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十一月の出来事B面  作者: 池田 和美
13/19

十一月の出来事・⑬



 翌日の日曜日。

 雑音にアキラが目を覚ますと、すでに着替えを終えたヒカルが枕元に立っていた。

「いま、何時?」

「五時半」

「はや」

 ゴソゴソと毛布から這い出して、部屋を区切るパーテーションの向こうを覗くと、すでに明実の姿は無かった。昨夜は色んな電子部品が散らかしてあった卓袱台には何も置いてなかった。その向こうには校庭に面した窓がある。

「まだ夜じゃねーかよ」

 外は暗く、さらに言うと白い霧がかかっていた。

「うぃ~、さむ」

 ブルッと寒気が来た。慌てて戻る。

「寝るな」

 毛布へもぐりこもうとするアキラにヒカルが言った。

「え~、だってよ」

「じゃあ一人で寝てろ。あたしはアキザネの護衛につかなきゃならない」

 起きて活動を始めるなら一言あってもいいだろうと言いたげな雰囲気である。護衛対象が好き勝手にアチコチに行ったら、守れるものも守れなくなってしまう。

 この部屋にいないところをみると、どうやらヒカルに無断で出歩いているようだ。

「え~」

 ちょっとだけ抵抗を試みるが、その一言だけで部屋をヒカルが出て行こうとしたので、慌てて立ち上がった。

「すぐ支度するから、待って」

 こんな場所で襲われるとは思っていないが、ひとりで残されるのは嫌であった。

「まったく。どいつもこいつも勝手ばかりだ」

 ブツブツと口の中で文句を言っていたが、それでもヒカルは腕組みをして待ってくれた。

 慌てて寝間着代わりのジャージを脱ぎ散らかし、壁にハンガーでかけておいた制服を手に取った。

 さすがに二日目となるとブラウスなどシワが寄っていた。しかし代わりは無いし、もともと頭の中身は男子高校生であるから、あまり気にならなかった。

 下着姿の時にヒカルにジロジロ見られて恥ずかしかったぐらいだ。

「さむ! さむ!」

 なにせ電気も水道も死んでいる廃墟同然の建物である。冬の先触れたる冷気に、建物自体が冷やされて室温もそれなりに低くなっていた。

「それで、よくストリーキングしたもんだ」

「ぜ、全部脱いでないだろ」

 慌てて手にしていたブラウスで身体を隠した。それから赤くしていた顔をポケッとした呆け顔に変えてみせた。

「どうした?」

「え、うーん」

 とりあえずブラウスへ袖を通しながらアキラは言った。

「男の場合がストリーキングなら、女はストリークィーンかなあって」

「おまえよ…」

 さすがに脱力してヒカルは下を向いてしまった。

「もともとストリーキングっていう単語があってだなあ…」

「あ、いや。英語の意味は知ってるよ。『疾走する(ストリーク)』のING(げんざいしんこう)形でしょ」

 ボタンを留めながら慌てて訂正するアキラ。どうやら毎週土曜日に参加している英単語講座の効果は出ているようだ。

「だったら…」

「いや、ほら。なんていうの? 口語ではなし、構文でもなし、こういうの」

 ボタンを留め終わって、次にネクタイを締めながら難しい顔をした。

「まあ、あえて言うなら『言い回し』か?」

「ああ、それそれ」

 アキラが納得の声を上げてヒカルを指差した途端に、ズパンという大きな音がした。

「起きておるか? ふたりとも!」

 徹夜か、少なくとも寝不足のはずの明実が元気よく扉を開けた音だった。

「へ?」

「え?」

「は?」

 そして交差する視線。時間が止まった気がした。相変わらず制服の上に白衣を着た明実と、畳の上でキッチリ制服を身に着けて腕組みをしていたヒカル。そしてアキラは…。

