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1 思わぬ再会


「ん……夢、か……」


 懐かしい夢を見た。

 魔王討伐の夢。

 あれから、もう3年が経つ。


「ふ、んんっ……くぅっ……!」


 まだ眠気を拭いきれない眼を擦り、ベッドのなかでぐぐっと伸びをする。

 睡眠中に凝り固まった筋肉が解れる感覚が気持ちいい。


「――あら、起きたの?」


「…………あ?」


 見たことのない女が、顔を見せて言った。

 胸はデカい、尻もそこそこ。金髪で紫の瞳、紅いタイトなナイトドレスを身に纏っている。

 はて、誰だったろうか。


「……あ。もしかして覚えてない? 昨夜、あんなに愛してくれたのに」


「昨夜? …………あ。あー、思い出した」


 そうだ。

 昨夜、酒場で1人で飲んでたから誘ったんだった。

 確か、名前は――


「おはよう、ロゼッタ」


「ええ、おはよう。朝食、作ってあるわよ」


「そうか。……や、悪いな。世話して貰って」


「いいのよ。私も……お世話になったもの」


 照れたように顔を朱に染めながら、ロゼッタは『ほ、ほら。早くご飯食べましょ……?』と寝室を去っていった。


「……そうだな。メシ喰うか」


 ベッドから出てもう一度伸びをしてから、寝室を後にしてリビングに向かう。


 リビングでは、テーブルにトーストとスクランブルエッグ、サラダ、飲み物に牛乳が用意してあった。

 おかわり用なのか、バターロールが積まれた大皿がテーブルの真ん中に置いてあって、なかなか豪華な朝食だ。


 ロゼッタはと言えば既に椅子に座っていて、先ほどの赤面はどこへやら、すまし顔で牛乳をちびちびと飲みながら『座ったら?』と視線で伝えてくる。


「食材、あんまり無かったろ?」


「まぁね」


「……いくらした?」


「そんなに使ってないから、気にしないで」


 ひらひらと手を振って何でもないように言うが、流石にそれはオレのポリシーが赦さない。

 彼女が食べる分も込みだとは言っても、自分が喰うメシの金を女に支払って貰って何もしないでは、男が廃るというものだろう。


「ちょっと待ってろ」


 ロゼッタにそう言ってから寝室に行き、財布として使っている巾着袋からレオス銀貨を5枚取ってリビングに戻る。

 そしてレオス銀貨をロゼッタの前に置き、いざ朝食と椅子に座り、トーストを齧る。


「……これなに?」


「何って、立て替えてくれたんだろ? 払うよ」


「多過ぎよ。2レオスもしなかったのよ?」


「じゃあ、お小遣いに取っといてくれ」


「……いじわる」


「はっはっは! よく言われる」


 ぷりぷりと怒ったように見せているが口元の微笑みが隠せていない。

 そんな可愛らしいロゼッタは『仕方ないわね』と溜め息を1つ吐くと、それ以上は何も言わずに5枚のレオス銀貨を懐から取り出した巾着に入れた。


「……これ美味いな」


 スクランブルエッグを口にして、思わず感想が漏れた。

 程よく胡椒がきかせてあって卵の持つ甘味を引き出している。


「そう? お気に召したなら何よりだわ」


「お前の旦那になる奴は幸せだろうな。美味いメシの作れる嫁で」


「……口説いてるの?」


「さて、どうだろうな」


「もぉ。いじわる言って」


「別に意地悪言ってるって事はないと思うけどなぁ」


 責めるような視線で見つめてくるロゼッタを横目に、トースト、スクランブルエッグ、サラダ、バターロール、牛乳と朝食をどんどん食べ進めていく。


 やがて腹がくちくなる頃には、テーブルに配膳された朝食はすっかり消えてしまっていた。

 まあ、単にオレの胃袋に収まっただけだが。


「結構食べる方なのね。太らないの?」


「あー……いやぁ、太った事はないなぁ。昔から、一定の体重まで太ると増えなくなるんだよ」


