魔術師
靴を履いて顔を上げるまで目の前に広がる世界は冬の色に溢れていた。夏のような鮮やかさはないがそれでも色づいていた。しかし今の世界はグラデーションのついた赤色で、グレースケールの赤色バージョンと言うのがふさわしい。
「は?」
呟きが後ろの方から聞こえてくる。振り向くが誰もいない。口に手をやるとそこには開いたままの形で止まる唇があった。ようやく呟きが今手を置いている口から出たという事に気づく。人は驚くと自分でも思い当たらないうちに自然と驚愕の言葉が出てしまうらしい。
フラフラとした足取りで昇降口から外へ出る。
雲が覆い隠す冬空に透けるようにある太陽も何もかもすべてが赤色ですべてが偽物のようだ。真っ赤な風景画に迷い込んだようでめまいがする。
「なんだよ...これ」その場にへたり込む。
しかし部活をしていた小春がいたことを思い出した。緩慢な動作で立ち上がりその緩慢さのまま校舎へ向かう。
中に入ると「こはる!」と叫ぶ。しかし返答はない。
下駄箱を越え、部活動をしていたはずの廊下まで向かう。廊下までたどり着いたが人の姿はなく、そこで使われていただろう雑巾が無造作にそのまま残っているのみだった。
「こはるぅぅぅぅぅぅぅ!」もう一度、今度は力任せに叫ぶ。応答はない。もう一度力任せに叫び、むせてしまう。
ゲホゲホとしている間に少し冷静になり、気がつく。無音すぎる。確かに放課後の学校はうるさくはない。だが本当に無音ということはないだろう。耳を澄ましてみても足音一つしない。無音過ぎて体の中で反響した心臓の音がうるさいぐらいに聞こえる。
その時ぽたりと雫が落ちる。むせたことで涙も出てきたのかもしれないと、手で拭う。手にはその雫がついた。見ると蒼い。蒼い?こんな真っ赤になってしまった世界で?なぜ手が青く染まっている?その疑問は今もまだ昇降口にある赤い姿見で解決した。
姿見には黒目の部分が紺青に爛々と輝き、目から血のように蒼い液体を流す少年が立っていた。
鏡に近づいて手を伸ばして鏡に触れると雫が鏡を蒼く染める。鏡は雫をすべて下に受け流し、下のタイルに垂れた雫がそこを蒼く染める。
「ちょっといいかしら?」
後ろから声がした。今度は本当に後ろに人がいる。残念ながら鏡の画角が足りなくて姿までは見えない。心臓を鷲掴みにされる。もちろん比喩表現だが。答えようとするが口がうまく開かない。もちろん答えられていないので沈黙が続く。
「はぁ...だんまりってわけね」
「き、き、君は誰だ?」ようやくひねり出せた答えがそれだった
「あら、喋れたのね。意外だわ」
そう言われながら振り向く。それなりにあるであろう長い髪の毛を胸程に短くなるようにツインテールに束ねた金の髪に、白くそれでいて艶やかさを兼ね備える肌。そして髪の色に負けず劣らない金の瞳を持つ少女がいた。スリットが入り、動きやすさを重視した赤のスカートに黒のタイツ、黒とは対照的にフリルの付いた純白な白いブラウスを纏う彼女は銃をこちらへ向けていた。
「それじゃあ死になさい」鋭い眼差しで照準をつけながら引き金に指をかける
「ちょっと待ってくれよ」
「いや待たない」引き金にかけられた指の力が強くなる。
その時影とも言うべき黒いモノが横切る。
「つぅ...あっちが本物か」
「何だったんだ今の影」影に気を取られてそちらの方を見ていると突然揺すられる。
「貴方、今の見えたの!?」彼女が必死な顔をしてこちらの顔を覗き込む
「『見えたの』も何も一瞬影みたいなのが通ったぞ?」
「やっと見つけた!私の相棒!ほら早くアイツを追うわよ」
「何言ってるんだお前。殺されかけてハイそうですかとはならないだろ」
「それについてはごめんなさい。私の早とちりだったわ」急にしおらしくなり、彼女は顔を少し赤くしながら申し訳無さそうに謝る。さっきの気迫はどこへ行ったのか忙しいやつだ。可愛い子が謝っているから許そうなんて気はない、本当にないのだがなぜか許すことにした。
「まあこんな異常事態だから仕方無いな」
「本当?それは良かったわ」彼女が笑みをこぼす。
コロコロ変わる表情を見ているとこんな異常な世界でも和やかな気分になる。
「それじゃあ今度こそアレを追うわよ」
「ちょっとまってくれアレは何なんだ。そもそも一体君は誰なんだ?」
彼女は軽やかに笑い、そしてこう言う。
「名前はリーゼル・F・紋雪 職業は魔術師 見習いだけどね!」