「おー、アキラちゃんの裸ブラウスゥ~」

 明実の後ろから現れたサトミが少し裏返った声を上げた。まるで観光地で景勝地をよく見ようとする観光客のように、目の上に手で庇を作っていたりもした。

「きゃあああ!」

 まるで女の子のような悲鳴を上げてアキラはその場にしゃがみ込んだ。

「こら! おまえら! みるんじゃねえ!」

 ヒカルが怒鳴り散らして扉へ向けて突進し、そのまま両腕でラリアットを繰り出して、男子二人を廊下へと突き飛ばした。

「げえ」

「ぐへ」

 まるでカエルを踏み潰したような息を喉から漏らすが、ヒカルはそれだけで容赦はしなかった。そのまま首に腕を巻き付けて、スリーパーホールドに繋げると、床へふたりを仰向けに押し倒した。

「アウチ!」

「おう」

 二人して悲鳴を上げる。後頭部を床に叩きつける前で止めたのは、情けや優しさというより、これ以上頭がおかしくなられても困るといったヒカルなりの配慮かもしれない。

 少年二人を床に押し倒したヒカルは、素早く立ち上がった。次の技に繋げるのかと思いきや、痛苦に悶絶している二人を指差して命令した。

「こっちがいいって言うまで開けるな」

 そのままズパンと扉を閉めた。

「ううう」

 しゃがんだまま膝を抱えて涙目になっているアキラのところに戻ってくると、軽く爪先で蹴った。

「なんだよ、そこいらの女みたいな顔しやがって。ほら、さっさと着替えろ」

「うー」

 少しは同情しろという意味か、短く唸った後にアキラは着替えを再開した。

 紺色のブレザーにプリーツスカート、同色のベストという清隆学園高等部の制服だけではまだ寒さを感じた。なので寝間着代わりに借りたジャージを制服の上に羽織り、ズボンをスカートの下に履いた。

 寒さ対策が出来たところで、荷物を持って靴を履き廊下へと出た。

「女は支度が長いのう」

 まるで水晶婚式(けっこんじゅうごねんめ)の夫が、近所へ買い物に出るだけなのに妻に待たされたような顔で腕組みをした明実が待っていた。

「誰がその支度の邪魔をしたんだ」

 まだ背中に隠れているアキラの代わりにヒカルが指摘した。

「ノックぐらいしろ」

「必要か?」

 これを本気で言っているのが明実である。なにせアキラが男だった頃から、海城家二階にある彰の部屋へ遠慮なく入って来る男であった。まあ幼稚園からの付き合いであるから、彰のテリトリーは明実のテリトリーでもあると言っても過言では無いのだが。いちおう、アキラがこの身体になってからは、部屋の扉をノックすることを覚えたはずだった。

「ううう」

 一番後ろをついてくるアキラの呻き声は、プライベートの尊重を求めるものではなく、建物の寒さに対する物のようだ。

「まだ暗いじゃないか。何をやらせる気だ?」

 アキラの心の声を汲んだのか、ヒカルが訊ねる。

「う~んとね」

 全ての元凶であるサトミが口を開いた。

「ただ校内で撃ち合うんじゃあつまらないから、土嚢でも積もうと思って」

「どのう? 陣地でも作る気か?」

「まさしくそのとおり」

 サトミが人差し指を立ててみせた。

 四人そろって校庭に出ると、昨日立てたパイプテントがあるだけで、寂しい光景が広がっていた。昨日あれだけ肉体労働に精を出してくれた大学生は影も形も無い。白い大学のトラックどころか、槇夫のマイクロバスすら止まっていなかった。

「まだ、誰も来てないじゃねえか」

「設営を手伝ってくれた大学生は、今日は来る予定は無いよ。片付けは明日の予定。あと槇夫先輩は、みんなの迎えに行ってる。それと、今回の敵であるSMCの人たちは、九時ぐらいに来るんじゃないかなあ」

