婚約者は人形みたいな私でもいいみたい
イチャイチャの婚約者視点。
『人形みたいで気持ち悪い』
『怖いから近付かないでくれっ』
ミーシャ・ヴェルデ侯爵令嬢は物心ついた時からそう言われ続けてきた。
言った人がその場からいなくなると無表情のまま自分の顔をいじるのももはや習慣化しているのも仕方ないだろう。いじって表情筋を刺激してもミーシャの表情は変化しないし、怖いと言われる人形のような無表情のままだ。
ミーシャの家。ヴェルデ侯爵家は時折ミーシャのように表情筋が死んだような子供が生まれる。口伝によるとヴェルデ家は昔とある悪の魔法使いを討伐した事で表情筋が死ぬ呪いを掛けられたとか。
『そんな呪い私が/俺が解いてみせよう』
と求婚してきた者たちが代々居たが、そういう輩に限って、
『私が/俺がここまで努力しているのに笑わないのはおかしいだろう!!』
と悪態をついて去って行く。
そんな身勝手な人々を見て、先祖は無表情のまま悲しんだ。この無表情なのは呪いかもしれないが、この無表情も込みで【自分】なのだ。そんな【自分】を解いてみせようと一方的にこちらに近付いて、無表情なのはおかしいと否定して悪態をついて去って行く。
そんなに自分のような無表情なのはおかしいのか。気持ち悪いのかと無表情のまま悲しんで怒っていたが誰も気づかない。無表情だから心がないように思われて気味悪がれて、避けられる。
ミーシャもそんな風に歴代の無表情の先祖の様にそんな自分に傷付いていた一人だった。
(こんなわたくしでも気にしないで受け止めてくれる人が現れるといいのに……御先祖様の様に)
探しに行こうとはしないのはミーシャの先祖が実際それを行って怯えられたという話が数多く残っているからだ。
まあ、それでもミーシャの家は侯爵家だ。縁を繋ぎたいところは星の数ほどあるが、お見合いのたびに怖がられてきたら心が折れる。
そんなお見合いの相手に、
「初めまして。ミーシャ嬢」
と無表情を全く気にしないエルドラン・グリーン伯爵令息が現れた時には無表情ながらも驚いた。
「ミーシャ嬢の趣味は」
「お茶を入れることです」
趣味を聞かれるまで会話することが珍しいが、そんな趣味を告げると地味だとか侍女に任せればいいだろうと言われることが多いので表情は変わらないが、激しく緊張しているミーシャに、
「ならば、いつでもお茶を入れられて便利かな……」
と独り言ごとのように呟いていたと思ったらその後当たり障りのない会話が続いて――初の快挙だと喜んでいたその日のうちに新作の魔道具が届けられた。
いつでもお茶を入れられる魔道具だと使い方の説明書もしっかりついていて、その字がやや汚いが、こちらを気遣い分かりやすく丁寧に書かれている様に優しさが感じられ、その魔道具の使いやすさに感動した。
次の顔合わせで実際にその魔道具を使用してお茶を入れると、
「ミーシャ嬢はとても美味しいお茶を入れるんですね」
と微笑まれて嬉しくて心が躍った。すると、
「喜んでもらえてよかった……」
と表情が変わっていないのにこちらの心を見透かしたように告げられたので顔を思わず撫でて表情筋が動いていないのを確認してしまう。
「驚かせてすみません。でも……」
優しく目を細められて、
「ミーシャ嬢は目が雄弁ですね。……まあ、俺の思い込みかもしれませんから違ったらごめんなさい」
と謝罪されて、その日の顔合わせでも始終穏やかに続いて、エルドランさまから再び魔道具が届けられた時にその優しさにも好感を持ちつつ、
「このままでは心配ですね」
と付け込まれそうな人柄の良さに危機感を抱いた。
魔法開発、研究、魔道具作りという趣味を持つエルドランさまは、自分の作り上げたものの価値を知らずにあっさりあげてしまうのだ。
それがほかの人の手柄になって、本来なら受け取るはずの名誉を奪われたらどうするのかと。
「一家に一つ当たり前の様に魔道具があると生活が楽になると思うんですよ」
