裏切り、お茶会
あの女がいたのは校舎裏の森林管理小屋の中だ。
ここに近づく人はほぼいないだろう。
管理人ですら、年に数回しか来ないのだからな。
その小屋の中では、椅子に座り、足をプラプラとさせているあの女がいた。
誰かを待っているのだろうか。帝国の連絡役かな?
小屋に近づく存在がやってきた。
小屋の扉を叩き、符丁のような言葉を言い合い、あの女が扉を開ける。
中に入ってきた人物は意外な人だった。
ダン講師。
…あなたが帝国の連絡役なのですね。
「貴様、随分と遊んでいるようだな?」
「何よ?お子様と遊んで何が悪いの?」
「不要な諍いを起こすな。貴様の行動で気づく奴は気づくはずだ」
「はいはい、わかりましたよ」
「貴様、自分の使命を本当にわかっているのか?」
「…あのお子様王子に近づいて、王家の秘密を暴く、でしょ?やっているわよ」
「わかってるならいい。何かつかめたか?」
「ぜーんぜん!
あの王子、『王家の神髄』とか言って、勿体ぶっているのよ?
けど、そんなものないんじゃない?私の気を引く口実だったりしない?」
「『王家の神髄』か。気になる単語だな。そのまま調査せよ。
貴様はそのまま婚約者を蹴落として、結婚まで持っていけ。
この国の情報を帝国に流すのだ」
「嫌よ!あんなお子様!私の好みじゃないわ!」
「貴様、上官への口がなっていないようだな…?」
「ぐっ、うぅっ、苦しっ、やめ、て…」
「自分の命が、俺に握られていることを忘れるな。
真剣に調査せよ。帝国のために」
「はぁっ、はぁっ、わかり、ました。調査いたします、帝国のために…」
小屋の内部の一部始終を『ワタゲドリネットワーク』で覗き見していたのだが…
あの男、どうしてくれようか。
許すわけにはいかない。そう簡単に死ねると思うなよ?
ダン講師。いや、ダン。
お前は俺を怒らせたんだ。絶対に逃がさないからな。
その後、あの女の命を握っているという秘密を探ってみた。
だが、手掛かりは見つからなかった。
綿毛鳥に徹底的にダンをマークさせているのだが…
それらしきものが見つけられないのだ。
困ったな。
ダンを潰しても、連動してあの女が死ぬかもしれない。
どうにかして、あの女を救えないものか…
コルネリウスもあの女が死んでしまえば、泣いて悲しむだろうか。
はあ。これは現状、手詰まりだな。
今は考えてもどうしようもない。
別のことに手を出そう。
今日はコルネリウスの婚約者、エリザベス嬢を呼び出し、お茶会だ。
すでに招待状は出している。
返事ももらい、あとは会場のセッティングだけだ。
今日は元侍従の二人が手伝ってくれている。
報酬が目当てなので、生き生きと働いてくれるのはいいのだが…
「少々やりすぎではないでしょうか?」
「これくらい見せつけるつもりでなければなりません」
「今回、我々は名もなき貴族という存在です。
相手に格上だと思わせることが大事なのですよ、お嬢様」
「それもそうね。名もなき貴族が侯爵令嬢を持て成す。
その存在が格上だと思わせられれば…
それだけ相手から情報を引き出せるかもしれませんわね」
「ディーネ様の優雅さに勝てる人など、この世に何人いるのかしら…」
「ナンシー、それくらいで。相手の方がお目見えです。
お嬢様、気を抜かれませんように」
「わかっているわ」
「ごきげんよう、エリザベス様」
「ごきげんよう、ディネット様」
俺は見事なカーテシーを披露し、エリザベス嬢と挨拶を交わす。
その仕草に、所作に、エリザベス嬢も驚いているようだ。
無名の相手が母上たち仕込みの所作を披露しているのだ、驚きもするさ。
今回、名もなき貴族ということで「ディネット」という偽名を使っている。
あまりかけ離れた名前を使うと、咄嗟に反応できないので仕方のない処置だ。
「天気に恵まれてよかったですわ。
このような時期には冷たい『ゼリー』が美味しいのですのよ?」
「『ゼリー』?ですか?」
「ええ、冷やすと、とっても美味しいのです。
今回、用意したのはエリザベス様が好む『ライチ』のゼリーですわ。
是非、ご賞味あれ」
「よく私が『ライチ』が好きだとご存じですわね?
ほとんど誰にも言っていないようなことなのに…」
あら?警戒されたかな?
まあ、相手の情報を調べつくしている。
そう思わせることには成功したと思っていいだろう。
「ふふっ、私、これでも情報通なのですよ?
