─第三百八十五話─ 偽物
「貴殿らが、新しい勇者一行かな?」
室内の空気感は、凄まじく重かった。
なんと言うべきだろうか。
強敵と対峙した時ともまた違う、別ベクトルの緊張感。
溜まってきた生唾を飲み込み、どうにか平静を保とうとする。
「は、はい、そう、です」
何とか言葉を口から漏らすように出すと、二人の王様は静かに頷いた。
「リアトリスよ。そう固くならんでよい。四人とも、もう少し近くに」
促されるがまま、一歩一歩、慎重に進んでいく。
「…………」
近づいてきて、新たな緊張感が足された。
国王たちの視線だけではない。
あいつ、強いな。
隣国の国王のほうに立っている、護衛と思しきマント男を見て、俺はそう思った。
フードを被っており、こちらからは顔が見えないが、恐らくこちらを睨んでいる。
その視線から感じるのは、狂気。
今にも跳びかかってきそうな、殺意。
自然と体が戦闘態勢に向かってしまいそうになる。
落ち着け、落ち着け、俺。
そういう場ではないのだか、ら──
「え……?」
一瞬の出来事だった。
先程まで近くにいたツツジが、大きく一歩踏み出し、短剣を引き抜き、そのまま隣国の国王に襲い掛かった。
そして、それに反応して、護衛の方も長剣を抜き、ツツジの攻撃を止めた。
「なっ!? つ、ツツジ殿、何をして──」
「王様、今すぐ離れて!!」
焦った様子でそう命令するツツジを見て、直感的に口が動いた。
「《全員、この場から動くな》」
ピシッと時間が止まったかのように、この空間の一切の動きが止まった。
その隙を突き、俺は国王のもとへ走り、
「《移動》」
そのまま、能力で室外へと飛ばした。
そして。
「《防御》」
いち早く動き出した護衛の攻撃を、すんでのところで受け止める。
……やはりこいつ、かなりの実力者だ。
今の一撃、確実に俺のことを斬り殺す気だった。
相変わらず、陰になって表情は読み取れないが。
「《解除》。ツツジ、状況説明を!!」
視線は護衛から外さず、声だけを張り上げる。
「犯人を見つけた」
「……了解。ジャスミン、ローズ!! 武器を取って来い!!」
「させると思うか?」
「その前に、俺があんたを逃がすとでも?」
拳を構え、改めて相手を観察する。
……ただの護衛、ただの剣士ではないな。
魔力量が、明らかに多すぎる。
それに、何となくだが、怪しい雰囲気も感じる。
……なんか隠してやがるな。
「ヒイッ!! き、貴様ら、こんなことをして、ただで済むと──」
「下手な演技はやめて。あんたの正体は分かってるの。……逆にあんたは、まだ気づかないの?」
「…………もしや、ツツジって、あのツツジか?」
「へえ、呼び捨てにできるなんて、ずいぶんと偉くなったわね。私よりも後に改造されたくせに」
「……新たな技術は、旧式に勝るのだよ」
「そんなこと言って、私よりも弱いくせに」
……?
状況が読めない。
だが恐らく、あいつは魔王軍関係者なのだろう。
そして、ツツジと何らかの関りがあった。
……この程度しか分からん。
「おい、よそ見をしてていいのか?」
「完全には目を離してないからな」
体を後ろにずらし、斬撃を避ける。
……剣速が異常。
もしかして、こいつも魔物か?
「リアトリスとか言ったか? 私の方を見ろ!!」
「ダメ、お兄ちゃん!!」
声のした方へ、反射的に目をやってしまった。
だが、それも一瞬だけ。
一瞬だけ、だったのに。
「ぐ、ううっ……!?」
国王──もとい魔王軍何某の目を見た瞬間、強烈な頭痛に襲われた。
「なん、だ、こ、れ……?」
「ふははははは!! 私の催眠の前では、皆等しく無りょ──ぐはっ!!」
「お兄ちゃんに、何すんのよ!!」
ツツジの短剣が、奴の体をすり抜けた。
……くそっ、視界が歪む。
気持ち悪ぃ……。
……って、まずい!!
気付けば、護衛がツツジの方へ駆け出していた。
ま、待て!!
おい、やめ──
──ザクッ!!
抜き放たれた長剣を振るう音と、肉の切れる残酷な音が、静まり返った大広間に響き渡った。




