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勇者と夢魔族の少女

作者: 鷹村紅士

 大陸西方を支配する魔王の居城。

 質実剛健を是とする魔王国の象徴たるその城は、まさに要塞であった。


「……勇者一人に、我が配下である四天王が惨敗、か」


 魔王は玉座にて独り言ちる。

 その言葉は、ただ単に事実を再確認するために放ったものではあるが、玉座の前で魔王に対し跪いている当の四天王たちは叱責されたと思い身をこわばらせる。


 鍛え上げられた肉体を武骨な鎧で包んだ、魔王。

 その戦闘能力は魔王国でまさに最強であり、全国民からの支持を一身に集めるカリスマ性をもつ。

 そんな魔王の前に跪いて脂汗を垂らしているのは、魔王に次ぐ実力者であり、魔王軍の最高幹部たる四天王たち。

 彼ら彼女らも、戦闘能力は言わずもがな、指揮官として高い能力を持っている。

 その四天王が、勇者に惨敗した。

 その報せは魔王軍を激震させた。


「も、申し開きも……」

「いや、そなたらを責めている訳ではない」


 四天王の一人が魔王に対して詫びをいれようとするが、魔王は特に気にした様子もなく言葉を返す。


「長い歴史の中で、勇者と呼ばれる戦士は幾度となく現れた。時に竜を、時に巨人を、時には同じ人族を……そして我らが祖先たる魔族、魔王たちを。この世を乱す者たちを滅ぼすべく世界が生んだ、脅威に対する脅威」


 勇者。

 それは世界が生み出した化け物。

 世界を乱す存在を消滅させるために凄まじい力を持ち、例えどんな存在であろうとも敵わない存在。


「世界は、我を敵と定め、我を倒すべく勇者を生み出した。今代の勇者は人族の若者」

「ハ。調査した結果、ただの農村の若者であると」


 勇者はその時々で種族が違う。

 魔族の中から選ばれる時もあれば、竜族からも、巨人族からも、獣の中からも選ばれる場合もある。

 今回、世界は魔王を敵として定め、人族から勇者を生み出した。

 勇者は元はただの平凡な農村生まれの若者だ。

 彼は凄まじい成長を見せ、短時間のうちに一流以上の戦士へと変貌し、ついには四天王を圧倒するにまで至った。


「……しかし、だからとて、歩みを止める訳にはいかぬ。我が覇道に、停滞はない」


 魔王には叶えるべき望みがある。

 それは野望と言われるものでもある。


「勇者を、止める手立てが必要か」

「……はい」


 四天王を含め、部下たち全員が悔しさに歯を食いしばり、拳を強く握りしめている。

 自分たちで勇者を倒そうと意気込んでいながら、敗北してしまったからだ。


「……誰ぞ、シアン・ファイエルを呼べ」

「シアン、ですと?」

「誰だ?」

「ファイエル?」

「……まさか、あの役立たずを?」


 魔王の言葉に、周囲がざわつく。


「勇者を無力化するために、ファイエルに働いてもらう。異論は認めん。すぐに呼べ」


 覇気を漲らせた魔王の言葉に、配下は一斉に動き出した。


 *****


 大陸東方において一大勢力を誇る人族の中でも最大の国家であるサティスファクション王国の王宮、その敷地内にある離宮。

 人払いされたその離宮の最奥に、一人の若者の姿があった。

 茶色の短髪に、少し垂れがちな目、鍛えられた肉体は良く日に焼けている。

 どこか人のよさそうな彼は、ベッドへ勢いよく倒れこむと、盛大に息を吐き出した。


「はぁぁぁぁぁぁあぁぁ……また化け物みたいに見られたぁぁぁぁぁあぁ」


 彼はルーガ。

 勇者として選ばれ、厳しい訓練を経て魔王軍との激戦を繰り広げ、ついに四天王をも撃破するまでに至った人類最高戦力だ。


 ……まぁ、ベッドの上で膝を抱え、半泣きの状態でゴロゴロ転がっている姿からは想像もつかないが。


「……村のみんなぁ……リーナぁ……騎士団までぇ……それにぃ……精鋭部隊ぃ……みんなぁ……なんでそんな目でみるんだよぉ……」


 彼はただの農民だった。

 いつもの通り朝から農作業に勤しみ、許嫁のリーナと清く正しい交流をして、日が暮れるまでまた農作業を続け、暗くなる前に作業を切り上げて家に戻ろうとしたところで全身が光り輝いた。

 皆が驚き、ルーガ自身も驚き、何かの病気かと慌てて薬師の所へ行き、話を聞いた薬師から村長へ話が行き、そこでルーガの身に起こった異変が勇者への変貌だと判明した。

 夜になれば皆が寝付く村もその時だけは緊急招集がかけられ、村人全員にその事が告げられた。

 いまいち事態が飲み込めないルーガも含めた村人たち。

 一旦解散となってその日は眠りについたが、次の日には村長が一帯を治める領主に使いを出し、あれよあれよと言う間に王都まで連行され、勇者であることを確認するとの名目で訓練が始まった。

