日常
「でさ、彼女がそう言ったんだよ。かわいいだろ?おい、ちょっとお前話聞いてるか?」
放課後、窓についた結露越しに外の部活動に励む生徒をぼんやりと眺めながら話を聞いていた。
「んあ、ああ聞いてる聞いてるさ。つまりお前は彼女がとっても好きなんだなわかったよ」
「なんだか話をまとめられたみたいで釈然としないがまあ…そうだな」
照れくさそうに頬を掻き、顔で奴は話を続ける。
「で...だ。もうクリスマスだろ?だからプレゼントを贈るのもかねて彼女と今度の土曜日にデートってことになったんだがどうもプランが決まらなくてな。お前はどう思うよ。俺は水族館にいった後、観覧車の定番ルートがいいと思うんだ」
こんどの土曜つまりはクリスマスイブにデートに行くのか、寒いのにご苦労なことだ。体勢を少し整え、顔を向ける
「まあそれでいいんじゃないか?プレゼントも決まってるんだろ?」
「いや実はプレゼントはまだ買ってないんだ」
「おい、土曜は明後日だぞ大丈夫なのか」
「一応目星はつけてあるんだが、彼女は何をあげても喜ぶんだ」
「いいことじゃないか。実に楽で。」
「いやいや、彼女が本当に喜ぶものがいいんだ。すべて喜ばれると逆に気を使わせてるんじゃ...なんてね」
「じゃあ逆に絶対喜ばないものを買うか?」
「真面目にやってくれよ」
そんな問答をしているとがらりと教室の扉が開く。と同時に奴がすっ飛んでいった。どうやら愛すべき彼女が迎えに来たようでドアのところで二、三会話を交わすと戻ってきてにやけた顔で「一緒に部活にいってくるわ。また後でメールするから相談付き合えよ」とのたまう。
こちらが手をひらひらと振るとエナメルのボストンバッグをつかんで小走りで教室を出ていった。
「さてと」
机の脇にかかっているかばんを取るとギィと机のなる音がした。しかし音が反響を繰り返し消滅すると教室には再び静寂が訪れる。
隅の方で自習をしているクラスメイトをはガヤガヤとうるさいことを気にしている様子もなく勉強に集中しているようだ。
勤勉な生徒ではないので自習という文言に寒気を覚えつつ、足早に教室をあとにした。
廊下に出ると12月だというのに非常に寒い。寒波というものが具体的に何かなんてことは知らないが今年は大寒波が来ているとテレビで言っていたのでそういうものなのだろう。
コートを羽織り、手袋をつけると幾分マシになる。ロッカーに荷物をしまうと緑のシートが貼られた廊下を進み、濃赤に塗られた廊下とはちぐはぐな階段を降りて下駄箱へと進む。
下駄箱につながる廊下では運動部が冬季練習で雑巾がけをしていた。
「小春がいそうだな」
「ええ、いるわね」
息が止まった。実際は一瞬息を吸い込んだんだ。一呼吸おいて振り返る
「き、急に俺の背後に立つな。お前の息の根じゃなく俺の息の根が止まる」
「それは驚かせて悪かったわね。名前を呼ばれたからつい...ね」
はぁとため息のように吐いた息が白くなる。小間をはさみ彼女が口を開く
「珍しく夕方までいるじゃない。いつもは授業が終わったら即帰宅なのに」
「剛志のやつののろけ話に捕まったんだ。好き好んでここにはいないさ」
「まだ続いていたのね、意外だわ」
「剛志に聞かれたら『心外だな』なんて言われそうな反応だな」
「言いそうね」
沈黙。昔はもっと和気あいあいと話せた気がするんだが、今はどうも気まずさのようなものを感じる。
「それじゃあ行くよ。また正月にでも会えるだろ」
「そうね...じゃあまたお正月に」
小春。御堂小春は昔からの知り合いで家族ぐるみで付き合いをしている。まあ俗に言う幼馴染というやつで同時に剛志、彼女にデレデレな氷室剛志も腐れ縁で3人いつも遊んでいた。まあなんてことはない。みんなで同じ高校に入ったはいいものの距離が少しずつ離れてるなんてよくある話だ。
下駄箱の扉を開けて靴を取り出し、上履きを中に入れる。『明日で冬休みだから上履きを持って帰らないとな』なんてことを考える。靴を履く。指をかかと側に入れて靴べら代わりにするあの履き方だ。そして顔を上げる。
すると―――世界は真紅に染まっていた。