ー第九話ー 修行(前編)
……全身に鳥肌が立つ。
……なんとか避けることができた。
頬を滴る血を拭い、改めて戦慄する。
決して、油断していたわけでもない。
にもかかわらず、俺に傷をつけた。
攻撃が撃ち出されたほうへと向き直る。
そこには、力を出し切って眠っているジャスミンがいた。
「今から俺と、軽い手合わせをしよう」
「手合わせ?」
突然の提案に首をかしげる。
「そうだ。本気でかかってこい。じゃないと、修行にならないからな」
ごくり、と生唾を飲み込む。
「大丈夫、多少の手加減はするさ。ということで……」
リアの口が少し動いたのが見えた瞬間、リアの姿が消えた。
背後からの殺気に、体が反応した。
とっさに引き抜いた剣で、リアの拳を受け止める。
「うん、いい反応だ。その調子で、頑張って反撃してみな!」
右からも左からも拳が飛んでくる。
それらすべてをギリギリでいなす。
その作業が二十秒程度続いた。
しかし。
「……準備運動はこれくらいかな」
鳩尾のすぐそばで拳が寸止めされる。
本来ならば気絶させられていただろう。
「さて、次からは本気でやるからな。絶対に気を抜くなよ」
さっき以上の速度で拳が飛んでくる。
いなすことなんて、できなかった。
受け止めた剣から強い衝撃が伝わる。
「くっ……!」
腕がしびれて動かせない。
「ほらほら、“サンビル最強”はこんなものか?」
再び飛んできた拳を寸前で避ける。
頬に感じる風圧から、どれだけ速度が出ているのかがわかる。
だが、ゆっくりと考える時間はない。
一瞬の間もなく、拳が撃ち出される。
む、無理だ……。
これはさすがに避けられ……。
「『起きろ』」
「うーん……。あ、リア……」
「よかった、これは効くようだな」
「あ! 手合わせは!?」
「お前が気絶したからやめたよ。傷は大丈夫か?」
「フフッ、私を誰だと思ってるの? 『ヒール』」
ジャスミンの体が、淡い光に包まれる。
そういえば、一応聖職者だったな。
「よし、もう一度やりましょう!」
「正気か、お前?」
「当り前じゃない。何言ってんの?」
うん、正気じゃねえや。
「もっと強くなれるまで、私はやめないわよ」
「ハァ。ま、乗りかかった船だ。気が済むまで付き合うよ」
「ありがと、リア」
「なあ、そろそろやめないか? もうすぐ日が暮れるぞ」
「そ、そうね。今日はもう帰りましょうか」
あれからも幾度となく挑んで来たジャスミンだが、少しづつ回避がうまくなってきていた。
そのたびに速度を上げてきていたのだが、それに順応するまでの時間も短くなっていた。
あれ、ちょっと待てよ?
「お前、今日は、って言ったか?」
「あら、言ってなかったかしら。明日も、明後日も、私が納得するまで付き合ってもらうわよ」
ま、マジか。
「ほら、早く帰りましょう。今日は、私が奢ってあげるわよ」
「『移動』。ほら、ここからなら五分で居酒屋だぜ」
「……あ、あんたねえ……」
しまった、奢りに反応してしまった!