 そこから、彼の快進撃が始まった。

 今まで触れた事がない武器を、どんなものでも少しの訓練だけで熟練者のように扱えるようになった。

 今まで扱ったこともない魔力をすぐさま扱えるようになり、上級魔法ですら身に着けることができた。

 模擬戦では熟練の戦士や騎士たちと戦い、全戦全勝。

 すぐに実戦投入が決定された。

 まずはすぐ近くにある魔王軍に占領された土地へ少数の騎士たちとともに派遣され、涙と鼻水に塗れながらも魔王軍を撃退した。

 どんなに武器の扱いが上手かろうが、どんなに魔法を扱えようが、ルーガは元はただの農民だ。

 模擬戦くらいならばまだ良かったが、実際に命のやり取りをする覚悟も気概もなく、また覚悟するまでの時間も与えられなかった。

 いくら勇者だとはいえ、権力者に対して反抗したらまずいと骨の髄までしみ込んだ農民である彼には拒否できず、言われるがまま、我慢して戦うしかなかった。

 それでも根底には村の仲間、そして愛する許嫁のために、彼は戦った。


 戦って、戦って、戦って……。


「……俺の今までを、お前は否定したんだ」


「すぐに覚えるんだから、勝手にやってろよ……」


「あんたをみてると、イラつくのよっ!」


「余計な事は考えるな。お前は一振りの剣としてあればいい」


「……なぁ、もう、話しかけないでくれ。分かるだろ?」


「ひっ……! こないで! 化け物!」


 多くの人間から、恨まれ、妬まれ、そして恐怖された。


 共に戦う戦士たち。

 教師役の騎士たち。

 魔法を教えてくれた魔法使いたち。

 上司となる騎士団長。

 守るべき村の仲間たち。

 そして許嫁のリーナ。


 長年の研鑽の果てに強者となった者に対し、ルーガはほんの少しの訓練で並び立つほどの成長率を誇り、なおかつ、圧倒した。

 そんな存在に、常人は心をかき乱される。

 最初は良かったが、慣れてくると負の感情以外を持てなくなった。


 この世界の生きとし生ける者には存在格(レベル)というものがある。

 文字通り、その存在の格だ。

 様々な経験を得ることで生物は成長し、格を上げることができる。

 平均的な農民で存在格(レベル)は、数値にすれば三。熟練の騎士で十、騎士団長級で十八となる。

 ちなみにだが、魔王軍四天王で二十二。今代の魔王は四十五となっている。

 それに対し、ルーガは九十九。

 もはや魔王すら圧倒していた。

 圧倒的格上の身に纏う雰囲気にただの村娘が耐えられるはずもなく、愛を誓いあっていたリーナから恐怖され、許嫁という関係は泣きながらの土下座によって解消された。


「ううぅ……俺が何したっていうんだよぉ……」


 格が上がりすぎて世話役たちにすら恐怖され、誰も近寄らなくなった離宮に、人族の希望と言われた勇者の泣き言がむなしく響き渡った。


 ──コンコン。


「ぶひぃっ!?」


 誰もが近づかなくなった離宮。

 自分しかいないと思っていたルーガは突然のノックに豚のような悲鳴を上げた。

 最近は離宮の外から出撃用の鐘を鳴らされることが常で、炊事洗濯は自らの手で行っていたので、誰かに部屋をノックされるという可能性は頭からすっぽ抜けていた。


「……誰?」

「あの……新しい、世話係です」


 慌てて立ち上がったルーガが誰何すれば、か細いが綺麗な声が返ってきた。

 訝しみつつもドアを開ければ、そこには城勤めの侍女が着るお仕着せに身を包んだ、銀髪紅瞳の美少女が恥ずかしそうにモジモジしながら立っていた。


「……きみ、は」

「は、はじめまして。私、シアン・ファイエルっていいます。あの……勇者様の、お世話をいたします」


 *****


「勇者様、おはようございます」

「勇者様、朝食はいかがですか?」

「勇者様、襟を整えますのでお待ちください」

「勇者様、ご武運を」

「勇者様、お帰りなさいませ」

「勇者様、お、お背中、流します」

「勇者様、お休みなさいませ」


 シアンが来てから、勇者と住居として使っている離宮は雰囲気が一変した。

 本来なら離宮を維持運営するには何十人と人員が必要なのだが、彼女は必要な部分に絞って掃除し、汚れ放題だった離宮内を整えた。

 さらにはルーガの身の回りの世話として炊事洗濯を完璧にこなしたおかげで彼の服は常に清潔でパリッとし、食事も手の込んだ、栄養を考えられた献立を用意してくれて、ルーガの肌艶は格段に良くなった。

