から始まってD棟まである校舎の内、D棟のほぼ真ん中に、校庭で運動するときに使用する更衣室があった。校舎内からは出入りする事はできず、校庭側だけに扉が設置してある構造だ。

 アキラは木製の棚が並んだその女子更衣室を思い出した。いつも隅で周囲を見ないように着替えているものだから、かえって壁に取り付けられた給湯器の事は鮮明に思い出せた。

 たしかに一番奥の棚の横に家庭用の給湯器をそのまま大きくしたようなガス湯沸かし器が備わっており、その向こうに掃き出し窓のようなサッシで区切られた区画があった。

 普通の体育の授業後に使用する猛者はいないが、運動会系の部活が終わった後ならば使用する者がいてもおかしくはなかった。

「そうそう、ソレ。お風呂がいいなら女子寮にあるし、大学にだってあるよ」

 サトミがニッコリと頷いた。見てきたように言うが、男子更衣室も同じ構造なのだろうか。それともサトミのことだから、女子用制服を着ている時に入り込んだのかもしれなかった。

「女子寮は、寮生じゃないと無理じゃないか?」

「まあ、色々と手を回せば。女子寮行く?」

 アキラが当然のように質問すると、蛇の道は蛇とばかりにサトミが答えた。だが、こんな時間に風呂を借りるのはちょっと気が引けた。

「大学の風呂ってドコだよ」

「銭湯形式のお風呂が三か所あるよ。その内の一ヶ所はこの裏で、教職員専用。だから学生や一般のご利用はお断わりってことになってる」

「銭湯?」

 これまた普段は使わなくなったような単語が飛び出して来てビックリした。

「ま、タダだけど」

「あ~、福利厚生の一環ってやつね」

 一瞬にしてヒカルが納得した。まあ象牙の塔でも肉体を酷使する実験などあるだろうし、職員に至っては力仕事や汚れ仕事を担当している者もいるだろう。そういった者のために風呂があっても不思議では無かった。

「学生が使えるのは、ここから歩いてちょっとのところにある『きよしのゆ』と、学園の一番奥にある『たかしのゆ』の二つ。そっちの二つは有料だから気を付けて」

 清隆学園は昔の航空基地跡に創立されたから、国道バイパスに繋がっている側と、中央自動車道に近い側とでは、相当距離が離れている。国道バイパスに一番近いのは高等部校舎だ。反対側である奥に行くとすれば、それこそ自動車が必要になるだろう。

「その二つは学生が入れるんだ」

 アキラの確認にサトミはウムと頷いた。

「というか学生用だよ。運動会系のサークルが汗を流す目的で作られたんだから。ちなみに学生証を提示すれば割引してくれるよ。この近くにある『きよしのゆ』は、創立以来の設備だからちょっと古いけど、逆に最近じゃ懐古趣味者の心(ノストラジー)に響く物があるってんで、今日なんかも一般のお客さんも含めて結構賑わうんじゃないかな。逆に『たかしのゆ』は、最近になって原子力建屋の横に作られた最新式のスパで『非天然ラジウム温泉』が売りらしいよ」

