ダークエルフの長老、アカネの秘密
その日、俺はアカネの下で朝食をとり、幸せな時間を送っていた。
「やっぱ朝は和食だよなー、日本人なら」
「アンタはもう。まったく、私がどんな思いをしているかも知らずに…」
俺の言葉に満更でもない様子のアカネ。
だが、後半の言葉は小声で聞き取れなかった。
今日も幸せな一日が送れるんだろうなって、このときまでは思っていた。
それは唐突に始まった。
「ダークエルフたちが侵入してきたんダモナー!」
「なんだって!?アカネ!!」
「扉に干渉した痕跡があるわ、相手は随分な手練れよ。
気を付けて!ダモナー、ドール!最大限の警戒を!!」
コアのウィンドウに向かって叫ぶアカネ。
アカネが焦るので、俺も警戒心をあげる。
外に向かうと、ダークエルフが四人、長老と思わしき人物が一人。
家の前に並んでいた。
「ほほっ、出迎えご苦労。以前の交渉の物を持ってきてやったぞい」
長老らしき人物がやけに高圧的な態度でしゃべる。
たしかに、以前話していた物を持ってきたようには見える。
小さな狼、小さな鉢植えに入った枯れ枝。
だが、明らかに謝罪の形で持ってきたようには見えない。
「お前たちは以前に俺たちが怒っていた意味がわかっていないようだな」
「…」
「…」
「…」
「長老の前じゃ、だんまりかよ…」
「ほっほっほ!前回怒っていたのは、幼子に脅しをかけて侵入したからじゃろ?
ならば、力づくで侵入するだけならば問題ないはずじゃろ?」
「お前…!」
長老とダークエルフの内一人はニヤニヤと笑う。
あとの三人は無表情を貫いている。
こいつらの関係はなんだ?あいつはなぜニヤニヤと笑っていやがる。
「では、言われていた物を渡すぞ。聖獣フェンリルの子供じゃ」
「子供?」
「お主らに育ち切った聖獣は分不相応じゃ。
馬鹿な子供がお似合いじゃろうて」
俺がキレそうな雰囲気を感じて、アカネが前に出る。
大丈夫か?アカネ。
「まあ、いいわ。子供でも聖獣なら」
「ふふっ。言うことを聞けばよいがな」
「聖樹の枝というのは、その鉢植えに入ってる奴?」
「ああ、そうじゃ。
たまたま落ちていた枯れ枝を拾ってな。
わざわざこのような形にして持ってきてやったわ」
「そう。じゃあ、聖樹の種は?」
その言葉に長老が怒鳴りだす。
魔力の威圧と共に叫ぶものだから、アカネがふらつく。
先ほどまでニヤニヤしていたダークエルフも怒りの表情を浮かべている。
今にも斬りかかってきそうだ。
「貴様らのような下等な人間なぞに、なぜ聖樹の種を渡さねばならぬ!」
「長!やはり下等な人間たちに、聖獣も聖樹の枯れ枝ですら不要です!
まとめて奪いましょう!!」
「奪う、だと?」
「ここにダンジョンコアがあるはずじゃろ?我々の目的はそれじゃ。
下等な人間が扱うにはもったいない代物じゃ。
我々が有効的に使ってやろうと思ってな。ひっひっひ…」
「なんだと!?」
「さて、どちらが<ダンジョンマスター>かな?
