13.レッツクッキング?
レッツクッキング!
「それで、なんで突然プリンを作るって話になったんだ?」
オスカーがそう聞いたのは、セシルの準備が一段落してからだった。砂糖やら牛乳やらを測った机の上は、もうすでに汚い。
セシリアはオスカーの問いに顔を上げた。
「えっとね。ちょっとこの前、マキアス家の双子に迷惑かけちゃって。そのお詫びに……」
「そうか」
オスカーはそう頷きながらも
(マキアス家の双子はこの前も探していたし。きっと、それだけじゃないんだろうな)
と推測した。
しかし、その理由を聞き出すことは出来ない。それはきっと彼女が男装をしてここにいることと関係するだろうからだ。なので、その思考は頭の隅に一旦置き、彼は上着を脱いだ。そして、腕まくりをする。
「そういうことなら、俺も手伝おう」
「え?」
「お前一人にやらせるのは不安だからな。それにこういうことは二人でやった方が早い」
その言葉に、セシリアは大きく首を振った。
「大丈夫だよ! オスカーはそこで座ってて!」
「だが……」
「こういうのは、一人で作った方が気持ちがこもるものだから! それに、ちゃんと作り方は教えてもらったし、大丈夫だよ!」
そう言って見せてきたメモを手に取る。そこには簡潔にプリンの作り方が書いてあった。特に難しいことも書いていないので、この程度ならオスカーでも作れてしまうだろう。
(まぁ、これぐらいならなんとかなりそうだな。アイツも不器用なだけだろうし、危なっかしくなったら変われば良いだろう)
二人のやりとりを見ながらギルバートがため息を吐いたのが気になったが、理由はわからないので放っておくことにした。
セシリアは、いざ! とボールの前に立つ。
「それでは、まず! 隠し味の鷹の爪から入れたいと思います!」
「ちょっと待て!!」
「え?」
とんでもない発言に、オスカーは今日一番の大声を出した。
セシリアはなぜ止められたかわからないというような顔でオスカーを見る。
そのきょとんとした顔は可愛いが、心を鬼にして彼は口を開いた。
「なんで鷹の爪なんだ!? プリンに一番必要のない材料だろう!?」
「オスカー知らないの? ほら、甘いものにちょっと辛いものを足すと、甘みが際立つんだよ!」
スイカに塩を振るみたいな感じでセシリアは言う。そもそもアレは塩味だし、鷹の爪の辛味とは全くの別物だ。しかも、彼女の持っているそれは刻んでもいなければ輪切りにもなっていない。純然たる“実”である。
彼女はそう言っている間に持っていた鷹の爪を全部ボールの中に投入した。
この時点でもうプリンではなくなる。
早々に創作料理になってしまった。
あっけにとられるオスカーの目の前でセシリアは次の作業に取りかかる。
「次は、卵を入れます。――せいっ!!」
ぱーん、という音と共に、ボールの角で生卵が真っ二つになる。力の加減を間違えているとかそういうレベルではない。もちろん黄身は原型を留めていないし、粉々になった卵の殻もボールの中に入ってしまっている。あれは取り出すのも労力がいるだろう。
「あ、殻もはいちゃった。まぁ、いいか! カルシウムだよね!」
「おま――」
「でも、ちゃんと粉々にしないと舌触りが悪くなるから……」
セシリアは最初に持っていたフライ返しで、残っていた卵の一番大きな殻をゴリッ、と潰した。そのまままるでジャガイモをマッシュするように彼女はフライ返しでゴリゴリと殻を押しつぶす。
「うん。順調! 順調!」
もしかしたら、彼女は『順調』の意味をはき違えているのかもしれない。
どこから訂正すればいいかわからなくなったオスカーは、もうその光景を唖然とした顔で見守るしか出来ない。隣を見れば、ギルバートがげんなりとした顔でその様子を眺めていた。
オスカーは彼のそばに近づき、声を潜める。
「いつもああなのか!?」
「はい、そうですよ。あれでなかなかに料理好きだから困るんです。そのくせ、なんでも一人でやりたがるし……」
ふっと哀愁漂う陰りをみせながら、ギルバートは唇の端を引き上げた。彼が先ほどからずっと静かだったのは『もう、なにを言っても無駄だ』と悟っていたからだったのだろう。
そんなことをしている間にセシリアは次の作業へと進んでいた。
彼女はいつの間にか両手で抱えるほどの瓶から、白い粉をボールの中に入れようとしている。
「次は、砂糖だね!」
「ちょっと待て! それは塩じゃないか!?」
「大丈夫! 大丈夫! さっきちゃんと確かめたから! そんなに初歩的なミスしないよ、っと――」
そう言いながら彼女は、スプーンの方ではなく、持っていた瓶の方をひっくり返した。その瞬間、とんでもない量の砂糖がボールに投入される。
「あ……。間違えちゃった」
ボールの中にはこんもりと砂糖が山を作っている。そして彼女はあろうことかそこにフライ返しを突き立て、混ぜはじめた。
「ま、甘い方が美味しいよね!」
じょり、じょり……と、プリンを作るときにはおおよそしないだろう音がボールから聞こえる。
オスカーは頬を引きつらせた。
「大丈夫です。ギリ致死量じゃないと思います」
「死ななかったら大丈夫ってわけじゃないだろうが!」
「しょうがないじゃないですか。なに言っても聞かないんですから」
相変わらず悟りを開いているギルバートに唖然としていると、何かが腕にくっついてきた。視線を降ろせば目に涙を溜めたジェイドが縋ってきている。
「ちょ、ちょっと怖くなってきたかも。ねぇ、あれ食べるの!? ボクら、あれ食べなきゃならないの!?」
「それは……」
「ボク! 止めてくる!」
天然一号がようやく事態の大変さに気づき、セシリアに声をかけようとしたその時、彼女がこちらに向かって花の笑顔を見せた。
「みんな、俺のためにありがとうね! 俺、料理苦手だからさ。あんまり家族以外の人に食べて貰ったことなくて……。だから、皆が食べてくれるのすっごく嬉しいな!」
その言葉と笑みに、さすがのジェイドも口をパクパクするだけで何も発せられなくなる。
(もう今更、嫌とは言えないな……)
それから三人は、黙ってプリンのようなものが出来あがるのをじっと待つしか出来なかった。
次もオスカー回です!
12月28日にコミカライズ二巻が発売されましたー!
どうぞよしなにー!
面白かったときだけで構いませんので、ポイント等、よろしくお願いします。