さっ、せっかくのゼリーが熱で温まってしまうわ。
冷えているうちに食べましょ?」
「…毒見をさせてもよろしいかしら?」
「ええ、当然ですわ。でも、せっかく美味しいのに、減りますわよ?ふふっ」
「お嬢様、私が毒見を」
「ええ、お願い」
「んん!? これはっ!」
「どうしたの?…どうして二口も食べるのっ!?」
「いえ、ちょっと、確認のためです。毒はないようです、お嬢様」
「私のライチゼリー…」
「ふふっ、毒見の方にたくさん食べられてしまいましたわね。
さっ、安全は確認できましたわ、お食べになって?」
「はっ、はい!で、では…
んん~っ!美味しいですわ!!
シェリー、よくも二口も食べましたわねっ!?」
「念のための確認です。毒があってはいけませんから」
「シェリー、あとで覚えていなさいよ…!」
「仲がよろしいようで。まるで、殿下との仲のようですわ」
「…私と殿下の仲など。もうとっくに…」
「あなたは覚悟はおあり?」
「何を、言っているのですか?」
「覚悟です。
もし、殿下があなたを裏切っていた場合。
あなたは殿下にビンタの一つや二つ、する覚悟はおありですか?」
「ほっ。その程度の覚悟ですか…
ええ、ありますよ。私はあの方を心から愛しています。
目を覚まさせるためなら、いくらでも頬を叩いてあげましょう」
「ふふっ、気に入りました。いいでしょう。
陰ながらですが、あなたを手助けいたしましょう」
「…あなたは何者なのですか?」
「ディネットという、ただの名もなき貴族だった者ですわ」
「だった?あなたのような美しい方が名もなき方には見えませんが…」
「今は私のことなどはどうでもいいでしょう。
殿下の様子を聞かせてくださる?最初から、ですよ?」
「わかりました。
私と婚約した当初は、ぎこちないながらも、私のことを知ろうとし、自分のことを教えてくれて、とても優しかったのです…」
「いつ頃、殿下に変化が?」
「あの『黒髪』の女が来てからですわ!
あの女は殿下に近づき、馴れ馴れしい態度で殿下を篭絡し始めたのですっ…」
「殿下のその時の様子は?」
「最初こそ、近づかれては嫌な顔をしていたのです。
ですが、ある日から仲睦まじい様子を見せ始めたのです。
まるで、なにか薬でも使われたかのように」
「ふむ。薬、ですか。
…そんな反応はないですわね、いたって健康…」
「え?」
「いえ、こちらの話です。態度が変わってから、あなたとの接触は?」
「ほぼないですわ。私と出会うと険しい顔をしていました。
それからはひたすらに避けるようになってしまわれましたわ」
「何かを隠しているのかもしれませんわね」
「隠している?」
「殿下は本音を語りたがりませんからね…」
「ディネット様は殿下のことを知っているのですか?」
「ええ、知っていますとも…
今はもう話すことも出来ない立場ですけれどね」
「ディネット様は殿下とどういう関係なのですか?」
「心配なさらずとも、あなたの『恋敵』のような関係ではありませんわ」
「恋敵以外の、話すことの出来なくなった立場…?」
「さて、あなたからの情報で可能性はいくつか出てきましたわね。
さて、どれが本命かしら?
あの子を信じるのなら、この線なのですが…」
「あの子…」
「まだ卒業パーティまで、かなり時間がありますわね。
動くとしたら、パーティの前後でしょう」
「そう、ですか…」
「それまでですが、あなたの身辺警護はこの子たちに任せようと思いますわ」
「きゃっ!なんですか?この可愛い小鳥さんは?」
「ふふっ、小さい身なりですが、高性能な妖精さんですわ」
「妖精、なのですか?」
「ええ、あなたをきっと守ってくれますわ。
私も陰ながらになりますが、見守っています。
あの子たちを見張る仕事もしないとですけれども…」
「あの、もしかして、あなたは…」
「…今は黙っていてくださいませ。
状況が許せば、きっとお話する機会もございますわ」
「…わかりましたわ、いずれ必ず」
「ええ。今はあの子を信じましょう。その時にはきっとお話できますわ」
お茶会は解散の流れとなった。
別れの挨拶時には、出会った当初の複雑な顔から納得の顔になっていた。
何に気付いたのかな?
まあ、コルネリウスのことだ。俺のこともエリザベス嬢に話しているのだろう。
たぶんバレてるな、ありゃ。
さて、定期連絡として、調査の途中報告を兄上に入れますかねっと。
頼むから、後味の悪い卒業パーティにはならないでくれよ?