コアを奪われれば、死ぬ運命にある者は」
俺はこのときアカネを振り返ってしまう。
そして、視線を家の中にも向けてしまった。
長老らしき人物が呆れた様子でこちらを見る。
「ほお。随分と不用心な。やはり扱いこなせていないか。
そして、その女が<ダンジョンマスター>か」
「だから、何だと言うの?アンタらに簡単に奪わせるわけないでしょ?」
俺たちが会話をしていると、後ろから悲鳴が聞こえる。
どうやらこの会話は、奴らにとって時間稼ぎであり、罠であったようだ。
ダンジョンコアを抱えたダークエルフの手には、血の付いた細剣があった。
家の中のコアの前にいる人物、まさか、アンナを…
「長!見つけましたぞ!これがダンジョンコアでしょう!!」
「ほほお!下等な人間たちの割には魔力が詰まっておるようじゃの」
「てめえ、アンナに何しやがった!?」
「アンナ?あの女のことか?抵抗したから斬り捨ててやったわ」
「ダモナー、ドール!急いで救護を!」
「ふん、貴様の命令など、もう届かぬぞ」
「アンナちゃん…」
「あのような者をガーディアンにするのが悪いのだ。
まったく、剣と服が汚れたではないか…」
俺は体内の魔力を全開にした。全身に魔力を巡らせ、身体強化を施す。
四肢に力を入れて、まずはコアを持つダークエルフを殴り飛ばす。
コアを奪い返し、アカネに返す。
「ぐはっ!」
「アカネ、アンナを頼む」
「う、うん。ダモナー、ドール!アンナちゃんをお願い!!」
気絶する強さで殴ったはずのダークエルフが立ち上がり、笑いながら叫ぶ。
「馬鹿めっ!すでに初期化して貴様にコアの権限なぞないわ!」
「そんなっ!」
「なら、こうするだけだ」
落ち着いて俺は魔力を込めて、エリアヒールを家に向かって放つ。
魔法の感触からして、命は助かったように思う。
俺はアカネに優しい声を心がけてから声をかけて、ダークエルフたちに向き直る。
「アカネ、今のうちに権限を取り戻せ。俺はあいつらを殺す」
「わかった。って、え?」
「俺はあいつらを許せそうにない」
「ははっ、下等な人間に何ができる!?
先ほどは不意を突かれたが、この程度の攻撃で我々が死ぬと思っているのか!」
「うるせえな」
「げはっ!」
よくしゃべるダークエルフの顔を原型が残らないほど殴った。
動けないように四肢の骨をなるべく細かく砕く。
サーチを使い、敵性反応を見極める。
「敵性なのは、あと二人、か?」
「くそっ、よくも同胞を!」
「遅いんだよ」
「がはっ!」
こいつも同様に苦しませようかと思った。
だが、趣旨を変え、四肢を魔法で斬り飛ばす。
とりあえず、これで邪魔はできないだろう。
「ほお、若造がやりよるではないか?」
「後はアンタだけのようだが?
許しを請え。少しは手加減してやるかもしれんぞ」
「舐めるでないぞ、小僧!そのような面妖な恰好をしおってからに!!」
長老が杖をこちらに向けてくる。
地面から枝が伸び、まとわりつこうとする。
俺は意識して繊細な魔力操作で枝だけを燃やす。
多少、服に穴が開いたが、このくらい問題ない。
さらに杖を向けてきたが、ニヤリといやらしく笑ったのが見えた。
アカネが狙われていると理解する。
魔法はイメージで使うものだ。教官の教えは今も忘れていない。
アカネを丸く包み込むようにバリアを展開する。
見えない風の刃をすべて防ぎ切ったようだ。
長老が目を見開く。
「貴様、なんだその魔法は?」
「答える気はない」
「結構。貴様を解剖すればいいだけの話だ」
「お前は殺す」
杖を地面に刺し支えにして、地面から枝が伸びる。
枝が家々を飲み込む。
「ほほほっ!どうするかね?」
「魔法の起点をつぶすだけだ」
冷静に魔力の流れを読む。
あの地面についている杖から魔力が流れているようだ。
なら!