「ちょっとまて、『非天然ラジウム温泉』ってなんだよ」

 聞き捨てならない単語を耳に入れて、反射的にツッコミを入れてしまった。

「そらあ天然に(あら)ずだから非天然温泉なんでしょ」

 平気の平左といった感じで言われ、アキラとヒカルは顔を見合わせてしまった。

「さらっと恐い事言うなぁ」

「なんだよ原子力建屋って」

 なんとか会話を続けようと口を開くと、サトミが当たり前のように言った。

「もちろん中には原子炉があるよ。実験用の小さい奴だけど。加圧水型。前は黒鉛減速炭酸ガス冷却炉だったらしいけど、老朽化で廃炉にしたとか」

「冷却水が漏れてるなんて言わないよな?」

 指の代わりに咥えたキャンディの柄の先で指差しての確認に、サトミは学食の天井からぶら下がっている水銀灯の方へ視線を逃がした。

「…」

「だまるな!」

 恐くなって一喝すると、テヘッと舌を出してみせる。どこまで本気なのか冗談なのか分からなくなってきた。

「だいたい清隆学園に原子炉があるなんて初耳なんだけど」

「そお? 清隆大学(ウチ)の核物理学科は論文とか結構発表してるけど」

 アキラの質問に、逆にサトミは不思議そうな顔をしてみせた。

「一般に知られてないってことだよ」

「…。ぼく、いっぱんじん」

 サトミはニコリと両頬に人差し指を当てて微笑んで見せる。まるでクリスマス・エキスプレスで有名になった女優のようであった。

「平仮名で言われてもなあ。…まさか核弾頭まで密造しているとか言わないよね?」

 アキラが思いついた単語を口にした途端、またサトミの視線が逸らされた。

「おいっ!」

 ヒカルが声を上げても視線が帰ってこなかった。

「え?」

「…」

 サトミの態度を見てアキラが確認するように明実へ視線を移すと、どうやら三人の会話を聞いていたらしい明実まで黙り込んで、視線を学食の出入り口の方へ逃がした。

「おいおい」

 まさかと思いつつも、核弾頭の一発ぐらいはあるのではないかという疑惑が浮かんで来るアキラ。ちなみに清隆大学には研究用の小さな原子炉はもちろん、再処理施設のモデルとして実際に稼働できる模型や、遠心分離機など揃っていた。さらに言うなら化学蒸着のために六フッ化物を作る施設も整っていた。

「ないよな?」

 不安のままに念を押すと、明実はギクシャクとした動作で首を戻して来た。

「ヤ、ヤダナアあきら。我ガ日本ハ非核三原則ヲ掲ゲテ、核兵器ハ『持タヌ、作ラズ、持チ込マセズ』ヲ国際社会ニ表明シテキタ歴史ガアルンダヨ。ソレナノニ、ただノ私立大学ガ、研究ノタメトハイエ、核弾頭ヲ製造スルワケナイジャナイカ」

 言っている事は義務教育で習う内容と全く同じであったが、まるでロボットのように話す明実を全然信用ができなかった。

「まあ、それぐらいにしとけ」

 全て分かっているという態度に切り替えてヒカルが言った。キャンディの柄は天井を向いていた。

未成年(こども)をあまりからかうもんじゃない」

 そう言うヒカルだって、今は清隆学園高等部の制服姿であるから、ちょっとおかしかった。

「そうは言うけどよ」

 さすがに『施術』で『創造物』という不老不死に限りなく近い身体をしているとはいえ、核爆発に耐えられる身体ではないことは知っていた。なにせふつうの鉄砲や剣で、撃たれたり斬られたりして重傷を負った事があるのだ。(まあ、その傷は『施術』で、あっという間に治ったのだが)大学の方で何を研究してもいいが、もし誤爆などが起きた時に巻き添えを食らうのはごめんだった。

「でも残念」

 反対側でゾンビ映画について優と熱く語っていた圭太郎が、こちらの会話に加わって来た。

「大学の銭湯は、どっちも午後からだよ。午前中は清掃の時間」

「あれ? そうだっけ?」

 サトミも確認不足だったようである。

「じゃあ風呂、入れねーじゃん」

 ヒカルが言うと、めげずにサトミが言い返すように口を尖らせた。

「どちらにしろ湯船に浸かるのはキツイって話だったよね?」

「ま、まあな」

 ヒカルがしどろもどろながら認めると、サトミは笑顔を作り直した。

「大学のサークル棟の方にシャワー施設があって、そっちは清掃時間以外、二十四時間使えるはずだよ。もちろんシャワーヘッドから出てくるのはお湯で、チクロンBじゃないよ」

「は?」

 サトミの冗談が分からずにアキラがキョトンとすると、ヒカルが大きな溜息をついた。

「あんまり笑いにしていいネタじゃねーぞ」

「こいつは失礼。で? どうする?」

 アキラとヒカルは顔を見合わせた。

「どうする?」

「汗を流したいのは間違いないけど…」

 ただ、妙なバイタリティ溢れる『常連組』と一緒だと不安もある。さすがに入浴中に入って来て、あんなことかこんなこととか、まあ刑法一七七条あたりに違反することを企んでも、アキラたちには『施術』のおかげで成人男性に負けない膂力があるので大丈夫だとは思う。ただ東京都迷惑防止条例違反のことぐらいはしてきそうな気がする。なにせ見た目は二人とも美少女なのだから、男子高校生がムラッと来てもおかしくはないのだ。

