─第三百七十一話─ 明後日
…………。
ジャスミンがお茶を淹れてくれている間、俺はそわそわと部屋の中を見回していた。
……なんというか、落ち着かない。
普段こそ普通に接してはいるが、その、ああいうことがあった後だと……。
忘れろ、とは言われても、そうそう忘れられない。
……第一、この家に最後に来たのが、俺が出ていくことを告げるためだったからな。
そのことも、脳裏によぎってしまう。
「お待たせ、リア。はい、どうぞ」
「あ、ああ。ありがとう」
目の前に差し出されたカップを手に取り、一口だけ口に含む。
……うん、美味い。
「それ、新しく買った茶葉なの。どう?」
「うん、美味いよ」
「良かった」
……一応は、ジャスミンもお嬢様なんだよな。
紅茶を飲む姿を見て、そんな感想を抱いた。
「ねえ、リア」
「ん?」
「本当に、勇者になるの?」
「いや、まだそうは決まってないだろ」
「……なんていうか、さ。感慨深いなって」
「何がだ?」
「リアとパーティーを組んで、いろんなこと経験してきて、苦労も、楽しいこともして、そうして今、こんな役職に推薦されるくらいまでなって」
「……最初なんかは、特にジャスミンに迷惑かけっぱなしだったよな」
「それもこれも、リアの演技のせいだけどね」
「ごめんって」
「ふふっ。許す」
小さく微笑みながら、ジャスミンがこちらを見つめてくれる。
「…………」
「……なんだよ」
「凄いな、って思っただけ」
「何が?」
「さっき言ったことも含めて、全部が。……ここまでこれたのは、リアのおかげだから」
「ジャスミンたちあってこそ、だよ」
「そう言ってくれるのは嬉しいけどさ。……リアがいなかったら、たぶん私たちは何もできず、何も成せずに終わってたと思うの」
「そんなことないだろ。ツツジは……まあ、別方向で色々やってただろうし、ローズもちゃんと実力はあるわけだから、うちに入ってなくても何かしらの形で活躍してたと思う。ジャスミンだって、俺と会う前から最強だなんだと言われてたじゃねえか」
「……でもね、リアがいたから、私は、私たちは頑張ってこれたの。だから……ね」
ずいっと体をこちらに突き出し、ジャスミンは俺の顔を至近距離で見つめた。
「ありがと、リア」
「……おう」
……一瞬だけ、ドキッとしてしまった。
いやいやいや、俺は何を考えてるんだ!?
平常心、平常心、平常心……。
「私が言いたかったのは、これだけ。これからも、頼りにしてるからね?」
「ああ、任せろ。なんていうか……、これからもよろしくな」
「うん!!」
謎の緊張で乾いた喉を、三分の一程度残ったお茶で潤す。
「そ、それじゃあ、そろそろ帰るわ。あ、もしかして、まだなんかあったか?」
「ううん、大丈夫。ごめんね、引き留めちゃって」
「お、おう。それじゃあな」
「うん。じゃあ、またね」
そそくさと玄関へ向かい、ドアの外で一度大きく息をつき、そして、そのまま能力で家へと帰った。
「…………」
一人きりになった部屋を見回し、軽くため息を吐く。
…………。
「ああ、緊張した」
肩の力を抜き、だらーっと椅子の背もたれに体を預ける。
……少し、大胆すぎたかな?
でも、さっきのが私の本心。
「……明後日」
またリアに会えるのは、明後日だ。
……たった二日。
……でも。
待ち遠しいな。