「燃えろ!」
「ほほほっ、聖樹の枝が燃えると思うてか!?」
「やり方なんぞ、いくらでもある!」
「な、なんじゃ!?」
俺は杖の先端の土を油に変える。
油と言っても、石油の類だ。それを杖にまとわりつかせる。
黒い油が杖に絡み、激しく燃え盛る。
ついでだ、と思い、奴の足元からも石油を絡ませる。
「ぐぬぬっ、このような錬金術での油ごときにぃ!」
「錬金術?何を言っているんだ、お前は?そんなものは知らんぞ」
家々を飲み込もうとしていた枝の動きは止まった。
炎の中から、ボロボロになった老人が出てきた。
この老人、まだ何かする気なのか目は死んでいない。
心理戦のつもりか、語り掛けてくる。
「ふふっ、健気よなあ。お前が守ろうとするおなごは」
「なんの話だ」
「過ぎた力を授かったがために、日々眠れずにいるのだ。
お主が来るのを待ち続ける生活なのじゃろうなあ?」
「何を言っている?」
「そして、いずれは寿命の差でお主はおなごを一人残す。
おなごはダンジョンコアのせいで不老で、ほぼ不死じゃ。
周囲に溶け込むこともできず、かと言って死ぬこともできるかわからぬ。
この先に待つのはただ無為な日々、つまり地獄じゃ」
「な、にを…」
「その地獄から救ってやろうというのじゃ、ワシらは。
ダンジョンコアが手元にある限りは、運命から逃れられぬ。
どうじゃ?コアを渡す気になったか?」
それじゃあ、アカネは今まで眠らずに生活していたって言うのか。
アカネはコアを守るために地下ダンジョンの中で生活するしかない。
俺は呑気に外に出て、歩き回って、遊び惚けて…
俺が何かに飲み込まれそうになっているとき、アカネの声が聞こえる。
「カオルっ!そんな爺の声に耳を傾けないで!
たとえっ!それが事実だとしても!!」
「アカ、ネ…」
「前を見て、カオルっ!」
俺の目の前には、黒ずんだ樹木が大きな顎を開いていた。
それは俺を飲み込もうとしていた。
「ちぃ、気がつきおったか!?だが、もう間に合わぬ!」
俺がここで死ねば、アカネはどちらにせよ死ぬ。
なら、守り抜け。何が何でも、守り抜くんだ!
魔力は全開のまま、思考をフルに回転させる。
火じゃダメだ、燃やしきれない。
じゃあ、風?刻み切れない。
土で守る?守りの上から砕かれるだろう。
なら、水。水のままじゃダメだ。
こんなもの凍らせて砕いてやる!
俺はイメージのままに、その魔法名を叫ぶ。
「アイスエイジ!」
「馬鹿めっ、この魔法を凍らせるつもりか?そんなことはできぬっ!」
「関係ないね!はああああっ!!」
空気は冷え切り、足元が凍るほどだ。
空気中の水分が凍りつき、ダイヤモンドダスト現象が発生する。
俺に襲い来る樹木は、凍り付き動きを止める。
氷の彫刻となった樹木は、自重で倒れ砕け散る。
長老も胸元まで凍っている。
俺のイメージのままだと、地下ダンジョンすべてを凍らせてしまう。
なので、注いでいた魔力を切る。
「ぐぬぬっ、動けぬ!」
「さっきのは精神魔法か何かか?よくも俺を惑わせたな?」
「ふんっ、言ったことはすべて事実じゃ。
お主はあのおなごを残して逝くのだ。ひっひっひ!」
「言いたいことはそれだけか?なら凍れ、永久の氷獄よ」
「ぬわあああ、凍る!?わしの身体が凍る!お前たち、助けぬか!?」
「長よ、あなたのやり方は間違っている」
「あの者を怒らせた以上、責任はとるしかないのです」
「我々は再び謝罪に来なくてはなりません」
「貴様らああああ!ああああ!!」
長老は凍り付き、長老派?とでもいう二人も凍り付かせた。
「それで、さっきの言い分じゃ、お前たちは俺の敵じゃないようだが?」
「申し訳ない。我々も一枚岩ではないのだ」
「今回の我々はあの長を監視する役目を負っていた。だが…」
「まさか、ここまでのことをするとは思わなかった…」
「なら、止めてほしかったもんだな」
「すまない、我々ではあの長を止めることは出来なかったのだ」
「俺たちは色々とすることがある。その汚物たちを持って帰れ。
そして、もう二度と関わらないでくれ」
「我々は今度こそちゃんと謝罪に来なければならないっ!」
「そう言って、こんなにも荒らされてはたまったもんじゃないんだがな」
「すまない…」
「二度と来るな」
ダークエルフたちを振り返ることはしない。もう関係のない奴らだ。
命を奪ってしまった感覚は、怒りで鈍っている。
今はそんなことはどうでもいい。先にすることがある。
俺は急いで、アカネやアンナの様子を見に行くことにした。