 また、ルーガの精神状態が復活した。

 存在格(レベル)が圧倒的すぎて誰からも恐れられるルーガ。

 彼は人との交流に飢えていた。

 戦友たちからも、村人たちからも、恋人からも拒絶された彼は孤独だった。

 そこにやってきたシアンという少女。

 ルーガの事を恐れず、ひたすら献身的に支えてくれた彼女に、彼は癒され、そして、依存した。


 朝は優しく起こし、暖かな食事を提供してくれて、戦場に向かう彼を激励し、帰還した彼に微笑み、声をかけ、共にいてくれた。


「シアン、ずっと、俺といてくれ……お願いだ」

「……はい」


 縋りつくルーガに、シアンは恥ずかしそうにしながらも応え、そして二人は結ばれた。


 *****


 二人が結ばれ、初めての朝。

 ルーガは全身が重く感じた。

 情事の後は気怠いものと話には聞いたことがあったが、これがそうか、などと最初は思っていた。

 しかし動作一つ一つにやけに力を入れなければならず、昨日までならば目覚めてすぐにでも全力戦闘が可能なほど力が漲っていたのに、これはおかしいと気付く。


「……ん、あ、おはようございます……ゆうしゃさま」


 うめき声を上げつつ、なんとか上半身を起こしたルーガが起こしてしまったのだろう。

 昨夜、激しく愛し合ったシアンが目を覚ました。

 突然の不調にいまだ混乱しつつも、ルーガはシアンを不安にさせてはならないと彼女へ微笑み、挨拶を返そうとして……動きを止めた。


「……? ゆうしゃさま?」


 シアンは腰まである銀糸のように綺麗でサラサラの髪に、ルビーのような温もりのある紅い瞳の少女だった。

 昨夜までは。

 今の彼女は艶やかな薄紫の髪色に、

 血のように濃い紅の瞳をしていた。

 ルーガの全身から嫌な汗が噴き出す。

 シアンの今の姿は、彼が戦ってきた魔族の一種族にしか見られない特徴だからだ。


 夢魔族。


 肉体的には人族と大差なく、純粋な戦闘能力という面では脅威にはならない。

 しかし夢という、無防備な意識のみの空間において、夢魔族は無類の強さを誇る。

 どんなに体を鍛えていても、人族の精神は脆弱だ。そこをピンポイントで狙われればどんな強者もひとたまりもない。

 ルーガも野営中に何度か夢魔族に襲われた経験があるが、勇者としての特性か、夢の中でも戦えたので撃退したが、野営していた騎士団や戦士たちに多数の被害がでた。


「……シアン、君は……っ!?」

「ほぇ……っ!?」


 ルーガの驚愕した表情に最初は呆けていたシアンも、ようやく自分の身になにがあったのか悟ったのだろう。慌ててシーツを羽織って頭を隠した。


「……」

「……」


 しばしの静寂。

 ルーガは混乱していた。

 シアンは己の未熟さを後悔していた。


「!」

「!」


 シアンはシーツを被ったままベッドから──ルーガから逃げようとし、ルーガは慌ててシアンを抱きしめる。

 シアンは拘束から逃れようともがく。

 ルーガは気怠さが残り、思うように動かない体でありながらシアンを逃がさないように全力で抱きしめる。

 やがて、二人はベッドへと同時に倒れた。


「……シアン」


 大人しくなったシアンに呼びかければ、ビクリとシーツが震える。


「……ごめんなさい」

「シアン?」

「……ごめんなさい、勇者様。私、あなたを騙してしまいました」


 嗚咽交じりの謝罪に、ルーガは苦笑して、ゆっくりとシーツを捲った。

 出てきたのは、涙をこぼす少女の泣き顔。


「シアン、何か、事情があったんだろう?」


 存在格(レベル)が上昇しすぎて同族からは畏怖されるようになった彼に、好き好んで共にいようとする者はいない。

 野心や欲を持った人間でさえ、最初はいいが時間が経つにつれ耐え切れずに離れて行ってしまう。

 そんな彼に、シアンは恐れもなく、普通に接してくれた。

 それが異常だと、ルーガも分かっていた。

 彼だって馬鹿ではない。

 シアンという少女には人族ではありえない何かがある。というのには気付いていた。

 気付いていたが、人の温もりに飢えていた彼はそれをあえて無視した。

 けれど、こうなってしまってはもう無視はできない。


「話してくれ。俺は、どんなことでも受け入れるし、それで君を嫌ったりしない。約束する」


 ルーガは真摯に語り掛ける。

 シアンは俯きがちにしばらくモジモジして、鼻を啜り、涙を拭うと視線をゆっくりと合わせる。


「ぐずっ……勇者様。見ての通り、私は夢魔族──つまり、あなたと敵対している魔族の女です」


 シアンは語り始める。

 自分が何故ここに来たのかを。


「私は、魔王様の命令で、あなたを無力化しに来ました」

「無力化……?」

「そうです。今、勇者様は体が重く感じませんか?」

「……確かに、重い。昨日と比べれば段違いに。……これは、君が?」


 シアンは弱弱しく頷く。


「私は、夢魔族としては落ちこぼれです。無能で、役立たずです」


 シアンは語る。

 夢魔族は元々出生率が低く、個体数はそれほど多くはいない。そんな中で生まれたシアンは大切に育てられた。

 しかし、成長するにつれ発現する夢魔族の特性である『夢入』の能力が彼女にはいつまで経っても発現しなかった。

 夢魔族は『夢入』の能力によって他者の夢に侵入し、その存在にとって都合のいい夢を見せながらその精気を吸い取る。食事で栄養を摂取することもできるが、直接精気を吸い取る特性を持つ種族のために効率は断然落ちる。