「羨ましい体質ね。……今日の予定は?」


「特に何も」


「じゃあ……ね?」


「なんだよ。昨夜のアレじゃ満足出来なかったのか?」


「それはそれ、これはこれよ」


 そう言ってしなだれかかってくるロゼッタ。


 まあ、予定もないし、昨夜会ったばっかりだけどそれもいいかもな。

 なんて、思っていたのだが。


――トントントン


「む……?」


「あら……?」


――トントントン


 ノックの音がした。3回のノック。それも2回も。

 確か昔、知り合いには『オレに用があるんなら、家のドアを3回ノック。それを2回頼む』とか話していたと思う。

 ……うん、間違いない。確かに言った。


 と、いう事は……だ。

 つまり、今玄関のドアをノックしている誰かしらは、オレに用がある人間という事だ。

 やれやれ……ロゼッタと1日中イチャイチャするのもいいかな、とか思ったそばからこれだ。

 嫌になるね、まったく。


「……悪い、ロゼッタ。どうやら来客みたいだ」


「こんな朝早くに?」


「まあ、オレの知り合いは大抵、人の事情なんて無視する奴ばっかりだからな……」


「……考え直したら?」


「1度繋がった絆はそう簡単に消せないんだ。お前との絆もそうであるようにな」


「口が上手いわね。……まあ、いいわ。じゃあ、私も食器片付けたら帰るわね」


「悪い。またいつでも来てくれ」


「ええ、また来るわ」


 ちゅっ、と触れるだけのキスを頬にくれ、ロゼッタは使った食器をシンクに持っていく。

 ロゼッタが帰ってしまうのは少々惜しい……が、来客ならば応対しなければなるまい。それがどんな相手だったとしても。


 まったく、一体どこのどいつだ。

 人が朝食を喰ってる時間にわざわざやって来るなんて、絶対にロクな性格の奴じゃないな。間違いない。

 食後の優雅なひとときを邪魔せんとする不届き者。……さあ、どんなツラをしているのか拝んでやろうじゃないか。


 ガチャリ、とドアノブを回して玄関のドアを開け、その向こうにいる人物と対面する。


「はいはい、どちらさ――」


「あっ、ゼロさん! お久しぶりです、クリスです!」


 まるで魔導通話に出るような口振りで、眼前の人物は言った。


 クリスティア・レンガルド。

 今からおよそ3年前。魔王討伐パーティの筆頭である勇者として、オレを含めた3人を引き連れて魔王討伐を成した人物である。

 性別は女。レンガルド王国の第2王女が彼女だ。


 だが……はて、どうした事だろう。

 王女であるはずなのに、以前レンガルド王国の王宮で見た時のようにドレスを身に付けていない。

 今の格好はまるで……そう、まるで普通の帝国人のようだ。帝国の市民がごく一般的に身に纏っている、庶民の服を着ている。


 ……まあ、その辺りはこれから聞けるか。


「クリスティアか。3年ぶりだな。どうした、何か用事か?」


「はい!」


「……そうか。ま、入れ」


 半身になって促してやると、クリスティアは元気に『お邪魔しますね!』と言って中に入ってきた。


 それにしても、こいつ……近衛の1人や2人は連れてないんだろうか。

 勇者だとは言っても一国の王女。近衛の1人もいないのは、ちょっとどうかと思うんだが。


 そんなオレの懸念とは裏腹にクリスティアはずんずんと廊下を進んでいき、リビングに入っていった。


「あっ……!」


「あら、可愛らしいお客様ね」


「ど、どうも。……あの、すみませんゼロさん。ご夫婦でいらっしゃるなんて、ボク――えっと、私、知らなくて」


 リビングに入ってロゼッタを見るなり、あわあわと慌てながらクリスティアはそんな事を言ってくる。

 たいへん可愛らしい勘違いではあるが、クリスティアの勘違いでロゼッタの機嫌を損ねてしまっても申し訳ないので、とりあえず訂正しておこう。


