12.レッツクッキング!
あけましておめでとうございます
⸜ (●˙꒳˙●)ʜᴀᴘᴘʏ ɴᴇᴡ ʏᴇᴀʀ(●˙꒳˙●)⸝
「今日はがんばってプリンを作りたいと思います!」
それを聞いたオスカーの感想が『マジか、コイツ……』だった。
林間学校で、あれだけの不器用っぷりを周囲に見せつけておいて。さらに料理が不得手だという自覚があるにもかかわらず。よくもまぁそんな思い切りのいいことが言えるものだと、逆に感心してしまうぐらいだ。
オスカーがそんなことを思いながら呆けていると、横にあったダンテが踵を返す。そして、そそくさと扉から出て行こうとした。そんなダンテの腕をむんずと捕まえると、彼は悪びれることもないへらりとした笑みをオスカーに向けた。
「……どこに行く気だ?」
「ちょっと用事があったの思い出してさ!」
(そんなわけないだろう……)
そもそも彼はここに来るとき、『ちょうど暇してたんだよね!』と嬉々として言っていたはずだ。
じっとりと責めるようなオスカーの視線に、ダンテはセシリアに聞こえないぐらいの小さな声をオスカーの耳元で発した。
「俺、セシルのこと好きだけどさ。セシルが料理できるとは、これっぽっちも思わないんだよね」
そう言いながら彼は人差し指と親指を合わせるようにしながら『これっぽっちも』を表現する。
「ってことで、ばいばい!」
「あ、おい!」
掴んでいた腕を素早く振りほどいて、彼はあっという間に扉から外に出て行ってしまう。
その背を見送ったあと、次に行動を起こしたのは、リーンだった。オスカーたちよりも早く到着していただろう彼女は、自身の恋人であろうヒューイの元へ歩いて行き、彼の手を取る。そして、はにかむような可愛らしい笑みを浮かべた。
「ヒューイ様、迎えに来てくださったんですね! 嬉しいですわ」
「迎え?」
疑問を浮かべるのは、当の彼である。
そんな恋人の存在を無視して、リーンはこちらに向き直る。
「私、ヒューイ様と今から少し出かける予定でしたの! セシル様の手料理が食べられないのはすごく残念ですが。私たちの分まで、皆様楽しんでくださいね!」
「後からどんな味だったかを教えてくださいませ」という社交辞令なのか何なのかよくわからない言葉を吐きながら、彼女はヒューイと共に厨房を後にする。
残ったのは、義姉に甘いギルバートと、婚約者に甘いオスカー。何も知らない・察することが出来ないジェイドと、無邪気な諸悪(?)の根源たるセシリアである。
去って行くリーンたちの背中を見送って、残念そうな声を出したのは、天然一号・ジェイドだった。
「残念だけど、みんな用事があるなら仕方がないね」
「そうだね」
答えるのは天然二号・セシリアだ。彼女は難しい顔で腕を組んだ。
「今日のは上手に出来そうな気がしてるんだけどなぁ」
「あれなら、プリンは後から俺が皆に届けようか?」
「ほんと?」
「ほら、さっきリーンも『どんな味だったか教えて』って言ってたし!」
こんなに人の言葉の裏が読めないのに、よく実業家として成り立っているな……と、オスカーは思うのだが、こういう人の良さが人を惹きつけるのかもしれないとポジティブにとらえておくことにした。
その言葉にセシリアは花が綻ぶような笑顔で両手を打つ。
「じゃぁ、上手に出来たらお願いしようかな!」
「任せて!」
胸を叩くジェイド。可愛らしい笑みを浮かべるセシリア。
(なんというか、小動物どうしのやりとりを見ている感覚だな……)
あどけなくて、無邪気で、可愛い。なんとも言えない癒やしオーラを放っている二人である。
「ってことで、美味しいプリン作るぞー!」
「わーい!」
両手を挙げるジェイドの後ろで、オスカーとギルバートは同時にため息を吐いた。