「男どもは、先に戻って旧校舎の下見や、エアガンの準備に入るから、シャワーの周りをうろつくことはないはずだけど」

 サトミが確認するように『常連組』を見回した。

「ノゾキなんて、そんなことしないよぉ」

 即答したのは銀縁眼鏡の正美だ。たしかに真面目そうな彼はやりそうになかった。まずそういった度胸が無さそうに見える。そういう事件に関わったとしても、悪い友人に強引に誘われて、気が進まずに参加して(しかも最初に)捕まるタイプだ。

「そんな不埒な輩がいたら叩き斬る。安心せい」

 これは朝食を食べてから周囲の喧騒を余所に無言で腕組みをして座っていた空楽だ。まあ古風な雰囲気の彼ならば自分をしっかり持っていそうだから、悪い友人に誘われても「貴様だけで行ってこい」とか言うタイプに見える。先ほどから(たとえ)に「悪い友人」という架空の人物が登場しているが、特にモデルがいないわけないわけでもない。

「まあ、オヌシたちの裸を今更見てもな」

 このコメントは明実だ。たしかに『施術』で怪我を直すために『調整』と称して『生命の水』が満たされたシリンダーへ入る時は、下着も含めて何も身につけないので、明実には上から下まで全部見られたことが何度かある。さすがに治療のためなので、医師に対する程度と同じ羞恥心しか感じて来なかった。

「ええっ」

 それをわざとらしく曲解したサトミが、軽く握った両拳を口元に持って行ってブリッ娘ポーズを取った。

「やっぱりアレ? 二人も美人秘書を抱えていて、とっかえひっかえうえからし…、ガッ」

 その眉間に木刀が命中し、サトミは仰け反るようにして床に倒れた。

「少しは落ち着け」

 抜く手も見せずに、どこからか木刀を投げつけ(ソード・ビッカーし)た空楽が静かな声で注意した。

「幼稚園からの幼馴染なだけだぞい」

 変な視線を送って来る『常連組』に、明実が簡潔に説明した。たしかにアキラと明実は幼稚園からの付き合いであることに嘘はなかった。

「シャワーを浴びる美女…」

 優がニヤリと笑う。シャワーを浴びている時に斧を使って扉を破壊して侵入してきそうな顔であった。もう悪い友人どうこうの前に危険人物にしか見えなかった。

「こーらー」

 その頭を圭太郎が横からつついた。

「女の子たちが怖がっているでしょ」

 別にアキラもヒカルも表情を変えた自覚は無かった。ただ、傍から見ていると恐怖というより嫌悪という顔に変わったかもしれなかった。なによりヒカルのキャンディの柄が、右下と左下を往復していた。

「うふっ」

 自分が異性に嫌われる事に耐性があるのか、優は妙に粘度のある笑みに切り替えた。

 でも体格的にはそんなに強そうに見えない体である。身長は高いが肉があまりついていない。さすがに修験者のようにガリガリでもないが、普通の女子でも必死に抵抗すれば押しのけられそうな体格であった。

「見た目はこうだけど、人畜無害だから」

 フォローしてくれた圭太郎が微笑みを湛えた顔で、場の空気を変えて来た。彼の場合は性欲よりも食欲優先といった体格である。ただ、あの体重でのしかかられたら、さすがの『創造物』の膂力でも脱出は難しいかもしれないと思わないでもない。まあそれよりも前に圧死の危険性を考えた方がよさそうだが。

どちらにせよ腹囲がアレなので、シャワーブースに押し入ろうとしても、脂肪がつかえて無理であろう。

「ほな、そないな手配にしまひょか」

 最後を怪しい方言使いの有紀が締めた。彼も『常連組』に多い顔に微笑みを浮かべたままの顔という、何を考えているか分かりづらいところがある感じの少年であった。が、なんとなくだが、あらゆる欲望が薄いような印象であった。例え悪い友人に誘われたとしても「自分は行かへんさかい、ご自由にしとぉくれやす」と言うタイプに見えた。