 だから、幼い頃からシアンは常に腹ペコ。

 夢魔族はどうしてこうなったのかと悩み、どうにかできないかとあの手この手を試してみたが、どうにもこうにもならなかった。

 何故なら夢魔族史上、こんな事例は存在しなかったからだ。

 それでも一族はシアンを受け入れ、大切な仲間として育てた。

 彼女は夢魔族としての能力がないことに負い目があって、それでも受け入れてくれた一族に少しでも恩返ししようと様々な技術を身に着けた。


「……そのおかげで、こうして侍女ができましたが」


 シアンは恥ずかしそうにはにかむ。

 その健気さにルーガはより一層、けれど苦しくない様に抱きしめる腕に力を籠める。


 努力し、夢魔族としては活動できないがその補助として貢献してくれるシアンに一族は常に優しかった。

 けれど、その他の者たちからしてみれば違う。

 そもそも魔族にとって一族伝来の能力を使えるのは息をするくらい自然で当たり前のことだ。それが出来ない存在など、忌避されて当然であった。

 夢魔族は当然シアンのことは秘匿していたが、どこからか情報が洩れて他の種族から突き上げをくらうことになった。

 能力が使えない存在というのが珍しいので研究材料に、それが駄目なら処分しろ。

 そんな声が上がったことでシアンは迷惑になるならと夢魔族から離れようとしたが、一族はシアンを守ることを選択した。

 これにより、夢魔族は魔族内での立場を悪くしてしまう。

 自分のせいでと悲しむシアン。

 気にするなと笑う一族。

 それを見て負の感情を募らせる他の魔族たち。

 やがて魔王が全世界統一を掲げ挙兵した際に、夢魔族は情報収集や暗殺などの影の役目を任じられ、活動を開始した。

 一族の者が出払う中、シアンは拠点の維持管理や情報の纏めといった裏方作業を担当していた。

 その最中に他の魔族たちがシアンを襲った。

 元々、能力を使えないという魔族として不適格な存在を他種族は許していなかった。

 シアン本人に恨みはないが、彼女の存在を容認することは自分たちの種族にもそういった異物が生まれてしまうのではないか、と恐れた者が大半で、行動は速やかだった。

 複数の種族の腕に覚えのある若者たちがシアンしかいない夢魔族の拠点を襲撃し、シアンを殺そうとその凶手を伸ばした時、シアンは覚醒した。

 いや、シアンの生まれ持った特殊能力である『存在格吸収(レベルドレイン)』がその猛威を揮った。

 守ってくれる存在もなく、命はもとより女の尊厳のすべてを奪おうとする襲撃者への恐怖で暴走した能力は襲撃者たちの存在格(レベル)を一瞬にして奪い去り、その衝撃によって襲撃者たちはショック死してしまった。

