―第百八十話― 無駄な説教
「……おっ、本当に来た」
「来ちゃ悪いですか?」
温泉から上がった後、俺は爆睡していたはずなのだが、気付けばいつもの白い部屋にいた。
「いやなに、僕の思ったとおりに事が進んだような気がして、少し嬉しかったんだよ」
「……そっすか」
「それで、旅行はどうだい? 十分に楽しめているか?」
「ええ、まあ」
それを聞いたルビーは、それは良かったと二、三度首をうんうんと頷かせた。
「……さて、そんな楽しい気分のところ悪いんだが、君に少しだけ残念なお知らせがあるんだ」
「……もしかして……」
「うん、君の思ってる通り。アルネブとやらに関することだ」
……はぁ。
ルビーがこういうということは、何か面倒な事が起こるんだろうなあ……。
「まあ、細かく何が起こる、とまでは言わないが、これまた君の想像通り、少々面倒な事に巻き込まれるだろう」
「まじすか」
「ああ。ま、運が悪かったら死ぬ程度のレベルだから、安心して」
いや、どこに安心できる要素があるんだよ!
……というか、は?
「えっ、そんなヤバいことが起こるんですか!?」
「うん」
「…………」
なんでこいつは、こんなにも軽く話しているのだろうか。
……いや、いつも通りか。
「ま、そんなわけで、少しだけアドバイスをしようと思ってね」
そう言ってルビーは、こちらに向かってゆっくりと歩いてきた。
「……ちょっと、覗かせてもらうよ? 《鑑定》」
サングラス越しでもわかるほどに鋭くさせた目で、ルビーは俺の目を覗き込んだ。
それから二秒ほど経った時、ルビーは小さくため息をつき、面倒くさそうな表情で天井を見つめた。
「それで、何を見てたんですか?」
「ステータスと、その他諸々。僕の思ったとおり、異常だらけだったよ」
「は?」
「まあ、これは近いうちに自分でも気づけるだろうから、心配はない。問題は……」
そう言いながらルビーは、俺の両頬を片手で掴んできた。
「リアトリス。君はどうして、こうも無茶苦茶をするのが好きなんだ? え?」
「……何のことですか?」
「……眼、泳いでるぞ」
「…………」
「はぁ。この間も言ったけど、もうちょっと体を休ませなさい。……俺の言ってることの意味も、もう既に気付いてるんだろ?」
「……さあ、どうですかね」
俺の返答を聞いたルビーは、大きな溜め息を吐き、俺の顔から手を離した。
「もう、いいや。今度一遍に方をつけてやる。くれぐれも、安静にしておけよ。……言っても無駄だろうけど」
ぱちん、とルビーが指を鳴らした音が部屋に響く。
そうして俺の意識は、現実の方へと引き戻されていった。
「……はぁ」
リアトリスのいなくなった部屋の中で、再び溜め息を吐く。
……まったく、どうしてあいつはこうも面倒な事を起こすのだろうか……。
「あんたも似たようなもんだから、文句言えないでしょ」
「あれ、いたの?」
背後から突然、リリーに声を掛けられる。
「それで、ちゃんと考えはあるんでしょうね?」
「ああ、もちろん。全部一気に終わらせてやるよ。リアトリスの事も、ジャスミンの事も、ツツジの事も、ローズの事も。全部だ」
「聞いてるだけだと、とんでもなく計画性のない人間みたいね」
「まあ、それも間違いじゃねえしな」
「少しは直す努力をしなさいよ」
「やだね。面倒くさい」
「まったく、そんなことでリアトリスさんたちに助言できるんですか!? ……あ、こら! 待ちなさい!!」
説教の雰囲気を感じ取った俺は、即座に耳を塞ぎ、部屋の出口の方へ向かった。