「なんだよフワッとしてんなあ」

「いや日曜の朝だから、急かさないと十時までテレビの前から動かない人が多いからさ」

「?」

 サトミが言った意味が分からずにキョトンとするヒカル。その後ろから脱力した感じでアキラが口を挟んで来た。

日曜日(ニチ)朝番組(アサ)を外せないなんて…。女の子だって暴れたい変身少女たちか、孤独な変身ヒーロー。そして世界平和を守る五人組に用事がある連中だけだろ。よくて小学生とその親ぐらいなもんだ」

「馬鹿にしてはいけない」

 すかさずサトミが反論した。

「特に『女の子だって暴れたい』は、一年間通して見るとしっかりドラマが作ってあって面白いぞ」

 どうやら昨日の昼に拘っていたのは、本人が純粋にファンであるからのようだ。

「で? 陣地造り?」

 校庭の端へ引っ張って行かれながらヒカルが再確認した。こんな雑草だらけの荒れた場所とは言え元は校庭である。四人が進む先には走り幅跳びや三段跳びに使用する競技用の砂場があり、そこに一本のスコップが突き刺してあった。

 その横にある白い山は、ポリエチレン製の袋を束ねた物だ。

「二人で袋詰めしてくれ。運ぶのはみんなにやらせるから」

「戦争始める前に体力失うんじゃねえの?」

 五階建ての旧校舎を見上げながらヒカルが訊くと、大丈夫と言うようにサトミが親指を立ててみせた。

「準備運動に丁度いいだろ。それに百や二百も運ぶつもりは無いよ。東西でそれぞれ二〇体分くらい」

 サトミが旧校舎の上の方を指差した。どうやら屋上のペントハウスをそれぞれの陣地と考えているようだ。

「それに給食用のリフトだけ、昨日のうちに復活させておいたから、大変なのは水平方向だけなはずだし」

一輪車(ネコ)も見つけておいたしの」

 明実が今出て来た昇降口を指差した。たしかに脇の壁に工事用の一輪車が立てかけてあった。あれはもしかしたら、ここの解体工事を入札した業者が準備していた物かもしれない。

「ここの束の分だけ詰めて。それで足りるはずだから」

 そう作業を命令して二人は行こうとした。

「おい、おまえらは?」

「オイラたちは、裏の実験棟に用事があるのだ」

 明実がニヘラと笑った。アキラはその表情をよ~く知っていた。例えば庭に落とし穴を掘ろうと提案した時、またある時は釘を捩じってマキビシを作ったはいいが威力を試したくなって国道に撒こうと言い出した時、そういう時に浮かべた表情にそっくりであった。

「おい、まさか…」

「たしかに一万ジュールを出す『装置』が必要なのはわかった。だがアレの実戦投入は初めてじゃぞ。怪我人がでなければよいがの」

「怪我人が出ようが、死人が出ようが、オレたちにケンカを売った時点で覚悟して貰わないとね」

「おいってば」

 楽しそうに言葉を交わしている二人に、アキラは強めに声をかけた。

「ん?」

 質問があるなら手短にしろとばかりに二人同時に振り返った。

「おまえら、まさか…」

 確認するのが怖くて続きを絶句していると、これまた二人揃ってニヤリと嗤った。

「まあ、二人は土嚢をお願いね」

 言い捨てるようにして背中を向けた二人を見送りながら、ヒカルがポツリと言った。

「碌な事になりそうじゃねえな」

「いいのか? 行かせて」

 いちおう警護役のヒカルに確認する。すでにスコップを手にしていたヒカルは、それを杖のようにつくと肩を竦めた。

「あたしより危険な護衛役が一緒だろ」

「たしかに」

 男子高校生としては細いシルエットに視線を送ってアキラは頷くのであった。



「あ~、くそ」

 ヒカルが校庭の砂場からスコップで砂を掬い上げ、それがちゃんとポリエチレン製の袋に入るように口を広げておくのがアキラの役目だった。もちろん砂が一杯になったら口を縛るのも担当した。

