無邪気な王子の疑問
7/5 16:30改稿
「兵は神速を尊ぶ」に対するパトリックの説明が、「拙速を尊ぶ」の意味になっていた(しかも誤用)ので、神速の意味に合わせてセリフを変えました。
シリルがモタモタしているのを揶揄しているのは変わらないので、話の大筋は変更ありません。
「グレイス、君との婚約を破棄する」
夜会の会場に響くその声に、周囲の者は何事かとその声のする方を見やる。
ある者は起こるべくして起こったと嘆息し、ある者は野次馬根性丸出しで成り行きを見守り、またある者は何が起こっているのかすら理解もできていない。
「貴様は私と、ここにいるブレンダの仲に嫉妬し、彼女に醜い嫌がらせを繰り返した。その醜態、我が妻たる資格無しと判断し、ここに婚約を破棄する!」
「私が何をしたと言うのですか!」
高らかに宣言するのは侯爵令息のジェイコブ。
傍らにいて、彼にしなだれかかっているのが、最近懇ろと噂の令嬢ブレンダ。
ジェイコブは彼女の腰に手をやり抱きかかえながら、対面する婚約者の伯爵令嬢グレイスを汚い物を見るような目で睨みながら吐き捨てる。
「ねぇ、イリーゼ姉さま、『こんやくはき』って、なに?」
会場が成り行きを見守り、ヒソヒソと噂する中、ある少年の声が一際大きく響き渡った。
「殿下、声が大きゅうございますよ」
「あっゴメン。でも、あれはなに?」
声の主はこの国の王子パトリック。齢6歳。
彼の突然の発言に、隣にいる公爵令嬢であり、王子が姉と慕うイリーゼが慌ててこれを諌める。
何故夜会に幼い王子がいるかと言うと、この会は学園の初等部・中等部・高等部の生徒が集まって、将来社交界に出る時のための予行演習として毎年開催される、模擬夜会だからなのだ。
実際は上級生下級生が一同に会しての交歓会みたいなものだが、開催時間や会の式次、マナーなどは本番の夜会を模倣している。
当然入場も男女同伴ではあるが、初等部の子なんかは特定の相手がいない方が多いので、父母に連れられてという感じである。
その父母は入場を手伝った後、こちらの会が終わるまで、隣の会場で大人の社交の時間を過ごし、子供の帰りを待っている。ちなみにそっちは大人なんでアルコール有り。
そんなわけで、今年初等部に入学したパトリックも3歳年上のイリーゼを連れて参加しているのだ。
「殿下、あのお二方が婚約されていたのはご存知ですよね」
「うん。知ってるよ」
「婚約破棄とはですね、その婚約を無かったことにするということでございます」
イリーゼの説明に、大きなリアクションで驚くパトリック。
大人であればわざとらしいと見えるが、王子とはいえ6歳の子供。非日常の出来事に、珍しい物を見たと喜んでいるように周囲は感じている。
「姉さま、『はき』って、〈やぶり捨てる〉とか、〈一方的に捨てる〉っていみだよね?」
「よくお勉強してますね。感心ですわ」
イリーゼに褒められたのが嬉しいのか、王子は顔をほころばせて、彼女に褒めて褒めてとねだる。
「あ、あの……殿下……」
「あー、ジェイコブどの、話を止めちゃってゴメンね。話し合いじゃなくて、一方的に破るって言うから、なんでだろうって思っただけだから」
「いや、それは……今から言いますんで」
「あっそうなの。じゃ、続けてください」
最初の勢いそのままに、一気に押し切ろうとしていたジェイコブであったが、王子の思わぬツッコミに若干毒気を抜かれたようではあるが、気を取り直して破棄の理由を並べ立て始める。
「グレイスは嫉妬に駆られ、ありとあらゆる手を使ってブレンダを虐めていた。このような醜い心の持ち主だとは思わなかったよ」
「ぐたいてきに」
「え?」
「イジメと言われても何をどうイジメたのか、ぐたいてきに言わないとみんな分からないよ」
再び王子のツッコミ炸裂である。
「それは……あまりここで言うのは……グレイスの体面もありますので……」
「なんで? みんなの前で『こんやくはき』をしたのに、今さら体面と言われても、ぼくには理解できないよ」
人前で婚約破棄を宣言しておいて、今更相手の体面を考えて理由をぼかす必要は? という、王子の無邪気な言い回しながらも正論に、ジェイコブが言葉を詰まらせる。
「グレイスが大人しく受け入れれば、ここまでの騒ぎにならなかったものを……だがこうまで言われては仕方ない。悪く思うなよ」