 シアンはその時、襲撃者を撃退したとか、命を奪ったとか、そんな事よりもまずお腹いっぱいになったことに衝撃を受けた。

 任務を終えて戻ってきた夢魔族たちに事情を話し、秘密裏に襲撃者たちの遺体を処理し、シアンの能力の精査が行われる。

 一族が弱らせた魔物を相手に発動した『存在格吸収(レベルドレイン)』は存分に力を発揮し、凶悪な魔物は幼子にすら倒せる弱者へとなり下がった。

 それとともにシアンは満腹感に浸った。

 この能力があれば一族に貢献できる。恩を返せると喜ぶシアンだったが、一族は秘匿を選択した。

 この能力は使い方を誤れば破滅を導く恐れがあるからだ。

 シアンには能力の習熟が課せられ、一族は何事もなかったかのように任務に戻った。


 けれど、突如魔王から召喚命令が下った。


 襲撃者が戻らず、シアンの健在を確認した他種族たちが魔王にシアンの危険性を報告したのだ。

 襲撃者をどのように撃退したのか理解できないために、日和って魔王に処理してもらおうとしたというのが真相だが。

 夢魔族の長とともに魔王に謁見し、その覇気に圧倒された長は諦めてシアンの事を包み隠さず報告した。

 処刑を覚悟した。

 しかし魔王は報告を受けても特に気にした風もなく、研鑽に励めと命じて謁見は終わった。

 その後、襲撃者たちの身内が激戦区に送られた。


 それからはシアンは特に狙われることもなく、能力の習熟に精を出し、


「……そして私は、魔王軍の脅威となる勇者様の存在格(レベル)を吸収して、弱体化することを命じられました。それで、ここに」

「……つまり、今の俺は君に存在格(レベル)を吸い取られて、ただの一般人になっているってこと?」

「はい」


 語り終わり、シアンはルーガを見つめる。


「……シアン、君は、僕に、恨みとかある?」

「ありません」


 即答だった。


「勇者様と戦った同族がいましたが、軽症ですぐに回復しました。他の魔族には……特に思い入れはないので、勇者様に対して、悪い思いは最初からありません」

「良かった……」


 ルーガは安心したように笑顔を見せた。


「シアン、僕は元はただの農民だ。勇者に選ばれていきなり戦わせられて、存在格(レベル)が上がりすぎて周りから怖がられて、困ってたんだ」


 ルーガが何を言いたいのか分からずシアンは首を傾げる。

 サラリと髪の毛が流れる。


「さっきの話を聞くと、シアンは存在格(レベル)を吸収するとお腹いっぱいになるんだろう?」

「……はい」


 ルーガからの確認に、シアンは顔を赤らめ俯き、か細い声で肯定する。

 昨夜、情熱的に交わった際に存在格(レベル)と同時に溜まりに溜まった若者のエネルギーもたっぷり吸収したことを思い出したのだ。


「……勇者って、存在格(レベル)がとっても上がりやすいんだ。だから……」


 ルーガは手をシアンの顎に添え、顔を自分に向けさせる。


「シアン……俺の傍にいてくれ。そうすれば、ずっとお腹いっぱいにしてあげる」


 *****


 大陸西方を支配する魔王の居城。

 質実剛健を是とする魔王国の象徴たるその城は、まさに要塞であった。

 そんな魔王城は──魔王の玉座の間は今、緊迫した空気に包まれていた。


「……まさか、たった二人でここに来るとはな」


 玉座に座り、魔力と戦意を漲らせる魔王。

 四天王たちですら息苦しくなる程の力の波動を受けても、広い玉座の間の中心部に立つ侵入者二人は涼しい顔で魔王を見つめていた。


「こうでもしないと、話すら出来そうにないから。非礼は詫びよう。でも、そちらにとっても利益のある話だから、出来たら聞いてほしい」


 そう言うのは、人族の希望たる勇者ルーガ。

 宿敵たる魔王の目の前に立っているというのに、彼の装いは仕立てのいいシャツとベスト、ズボンという軽装。さらに剣の一つも佩いていない無防備さ。


「ふん。ただの暴力装置かと思えば、存外に知恵が回るとはな。お前を無力化するために切った手札がお前に取り込まれるとは」


 ルーガの言葉を無視し、魔王はルーガの一歩後ろに立つ、仕立てのいい落ち着いた雰囲気を持つドレス姿の女性を睨みつける。

 薄紫の髪のその女性は、魔王が勇者を無力化するために送り込んだ刺客だったシアン・ファイエル。

 殺気を超えて殺意を込めた視線を叩きつければ、弱者たる夢魔族などそれだけで心臓を止めるというのに、彼女は平然と立っている。

 魔王は苛立ちを覚える。


「魔王。そんな熱視線を妻に向けないでほしい」

「……ほう。魔族を殺すお前が魔族を妻にしただと? 笑えるな」


 ルーガとシアンが出会ってから早数年。

 ルーガはシアンの献身もあって精神的に安定し、魔王軍との戦いは終始勇者有利で進んでいた。

 けれどルーガは魔族を撃退する方向にシフトしていた。


「まぁ戯言はこれまでだ。我が敵に裏切り者が目の前にいるのだ。ここで討たせてもらおう」


 魔王は最初から勇者と対話する気はなかった。

 それは勇者が自身の敵だと思い込んでいるからだ。

 勇者とは世界を乱す存在を消滅させるために凄まじい力を持ち、例えどんな存在であろうとも敵わない存在。

 魔王が世界統一のために挙兵したことで勇者が出現したことで、魔王こそが世界を乱す存在であることは明白。

 過去の事例を鑑みても、勇者と敵対した者は全て滅ぼされてきたため、魔王も勇者は自分を滅ぼすために存在していると決めつけていた。

 だからこそ、攻撃した。


「焼滅せよ」


 全てを焼き尽くす紅蓮の劫火が魔王から放たれる。

 玉座の間にいる大勢の魔族たちをも巻き込むことになるが、勇者をここで仕留められるならば安いものだ。


「おいやめろ」


 しかしルーガが腕を振るった瞬間、その炎は熱量も含めて消え去った。


「……ばかな」


 魔王は信じられなかった。

 魔王は武人だ。相対すれば相手がどれだけの強さを持っているのか判断できる。

 今、目の前にいる勇者は脅威に値しない。強者特有の雰囲気というものが何一つ感じられない。

 だから攻撃し、消し飛ばそうとした。

 先ほどの魔法ならば確実に二人とも塵一つ残さず消し去れるはずだった。

 にも拘わらず、目の前には変わらずに立つ二人。

 周囲にも被害という被害はない。


「まず、話を聞いてほしい」

「……断る。聞いてほしければ、我を力尽くで玉座から退かせてみろ」


 ルーガは対話を要求するが、魔王は瞬時に我に返り、強者としての傲慢さを見せる。


「……そうか。なら」


