最初で最後に恋する人 〜クロエの話〜
私はウィラー公爵家の長女クロエ。
柔らかなミルクティー色の髪の毛にエメラルドのような大きな瞳。色白の肌にピンクの頬、自然と色付くプルンと小ぶりな唇…はっきり言って美少女よね?
物心つく頃には自分の魅せ方をよく知る、生意気なクソガキだった。
そんな私には好きな人がいた。ロイド・ウィラー…2歳年上の兄。私と同じ色合いの髪と瞳を持ち、同じような顔つき。今にして思えばナルシストの延長だったのだろうが、当時は「お兄様と結婚する!」と言ってお父様とお母様を困らせた。
お兄様は、
「兄妹なんだから無理だ」
と言い、乙女心を傷つけられた記憶がある。アイツは本当に女心がわからない!それでもめげずにくっついていたのは、お兄様が優しかったからであろう。
そんな自分本位だった私にも趣味ができた。きっかけは宝石箱に仕舞ってある緑柱石。緑柱石は中に含まれる成分によって8種類の宝石に変わる。
昔、この石をくれた子が言っていた。
「君はこの石と一緒だね」
と。瞳の色が同じような色だったからそう言ったのか、当時の私を元気づけようとして可能性を示唆してくれたのかは今となってはわからない…。
――あの子はもう、いないのだから…。
あるのはグーで殴ってしまった後悔の記憶と、欠けた緑柱石だけだった。
そんなこんなで私は鉱物や輝石に物凄くのめり込んだ。お父様に鉱山を強請るほどに。周りは、甘やかしすぎて公爵家の財産を食い潰す!と注意してきたが、お父様、お母様、お兄様は何も言わなかった。目的を持って行動する私を認めてくれていたんだと思う。
結果、公爵家は更に潤った。宝石の産出量が増えたのは勿論、その他使い道が無いように思われた鉱物にも価値が出たのだ。これは私の子供ならではの発想と、公爵家の地道な研究の成果があったからこそである。鉱山に通い詰める私を見て、家族や鉱夫達は影で「ドワーフ姫」と呼んでいる。個人的にはたいへんな名誉だと思うが、世間的には「妖精姫」と言われている私につけるあだ名ではない。今度、みんなまとめて説教してやろう…。
そんな私にも13歳の時に婚約者ができた。
アレクシス・エアスト・ミストラル第一王子殿下。金色の髪にアクアマリンのような海色の瞳の王子…。整った柔和な顔立ち、洗練された物腰、いつまでも聞いていたくなるような声音、まさに王子らしい人だった。
けど、その当時の私はお兄様ひとすじ。アレクシス殿下には微塵も興味が湧かなかった。まぁ、私たちの婚約が国外情勢を鑑みた、仮初めの婚約だったことも関係していたのだろう。
同時にお兄様にも婚約者ができてしまった。スカーレット・ミレン辺境伯令嬢。ブルネットのストレートロングに燃えるようなルビー色の瞳の美しい令嬢だった。私と違い13歳ながら抜群のスタイルだったレティを、
「同い年なのに不公平だ!」
と嘆いたのは記憶に新しい…というか今もそう思っている。
もちろんお兄様は出会った瞬間からレティに惹かれていた。
人が恋に落ちる瞬間を目の当たりにし、初恋が見事に散ったその夜、私は大いに枕を濡らした。それでも立ち直れたのはあの緑柱石のおかげだった。
仮初めの婚約者とはいえ、アレクシス殿下はマメに会いにきた。最初は学園でも級友のお兄様に用があるのだろうと思っていたが、どうやら違ったらしい。会うたびに恥ずかしくなるような愛を囁き、プレゼントをくれる。だんだんと絆されてしまったのは仕方がない…。けど、恋をするまでには至らない。
ある時、殿下に
「私の初恋はクロエだが、クロエの初恋は誰だったの?」
と聞かれた。悩みもせずに「お兄様」と答えたため、そのあとお兄様は酷い目にあったらしい。泣きつかれた私は、
「家族はノーカンなので、まだ誰にも恋していない」
と殿下に告げた。これだけ愛を囁いてくれる殿下に対し大変な不敬であるが、
「そっか。それならもっと頑張らないとね」
と言って、笑って許してくれた。まぁ、その後から溺愛が再加速したのだけど…。本当は緑柱石のあの子が脳裏をよぎった。でも意気地の無い私は気付かないフリをした…。
