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 その後、口喧嘩はまた職員さんが呼びに来るまで続いた。

 案内役の職員さんは、またこいつらかと言いたげな顔をしていたが、特に注意することもなく男子たちがいるグループを連れて行った。


 私たちは、トムさんたちの実演を見学する。


 グループの人たちはそれぞれ別の場所に分かれて試験官さんに対して魔術を披露している。


 攻撃系の魔術であれば、もやもやと不可思議に揺らめいて見える人形にぶつけているようだ。

 人形にぶつかった魔術はまるで魔術自体が無かったかのように人形に吸収されている。


 最初に見たときはあまりにも不思議な光景に驚いたのだが、アンさんたちは特に驚く様子はなかったので普通の光景なのだろう。



 トムさんの実技に目を向ける。

 なるほど、魔術入門コーストップ卒業のエリートとの自称は確かなようで、他の受験生と比べて頭一つ抜けている。

 魔術式の展開速度や使える魔術のバリエーションなどで差が一目瞭然だ。


 ただ、気になったことがある。


 正直なところ、先日のキリム様と比べてどっこいどっこいなのだ。


 これはどういうことなのだろう。


「悔しいけど、やっぱりトムは魔術がうまいね」


「ええ、本当よ。あれで性格も良ければね」


「そうですね。顔もそこそこ良いですし能力もある。あとは性格さえ良ければアンさんの恋人として私たちも認められたのですが」


「恋人ってそんなんじゃないって! 昔仲が良かったってだけで!」


 横で突然始まった恋バナが気になって考察に集中できない。


 え、君たちそういう感じなの。そういうね。ふうん。


 実技試験の会場に顔を向けつつも横の会話に聞き耳を立てていると、いつの間にかトムさんたちの実技試験は終わってしまっていた。


 すぐに私たちのグループが呼ばれた。


 さっき何か気になったことがあったはずだが、すっかり忘れてしまった。


 まあいい。今は気持ちを切り替えて試験に集中しよう。


 アンさんたちとは観客席で落ち合おうと約束し、区切られたスペースに別々で入っていく。


 この実技の結果がもとになって私の魔術師人生が始まるのだ。頑張らねば。




 実技試験自体は淡々と進んだ。


 初級魔術を試験官さんに言われた通りに発動していった後、好きに魔術を使って良いと言われたので準中級魔術の基本的なものを一通り披露した。


 試験官さんは私が魔術を披露する度に関心をしていたようだったので、心象は良さそうだ。

 なんとか初級魔術師だと認めてもらえれば良いのだが。


 最後に試験官さんは個人的な質問だと断った上で、師はだれかと聞かれた。


「この本です」


 と魔術書を見せた。私にとって大事な魔術の師であることは間違いない。


 そういったときの試験官さんは狐につままれたような顔をしていたのが少し面白かった。




「おい! シスタ! お、お前、何なんだよお前!」


 試験会場を出て観客席に着くと、先にいたトムさんに絡まれた。トムさんの周りにいる男子たちも、怪訝な目で見てくる。


 私が何をしたというのだろう。


「お前、俺たちを騙したな! 師匠がいないなんて嘘を言って!」


「ちょっと! またシスタちゃんに絡んで! やめなさいよ!」


 すごい剣幕で怒鳴られて困惑していたところで、試験を終えたアンさんが助けに来てくれた。


「だっておかしいだろ! こいつ、お前たちにも嘘をついてたんだぞ!」


「シスタちゃん、そうなの?」


「いえ、何も嘘なんかついていませんよ」


「だって、お前、あんな魔術が使えるなら、なんで、おい! 師匠は誰なんだ! 教えろ!」


「本当にいませんって!」


「じゃあなんであんなすげえ魔術が使えるんだよ! わけがわからねえよ!」


 場は騒然としている。トムさんも怒りというよりはもはや泣きそうな顔で問い詰めてくる。

 しかし、実際師匠と呼べるような人はいないし、百歩譲って考えれば文字や都会のことを教えてくれた村の博識な爺さまを師匠と呼べなくもないが、魔術については完全に独学だ。


 ただ、と一つ思いついたことがあった。


 よくよく考えてみれば師と呼べる存在はあったかもしれない。


「強いて言えば、私の師匠はこちらです」


 私は、魔術の入門書を見せつける。


 私が汗水たらして必死になって手に入れた努力の結晶。

 もう何度も読み込みすぎてボロボロになってしまって、擦り切れた魔術書。


 これこそが、私の師だろう。


「ある意味で、この本の著者であるハロルド・スニークさんが私の師匠であると言えるかも知れませんね」


 その言葉を聞いて、トムさんは目を大きく見開く。

 貫くようにじっと私の持つ魔術書を見て、


「父さん……」


 そう一言つぶやいて何も言わなくなった。


 急に様子が変わったトムさんの様子に周囲は不審がる。


 アンさんだけは何かに気づいて驚いていた。



 トムさんはそんな周囲の様子が目に入らないのかただ呆然として――


 何か大きな衝撃を受けたような。


 高くなっていた鼻を盛大にへし折られでもしたかのような。


 そして、憑き物でも落ちたような。


 そんな顔をしていた。




 後から知ったのだが、猫でもわかる魔術~入門編~の著者ハロルド・スニークはあのトム――トム・スニークのお父さんだったのだそうだ。


 猫でもわかる魔術~入門編~には秘密のあとがきが書かれており、同著内で学べる準中級魔術を使うと見ることができるようになっていた。


 その中にはこんな記述があった。


「これから生まれてくる子どものためのプレゼントとして、自分の書いた本を渡したい。もし興味を持ってくれたら魔術を教えよう。父から子へ魔術を教えるなんて、ワクワクするじゃないか。私はそんな思いでこの魔術書を書き始めた。まさか魔術連盟に出版を打診されるとは思って無かったが、売れれば印税がもらえるらしい。それで家族の生活が楽になるならと私は承諾した。願わくは、多くの魔術師志望の子どもたちにも届いてほしい」


 私には届きましたよ。ハロルドさん。それから、きっとトムさんにも。


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