 ルーガが仕方なさそうに溜息を吐いた瞬間、姿を消した。

 魔王すら知覚することができず、玉座の前にまで到達したルーガは魔王の襟首を掴み、雑に後ろへ放り投げた。


「!?」


 魔王が気が付いた時には、床に倒れていた。

 先ほどまで座った状態でルーガを見下していたというのに、今では床に尻もちをついて勇者に見下ろされていた。

 訳が分からない。


「……何をした」

「あんたが力尽くで、と言ったからそうしたまでだ」

「……ふざけた事を。お前からは強者の匂いを感じない。我に話を聞いてほしければ我を──」

「なら、これでいいか?」


 迸る戦意。

 大気が、強固な魔王城の内壁が、震える。


「……な、何なんだ、お前は」


 魔王は愕然と呟く。

 ルーガは戦意を収めると、再び、


「魔王、話を聞いてほしい」


 そう告げた。


 *****


 勇者ルーガはシアンに存在格(レベル)を吸収されてから、再び修業に精を出し存在格(レベル)を上昇させた。

 勇者は些細な行動からでも存在格(レベル)を上昇させやすい特性を持っている。

 最初は無理矢理な訓練でいつの間にか上がっていたが、今度はしっかりと目標を持って自発的に訓練に取り組み、すぐさま元の強さを手に入れた。

 その間も、シアンは変わらずに献身的にルーガの身の回りの世話に勤しんだ。

 周囲は相も変わらずルーガの戦力を頼りにはするが、関わろうとはしなかったので実態は新婚夫婦のようだった。

 ルーガが上昇させた存在格(レベル)は勇者の夜の訓練(意味深)によってシアンにたっぷりと注ぎ込まれ、またルーガは存在格(レベル)を上昇させるために訓練、そして魔王軍との戦いに勤しむ。

 そんなことが毎日続いた結果、とんでもないことが起こった。


 本来、存在格(レベル)というものは上昇したら下がることはそうそうない。下がったとしても一つや二つくらいだ。

 にも拘わらずルーガは大量の存在格(レベル)を一晩でほぼ失うという行為を繰り返した結果、生物に組み込まれた存在格(レベル)というシステムが悲鳴を上げ(らめぇぇぇぇっ!!!)、正常に動かなくなってしまった。

 生物の限界であった九十九を超え、ルーガの存在格(レベル)は百を突破してしまった。

 さらに、毎日大量の存在格(レベル)を──今代魔王換算で約五百二十八グロスほど──注ぎ込まれたシアンも、システムが悲鳴を上げ(こわれりゅうう!!!)、正常に動かなくなったせいで限界突破してしまった。


 つまりどうなったかと言えば、ルーガとシアンは世の理から外れた、超越者として位階を上げてしまったのだ。

 だからこそシステムに囚われている魔王はシステム外の勇者の正確な強さを測ることが出来なかった。


 システムから解き放たれたルーガは今までできなかった事が出来るようになった。

 シアンからの情報で魔王が戦争を起こした理由が魔族が飢えることないように肥沃な大地を欲していると知ったルーガは、どうにかできないかと考え、同時に行っていた自分の能力の把握の過程で大陸の外へ飛翔した際に見つけた別大陸を調査し、魔族をこちらに移住させることは出来ないかと考えた。

 シアンからは絶賛されたが、その時点ではただの都合のいい机上の空論だ。

 だから、ルーガは直接対話をするべく魔王の居城へ直接転移という暴挙に打って出たのだった。


 *****


 突如として大陸西方から眩い光が発された。

 光は十秒ほどで収まったが、太陽の光すら押しのける光量だったため、西方以外に住む生物たちはいったい何が起きたのかと一時恐慌状態に陥った。

 特に酷かったのが魔王軍と人族の最前線だ。

 それぞれが激戦を繰り広げ、前線拠点にて体を休めていたタイミングだったのだが、光が収まると拠点はそのままに魔王軍の姿が忽然と消えたのだ。

 人族はすぐに調査をしたのだが、結果はもちろん分からず。

 どうすればいいのか分からず、人族の軍勢は総司令部へ問い合わせたのだが……。


「勇者が、魔族を大陸から消した、だと?」


 総司令部からの返答を、誰も彼もが信じようとしなかった。

 今の彼らにとって、勇者ルーガは役立たずであった。

 最初は日々侵略してくる魔王軍に対する希望として。しかし超速で成長する勇者に対し人族は妬み嫉み、やがて圧倒的な存在格(レベル)を所有するに至った勇者に──文字通り格の違う存在に恐怖を感じるようになった。

 そうなれば、ルーガと他者の交流はほぼ皆無になる。

 以降、勇者ルーガは単騎で遊撃することが主になったのだが、勇者は魔族の命を奪わずに打撃を与えて撤退させる戦術にシフトしていった。

 それを監視していた者たちから聞いた人族はルーガに失望した。

 伝説に謳われる勇者とは違い、ルーガは魔族を殺せない程に弱いのだと断じた。

 今まで勇者の力を当てにして、魔王軍との最前線で戦って、敵将を討ち取った場面を見ているにもかかわらずにそう断じた。

 人族からすれば、極論すれば勇者というのは魔族を皆殺しにする便利な道具だ。それが魔族を殺せず、撃退するのが精々なんて肩透かしも良い所だ。


「役に立たねぇな、勇者様はよ」


 呆れや蔑みを込めて多くの者が口にした言葉だ。

 これが前線の兵士たちだけでなく、国の上層部にも賛同というか肯定する者がいるのだ。

 やがてルーガの扱いはほぼいない者として軽んじられた。


 まぁそのお陰でルーガはシアンとの甘い生活や、システムから外れた事による能力や特性の変化を確認する時間が取れたのだが。


 それはともかく、勇者が魔族を大陸から消したという報告を、誰も信じなかった。

 しかも話をよく聞けば、それを報告したのが勇者自身だというではないか。

 前線にいた者たちは怒り、総司令部からの帰還命令に応じて撤収を開始した。



 少々時間を遡り、光が世界を照らし出したしばし後、王国の王城へ勇者ルーガが侍女を伴ってやってきた。

 要件は王への謁見。それも出来るだけ早く、と。

 城を守る衛兵たちはその言葉に「何を言っているんだ?」と疑問を覚えた。

 衛兵たちもルーガが魔族を殺さないという事を聞き及んでいて、正直に言って役立たずと蔑んでいた。

 そんな役立たずが今更国王陛下に謁見? ハッ! ふざけた事を。

 しかし、どんな役立たずでも勇者という肩書を持つ男だ。正式な命令で勇者の要請は速やかに上層部へと報告しなければならないので、一人の衛兵がぶつくさ愚痴りながら上司へと報告。それからどんどん上へと知らされ、国王の耳に入った。