学園に入学し、レティと楽しい生活を送る。レティとはお兄様の事で一悶着あったが、なんだかんだで和解した。今では大親友である。むしろレティにしかお兄様を任せられない。お兄様目当てで私に擦り寄るご令嬢には丁重な対応をさせていただいた。殿下とも婚約関係は秘密のため、当たり障りなく過ごした。
次の年、殿下とお兄様が揃って卒業された頃からエストワール第二王子殿下が絡んできた。
馴れ馴れしいうえに上から目線、本当に兄弟かと疑ったほどだ。適当にあしらっていたら、ある時期から絡んで来なくなった。どうやら別のご令嬢にご執心のようだ。私はこれ幸いと、レティと新しくできた友人たちと穏やかに学園生活を過ごしていた。そんなある日、
「エストワール殿下を開放してあげて下さい!!政略結婚なんて間違っています!!」
どこの誰かもわからない、ピンクブロンドに琥珀色の目のちんちくりんが現れた。何の話をしているのかわからなかった為、周りをキョロキョロと見回してしまった。苛立った令嬢は、
「クロエ様!あなたのことです!!」
と言ってきた。本当に話が見えなかったので、
「どこの誰かはわかりませんが、エストワール殿下は開放されてますよ」
と言ってやった。だって私は仮初めとはいえ、アレクシス殿下の婚約者だ。それに、エストワール殿下には婚約者がいなかったハズ…。
「ヒドイ!!私の身分が低いからそんな事を言うのね!!」
そう言いながら令嬢は去っていった。本当に何なんだろう…。しかもアイツ、公爵令嬢の私に名乗りもしなかったな!失礼なヤツだ!!
次の日、エストワール殿下が腕に『ちんちくりん』を引っ提げてやってきた。
「クロエ!リリアの身分を貶めたそうじゃないか!それが公爵令嬢のすることか!!」
どうしてそうなる…。
「いえ、そのような事はしておりませんが?」
「嘘!昨日の事、忘れたんですか!」
目に涙を溜めながら『ちんちくりん』が言う。
「身分を笠に着た所業、二度目はないぞ!!」
エストワール殿下がそう言い放ち、二人は教室を出ていった。しかし、その後も何度か絡まれた。二度目は無いんじゃなかったのか?
その度に『ちんちくりん』は「シナリオ通り…」とワケのわからない事を呟いていた。
最上級学年にあがると、『ちんちくりん』たちの勢力は大きくなっていた。そして、自由恋愛布教活動を始めた。数年前に王弟殿下が庶民との真実の愛を貫いてから、貴族の結婚観も揺らいでいる。そういった事も後押ししていたのだろう。
アレクシス殿下もこの騒動には手を焼いているそうだ。お兄様と忙しくしている。隣国との状態が良くない中で、内憂外患とは正しくこの事を言うのだろう。
この頃からレティも、キルケニー侯爵子息からちょっかいを出されるようになっていた。
これはお兄様に報告しなくては…。
そして、遅々として進まない二人の仲を深めるスパイスになってもらおう。お父様とお母様にも要相談ね!
今年はテビュタントがある。私とアレクシス殿下、お兄様とレティの婚約が正式に発表される。
私はこの先、王妃としてこの国をより良く導いていけるのだろうか…。柄にもなく心細くなった私は、宝石箱から欠けた緑柱石を出すと、握りしめて眠りにつく。
夢であの子に会えた気がした…。
ある日、珍しくお兄様が校門前にいる。あのニヤけ顔…レティの事を考えているのね。微笑みにあてられた令嬢が倒れていくのを止めるため、お兄様に声を掛ける。
「…お兄様」
「あぁ、クロエか」
「その、無駄なフェロモンを止めてくださる?攻撃力が高すぎなのよ」
「えっ!??」
「無自覚とか…。これならまだ、意識してやっている殿下の方がマシね」
「私が、何だって?」
「殿下!!何故ここに!!」
「クロエに会うのに理由なんていらないだろう。愛しい私の妖精姫」
そして私の髪の毛を一房取り、キスを落とす。
ホントにこの人はもう…。
その後、キルケニー侯爵子息に絡まれているレティを発見したお兄様は、嫉妬に狂いながらもデートをこぎつけていた。
頑張れお兄様!!
