―第百七十三話― 予定
…………。
「な、なあ、ジャスミン……。あの、その……、一旦、ここから離れないか?」
「えっ? どうして?」
店頭に飾ってあるアクセサリーを見つめていたジャスミンに、なるべく小声で声をかける。
「お、お願いだからさ……。な? いいだろ?」
「んー、ま、いいわよ。その前に、これだけ買わせてちょうだい! 気に行っちゃったの!」
「ああ、分かった」
何やらうきうきした様子で、ジャスミンは店員に声を掛けに行った。
……はぁ。
なんか、さっきからじろじろと見られてる。
道行く人がこちらを見ては、少し離れたところでぼそぼそと会話を……。
恐らく、さっきのスリの話が広まったのだろう。
……物凄く居づらい。
「お待たせー! どう、これ?」
ふと顔を上げ、一瞬だけ目を見開いてしまう。
頭に美しい紺色のリボンをのせており、普段のジャスミンとは、また別の雰囲気を漂わせていた。
「……似合ってるんじゃないか……?」
「なんで疑問形なのよ!!」
「……いや、マジで似合ってると思う」
「……えっ? そ、そうかなあ?」
ジャスミンだっていう先入観なしだったら、どこかの店の看板娘だと言われても、全く違和感ないと思う。
……うん。
「ほ、ほら、リアの行きたい場所に行きましょう!!」
「そ、そうだな!!」
……ようやく繁華街から抜けられた。
ずーっと、視線が刺さって痛かった。
「まあ、この辺なら落ち着けるだろ……」
「あれ、お酒買いに行くとかじゃなかったの?」
「……人から注目されるってのも、あんまり好きじゃないんだよ」
「えっ、どういうこと?」
……こいつ、気付いてなかったのか?
……まじかよ……。
「いや、その、なんだ。多分、さっきのスリの関連だろうけど、じろじろと見られてたから……」
「へー、そうだったの? 私に言えばよかったじゃない」
「は?」
「私が一喝して、すぐにでもやめさせたわよ」
どっちにしたって、面倒な事になるじゃねえか。
「まあ、冗談はさておき。どうする? 今からあっちに戻るのも……」
「うーん、俺は一人で適当にぶらついてるから、ジャスミンも好きなように回ってきたら?」
「そしたら、リアは金どうすんのよ?」
「いや、俺は別に何もしなくたって……」
「……あー、もう! ほら、一緒に行くわよ!!」
「は!? どこに!?」
首根っこを掴まれ、無理やりどこかへ連れていかれる。
「おじさん!! ここで一番高い酒をちょうだい!!」
「はいよ」
「はあ!?」
驚く俺をよそに、ジャスミンは注文した酒をこちらへ押し付けるように渡してきた。
「なにも予定を決めてないんだったら、今日のリアの予定はこれでおしまいでいいわよね?」
「あ、はい……」
ジャスミンの勢いに押され、首を大きく縦に振る。
「だったら、あとは私と一緒に観光よ! 今朝約束してくれたんだから、良いでしょう?」
「…………」
「いいでしょう!?」
「……はい」
「……ならいいわ。ほら、行きましょう!!」
すたすたと歩くジャスミンの後ろをついていく。
……これも、ジャスミンなりの優しさ……? なのだろうか……。
俺の勘違いだとか、そんなのではなく……。
そうだったら、ほんの少し嬉しいな。