 最初は一〇体ごとに交代してやろうと言っていたが、一向にヒカルはスコップから手を離さなかった。

「ちょっと休憩だ」

 砂場に剣先を刺したスコップへ寄りかかるようにして、ヒカルは袖で汗を拭った。

「やっぱ、交代するか?」

「もう少しじゃねえか」

 まとめてあるポリエチレンの袋を顎で指差した。

「まあ、そうだけど」

 自分の横に置いた束を振り返るアキラ。その横顔をしげしげと見ていたヒカルが、ちょっと言いにくそうに言葉を発した。

「おまえ、初恋とかしたのか?」

「へ?」

 振り返ったアキラの顔は真っ赤だった。

「な、な、なに?」

「いや、ちょっと気になってよ」

 あからさまに動揺しているアキラに、校庭を取り巻く桜の木の方へ目をやったヒカルが、平坦な声で言った。

「やっぱアレか? あんな美人の母親が居るから『初恋はママです』とかいうタイプか?」

 わざわざ声色をアキラに寄せてまで訊いて来た。

「う~ん」

 ヒカルの質問にアキラは座ったまま顔を顰めた。

「もしかすると、覚えてないぐらい小さかった時はそうかもしれない」

「へえ。じゃあ覚えている初恋って?」

「ハナエ先生」

「はなえ?」

 聞いた事のない名前に、今度はヒカルの顔が曇った。

「幼稚園の時の担任の先生だよ。ほら、母さんが控えめな胸(あんな)だから、母さんとは違った大人びた(エフカップの)女の人だった」

 初恋の女性(ひと)を思い出しているのか、ちょっとニヤけたアキラの表情を、目を細めたヒカルの冷たい視線が迎撃した。

「男ってのは、どいつもこいつも」

「いや、あの。幼稚園の頃の話しだからな。ほら母性とか包容力とか、まだ女の人に求める物が違うっていうか…」

 アキラの一生懸命な言い訳を聞き流しながら、ヒカルは自分の胸へ制服の上から両手を当てていた。

「そんなに小さい方じゃないと思うんだけどな」

「じゅ、じゅ、じゅうぶんです」

 顔どころか耳まで赤くしたアキラが、顔の向きは真横に、視線だけうっすらと開けた目でヒカルの胸部を確認しながら言った。

「で? どうだった? 触り心地?」

「…」

 俯いて何かブツブツ言ったが、何も聞こえなかった。

「はぁ?」

 わざとらしく耳に手を当てて顔を寄せるヒカル。

「や、やわらかくて、きもちよかった。です」

「お、そうか」

 軽く受けたがヒカルの方も頬を染めていた。

「さ、残りやっちまおうぜ」

 結局ヒカルがスコップ担当のままで全ての作業を終わらせてしまった。

 晩秋の夜明け時とはいえども、さすがにヒカルは汗だらけである。逆にアキラは作業が簡単すぎたので、すっかり体が冷えてしまっていた。

「こりゃ風邪ひくな」

 ヒカルが冷静に分析した。作業の途中でポケットから出して口へ放り込んだキャンディの柄を、不満そうに揺らしている。

「か、カゼなんてひくのかよ」

 アキラの質問に、当たり前のようにヒカルが答えた。

「そらひくさ。普通の人間と違うのは、死ぬような重篤な状態になっても、注射一本で治ることぐらいだ」

「注射一本?」

「『生命の水』だよ」

「あ~」