と顔合わせの時に笑って告げていた彼の夢が、状況によっては金持ちしか手に入らない道具になってしまうと危惧したのですぐさま動いた。
魔道具の権利書をきちんと作成して、彼の権利を守る。
こういう時には自分の無表情が役に立つのだと彼の作った魔道具を悪用したものたちをただじっと見つめるだけで怯え、恐れ、自白してくれた。
「ミーシャは退屈じゃない?」
と正式に婚約者になり、エルドランさまの家を訪れ、エルドランさまの魔法研究をじっと傍で見ている時に聞かれた。
「いえ。そんなことは……」
時折分からないことを呟いている時は困るが、目の前で作り出されているのを見ているのは面白かった。
「そう。よかった」
じっとこちらを見て、確認してくれる様に心が温まる。
作業を再開して作り上げたのは風の魔法で髪の毛を乾かす魔道具で、
「これで少しは髪の毛が軽く見えると思うけど……」
と紫色の髪が重そうで不気味だと言われているのを気にしていたわたくしのためにと考えてくださった魔道具をプレゼントしてくださる。
そんな優しさに触れると守らないといけないとますます思える。
エルドランさまは正直、自分の価値を知らなすぎる。
魔道具作りで足りない素材があるとわざわざ自分で取りに――魔物を撃破させる必要があるのに関わらず――行くので気が付いたら一緒に行けるように戦闘力を上げてしまった。貴族として部下とかそういうギルドに依頼すればいいのに、そんなことを考えないので心配になってしまうが、そんな才能を持っている人を欲しがらない人はいない。
だからこそ。
「貴方みたいな人形にグリーン伯爵令息は相応しくないわ」
と言い出す令嬢が現れるのは仕方がないだろう。
「何か言いなさいよ」
と文句を言ってくる令嬢に内心、
(わたくしは侯爵令嬢で貴方方よりも身分が高いのだけど、そんな言い方して大丈夫なのかしら)
と思っているが相変わらず無表情なので伝わっていない。ただ黙ってじっとしているだけで勝手に勘違いして、去って行ってくれるのでこの無表情が便利だと思えてくるから不思議だ。
なので、パウラ嬢もその一人だと思っていたのだが、
「攻略キャラなのに私になびかないのはあんたの所為よ」
と喚いている様にいつもの相手とは違うなと感想を抱きつつ、不愉快な気分になる。もっとも表情は変わらないが、
「転生者が話をめちゃくちゃにするというのはよくあるパターンなのを知っていたわよっ。勝手に変えるなんてひどくない」
その言葉に持っていた扇をへし折る。
その後もたくさん喚いていたが、エルドランさまが対策してくれたので解決したが、それで終わらせるつもりはない。
王子とその側近を攻略キャラだと言い出して、貴族間の関係性をめちゃくちゃにしたということで謹慎処分中の彼女の元をそっと尋ねる。
「な、何よ……」
悪態を吐ける様にそれならよかったと嬉しく思う。そうでないと言いたい事もきちんと言えないから。
「――エルドランさま自身が好きなら脅威だと思ったかもしれません」
喜怒哀楽がはっきり出る少女。わたくしにはない魅力。でも、
「エルドランさまをエルドランさまではなく何か別のモノとして見ているのなら話は別です」
普段動かない表情筋を頑張って動かす。
「容赦しません」
彼女にとって一番怖い顔になっただろう。彼女は悲鳴を上げて気を失う。
「さて」
表情筋を動かすとこんなに顔が痛くなるのだと顔をマッサージしながら去る。顔をマッサージしながら以前の自分ならもっと表情を動かそうと練習しただろうけど、もうするつもりはない。
自然に動くならそれはいいが無理に動かしてそれを評価する輩よりも動かなくても受け入れてくれる人が居るのならそれでいいと思うのだ。
人形の様に無表情でもエルドランさまは受け入れてくれるのだから――。
別に差表情筋が動かないのを気にして直さなくても個性は個性として受け止めればいいと思う。