―第二百七十二話― 寝不足
――ジャラジャラ。
…………。
――ジャラジャラ。
……ああ、もう、うるせえ!!
昨日貰ったアミュレットの鎖が動く度に音を立てるせいで、ろくに考え事もできねえ!
くそっ、やっぱり、ヘリオトロープに突き返すべきだったか……?
――ジャラジャラ。
「うるせえ!!」
そう叫んだ俺は、アミュレットを外し、さっとポケットに突っ込んだ。
よし、これでもう音はならないはず。
これでようやく、集中して……。
――リンリーン!!
「ああああああああああああ!!」
どうして、こうも邪魔が入るんだ!!
こちとら、切羽詰まって昨日もろくに眠れなかったんだぞ!!
「くそっ、どこのくそ野郎が……、って、ジャスミン!?」
「誰がくそ野郎だってぇ? ん?」
やばい。
ぶち切れ寸前の顔してる。
いや、当然と言えば当然だし、完全に俺が悪いんだが……。
「まあ、別にいいわ。そんなくだらない事を話しに来たわけじゃないし。って、あからさまにガッツポーズしないの! ……はぁ。やっぱり、一発くらい殴っとこうかしら……」
おっと、話が物騒な方向に向きだしたぞ?
「そ、それで、何の話をしに来たんだ?」
「あ、そうだった。えっとね、さっき、居酒屋の前で喧嘩しかけてたサントリナさんがいたんだけど」
あいつは一体、何をやってるんだ。
「それで、喧嘩を止めた後で言われたんだけど、リアになんか話があるって」
「俺に話?」
「うん。とりあえず、サントリナさんの家に行ったらいいんじゃない?」
つい最近行ったばかりなのだが。
「まあ、そんなわけだから。なるべく早く行きなさい」
「はいよ。……というか、ジャスミン、なんか疲れてないか?」
「そう? ちょっと、寝不足が続いてるからかも」
「大丈夫か? いざとなったら、能力で眠らせてやれるから、いつでも言えよ?」
「うん、ありがと。でも、大丈夫。原因は分かってるから」
「原因?」
「なんか、ここ最近ずっと、気分が変な感じなのよ。なんというか、悪い気が漂ってる? みたいな」
「もしかしてだけど、セルバンテスの件が関係してるのか?」
「分かんないけど、多分そう。ずーっと嫌な気分で、いい加減にしてほしいんだけどね」
表情を見てるだけでも、相当イライラいしているのが分かるな。
まあ、仮にも聖職者をしているわけだから、悪いものに対して、多少敏感なのかもな。
……だが、ジャスミンがそう感じるレベルってことは……。
……いや、変な想像はよそう。
気が滅入ってしまう。
「そんなわけだから、全力であいつらをぶっ潰しましょう。憂さ晴らししないと、気が済まないわ!!」
「そうだな。俺も、全力でやることにするよ」
「ありがと。じゃ、私はもう帰るわ。眠くて、眠くて……。ふぁ、あ……」
本当に眠そうだな。
大丈夫だろう、か……!?
「おい、ジャスミン!?」
「あ、ありがと……」
倒れそうになったところを、ギリギリで掴まえられた。
……はぁ。
「ベッドなら、俺の家にたくさんあるから、そこで寝てろ。良いな?」
「いや、でも……」
「いいから。それとも、俺がお姫様抱っこで運んでやろうか?」
「はあ!? 何言ってんの!?」
「冗談だよ、冗談。ほら、どこの部屋でもいいから、また倒れる前に部屋に行け」
「…………。……運んで」
「……は?」
「運んでって言ってるの!! ほら、男が一度口に出したんだから!! 早く!!」
「はあ!? ちょっ、ま、マジで言ってんの!?」
「いいから! ほら!!」
……えー……。
……はぁ。
「……これでいいか?」
「……うん」
と、そこまで答えて、ジャスミンは小さな寝息を立て始めた。
……どんだけ疲れてたんだよ、こいつ。
まあ、今日は鎧を着ていない分、軽いからな!!
うん、前よりは楽だ!!
とりあえず、部屋に運んで、と。
そっとベッドにジャスミンを下ろし、俺はそのまま部屋を……。
「……ん?」
ふと、ジャスミンの手のひらが目に入った。
……まめがたくさんできている。
どうせ、無茶な量の素振りかなんかをしてたんだろうな。
目を離すと、しょっちゅう無茶しやがるな、ジャスミンは。
前も、勝手に幾つもオリジナル魔法を作ってたし……。
ったくよお……。
「『回復』」
ジャスミンの額に触れ、俺はそう小さく呟いた。