「じゃあ…」

 ヒカルがアキラの顔を探るように見た。

「シャワーにするか?」

「…うん」

 それで、今後の予定が決まった。食器を回収するカウンターへと片付け、一同はすっかり夜が明けた外に出た。逆にいまの時間から朝食にするらしいグループとすれ違うぐらいだ。中には槇夫の知り合いも混じっていたらしく、大雑把な挨拶を交わしていたりした。

「シャワーにかかるのは、三〇分ぐらい?」

 マイクロバスに『常連組』を押し込んだサトミが二人に訊いた。

「うん」「まあ」

 家での経験からそのぐらいの時間になるはずである。

「じゃあ槇夫先輩。そのぐらいに戻ってくるようにお願いしますよ」

「おう、任せておけ」

 運転席から槇夫がのんびりと言った。

「で、まず。はいコレ」

 サトミがマイクロバスから二つの黄色い物を取り出して、アキラとヒカルへ渡した。

「洗面器?」

「ケ□リン?」(いちおう伏せ字(笑))

 二人に渡されたのは銭湯と言えばコレというぐらいに有名な湯桶であった。

「まあシャワーを浴びるぐらいだから、必要でしょ」

 と言いつつバスタオルが一枚ずつ上へ乗せられた。

「ボディタオルは人が使った奴だと嫌でしょ? そう思って新品を用意したよ」

 まだパッケージに入ったままのボディタオルを二つ、バスタオルの隙間からそれぞれの湯桶へと差し込んできた。

「フェイスタオルは、ちゃんと洗濯した奴だから安心して」

 クルクルとまるで一本物のバームクーヘンのように巻いたタオルが追加された。これも一人に一つずつだ。

「ボディソープは備え付けの奴があるから、それで我慢して。髪はどうする? 洗う?」

「いや、風邪ひくだろ?」

 すかさずヒカルが反応したが、サトミはいつもの微笑みのまま受け止めるように言い返した。

「いちおう更衣室には洗面台もあって、化粧直しもできるようになってるよ。ドライヤーの持ち込みは禁止なの。ブレーカが落ちるから。で、洗面台にドライヤーが三台備え付けてあるから、それを代わり番こに使うことになるよ」

 またまた男子高校生のくせに女子しか入れない場所に詳しい知識を持っているサトミであった。まあ男子側にもドライヤーはあるのかもしれないが。

「備え付けでもドライヤーあるなら、さっと流すぐらいはするか」

 ヒカルは汗を掻いて頭に痒みを感じているようだし、砂埃を頭から被ったアキラは髪がザラザラした。ヒカルの咥えているキャンディの柄がウッキウキに揺れていた。

「でも、まともなのは一番左の奴だけだから注意して。右の奴はうんともすんとも動かないし、真ん中の奴は漏電してるからビリビリくるの」

 サトミの注意は有難いが、その情報源はドコなのかが気になった。ついふたりしてサトミをジト目で見てしまう。その視線に気がついているはずなのに、サトミは平然とした態度を崩さなかった。

「シャンプーやコンディショナーはどうする?」

「お湯で流すだけだろうな」

 常識的な質問にヒカルが答える。髪の手入れなどは男の頃のクセが抜けないアキラは、ザッと洗ってザッと拭くだけで居間をうろついて、香苗に怒られたりしていた。

「きしまない?」

 不安そうに確認するサトミ。それに頷いてヒカルがこたえた。

「まあ、そうなるだろうな」

 ヒカルの答えを聞いてから、サトミはマイクロバスの扉の内側へ腕を突っ込んで、なにやら探り出した。しばらくして、ほぼ新品のプラスチックボトルが二つ出て来た。

「私のでいいなら使う? アロエ成分の入ったシャンプーとコンディショナー。信じられないかもしれないけれど、ドライヤーを当てると、その熱で余計にしっとりとしてくんのよ、これが」

「へえ」

 まるで深夜に流れている通販のようなことを言いながら、二つのボトルを差し出してくる。まるで詐欺師のような口調に、アキラよりもヒカルの方がサトミの取り出したボトルへの反応が大きかった。