 国王は舌打ちしつつ、書類をキリの良い所まで処理して席を立った。

 国王が不機嫌なのは、勇者が思ったような便利な駒ではなかったからだ。

 魔王軍の侵略が始まって以降、経済は戦時特需で活発に動いているが、治安という面で見れば最悪だ。

 魔王軍の脅威から逃れるべく西方に近い国々からは大量に難民が流れ込み、その難民対策に日々頭を抱えることが続いた。

 だからこそ勇者を使ってさっさと魔族を根絶やしにして難民を国から追い出したいのに、勇者は魔族を撃退──追い返すだけでいつまでたっても問題が解決しない。

 だから国王は勇者の事が不快でしょうがない。

 さらに問題にかまけて勇者の要請は最優先で報せろという初期に出した命令を撤回しなかった事に対しても苛立ちが募る。

 結局は忘れていた自分たちの落ち度なのだが、勇者が国王の想定通り動かないのが悪いという考えで悪いのは勇者だ。


「で? 何の用だ」


 国王は身形を整えて少人数用の謁見の間にある玉座にどっかりと座り、すでに跪いていたルーガへと単刀直入に用件を聞いた。


「はい。少し前に光が広がったと思いますが」

「ああ、あれか……あれが何か、知っているのか?」

「ええ、あれは私の為した事でございます」


 国王はルーガの言葉に眉根を寄せた。

 つい先日、爆発したように広がった閃光にすわ魔族の奇襲かと驚いて醜態を晒した国の上層部。国王も思い返すだけで恥ずかしくなるほどの行動をとってしまったのを思い出し、顔が熱くなる。

 その事態を、勇者が、この魔族を殺すという至上の命題をこなすことが出来ない役立たずが起こした?

 それがじわじわと理解できた国王は、勢いよく立ち上がった。


「こ──このバカ者がぁっ!」


 常人ならば肩を震わせるほどの怒声を叩きつけられても、ルーガはぴくりともしない。

 それが面白くない国王はより激昂する。


「貴様があれを起こした? 魔族を殺すことも出来ないお前が? 馬鹿を申すな! そのような虚言を吐き出す暇があったら魔族を徹底的に殺せ! 塵一つ残すな!」

「……あの光によって、魔族は消えました」

「はぁ!? 狂ったか!?」


「勇者の力を犠牲に、魔族をこの地より一掃しました」


 淡々としたルーガの言葉に、国王は呆ける。


(こいつは何を言っている? 魔族を一掃した? 勇者の力を犠牲に?)


 最初はまた虚言かと怒鳴り散らそうとした国王だが、わずかな違和感を感じてじっと勇者を睨みつける。


(そうだ。勇者……。こいつは以前、相対するとみるのも嫌になる程の怖気を感じたものだが……今は何も感じない? 今ここにいるのはただの下等民にしか見えん)


 王族特有の傲慢さを発揮する国王は目の前の事実を鑑みる。

 そして、一考の余地があると結論を下す。


「……それが本当なら、魔王もすでに排除したということか?」

「はい。この地に、魔族は一人たりとも存在しておりません。お疑いならば調査隊を派遣されては?」

「ほう? 随分と自信があるようだな?」


 国王の煽るような質問に、ルーガは曖昧に微笑むだけに留める。


「ふむ。ならばこれより各地に伝令を走らせ、魔族がいなければ兵たちを帰還させ、調査隊を組織させ西方へ赴かせる。そなたの話が本当ならば安全なのだろう?」

「魔族に関しては、ですが」

「ふん。下がれ。だが覚えておけ。もし魔族が一匹でも確認されれば、お前は我を謀った罪で処刑だ。勇者の力のない貴様など、もはや何の利用価値もない」


 国王の言葉に、ルーガは頭を下げて静かに退出していった。


(ふん、まぁいい。さっさと命令せんとな。魔族がいないのなら、このまま西方を支配すればいい。そうすれば我ら人が大陸で一大勢力を築き上げ、あちらにある資源は全て我らの物。これで人族はより発展し、我が名は後世に偉大な王として語り継がれる。)