「そもそもこんなところで言わなければいいのに……」
「殿下、ちょっと黙ってましょうか?」
ツッコミ足りないパトリックであるが、イリーゼが少し様子を見ましょうと王子を止める。
「ブレンダの身分が低く、言い返せないことをいいことに、私物を壊す、罵詈雑言を浴びせる、ついには階段から突き落とすなどの所行の数々、断じて許せん!」
「待て、"けんぺい"へは知らせたのか?」
「はい?」
グレイスの所行をつらつらと述べ立てるジェイコブであったが、またしても王子のツッコミで話の腰を折られてしまう。
「今の話はどれも"はんざい"ではないか。人の物をこわすのは"きぶつそんかいざい"、悪口を言うのは"めいよきそんざい""心へのしょうがいざい"、階段からつき落とすなど、"さつじんざい"ではないか!」
「まあ殿下、よくご存知ですね」
「この前、"けいほう"の勉強をやったばかりなんだ」
「難しい言葉をよく覚えられましたね」
「えへへー、ほめてほめて」
イリーゼとの一通りのやり取りが終わると、事実ならそれは犯罪だから、すぐにでも憲兵に通報するべきだと主張するパトリック。
「あ、いや、そこまでのことは……」
「何を言うのですか。はんざいをさばくのは、けんぺいの仕事。かってにさばいてはジェイコブどのが逆につみに問われてしまうぞ」
間違いがあってはいけないと、心配そうにジェイコブを諭すと、パトリックはブレンダに向かい、怪我の程度はどうなのだと問いかける。
「パトリック様にご心配頂くなんて感激です〜。あの、私は大した怪我ではないので、グレイスさんに謝ってもらえればそれでいいんです〜」
「名前で呼ぶゆるしは出してないんだけどなぁ……」
「殿下。ご発言よろしいでしょうか」
ちょっとマナーの悪い人だなぁと思いつつ、それと犯罪は別の話だから、大した怪我でなくても、すぐに憲兵に知らせようと言うパトリックであったが、それを止めるご令嬢からの声がする。
「ペネロペ、何かな?」
声の主は宰相の末娘のペネロペ。
パトリックの1つ年上で、イリーゼと同じく王子の幼馴染である。
同じく王子より年上なんだが、彼女もイリーゼを姉様と呼ぶものだから、ややこしくなるのでこっちは名前だけで呼んでいる。
「殿下に申し上げます。グレイス様は公明正大なお方。そのような悪事を働く方ではありません」
「なぜそう言い切れる」
「私の兄と姉が高等部におり、グレイス様のお人柄はよく聞いております。平民の方相手でも、態度を変えることなく、分け隔てなく接しておられる方です」
ペネロペは、そんな女性が相手が男爵令嬢だという理由だけで虐げるはずがないと断言する。
「でも、イジメはあったんだろ。そうだよねジェイコブどの」
「その通りです!」
「"しょうこ"はあるんだよね」
「グレイスの仕業だと、本人が申しております!」
ジェイコブがドヤ顔でそう言った瞬間、白けた空気が会場を支配する。
「え? 本人がそう言っただけ?」
「そうです。それが何よりの証拠です」
そのときパトリックは、自分が学んだ話と違う。でももしかしたら、まだ自分が知らないだけで、そういうこともあり得るのか? さすがに高等部で学ぶジェイコブが、そんな初歩的なミスをしているとも考えにくいと、頭をフル回転させるものの、答えが見つからない。
「殿下?」
「イリーゼ姉さま、知っていたら教えてほしい。本人が言っただけで、つみに問えるものなのか?」
「私もまだ勉強中の身ではありますが、少なくともそれだけでは証拠にはならないかと」
「ああやっぱり。ぼくが教わったことはまちがってなかったんだね」
「もしかして、それを悩んでました?」
「だって、ぼくより10さい以上年上のジェイコブどのが、そんなカンタンなことをまちがえると思わないもん」
王子がああよかったとホッとした瞬間、周囲の者達が一斉に吹き出す。
もちろん王子の発言がおかしいからではなく、6歳の子供に論破されたジェイコブの醜態に対してである。
「ブレンダはそのような嘘を言う女ではありません!」
周囲の嘲笑を浴びる中、ジェイコブは自分と彼女は真実の愛で結ばれている。その彼女が嘘など言うわけがないと叫びだした。
「イリーゼ姉さま、しんじつのあいってなに?」
「うーん、説明が難しいですね。一言で言うなら、『無条件に相手を信じ、受け入れること』ですかね」