 シャンプーボトルをアキラの湯桶に捻じ込み、ヒカルはコンディショナーの方を自分の湯桶に入れた。

 その間に、サトミはだいぶ使って内容物が減ったチューブを取り出した。

「女の子は、顔は命だもんね。はい、洗顔料。チューブの奴だけど、これでいい?」

「こいつなんかボディソープでそのまま顔を洗うぜ」

 サトミの確認に、ヒカルがバカにしたようにアキラをキャンディの柄だけで指差した。有難く受け取って、おまえも使うんだぞと言うようにアキラの湯桶に突っ込んで来た。

「あとは、湯上りのスキンケア用の化粧水が必要ね。私はこのオールインワンジェル使っているんだけど」

 次に出て来たボトルを見て、今度はアキラが反応した。

「あ、かあさんが使ってる高い方の奴だ」

「おおっ。御母堂にはお目が高いとお伝えくだされ。これ一本でスキンケアはバッチリだから、面倒臭くなくていいよね。化粧落としは…」二人を確認して「必要ないね」

「まあな。学生がメイクってのもおかしいかと思ってはいたんだが…」

 ヒカルも自分で言っていて古い考えだと自覚があるようで、妙に歯切れが悪かった。咥えているキャンディの柄に歯を立てて、なにか言い足りないような表情だ。

「高等部でしてる人、結構いるよね。あと…」

 サトミは同意するように頷いてから周囲を確認すると、サッと何かのパッケージをバスタオルの隙間に差しこんだ。

 何だろうとちょっと引っ張り出して確認した。

「なっ」

 それは男子高校生から渡されるにはとんでもない物であった。

「大学の生協で売ってるイモ臭いヤツだけど、ブラとパンツね」

 たしかにネズミ色をした上下のセットで、フリルやらリボンなどのお洒落要素が全くない、実用一点張りの物である。しかし、コレを出して来たサトミは(万引きなどの手段でなければ)大学の生協で買い求めたことになる。

(ソレってどうなんだよ)

 アキラがドン引いていると、横のヒカルは心底ホッとしたような声を出した。

「正直助かるぜ」

「やっぱり女の子は近くなくてもオリモノとか気になるものね。それと夜用の大き目の奴だったら持ち合わせがあるけど、必要?」

「いや、あたしらには必要ねえんだわ」

 即答でヒカルがサトミに教えた。

「必要ない?」

 逆に今度はサトミが表情を変化させる番だった。

「普通の女なら必要なんだけどよ。ほら、あたしたちはアレだから、来ねえんだ」

 いちおう周囲には人影はおらず『常連組』は車内でどうやらバカ話をして盛り上がっているようだが、ヒカルがボカして答えた。

「あ~。な・る・ほ・ど」

 サトミはぎこちなく頷くと、車内へ視線を走らせた。今の会話を聞いていた者がいないかの確認であるようだ。幸い、明実以外の視線はこちらを向いていなかった。

「衛生用品のついでに、ホテルのアメニティの奴だけど、使う?」

 出てきたのは小さく小分けにされた歯ブラシと歯磨き粉のセットであった。表面に聞いた事も無いような旅館の名前とロゴが印刷されていた。おそらくどこかの旅行先で泊まった宿の物だろう。

「そうだな」

「口を漱ぐぐらいじゃね」

 さすがに歯磨きを習慣にしていたので、昨夜からデンタルケアをしていないと、歯の表面がザラつくような気分がしていた。ふたりとも頷いてサトミからセットを納めているビニール袋を受け取った。

「ブラシといえば…」と、またサトミはバスの中へ手を突っ込んでゴソゴソとやりだした。たぶんバスの折り戸に一番近い座席の下を探っているのだろうが、どれだけの備品を突っ込んであるのか好奇心が刺激された。

「はい、ヘアブラシ。必要でしょ」

 どこにでも売っているような柄が折り畳まれるタイプのヘアブラシが出て来た。たしかに洗ってドライヤーをかけるなら、髪を梳く道具が必要であった。槇夫のバスに置いてあった割には、新品とまでは言えないがキレイに見えた。

