八話目 それでも僕は愛なしの世界に行く
いきなり感じた風圧は威力がすざましく、屋根一つ両断しそうなようで。
その攻撃が宙を舞った。
「誰かいるー?藍ー!」
私の名前を呼ぶ靡先輩。
遅いよ…まあいいけどさ。
「ちっ」
皇は大げさに舌打ちの声を出すと、去ろうとする。
いかせるかー!
「待ちなさいよ」
「……いや追いかけてこれるの?靡先輩が来るまでに逃げないと」
「所詮は裏切り者」
いくらあんなことしても逃げるつもりなのか。
「仕方ないだろ…だってこんな世界、懲り懲りだから」
同情を誘う気ですか。
「なんで、懲り懲りなの…?」
「愛が鬱陶しいから」
皇は笑った。
やっと開放されるみたいなようで…。
「君は僕をまた捕まえようとする。それに僕を助けてくれた。恩はあるけど」
「長いよ説明が」
「それでも僕は愛なしの世界に行きたいんだ」
愛なしの世界…。
でもどこだって誰かを想うことはあるから、愛なしの世界なんて憎悪だけが存在しているはず。
そんな世界を皇は好むのか。
訳が分からないわ。
「じゃあ」
「っ……!」
次の瞬間、キラリと閃光が光った。
眩しさに思わず目をそむける。
「藍いるー?」
靡先輩の声がし。
目を開けると黒髪の先輩がいた。
「今、閃光が轟いたからあの裏切り者の仕業?」
「え…皇…」
もういなかった。
光だけを残してあの闇月の球体もなく…。
彼はいなかった。
♥ ♥ ♥ ♥ ♥ ♥ ♥ ♥ ♥ ♥ ♥
白い息が周囲に溶け込む。
マフラーが風になびきすっかり寂しくなった2月の季節でも。
皇は見つかっていない。
「今日もパトロールか…。まだアイツ見つかってないんだろ?驚異がまだあるじゃないか」
凛がつぶやく。
「14日を影は主流とする…何か嫌な予感がする」
「去年も大決戦的になったんでしょ?今年もなるならわたし達の代で闇月と黒恋を滅亡させたいんだけどなー」
要が叶わないような願望を口にする。
そんなのできないよ…だって。
今回は皇のことで混乱しているのだから。
「藍、どうした。まだ思い出しているんだな」
光が心配そうに声をかけてくる。
「別にお前に非があるわけじゃねーよ。あれは事故だったんだ」
凛なりに励ましてくれている。
でも…思うんだ。
あの時もっと粘っていれば捕まえられたかもしれない。
助けらた真実で「敵なのに?」と混乱してそのまま皇の思う通りに事が運び、みすみすと逃してしまった。
あそこに靡先輩が来ていたのだから。
後もう少し…もう少し。
対抗していれば…。
「藍…考えなくていいよ、過去のことなんて。わたしたちはただパトロールしていればいいだけなのだから」
そう思い聞かせても無理で。
心を過去がきゅうっと締め付けて。
過去に逃れられない暗闇のまま彷徨って。
何も見つけられず何もしないで。
ずっと執着しているだけ。
「皇を見つけたら今度こそ捕まえればいいだけじゃないか」
「そんな、すぐ見つけられるわけないから言ってんでしょ?」
凛に思わず反発してしまった。
凛だって励まそうとしてるのだろう。
でも、もう心に響かない。
「まあとりあえず今はパトロール。お!あそこに黒恋がいるぞ!」
「!?」
ハッとして指さされたところを見る。
そこには影が…って違うじゃないかッ!
「あれは、木の影でしょ!」
「あ、引っかかった」
クスクスと笑う凛。
今のは私が引っかかりましたよ?真実だけどさー
なんかムカつくわっ!
「調子になったか」
凛が見つめてくる。
さっきやった理由は。
私を元気づけるためだったのかな──。
ありがとう…。
少し元気が出た私は影探しに熱中した。