私は珍しい宝石が手に入ったとアレクシス殿下に言われ、殿下の馬車に乗り込んだ。ドワーフ姫は伊達ではないのだ!!
王宮のアレクシス殿下の部屋で私は待たされる。もちろん婚姻前の男女の二人きりはマズいので扉は開けてある。換気のために窓も開けているので、吹き抜ける風がそよそよと気持ちいい。その時、カタンと何かが落ちる音がした。殿下の部屋をうろつくのはどうかと思ったが、好奇心に負けた私は音のした方を確認してみた。
―――そこには丁寧に額装された緑柱石のカケラが落ちていた。
これはあの時の!!過去の記憶が蘇る…。
「見つかってしまったか…」
「アレクシス殿下!これは!?」
「その石は昔、一目惚れした子を私の言葉足らずのせいで泣かせてしまったことへの戒めとして持っている。もう二度と言葉を違えないように、とね」
「あの時の子は…殿下だったのですね」
「そうだよクロエ。…その、今更だけどごめん。君を石なんかに例えてしまって…。忘れてしまうくらい嫌な思いをしただろう?」
「公爵令嬢の私を石なんかと一緒にしないで!私はそこらへんに黙って転がっているような存在じゃない!…でしたでしょうか?私もその後、殿下を殴ってしまったので…こちらこそ大変申し訳ありませんでした」
「クロエ!全部思い出したの!!……なかなかいいパンチだったよね」
アレクシス殿下はそう言って微笑った。
あぁ…本当に何で今まで忘れていたのかしら!思い出せば思い出すほどアレクシス殿下だったじゃない!!殿下を殴ってしまったという事がよっぽどショックだったのか…。
「殿下。私も今更ですが、殿下に罪滅ぼしがしたいです!」
「えっ!そんな事気にしないでいいよ!!」
「気にします!子供だったとはいえ、殿下を殴ってしまったのですよ!しかも今まで忘れているという失態…。何でもいいので仰ってください!」
「えっ何でも?今、何でもって言ったよね?」
アレクシス殿下の目が怪しく光る。
「わ、私にできる範囲で、、お願いします…」
危険を察知した私は思わず尻込みしてしまった。
「そんなに警戒しないで。簡単だから。前みたく、アレクと呼んでほしいんだ」
「それだけですか?」
「それだけ」
「では、アレク殿下」
「殿下は要らないよ」
「えっ!そんなことできません!」
「何でもって言ったよね?」
「うぅ〜〜〜。…………ア、レク」
「よく出来ました。真っ赤になって可愛いクロエに免じて、これは二人だけの時の特別な呼び名にしようね」
アレク殿下は心底楽しそうだ。
「そうだ。クロエに見せたい珍しい宝石はこれの事だよ」
そう言って、殿下は柔らかいクロスに包まれたものを渡してきた。開いてみると中には小粒の真紅の宝石がある。
「!!!…これは!レッドベリル!!どこでこれを!?」
「王族領の鉱山で採れたんだ。カッティングしたらこれっぽっちにしかならなかったけどね」
「当たり前です!そもそもレッドベリルは難しい条件が揃った土地でないと採掘できません!ダイヤモンド15000個に対してレッドベリルは1個採れれば良い方なんですよ!!どれだけ希少価値が高いか…。カッティングにしても硬度が低いからすぐに割れてしまうし…。あぁ…取扱いが難しいのにこの大きさで留められるなんて!!」
「クロエ、活き活きしてるね。良ければあげるよ」
「えっ!!そんな!こんな価値の高い物頂けません!!」
「いいから受け取って。……探していたんでしょ?」
そう言って殿下は私の手を宝石ごと包み込んだ。そして、
「別名スカーレッドエメラルド…ロイドとスカーレット嬢への結婚祝いには最適だね」