「ええー! そんなのありえないよー」
「どうしてそう思うのですか?」
「だって、もしあいてが悪いことを考えていたら、だまされちゃうんだよね? ぼくが王さまになって、そんな悪い女にだまされたら、大変だよー」
会場の嘲笑が爆笑に変わる。
王子本人にその気がなくても、その発言は「侯爵令息殿、騙されてますよー」と言っているようなものだからだ。
「真実の愛というのは、女子が読む恋愛小説で、よくあるシチュエーションでもありますわ。ね、イリーゼ姉様」
「ええ、そうですね。身分の低い女の子が、王子様など、位の高い貴人と恋に落ちる話はいつの時代も人気ですわ」
問いかけにイリーゼが相槌を打つと、ペネロペは小説の一節と思しきセリフを喋り出す。
「この泥棒猫! 王子様は私の婚約者なのよ。貴女みたいな薄汚い女が近づいていいお方ではないのよ。身の程を知りなさい!」
セリフを言い終わり、平手打ちの真似をするペネロペにイリーゼが呼応する。
「王子様は私を愛していると言ってくれました。嫉妬に駆られて暴力に訴えるような方に王子様は渡しません!」
「まだ分からないの! 貴女の家を一家離散に追い込むくらい私には造作もないことなのよ! 命が惜しかったら大人しく諦めなさい!」
ノリノリで掛け合いをする二人。
そのうち虐められるヒロインを演じていたイリーゼが、突然声色を変えてセリフを続ける。
どうやら、王子役にチェンジしたようだ。
「ペネロペ、何をしているのだ!」
「王子様!」
「私とイリーゼは真実の愛で結ばれた仲。それを引き裂こうとする貴様のような悪女は許さん!」
「王子様、私は王子様のためを思って!」
「ええいうるさい! 貴様などこうしてくれるー!」
イリーゼが剣で斬りつける真似をすると、ペネロペがバッタリと床に伏せる。
(いや、殺しちゃまずいでしょ……)
「おお、私のイリーゼ、無事だったかい」
「王子様、ありがとうございます」
(あれ、ペネロペは悪い女の役だよね? なんで二人で抱き合っているの?)
ホントなら王子とイリーゼが結ばれるところだが、一人二役のため、何故か今度はペネロペがヒロイン役で、王子役のイリーゼと抱き合っている。
「二人とも、もうそのへんでいいよ……」
「あら、もうよろしいですか?」
パトリックが二人を止め、自分が王子役をやった方がよかった? と問うが、ペネロペに殿下はお話の内容を知らないですよねと言われてしまう。
「小説の中の真実の愛をご説明しただけなので……」
「よく分かったよ。それがしんじつのあいなんだね」
「小説の中ではそうですね」
「父上に言って、"きんしょ"にしてもらわないと……」
パトリックの禁書指定発言にざわつく会場。
「殿下、禁書はさすがにやりすぎでは……」
「なんで? しんじつのあいのせいで、誰かが誰かを傷つけるのならば、そんなものはいらないし、そんな話は本にしてはダメだよ」
イリーゼは自分の説明の仕方が悪かったなと思い、どうしたら理解できるかと考えて、言葉を選びながら説明し直す。
「殿下、私の説明不足でした。例えば、私やペネロペと殿下でケンカすることもあるでしょう?」
「うん。でもちゃんと仲直りするよ」
「そうです。普通はお互いに話し合って何がいけないのかをハッキリさせて仲直りします。そして、何年も何十年も一緒にいると、そういうことが多々あります。家のこと、家族のこと、お仕事のこと、時に苦難に満ちることが絶対に起こります」
「うん」
「それでも想いをぶつけ合い、お互いを信じ、最後には相手を受け入れて許せること。そして厳しい言葉でも相手が間違っていることはキチンと指摘できる関係。それが真実の愛なのです」
「へぇ、やっぱり姉さまは物知りだなぁ」
パトリックがふむふむなるほどと頷くのを見て、胸を撫で下ろすイリーゼ。
「それがしんじつのあいなら、ぼくとイリーゼもしんじつのあいだね」
かつてパトリックは人参が大の苦手であった。
一緒に食事をしたとき、人参を残すパトリックに、イリーゼが「一緒に食べましょう」と、半ば無理やりに食べさせたことがある。
最初は嫌がっていたパトリックであるが、イリーゼの「栄養はバランスよく取らないといけません」という一言で、彼女を恨みながら仕方なく食べていたが、食べてみれば意外と問題なかった。
「姉さまはボクのためにと、キビしい言い方だけど、ちゃんと言ってくれたもんね」
