─第三百七十八話─ 慣習
あくる日の朝。
「──ってことがあったんだよ」
「……ふーん」
俺は、ツツジを部屋に呼び出し、昨日のことを話していた。
「これ、やっぱり、セルバンテスが関わってるのか?」
「十中八九そうね。あれは、あの魔法は、あいつにしか扱えないようになってるから」
「……そうか」
相槌を打ちながら、大きなため息を吐く。
くそっ、マジであの野郎は面倒なことばっか引き起こしやがって……!!
「なあ、あの魔法って、どんな構造になってるんだ?」
「えっとね、体に特殊な模様を描くことで、セルバンテスの魔法を疑似的に再現してるの」
「その魔法ってのは?」
「感情や魔力を暴走させる、って内容だったはず。詳しいことは、私も知らされてないの。あいつの切り札みたいなものらしいからね」
「そうか……。……ちなみに、解除方法ってのは、俺がやったやつで合ってるのか?」
「うん。まあ、正式な方法は違うけど、あいつ以外がするんだったら、お兄ちゃんのやった、魔力を大量に流し込んでぶっ壊すってのが一番いいと思う」
「……セルバンテスは、どんな方法で解除してたんだ?」
「確か、別の魔法で上書きしてたはず。でも……」
「……でも?」
「その方法で解除した相手は、みんな廃人になってたのよね……」
「…………」
ほんっとに害悪だな、あいつは。
「じゃあ、俺が今回の襲撃犯に同じことをすれば、万事解決だな」
「まあ、そうなのかな……? でも、お兄ちゃんの負担は大丈夫なの? 第一、そいつらはお兄ちゃんを殺しに来たんでしょ? それなのに……」
「大丈夫。大体、操られていたと分かっている奴に贖罪を求めてどうすんだよ。悪いのは、操ったやつとセルバンテスだ」
「……そっか。優しいね、お兄ちゃん」
「そんなんじゃねえよ。……俺に勇気と資格がないだけだ」
「……そう。まあでも、頑張ってね。いざとなったら、私も協力するから」
「おう。ありがとな」
「というか、お兄ちゃんのお願いだったら、いつでも聞くから!!」
ゆったりとした足取りで、執事さんの後をついて行く。
国王に会いたいと言ったら、すんなりと案内してくれた。
ある程度国王が信頼を置いてくれているとはいえ、セキュリティ的な観念でそれはどうなんだ?
「こちらの部屋におります」
「あ、ありがとうございます」
「いえいえ。以前のお礼も兼ねて、ですので」
「以前?」
その瞬間、執事さんの姿が歪み、一瞬だけ悪魔の姿になった。
「あ、もしかして、あの時の……!!」
「おかげさまで、まだここで暮らしていけております」
「そうか。それはよかった」
「それでは、またどこかで」
そういって執事さんは、すたすたと廊下を歩いて行った。
「失礼しまーす」
「む、その声は、リアトリスか? おお、入れ入れ」
言われるがまま、一応最低限の礼儀だけ守りながら、室内に入る。
「よくここが分かったな。ここは、私の書斎なんだよ」
「執事の方に案内していただきました」
「そうか。よく来たな。それに、ナイスタイミングだ」
「……? どういうことですか?」
「いや、リアトリス殿に少し用があってな。……実は、明後日、隣国の国王が来るのだ」
「へー、そうなんすね」
「それでなんだがな、リアトリス殿にもぜひ、会っていただきたいのだ」
…………?
「……は?」
「その国とは同盟国なのだが、慣習として、勇者を任命した時にお互いの国王に会わせる、というのがあるんだ。正式に任命はされてないとはいえ、直に任命することになるだろう。そうなれば、先にそういったことも終わらせておけば、後々楽になるのではないかと思ってな」
「は、はあ……」
「そういうわけで、会ってくれんか?」
「ま、まあ、いいですよ」
急な約束でびっくりだが、まあ、これはこれで今回の交渉に使えるな。
「ただ、会うにあたって、条件というわけじゃないですけど、少しやりたいことがありまして」
「ほう、なんだ?」
「昨日の襲撃犯にかけられた魔法を解きたいんです。そうすれば、取り調べもスムーズに住むんじゃないですか?」
「ああ、そのくらいならいくらでもいいぞ。後で使用人を使わすから、一緒に牢のほうに行くといい」
「ありがとうございます。それと、もう一つ」
「なんだ?」
「俺が魔法を解いた後、彼らの罪を不問にしてもらいたいんですよ」
「……それはなぜだ?」
「操られた人間が犯した罪ですから、そこをいちいち問い質すというのも、違う気がするんですよ」
「……ふむ、そうか。まあ、リアトリス殿がそれでいいんだったら、私もそうなるように計らおう」
「ありがとうございます。それでは、お願いしますね」
「ああ。リアトリス殿も、よろしくな」




