15.二度目ですが、はじめまして
遅くなりました!
楽しんでください><
この国の王太子を毒殺しかけた翌日。セシリアは中庭のベンチで青空を見上げながら、深く長息した。
「これからどうしようかなぁ……」
プリンも上手に作れなかった上に、友人たちにも迷惑をかけ、肝心な今後の見通しも立っていない。アインとツヴァイには未だまともに出会えておらず、好感度は地を這っているのが現状だ。
とりあえず、しばらく厨房に立つことは禁止されてしまったので、もうプリンを作って……ということも出来ない。
「しかも、オスカーも濡らしちゃったし! ギルには怒られるし! もう散々!」
手足を伸ばして、ぐぐーと背伸びをする。
オスカーのことについてもいろいろあったが、今は頭がパンクしてしまいそうなので考えないこととする。それにこれは、セシリアが一人で考えていても答えが出る問いではないのだ。単純に好き嫌いの話ではないし、お互いに立場とか状況というものもある。
そうしていると、不意に足下に何かもふもふとしたものがすり寄ってきた。視線を落とすと、そこにはいつか見た猫の姿がある。
「にゃぁん!」
「あ、ココ」
「ココ!」
セシリアが猫の名を呼ぶのとほとんど同時に、背後からも猫を呼ぶ声がした。振り返るとそこには――
「ツヴァイ?」
「あ、この間の……」
双子の片割れがいた。左側に編み込みがあるので弟のほうで間違いないだろう。彼はセシリアと目が合うと、兄とそっくりな顔を申し訳なさそうに歪ませ、急に頭を下げてきた。
「この前はすみません! 助けて貰ったのに、アインがあんなことして! ……け、怪我とかしませんでしたか?」
泣き出しそうな顔でそう言われ、セシリアは蹴られた方の肩をぐるりとまわした。
「大丈夫! 全然平気! 怪我はしなかったよ」
「……そうですか。よかった」
安心したような顔でほっと胸をなで下ろすツヴァイ。
本当は表情が固まってしまうぐらいには痛みが走ったが、そこは笑顔を貼り付けて乗り切った。
セシリアは横に寄るような形で、ツヴァイにベンチの隣を勧める。最初は戸惑うようにしていたツヴァイだが、思ったよりも素直に、彼はセシリアの隣に腰掛けてくれた。足下に居たココも、ツヴァイが座ると同時に、彼の膝に乗っかってくる。
膝の上で気持ちよさそうに昼寝をはじめたココを撫でながら、ツヴァイはもう一度セシリアに頭を下げた。
「本当にすみません。アインにも謝りに行くよう勧めたんですが……」
あれからツヴァイはセシリアの誤解を解こうとしてくれたらしい。しかしアインの態度は頑なで、ツヴァイの話を一向に聞いてくれなかったという。それどころか『アイツに何か脅されてるのか?』と疑ってもきたらしい。
「何度言っても聞いてくれなくて。アインってば、少し頭が固いところがあるから……」
「あれは誤解してもしょうがないよ! 状況も状況だったし! 大丈夫。全然気にしていないよ!」
「ありがとうございます。……セシルさんが、優しい人でよかったです」
視線を下げたまま、彼はふわりと微笑んだ。その可愛らしい顔は、女の子と見間違えるかのごとく整っている。さすが、攻略対象だ。
(……って、今気づいたけど! これって、結構良い感じの状況なんじゃない!?)
突然のことに驚いて思い至るのが遅くなったが、もしかしなくともこれは好感度アップの大チャンスではないだろうか。
ここで会話を弾ませて、ツヴァイの好感度をアップ! そして、仲良くなったところでアインを紹介してもらい、アインの好感度もアップ!
もう、このルートしかないだろう!
(でも、会話のネタがなぁ。ココのこととか話してみようかな。いや、でも……)
今はそれ以上に、彼から聞きたいことがあった。
セシリアは身体ごとツヴァイに向き直り、口を開く。
「そういえばさ、あんなこと結構あるの?」
「あんなこと?」
「なんか、イジメ、みたいな?」
セシリアはツヴァイと出会った時のことを思い出す。あれは、イジメる方もイジメられる方も、初めて、という感じがしなかった。変に慣れているというか。日常的にではないにしろ、常習的、という感じがしたのだ。
ツヴァイはセシリアの言葉に目を見開いた後、深く頷いた。
「はい。毎日ってわけじゃないですけど……」
「なんで?」
「それは、……僕らが双子だから」
声が小さくなり、視線が下がる。そんなツヴァイの様子にセシリアはますます首をひねった。
「どういうこと? なんで、双子だとイジメられるの?」
「……知らないんですか?」
「何を?」
セシリアは困惑した顔で首をひねる。するとツヴァイは少し迷うようにした後、耳に届くギリギリの声でその質問に答えた。
「昔から双子は『悪魔の子』といわれ、忌み嫌われてるんです」
「悪魔の子?」
「はい。女神に倒されたとされる悪魔が、実は双子の悪魔だったという俗説があって。特に神殿がある北方の人は信仰心が高くて、そういうのを信じてる人も多いんです」
つまり、あのいじめっ子三人組は北方の領地出身で、双子であるアインとツヴァイを『悪魔の子』としてイジメていたということだろうか。
