―幕間・三― 後始末
……はぁ。
「ねえ、ほんとに俺がやらなきゃいけないの?」
「当り前です。それに、息子さんのしたことの後始末ですよ?」
それを言われると、弱ってしまう。
「ってか、リリーがジャスミンちゃんに魔力渡さなきゃ、こんなことにならなかったんじゃないの?」
「そうですが、リアトリスさんは確実に死んでいましたよ」
「…………。……はぁ。分かったよ」
「最初から、文句を言わなきゃいいでしょうに……」
「男にはな、結果が分かっていようとも、戦わなきゃいけないときってのがあるんだよ」
「知りませんし、かっこよくないです」
「ねえ、僕への対応、酷すぎない?」
「そうですか? 甘すぎるくらいだと思うんですが」
「…………」
もう、何も言わないでおこう。
「とりあえず、いつも通りに、呪いを一か所に集めますね」
「はいよ」
リリーが万歳をするように小さな腕を伸ばすと、そこら中からポコポコと黒い物体が現れ始めた。
それらは、段々とリリーの腕周辺に集まり、巨大な球体に成っていった。
「……恐らく、これで全部です」
つぅっと一筋の汗が、リリーの額を流れていった。
「……正直に言え」
「全部にしては、少なすぎます。多分、誰かが呪いを持っていったのでしょう」
「危険性は?」
「……致死量の約三倍」
「場所は?」
「分かりません。リアトリスさんたちの魔力でごちゃごちゃになってて、何が何だか……」
「そうか。分かった。まあ、ベロニカやヘリオトロープもいるし、大丈夫だろ」
「……サルビア教のシスター、神父でしたっけ?」
「そ。二人とも、結構強い力もってるし、祓えるでしょ。……特に、ヘリオトロープはね」
「ああ、悪魔の……。まあ、それなら、大丈夫ですかね。それに、いざとなれば、ジャスミンさんやリアトリスさんが……」
「いや、あの二人はアテにならんだろ」
「あら、息子さんと将来の娘さんを信じられないんですか?」
「いや、まだリアトリスがジャスミンちゃんと結婚するだなんて、決まってないだろ!? その辺は、本人たちの自由だし……。って、そういう話じゃなくて!! ジャスミンちゃんは、あんまり神とかを信仰してないっぽいし、そもそも、そういうお化けみたいなのは無理だから」
「お化けじゃなくて、呪いです」
「人間からしたら、そんなに変わらないでしょ」
「明確に違いがありますよ。例えば……」
「わー! 俺はもう分かってるから、その先は言うな!!」
こいつのうんちくを聞いてたら、日が暮れるどころか、三日は軽く潰れてしまう。
「というか、リアトリスさんは、呪いとお化けくらい、判別がつくのではないですか? 幽霊屋敷に住んでるくらいですし」
「判別はつくだろうけど、祓い方が分かんないでしょ。……いや、アイツなら、能力でゴリ押しそうだな」
「それなら、三人は呪いに対処できる人物がいるじゃないですか」
「なら、安心……なのか?」
まあ、人が死ぬようなことにはならないだろうけど。
「というか、いい加減に呪いを消してください。そろそろ、肩が痛いんですよ」
「分かったよ。お前、そんな見た目だけど、結構ババ……」
……あ。
「ああ、えっと、その……。あの、これは、違くてだな……」
「何がですか? ほら、さっき言おうとしてたことの続き、言ってくださいよ。ほら、ほら」
「ち、ちなみに、言ったらどうなるの?」
「私の想像通りのことを言えば、この呪いの塊をあなたが飲み込むことになります」
「ひっ!!」
それ、マジで死ぬ奴だから!!
「嫌なら、さっさとこれを消してください」
「分かった、分かったから!!」
少し集中力がいるんだよな、これ。
…………よし。
「《打ち消せ》!!」
ぐっと体内の魔力を持っていかれるような感覚に襲われる。
……やっぱ、慣れねえな。
「……いつ見ても、気持ち悪いですね」
「えっ、俺が!?」
「はい。自分の魔力で呪いを打ち消せるだなんて……。どんな量の魔力を持ってたら、そんなことになるんですか?」
「フッ、これが、天才ってやつなのさ」
「……少しくらい呪っても、罰は当たらないですよね」
「や、やめろって!!」
眼が、眼がマジだから!!
「……まあ、天才、というのは否定しませんけど」
「おっ、なんだ? 急にデレてきやがって」
「呪います」
「冗談だって!!」
「今日は冗談が多すぎます。とりあえず、切った爪がすべて深爪になる呪いをかけておきます」
普通に嫌なんだが、それ。
「あっ、その呪いをかけられた状態でリリーの詰めを斬れば、お前も深爪になるじゃん!」
「私は女神なので、そもそも爪を切る必要がありませんし、私の手に触れることは絶対に許しません」
「えぇー、いいじゃん、ちょっとくらいさ」
「セクハラ親父」
「なっ……! 俺には、ロリ趣味もババア趣味もロリババア趣味もねえよ!!」
「ロリじゃないですし、ババアじゃないですし、ロリババアじゃないです」
「いや、どれかではあるだろ」
「違います。私は、女神です」
「女神って、そんなオールマイティな言葉じゃないからな?」
「……はぁ。とりあえず、帰りましょうよ。これ以外にも、まだ仕事は残ってるんですから」
「えー、働きたくないんだけど!!」
「あら、そんなことを言っていいんですか?」
「あ?」
「だって、あなたは――」
「《喋るな》」
「…………」
「お願いだから、その名で呼んでくれるな。俺はもう、嫌なんだ」
「……そんなに、フルネームで呼ばれるのが嫌なんですか?」
「ああ。死ぬほど嫌だ」
「分かりました。これからは、私がムッとしたとき以外は呼びません」
「いや、話聞いてたか?」
……はぁ。
「ほら、帰るんだろ? 今、扉出すから」
少し大きめに指を鳴らすと、先程まで何もなかった空間に、いつの間にか扉が立っていた。
ここをくぐれば、また元の場所だ。
本当は、もうちょっと冒険とかしたいんだけどな。
……いや、そういうのは、生きている者の特権だ。
俺には、関係ないんだ。
「そろそろ来ないと、置いていきますよ?」
「あっ、おい!! 勝手に扉を閉めようとすんな!!」
無駄な思考を一切捨て、俺は滑り込むように扉を通った。