 その自ら青く発光する薬品を定期的に接種しなければならないことは知っていたが、そこまで効果があるとは知らなかった。

「軽い症状だけだったら市販薬でじゅうぶんだ」

「なるほど」

 さすがに長い期間『創造物』をやっていただけある。東の空が明るくなってくるのを見ながら、話のついでに質問してみた。

「他の病気とかは?」

「たとえば?」

 例を求められてアキラは星空がかき消されていく空を見上げた。いつの間にか霧も晴れたようだ。

「ガンとか?」

 アキラの言葉に、あからさまな溜息で返事があった。

「外科的に問題があったら、魔法陣に用意したシリンダーで『調整』してしまえば、なんとでもなるだろ。悪いトコ切り飛ばして、そうやって治せばいいだけだ」

「あ、そっか」

 アキラ自身、今春から何度もそうやって外科的に発生した問題を『調整』してもらっていた。だがそれも腕だったり胴体の損傷だったりした。ふと頭だったらどうなるのだろうと疑問が浮かんだ。さすがに生首を飛ばして生きていられるのは、国民的ヒーロー(アソパソマソ)だけであろう。

「ええと脳ガンだった場合は?」

「のうがん?」

 何を言っているんだコイツという顔をあからさまにされてしまった。咥えたキャンディの柄が下を向いていた。

「ええと、頭の中の…」

「脳腫瘍な。それも大丈夫だと思うぞ。けっこうヒトって頑丈にできてて、七回だか八回も脳腫瘍の摘出手術をしたヤツが居たって聞いた事がある。アタシたちの場合も、同じじゃねえかな」

 さすがに脳を損傷した経験は無いようだ。

 そんな雑談をしていると、校門の方が騒がしくなった。カロカロとディーゼルエンジン特有の駆動音が聞こえ、車幅灯(スモールランプ)だけ点灯した影が、閉められた校門の前に停車した。

 なにやら騒がしくしているのが聞こえ、大きな人影がスライド式の門扉に取りついた。ガラガラと錆びついた車輪が回る音が響いて、門扉が開かれていった。

 日の出の光と、一本だけ消えているが他は仕事をしている街灯で、遠目でも槇夫の愛車であるマイクロバスであることは分かった。マイクロバスは昨日とほぼ同じ位置に停車した。どうやら門扉を開けた者が降りた時のまま校庭へ走り込んできたようで、側面にある乗降扉は開けっ放しであった。

「う~い、ついたついた」

「さむ~」

「今年初めてじゃない? 息が白いの」

 ガヤガヤと十人前後の人影がマイクロバスから下りて来た。声から判断するに、いつも図書室を根城にしている『常連組』であるようだ。

 見ている内にガチャガチャと色々な荷物を手分けしてマイクロバスから降ろし始めた。その内の一人がこちらを認めたか歩いてきた。

「おはよ」

 平均的な身長であるが痩身の少年である。暗色系統のチェック柄をした長袖にスキニージーンズという服装だ。顔にかけた銀縁眼鏡が成績の良さそうな雰囲気を醸し出していた。

「あ、えっと」

 顔は知っているが名前は知らない…。いや一回ぐらいは挨拶で名乗ったことがあったかもしれないが、アキラの記憶には残っていなかった。それにいつもは制服姿なので私服は見慣れていないという事もあった。