「ついでに、これも試してみる?」

 出てきたのは透明なボトルに入った、薄い黄色がかった液体であった。ラベルとかはまったく貼っていないので、中身が何か見当もつかなかった。

「私が使ってるヘアオイル。いちおう大島産の椿油よ」

「へえ」

 さすがに世事に疎いアキラでも伊豆大島の椿油ぐらいは常識として頭に入っていた。受け取って、まだ弱々しい太陽光へ透かしてみた。

 食用油に比べてサラサラしているが、水よりは粘度があるようだ。

「こうして手に出して…」

 アキラからボトルを回収して、まるで食器洗剤の容れ物のようになっている細い口から数滴を左の掌に出してみせる。キャップを締めたボトルを小脇に抱えると、両手を擦り合わせるようにして馴染ませてから、そのまま色素の薄めの髪を手櫛で梳くように撫でつけた。

 気のせいかサトミの髪がキラキラしだしたように見えた。さっそく使ってみたくなって、改めて差し出されたボトルを湯桶に突っ込んだ。

「後は…、いる?」

 最後に出てきたのはオーデコロンの四角い瓶であった。どうやらサトミ愛用の品らしく、すでに開封されて幾ばくか使用されていた。

 たしかに彼に近づくと爽やかな香りがすると、前々から思ってはいた。

「あ~、う~ん」

 ヒカルが顔を顰めた。キャンディの柄が右斜め上で止まった。

「?」

 香水類には抵抗が無さそうだったヒカルの反応が意外で、アキラは不思議そうに首を傾げた。

「フォーマルな場所へこれから出かけるならともかく、普段は、あまり香りはつけないようにしてんだ」

「なんで?」

 いつもヒカルから甘い香りを感じるアキラは、当然のように質問した。香水の類を身に振りかけていないなら、あの甘い香りの正体は何であろう。

「茂みに隠れてても、匂いで場所を特定してくる犬みたいな奴と戦ったことがあんだ。ソレから匂いにも気を付けるようにしてんだ」

「まあ、必要が無いならいいけど」

 あっさりとオーデコロンの瓶をしまうサトミ。

「あと、必要な物は?」

「う~ん」

 訊かれて顎に手を当ててアキラは考え込んだ。ヒカルもちょっと思案顔だったが、これは思いつかないというより、リクエストしてよいかどうか迷っている顔であった。

「なんなりと、ご用意致しますが?」

 安心させるためか、サトミは微笑みを一層深くしてヒカルに訊ねた。

「じゃあ着替え。それかノリの利いたブラウスかな。制服の方は仕方ないとして、ブラウスぐらいは替えたいからな」

「お安い御用で。ああっと、それと貸したジャージはどうしたの?」

「ジャージ?」

 意外な事を訊かれて二人で顔を見合わせた。アキラは防寒対策で、今まさしく制服の上に羽織っていた。

「あたしが借りた奴なら、あの寝た部屋に畳んで置いて来たぜ」

「それならいいや。ええと、アキラちゃん。言いにくいんだけど、ジャージ回収したいんだよね」

「いま?」

 なんでこのタイミングなのだろうか。だが少し考えて答えが分かったような気がした。管理棟や学食、職員用の大浴場などが揃っているこの区画には、コインランドリーも存在した。普通はサークルで汗を流した後の練習着や、体操服などが主な客であろうが、寝間着代わりに使用したジャージを洗ってはいけないなんていうルールはもちろん無いはずだ。

「じゃ、ちょっと待ってて」

 コソコソと槇夫のマイクロバスの後方へと回る。ディーゼル特有の排気ガスの臭いが酷いが、とりあえず身を隠す場所が無いのだから仕方が無かった。

 上着は肩から落とせばいいが、下は下手をすると下着と一緒に下がったりするので、油断大敵なのだ。男の頃はそんなことにまで注意を向けなかったが、すっかり乙女回路がアキラの頭の中に出来上がってしまったようだ。

 脱いだ上着をヒカルに持っていてもらうと、きれいに四角へ畳んでくれた。スカートの下から丁寧にズボンの方を脱いで渡すと、制服のアチコチを引っ張っている間に、同じように畳んでくれる。二つを重ねた物は、ヒカルからサトミへ返却された。

「じゃあ、ヒカルちゃんの分は、私が勝手に回収しちゃって大丈夫?」

 サトミが丁寧に訊くと、ヒカルはちょっと機嫌悪そうに返事をした。

「こんなにきれいに畳んでないけど、それでいいなら」

「どうせ洗濯機に突っ込んじゃうから」

 ニコッとサトミは微笑みを作り直して言った。



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