「殿下、それなら私もですよね」
「うん。ペネロペとも、しんじつのあいだね」
ペネロペとは彼女と庭園で散歩していたときのこと。
眼の前を飛ぶ蝶を捕まえようと、はしゃいでいたパトリックに、危ないから無闇に走ってはいけませんと彼女に注意される。
うるさいなーと思っていたが、走り回っているうちに、案の定足がもつれて転んで膝を擦りむいてしまった。
「あの後、ペネロペがキズの手当をしてくれて、母上には『私が目をはなしたせいで』と、君のせいではないのに、ボクのためにあやまってくれた」
「覚えてましたか」
そうだねそうだねと言うパトリックであるが、同時に真実の愛は複数存在するのかという疑問が発生する。
「相手が二人でも三人でも、お互いが納得していれば成立するのかもしれません」
「イリーゼ姉さまとペネロペはなっとくできる?」
「私は、私とペネロペの両方同じように愛してくれるなら……」
「私も、私だけではなく、イリーゼ姉様と一緒に幸せになれるなら……」
「ボクのがんばりしだいか……で、ジェイコブどのはどうするの?」
王子と令嬢達の学芸会が一段落し、改めて周囲の注目がジェイコブに集まる。
「わ、私ですか……」
「しんじつのあいは一つだけじゃないみたいだよ。グレイスさんとも仲良くできるんじゃない? ね、グレイスさん」
パトリックはジェイコブが答えないので、若干置いてきぼり気味だったグレイスに話を振ってみる。
「真実の愛というのがどういうものかは知りませんが、ジェイコブ様とはお互いに良い関係を築ければと、厳しいことも数多く申し上げました。お聞き届けにはなられませんでしたが……」
「だってさ、ジェイコブどの。グレイスさんはあなたとちゃんとお話したかったようですよ。それもしないうちにほかの女の人と仲良くなるのは、しんじつのあいではなくて……ええと、あれだ! 『うわき』だよ!」
会場中で「ブフォッ!」と吹き出す声がこだまする。
「うわきした上に、たしかなしょうこもなく、グレイスさんにつみを着せるなんて、何を考えているんですか!」
「殿下! 浮気だなんてはしたない言葉、どこで覚えたんですか!」
「王宮で侍女が『ダンナにうわきされた!』って話していたのが聞こえたんだ。言葉のいみを侍従に聞いても、ボクが知るひつようはないって言われたから、自分でしらべた」
「もう……殿下は浮気しちゃダメですからね」
「しないよ。その侍女、すごく泣いていた。イリーゼ姉さまとペネロペにそんなことさせたくない。で、ジェイコブどのはいいの? グレイスさんを泣かせてもいいの。"かいしょなし"って言われるよ」
甲斐性なしの言葉に、改めて吹き出し笑いが起こる中、問いかけられたジェイコブがうんともすんとも反応しないので、代わりにグレイスが発言を求める。
「殿下のお心遣い痛み入ります。ですが、私とジェイコブ様は真実の愛とやらではございませんので、私が泣くことはございません。謹んで婚約破棄を受け入れます」
「いいの?」
「ええ、これ以上私事で夜会の進行を滞らせるわけにもいきません。この話はこれで終わりにしたいと思います」
グレイスが幕引きを図るところで、ようやく落ち着くと誰もが思った中、思わぬところから、ちょっと待ったと声がかかる。
「グレイス嬢、婚約者がいなくなったのなら、改めて私が立候補したいが、いかがかな?」
「シリル兄さま?」
声をかけたのは、王弟シリル。
国王の年の離れた弟で未だ学生の身分。兄よりも甥の方が年が近く、パトリックは彼を兄様と呼んでいる。
「グレイス嬢には以前から好意を持っていた。婚約が決まったと聞き諦めていたが、君さえ良ければ私と婚約してほしい」
突然の告白にグレイスも戸惑っているが、日を改めてお話を伺いたいと前向きな返答である。
「シリル兄さま、なにをどさくさまぎれに言っているのですか?」
昔から好意を寄せていたのなら、他人の婚約者になる前にさっさと婚約を申し込んでおけばよかったのにと、暗にシリルの手際の悪さを指摘する。
「そんなことを言っても、婚約は家の問題なんだよ」
「それこそシリル兄さまは王弟なんだから、どうにでもできたでしょう。兄さまも"かいしょなし"だったんですね」
「グハッ!」
無邪気な一言がシリルにクリーンヒットする。
「"へいはしんそくをたっとぶ"ですよ。シリル兄さま」