「アンドウくん?」

「権藤ね」

 ニッコリとした笑顔で訂正された。

「あ、ごめん。おはよう、権藤くん」

「おはよ」

 綺麗どころ二人の挨拶に権藤正美は機嫌のいい顔を見せた。

「朝から大変だよね。ええ~っと、ふたりは?」

 キョロキョロと周囲を見回す仕草に、ヒカルは親指で旧校舎を指差した。

「なんか悪だくみ」

「あ~、いつもの調子ね」

 正美が旧校舎を確認するように見上げ、そして昇降口に視線を移した。すると、そこから何か長い物を二人がかりで運んで来る様子が見て取れた。

「えっさ」「ほいさ」「えっさ」「ほいさ」

 声をかけて一つの物を運んでいる様子は、江戸時代の駕籠かきのようであった。

 全長が二メートルあるような大荷物を、なぜだかパイプテントに持ち込まず、垂れ幕の裏へ隠すように置いてから、グルリと回ってみんなと合流した。

 ワイワイと挨拶を交わしている雰囲気の後に、全員を引き連れて砂場の方へとやってきた。

「おはよう、ふたりとも」

 正美が爽やかな挨拶を発し、まるでコントのような動きをしていた明実とサトミが答えた。

「おはよ」

「Guten Morgen」

 それがきっかけで、他の『常連組』たちもアキラたちに挨拶して来た。

「おはよう」

「おはよ」

 アキラはうろ覚えの名前を思い出しながら挨拶を返した。

だが全員が二人よりも高身長(ノッポ)なので、近寄られると迫力があった。普通の女子ならば身の危険を感じてもおかしくない程の体格差である。なにせ直径二メートルの(ツカチン)やら、がっしりとした肩幅の有紀など、図書室の常連というより、なにか運動会系の部活といった連中なのである。

 まあ、その中で一人だけ、プログラムされたロボットのように、寝たまま歩いているような(うつら)も居たのだが。

 一人一人見上げながら、男同士が交わしている会話をヒントに『常連組』たちの名前を思い出していった。

 いつもの『常連組』の内、圭太郎、有紀、優の三人はお揃いのコートを着ていた。それが独特の雰囲気を持った厚手のフェルト地で出来たような霜降りのコートであった。離れて見ると、勤続二十年のくたびれたサラリーマンが、冬のオホーツク海を渡って来た潮風に耐えながら、出世街道をとっくに外れた会社へ、そろそろ痛風の気配がする重い足を引き摺りつつ、これから出社するというような雰囲気なのだ。

 瞼が閉じられたままで自動運転のごとく動いている空楽は、黒色の長袖にブラックジーンズと、闇に溶け込みやすい服装をしていた。

 正美は先ほど説明した通り、チェック地の長袖にジーンズというもの。中等部に泊まり込んだ明実とサトミは昨日のままの高等部の制服(と白衣)である。

「さっそくだけど、朝飯前にコレだけやっちゃって」

 サトミが指示を出すと素直に『常連組』は昇降口から一輪車を持って来て、土嚢を積み始めた。

「サトミはん、サトミはん。どちらに場所を取りまひょか?」

 この中で唯一、都外から受験して寮住まいの有紀が、地元の言葉を隠さずに訊いた。

「う~ん、あそことあそこかなあ」

 サトミが再度確認するように中等部旧校舎の屋上を指差した。凹形になっているそれぞれの端にあるペントハウスの事だろう。

「え~」

 圭太郎が笑顔のままで眉を顰めた声を上げた。

「あんなトコまで? 重いじゃん」

 たしかに彼は、その体重を考えると、五階建ての屋上まで上がるだけでも一仕事になりそうだ。

「いちおう給食用のリフトを動かせるようにしてあるから、五階までは楽なはずだよ」

「それから一つ上げて、さらにもう片方は校舎を縦断しなきゃならないじゃん」

 正美も不満そうだ。

「いや、別に陣地を作らなくてもいいけど?」

 逆にサトミが問うと『常連組』は顔を見合わせた。

「とっとと始めた方が、体が温まる」

 なんと歩きながら寝ていると思った空楽が口を開いた。その一言で全員が動き出した。

「ま、二人はバスの中ででもお茶しててよ」

 サトミがパイプテントを指差しながら言った。

「お茶って?」

 心当たりが無くて訊き返すと、サトミではなく圭太郎が教えてくれた。

「あ~、飲み物なら買いだして来たよ。真ん中のテントにある」

「そーら、ちゃっちゃっと終わらせて、朝飯にするぞ~」

 サトミが手を叩いて全員に仕事を急かした。

「じゃ、そういうことで」

 作業に入った『常連組』の前で顔を見合わせたアキラとヒカルは、言葉に甘えてマイクロバスで休憩する事にした。就寝に利用した部屋から持って来て、砂場の脇に置いておいた通学用バッグを回収して、また荷下ろしをしている槇夫の方へと歩き出した。



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