「クリスティア、落ち着け。オレはまだ妻帯者じゃない。彼女は……まあ、多分、嫁候補だ」


「――へ? そうなんですか?」


「多分だなんて、寂しいわね」


「一晩、肌を重ねただけだろ? 心の方はこれからだ」


「あら。……ふふ。期待してるわ」


 そう言って嫣然と笑むと、止まっていた皿洗いの作業に戻るロゼッタ。

 美人の微笑みってのは、どうしてこう絵になるのかね。


「……さて。まあ、とりあえず座れよ。何しに来たんだ、お前?」


「あ、そうですね。ええと……」


「――ごめんなさい。私がいると話しにくいかしら」


「い、いいえっ! あの、ほんと、大丈夫なのでっ!」


「大丈夫らしいから、あんまり気にしなくていいぞ」


「もう、そんな事言って。……そういえば、クリスティアちゃん――だっけ? は、ゼロくんとはどういう関係なの?」


 ロゼッタが一旦作業の手を止めて、クリスティアにそんな問いを投げ掛ける。

 すると、クリスティアは顔を真っ赤にして


「どっ、どどどんな関係って言われても、あの、その、なんて言うか、えっと――」


 と、しどろもどろになっていた。


 ダメだこりゃ。

 相変わらず、色恋沙汰にはさっぱりだな、このお姫様は。

 そういう質問じゃなかろうに。


「クリスティアは、昔一緒に旅をしてた仲なんだ。オレとクリスティアと、魔導師と聖術師で4人旅だった」


「そうだったの。いつ?」


「……ま、昔っても3年前だ」


「言うほど昔ってわけでもないのね」


 言って、疑問が解消されたからか作業に戻るロゼッタ。


 それで、結局のところクリスティアは何の用で来たんだ?

 立場を考えると、正直、ロゼッタがいると話せない内容なんじゃないかと思うんだけどな。


「で、クリスティア。やっぱ、ロゼッタがいると話しにくい事なのか?」


「えぇと……」


 クリスティアは言いにくそうにしながら、チラチラとロゼッタの方を見ている。どうやら立場に関係のある用事らしい。

 となれば、レンガルド王国に関係のある事だろうか。

 それともあの魔導師や聖術師に関係のある事だろうか。


 何にしても、ロゼッタがいるところでは話せない話題である事は確かだな。


「ロゼッタ、実は――」


「わかってるわ。もう終わったから、私は行くわね」


「……悪いな。見送りもしてやれなくて」


「いいのよ。……私、実は昔からあなたの事知ってるの。あなたがどんな性格の子なのか、よくわかってるつもりよ」


「知ってたのか」


「ええ。私、ハンターだもの」


 ハンター。

 草花を採集(ハント)し、魔物や動物を狩猟(ハント)し、武器や防具を蒐集(ハント)し、宝や宝石を回収(ハント)する事を生業とする者。

 その総称が『ハンター』だ。


 ハンターでオレを知ってるって事は……。


「もしかして、一緒に仕事した事あるか?」


「ええ、あるわよ。気付いてなかったの?」


「……悪い」


「ふふ。いいのよ、別に。……それじゃ、私は行くわね。ちゃんとご飯食べるのよ?」


「母親みたいな事を言うなよ、ロゼッタ」


 そう言うと、ロゼッタはくすくすと笑って、オレの頬に口づけをしてからリビングを出ていった。


「……さて。これで話せるか?」


「あっ、は、はい!」


「ん。それで、結局どうしたんだ? 厄介事か?」


「いえ、違うんです!」


「違う? ……じゃあ、なんだ?」


 厄介事ではないとなると思い付くものが無かったので尋ねてみると、クリスティアは恥ずかしそうに少しもじもじとしてから言った。


「その……レンガルド王国の軍を、鍛えて欲しいんです……!」



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