「殿下、それは何ですか?」
イリーゼの問いに、昔、東国にいた偉い兵学者の言葉だと言うパトリック。
「たたかいではためらわず、素早くこうげきするほうがいい。つまり、チャンスをつかんだら、素早くこうどうするのが大事だという"かくげん"なんだよ。今回はシリル兄さまもチャンスと見てうごいたけど、本当はグレイスさんがこんやくする前に動くべきだったんだ。だって、今日こんやくはきが無かったら、グレイスさんはほかの人とけっこんしちゃったんだもの」
「グハッ!!」
追い打ちも全弾命中である。
「殿下はそのお年で本当に博識でいらっしゃいますね」
「えへへー、もっとほめて」
「仕方ないお方ですね」
「私もナデナデする!」
「ペネロペも! ほめて!ほめて」
いつものやり取りではあるが、今回はイリーゼとペネロペも感じ入ったのか、パトリックの頭をよしよしと撫でるので、彼はご満悦である。
「なんか話しすぎて、おなか空いちゃった。早くパーティー始めようよ」
最後まで無邪気なパトリックの言葉で、婚約破棄騒動は一応の終結を見せ、遅まきながら夜会の楽しい一時が始まった。
◆
〈それからしばらく後〉
「殿下、お伺いしてもよろしいですか?」
「急にどうしたの、イリーゼ」
今日は夜会が終わってから初めて、三人が会するお茶会の席。イリーゼはおもむろに疑問を口にする。
「あの日の発言、わざとですよね?」
「何の事ですかねぇ?」
「殿下はわざとらしく、何も知らない子供のフリをしてましたが、明らかに分かっててやりましたよね」
「さすがイリーゼ。お見通しだね。子供達には一年に一回の折角の夜会なのに、あんなことでぶち壊しにされたら堪らないと、ちょっとムカついたから」
あの後、ジェイコブとグレイスは両家の話し合いの末、形上は円満に婚約解消となり、改めてシリルが伯爵家に婚約を申し込んだ。
今のところ回答はまだであるが、シリルとグレイスは以前から学園で色々と絡む機会があったので、彼女もシリルには好意を持っており、縁談に前向きのようである。
「あそこで見てみぬふりは出来ないし、かと言って私があからさまに怒っては、問題が大きくなって、侯爵家がかわいそうだからね。上手く立ち回れたんじゃないかな」
あそこにいた大人は給仕係や護衛のみ。
高位の貴族は誰も現場を見ていないので、あえて自分が無邪気な子供を演じることで、騒動の広がり方を中和したと言うパトリック。
シリルの乱入は想定外だったが、上手く抑えられたのではないかと胸を張っている。
「やはりそうだったんですね。どうにも殿下が甘えてくる頻度が多かったので、おかしいと思いました」
「少し甘え過ぎたかな?」
「いいえ、むしろ嬉しかったですよ」
「良かった。頭ナデナデしてくれたから、私の考えていることを気付いてくれたと思っていたよ」
「正式な婚約の申し入れもその流れですか?」
パトリックは翌日には父である国王に申し入れ、イリーゼとペネロペの家に正式に婚約を申し入れた。
家格的にイリーゼが正妃、ペネロペは側妃となる。
まだ正式に受諾はしていないが、両家とも異存なしと言っており、早晩公表される手はずとなっている。
今日パトリックがイリーゼを姉様と呼ばないのは、今後の婚約者という立場を考えてのことである。
「正妃と側妃を同時に娶るとか、聞いたことがありませんけど」
「モタモタして取り返しの付かないことになっては困るのでね」
「兵は神速を尊ぶ。ですよね?」
「その通りだ、ペネロペ」
自分でシリルに言った手前、手ぬかり無いようにと速攻で決めたわけだ。
「でも、私が正妃で、ペネロペが側妃でいいの?」
「イリーゼ様、ご心配なく。二人同じように愛してくださるという殿下の言葉を信じてますわ」
「だ、そうですよ殿下」
二人とも幸せにしてもらえるよう、ビシビシ指導しますからねと言うイリーゼに、もちろんだと答えるパトリック。
「甲斐性なしとか、真実の愛は偽物だったとか言われないように頑張るよ」
「期待してますわ」
「一緒に頑張りましょうね」
その後、真実の愛を標榜する女性達の誘惑は少なからずあったが、パトリックはただひたすらに二人を愛し、国王とそれを支える正妃・側妃として幸せに暮らしたという。
ちなみに恋愛小説は禁書にはならなかった……
お読み頂きありがとうございました。