それはなんというか、あまりにも理不尽すぎる。
「なにそれ! 双子ってだけでそんなこと言われるの!?」
「そんなに珍しくないと思いますよ。他の地域がどうなのかは知らないですけど、うちの領地でも僕らが生まれたときは揉めたみたいですし。どちらか一方を殺せって、両親は領民から言われてたみたいです」
「そんな……」
ツヴァイの言葉に、セシリアは言葉をなくす。
信仰心が強いのは結構なことだが、生まれてきたばかりの子供を殺すだなんて判断が、神の意志に背いているとはどうして思わないのだろうか。
「アインは強くて、イジメてくる奴らにもいろいろ言えるけど、僕はこんな感じだから何も言えなくて。いつもアインがああやって助けに来てくれるんです」
ああやって、というのは、前回のセシリアとの一件を指しているのだろう。確かに、彼も助け慣れていた。
セシリアは立ち上がり、ツヴァイを振り返る。
「言いに行こう!」
「え?」
「あのいじめっ子たちに抗議しにいこう! 双子だからってだけであんな事されるのはおかしいよ!」
猪突猛進。今にも走り出してしまいそうなセシリアに、ツヴァイは慌てたように立ち上がった。
「ちょ、ちょっとまって!」
「大丈夫、顔は覚えてるから! いざとなったら、拳で語り合うし!」
脳筋令嬢、セシリア・シルビィ。『拳で黙らせる』のではなく『拳で語り合う』というところが彼女らしい。
雄々しいその様子にツヴァイはさらに慌て出す。
「だ、大丈夫です!」
「怖かったら隠れてて良いからね!」
「だから、大丈夫です!」
「遠慮しなくて大丈夫だよ!」
「だ、だから、大丈夫になったんです!!」
「え?」
必死に腕に縋ってくるその姿に、セシリアは彼が遠慮しているわけではないことを知る。いつの間にか持ち上がっていた拳を下に降ろすと、彼は安心したように再びベンチに腰掛けた。そして、深く息を吐く。
「実は最近、ああいうことされてないんです」
「え? そうなの?」
「はい。なぜか、シルビィ公爵家から向こうの両親に、抗議の手紙が行ったみたいで」
「へ。シルビィ家から?」
思わぬところで自身の実家が出てきて、セシリアは目を丸くした。
「はい。なんか『マキアス家の双子は息子の友人だから、ちょっかい出すのはやめろ』……みたいな? そんな感じの手紙だったみたいです。……公爵家の人と友人になったことなんてないんですけどね」
そう言いながらツヴァイは苦笑を浮かべた。その顔にはどこか安堵が見え隠れしている。
(もしかして、ギルが?)
セシリアの話を聞いて、ギルバートが両親に頼み、手紙を出して貰ったという事なら十分に考えられる。確かにあの時の彼は相当おかんむりだったし、このぐらいのことは苦もなくやりそうである。
「でも、ま。相変わらず、無視はされてますけどね。他の子にもあいつらが釘を刺してるみたいで、誰も話しかけてこないですし。友人もコイツだけです」
そう言いながら彼はココを撫でる。彼が家から連れてきたのか、この学院で見つけたのかはわからないが、ココはよくツヴァイに懐いていた。
セシリアはツヴァイの前に立つ。
「それならさ、俺と友達にならない?」
「え?」
「ダメかな? 俺、ツヴァイと友達になりたかったんだ! あ、もちろん。アインともだけど!」
「アインとも?」
「うん!」
しっかりとセシリアが頷くと、ツヴァイは視線を彷徨わせる。迷っているのだろう。もしくは、警戒されているか。
彼女はツヴァイの前に座り込む。そうして、少し低いところから、彼を見上げた。
そうして、右手を出す。
「えっと、俺と友達になってください」
「…………うん」
少し迷った末、ツヴァイはセシリアの手を握り返す。その瞬間、セシリアの顔がぱあぁ、と笑顔になった。
「よかった! 断られたらどうしようかと思ったよ! これからよろしくね、ツヴァイ!」
「うん。よろしくお願いします」
ぶんぶんと振り回される腕に戸惑いながら、ツヴァイはそう返す。
「あ、もう敬語とか良いからね! もっと気さくに話しかけてくれると嬉しいな!」
「わかった」
ツヴァイがそう頷くと同時に、学院に設置してある大きな鐘が時刻を告げる。セシリアはその鐘の音に顔を上げて、はっと息を呑んだ。
「あ、やば! この後、リーンに呼び出されてたんだった!」
「え?」
「またね、ツヴァイ!」
「あ、うん。じゃぁ、またね」
呆れたように笑む彼の声を背中で聞きながら、セシリアはリーンが待っているだろう教室の方向に一歩踏み出した。
..◆◇◆
「はぁ……」
去って行くセシルを見つめながら、ツヴァイは息を吐く。瞬き一つで鋭い眼光に変わった彼は、左側の編み込みを手櫛で崩した。前髪の分け目も手で右に直す。
そして、先ほどの彼ではあり得ないほどの不遜な態度で、ベンチに背を預け、足を組んだ。同時にココが彼の膝から飛び降りる。
「ふーん。……世間知らずのお坊ちゃまって感じか」
ツヴァイ……を装っていたアインは、セシルの去って行った方向をニヤニヤしながら見つめるのであった。
楽しかった場合だけで結構ですので、ポイント等、よろしくお願いします><