―第百七十二話― 二人きり
「……ねえ、リア。ちょっといい?」
「ん?」
朝食の途中、俺が飯に頬を膨らましていると、ジャスミンに声を掛けられた。
「あのー、リアってさ。もう観光のお金ないじゃん?」
「なんだ、茶化しに来たのか? それなら、あとにしてくれ」
昨晩のルビーの事もあるからな。
これ以上からかわれたくはない。
「いや、そうじゃなくて……! …………良かったら、なんだけどさ。一緒に観光とか……いい、かな?」
なぜか顔を俯かせたジャスミンが、そんなことを聞いてきた。
「あの、もちろんお金は私が代わりに払うからさ! ほら、お酒も少しなら……」
「マジ!? それなら行くわ」
「……! ……ありがと!」
自分でも若干引くレベルで現金だな、とは思ったが、奢ってくれるというのなら、乗っからないわけにはいかないだろう。
……それに、サンビルに帰ってから、少し上乗せして返せばいいしな。
断じて、ジャスミンに不覚にも……、その……。
……いや、やはり何でもない……。
「すまん、待たせたか?」
「ううん、大丈夫」
宿屋の前で、昨日のように集まる。
「それじゃ、今日も各自テキトーに観光を楽しもうぜ。集合は、同じく夕方にな」
「ああ、分かった」
「ねえ、お兄ちゃんはどうするの?」
「ん?」
「だって、その……」
「ああ、そのことか。大丈夫、心配無用だ。ジャスミンが一緒に回ってくれるらしいからな」
「……へえ。そうなんだ。それじゃあ、それじゃあさ! 明日は私と一緒に回りましょうよ!!」
「あー、でも……」
「約束してちょうだい!」
「……分かった」
ナイフを抜かんばかりの気迫で迫られ、承諾してしまう。
……なんか、俺が金たかってるような気分になって、少しだけ罪悪感が……。
「……ほら、そろそろ解散にしようぜ。僕も回りたい場所が色々あるんだ」
「それもそうだな。それじゃ、また夕方に」
俺の言葉で、二人はそれぞれ別の方へ歩いていった。
「……私たちも行きましょう」
「そうだな」
なんとなく距離を開けつつ、繁華街を歩く。
……何回見ても、凄いな。
どこもかしこも人であふれかえっている。
サンビルなんかとは、比べ物にならない程だ。
それに、品物もすごい。
サンビルの市場に月に一度入ってくるかどうかくらいの名酒が、そこら中にごろごろ転がっている。
…………。
「あ、これが欲しいの?」
何気なく見ていた酒をジャスミンが指さす。
「あー、いや、そういうわけじゃねえよ。単純に、珍しいものが多いな、と思っただけだ」
「そう。欲しいものがあったら、何でも言いなさい! 今日のジャスミンちゃんの財布は、ほんの少しひもが緩まってるから!」
なんか、すっげえハイテンションだな。
まあでも、厚意に甘えるのも礼儀であろう。
……一本だけでも、あとで買ってもらうか。
「てか、こうして二人で歩くのも、珍しかったりするんじゃない?」
「そうか? この間、家を探したときなんかも、一緒だったじゃねえか」
「……。……それもそうね」
なんだかつまらなそうな顔を浮かべるジャスミン。
…………。
「まあでも、お前といると気が楽だし、楽しいからな」
「……そう。それは良かったわ」
…………。
……今思ったんだが。
なんか、この構図だとカップルっぽく見えちゃわない!?
えっ、俺の気にしすぎだったりする!?
それでも、なんとなく気になってしまう。
……などと、くだらないことこの上ないような事を考えながら歩き進め……!!
――ダンッ!!
パッと腕を伸ばし、ジャスミンの横を通り過ぎようとした男を地面に投げ飛ばす。
「……えっ? なにしてんの、リア!?」
驚きの声をあげるジャスミンと、ざわつく観光客たちを無視し、その男に関節技を決めつつ、地面に押し倒し直す。
「誰か、警察を呼べ!! スリの現行犯だ!!」
「くそ……ッ!!」
周囲が、先程までとはまた別のざわつきを帯び始める。
「俺を敵に回すなんて、運が悪かったなあ!!」
それからしばらくして、駆けつけた警察によってスリの犯人は捕まった。
どうやら、スリの常習犯だったらしい。
なんでも、昨日盗れたカモの連れだから、簡単にやれるだろう、と考えたらしい。
……要するに。
あいつ、俺の財布を取った張本人じゃねえか!!
つまり、図らずも俺は復讐を遂行できたわけだ!
「ありがとうね、リア! あのまんまだったら……」
「パーティーメンバーの半分が文無しとかいう、笑えない状況になってたな」
にしても、俺が盗まれた翌日に、ジャスミンも不用心すぎるな。
こいつも、人のことを言えないな。
「まあ、何はともあれ、観光の続きでもしようぜ。運が良ければ、俺の財布も見つかるだろうし」
警察が探してはくれているのだが、まあ無理だろうな。
万が一見つかったら、宿屋に届けてくれるらしいが……。
「うん!! 行こう、リア!!」
ジャスミンの屈託のない笑顔を見ると、そんなこともどうでもよく感じる。
……なんか、調子狂うなあ。