驚きに目を見開く。どうしてそれを…!!その言葉を発する前に唇を何かで塞がれた。口付けされたと気付いたのは数秒後。
混乱で言葉を発せない私を見ながら
「クロエが可愛過ぎるのが悪い」
と妖艶に微笑む殿下は、いつもの殿下ではなかった…。
デビュタント当日。あとはパーティーを残すのみとなった。アレクシス殿下によると、エストワール殿下たちはこのパーティーで私とレティに婚約破棄を突き付けてくるらしい。婚約もしていないのに意味がわからない…。
段々と会場に入場する順番が近づいてくる。高位になるほど後に呼ばれるため、先にお兄様とレティの名前がコールされた。
美しすぎるレティに惚けているお兄様に活を入れ送り出す。そして私たちもいよいよ入場だ。
「クロエ、緊張してる?」
「ご冗談を…。返り討ちにしてやりますわ」
「さすが私の婚約者殿、頼もしい限りだ。そういえばあのレッドベリルは渡さなかったの?」
「今日は婚約お披露目ですよ?今回はお兄様に譲らせて頂きました。お兄様の独占欲に横ヤリは入れられませんので…」
「確かに。私も独占欲をアピールする場面で、家族といえど他人の手垢はつけさせたくないなぁ」
「そういう事です。レッドベリルはこの後渡すつもりですわ」
「喜ぶだろうね」
そう言って殿下は嬉しそうにする。
「……殿下。昔、初恋の話をされていましたよね」
「したね。でも突然どうしたの?」
「あの時、私の名前を仰っていましたけど、それは小さい頃に遊んだ時から、ということだったのですか?」
「そうだよ。私はあの頃から君を愛している。落ち込んでいる君を励ましたくて、緑柱石のように色々な可能性が君には待っていると伝えたかったんだ。子供だったから言葉足らずになってしまったけどね」
そう言って、殿下はバツが悪そうに微笑む。
「そうだったのですね…」
「クロエは?」
「私ですか?」
「そう。今日、この扉をくぐったら正式に婚約者だ。私が王太子に就き、将来王位を継いだら君はこの国の王妃になる。王族として国民を導かなければならない。それはとてつもない重責だし、孤独が待ってる。四六時中、気を張っていたら狂ってしまうよ…。だから!家族の時間だけは…お互いに寄りかかりたい。家族愛でもいいから、私を愛して欲しい…」
殿下の奥底にある叫びを聞いたようだった。
私の答えなどあの時から決まっている。私は殿下の瞳をしっかりと見据えた。
「殿下の瞳はアクアマリンのようですね…。アクアマリンは海に投げ入れると瞬時に溶け込んでしまうと言われ、船乗りたちの御守になっているそうです」
殿下は黙って私の話を聞いている。
「同じように、殿下の存在は私の中に溶け込み、私にとって御守になっています。あの頃から…」
「クロエ…」
「それに私、最初で最後に恋する人に全てを捧げようと決めていますのよ。アレク」
「っ!!クロエ!!」
さっきまで泣きそうだったアレクが破顔する。ちょうどその時、案内係のコールが聞こえた。
「アレクシス・エアスト・ミストラル殿下!クロエ・ウィラー様!ご入場です!」
「さぁ、行きますわよ」
「あぁ。秒で終わらせてやる」
そう言って私たちは扉をくぐった。
その後、予定通り面倒事が片付いたが、私に影をつけていたことが明るみに出たアレクは平謝りしてきた。
だから私がレッドベリルを探していたことが分かっていたのね。
今度、新しい鉱山でも買ってもらおうかしら、などと考えながら私は愛しい人の手をとった。
少し長くなってしまいましたが、読んでいただきありがとうございましたm(_ _)m