「フフフ、フハハハハ、ハーッハッハッハァッ!」


 *****


 それより数年、人族の大規模調査隊が西方を調査した結果、魔族の姿は一切確認されなかった。

 あったのは魔族の砦や街、そして魔王の居城といった建造物だけ。

 国王はその報告を聞いて高笑いが止まらなかった。

 戦争が一方的な勝利に終わり、このまま広大な大陸西方に眠る資源を一手に納め、大陸の制覇すら夢ではないのだから。

 さっそく国王は命じた。

 西方の開拓だ。

 戦争の時に流入した難民や、貧民といった者たちを全員開拓民として西方に大々的に送り出した。

 しかし、国王の思った通りにはいかなかった。

 西方は自然が少なく、あまり農作物が育たない環境だった。

 さらに鉱物資源も魔族が戦争のために発掘していたせいで多くの山が鉱山跡地となっていた。

 つまり、旨味がまったくなかった。

 現地で農作物の生産は出来ず、鉱物資源も微々たるものしか採れない。大々的に開拓民を送り出したせいで支援をしなければならず、その数は膨大なものになった。


「何故だ……何故こんなことに」


 国王は日々手元に来る西方の調査報告書や物資の追加嘆願書の山に埋もれ、頭を抱える。

 そこにいるのはかつて夢見た、大陸を制覇し、人族の発展に尽力した偉大な賢王の姿とはかけ離れていた。


 *****


 所変わって、人族がわいわいとしている大陸の外、まだ人の手の入っていない別大陸。

 こちらの大陸は自然豊かで、獣たちの楽園。人や魔族に該当する知的生物の姿はない。

 ここでは魔族たちが溌溂と開拓に勤しんでいた。


「魔王様、また新しい採取品が届きました!」

「ほう、これはまた」


 かつては四天王として人族の脅威となっていた存在とその首魁が、様々な自然の恵みや獣たちの死骸を前に笑顔を見せていた。


 勇者の奇襲(?)を受けてから早数年。

 魔族は余すことなく全員がこの大陸へと勇者によって転移させられた。

 元々魔王が挙兵したのは荒れた西方地域では満足に他種族連合な魔族が生きていけないから、侵略してでも豊かな地が欲しかったためだ。

 当時は脳筋な上に魔族を救うことに固執していた魔王だったが、強制的に勇者へとこちらの大陸に転移させられ、この豊かな大地を見せられてから落ち着いて対話をして和解。

 勇者と魔王は良き友人となり、魔族は人族を撃退しつつ移住計画を同時進行させた。

 勇者さえいなければ人族を撃退することなど造作もなく、ならばと四天王の二人を筆頭にした先遣隊によって開拓を開始し、拠点を作り上げた。

 そこから順次移住を続け、十分な都市を築き上げたことで勇者の協力で大陸各地に残る魔族を一気に転移させた。

 その最後の転移魔法が、あの爆発的な閃光の正体だった。

 そこからは魔王が陣頭指揮を執り、魔族は夢見た豊かな大地を我が物にするべく邁進していった。

 まずは植生やら地質調査をして、強力な獣を狩り、食べられる物を探し、日々一つ一つ新たな発見に一喜一憂する。

 木を切り倒したり、大地を耕すなど人族を凌駕する体力や腕力を有する種族にとってはいい運動にしかならず、食べられるかどうかを判断するのも強靭な胃袋をもつ種族が率先して食べて確かめ、獣たち相手ならば戦闘が得意な種族が狩る。

 多種族連合な魔族たちだからこそできる分担作業によって、どんどん拡大していく魔族の領域。


「すごいなぁ魔族って」

「ですねぇ」


 人族の街以上の活気に溢れる街を眺めながら、勇者ルーガとその妻シアンはのんびり茶を飲んでいた。

 今彼らがいるのは魔王城(仮)の展望テラスだ。

 魔王と和解し、魔族をこちらへ転移し終わってから、ルーガは完全に忘れられていた。

 国王へ報告してからは人族は西方調査に全力を出し、相変わらず勇者に関わろうとする人間は皆無だった。

 上層部はもとより、勇者と共に戦うために選ばれた戦士たちも、西方調査に前のめりなため、ルーガはのんびりとシアンとイチャイチャしていたのだが、あまりにも暇だし、人族から爪弾きになっている現状を鑑みて、人族の中で暮らしていける気がしないので今では完全にこちらへ移住していたりする。

 最初は魔族たちには受け入れられないだろうと思っていたが、反対意見はごく少数だった。

 非戦闘系の魔族たちは勇者に直接的な被害は被っておらず、特に隔意はなかった。逆に戦闘系種族からは「強い奴は凄い」という脳筋思考で、戦場で勇敢に戦って果てた戦士たちは英霊として祀り、伝説の戦士である勇者と戦った者は最大級の敬意を払うのだと豪快に笑われた。

 少し泣いたのは内緒だ。


「それで、ルーガ様。魔王様がまた模擬戦をしようと言っていましたが?」

「模擬戦って……あれ見世物だよな。俺も農作業したいんだけど」


 元農民としての意見は、もうしばらく聞き入れられそうになかった。


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― 新着の感想 ―
[一言] 【妄想劇場】 邪族(勇者の本当の敵)が現れた 「騎士団が壊滅しました!」 「なにぃ!勇者を出せ!」 「行方不明です!」 「なんだとぉ!!」 邪族は平均存在格五十であった。 その頃魔族は…
[良い点] しゅき! 末長く爆発しろ! [一言] はい、久しぶりにいいニヤニヤが読めました。 一言でいうなら最高の一言でした。 国王陛下はまあ、頑張って緑化作業や資源の発掘頑張ってね☆ 無理だろう…
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