セシリアはプリンを作るための材料の準備をしていく。そんな彼女を見つめながら、ジェイドはほくほくと頬を引き上げた。
「セシルって料理できるんだね! ボク知らなかったよ!」
「林間学校の時はいなかったか?」
「あの時、ボク、別の班だったから近くにいなかったんだよね! あ、でも! リーンから『救護テントの乱』は聞いたよ! ……二人でイチャイチャしてたんだってね?」
「は?」
すかさず反応したのは、ギルバートである。相手を射殺しそうなその視線にオスカーは慌てて「してない!」と声を上げた。
なんで、婚約者と仲良くしているのを彼女の義弟に見咎められなくちゃならないのかわからないが、怖いので仕方がない。
オスセシ推しのジェイドは「またまたぁ」とニヤニヤとした笑みを浮かべながら、なおも楽しそうな顔でセシリアをみつめていた。
「なんだか嬉しそうだな?」
「うん。貴族の人って基本的に自分で料理作らないでしょ? だから、すごく親近感わいちゃって! ほら、俺って元々平民だからさ」
準男爵という爵位は世襲称号の中では最下位で、貴族院にも議席を有さない。ほとんどの場合、土地を与えられることもないので、貴族よりも平民に近い位置にいるのである。
「こういう学院にいると、ちょっと疎外感感じることも多いからさ。ほら、料理も掃除も裁縫も『下々の生活や仕事を理解するために、わざわざ学ぶもの』って感覚がすごいし。日常生活でまず使わないから、真面目に学ぼうとする生徒もそもそも少ないしね」
ジェイドは苦笑を浮かべたあと、まるでまぶしいものを見るような様子で目を細めた。
「だから、セシルのああいうところ、すごくいいなって思うんだよ。ボクらが『普通』にしていることを、『普通』だと受け取ってくれるってだけで、何というか、すごく安心するんだよね!」
「……そうか」
「うん! リーンと会ったときも、出身が平民だって聞いてすごく親近感覚えちゃって! ……ボクって、チョロいよね?」
「まぁいいんじゃないか?」
オスカーは出会ったばかりの、幼いセシリアのことを思い出す。
彼女に惹かれるようになったきっかけは、公爵家の令嬢という立場でも、整った顔立ちや外見でもない。あの、屈託のない笑みだ。
幼い頃、彼の周りには彼のことを『王太子・オスカー』として認識する人間しかいなかった。それは、両親も乳母も与えられた友人も、何一つ例外はない。
当時はなんとも思わなかったが、『国を動かすための歯車』としての幼少期はそれなりに寂しい時代だったと思う。両親に甘えた記憶はほとんどないし、かけて貰う言葉も『将来の仕事』に関することばかりだったからだ。子供のように遊んだ記憶もほとんどなく、朝から晩まで『歯車』になるための勉強にいそしむ日々。
そんな生活に疑問も持たなかったある日、セシリアと出会った。
何も知らなかったからだとは思うのだが、彼女は初めて『オスカー』を一個人として認識し屈託のない笑顔とともに、……口にものを突っ込んできた。
最初は戸惑ったし『公爵令嬢が……』と呆れもした。しかし年を経るにつれ、彼女の笑みがどれだけ貴重だったかを思い知り、苦しいときや、国を背負う重圧に押しつぶされそうなとき、疲れたときなどに思い出すようにもなった。
そして次第に『彼女が将来側にいれば、一日の中で少しでも「オスカー」に戻れる時間があれば、きっと自分はこの仕事を成し遂げられる』とも思うようにもなった。
それはきっとジェイドがセシルに親近感を覚えるのに通じるものがある。二人とも彼女の距離感にとても救われているのだから。
思いも寄らなかったのだろうか。オスカーの同意に、ジェイドの目は一瞬だけ見開かれる。
「そう?」
「あぁ。それを言うなら俺だって『チョロい』」
「オスカーって、そういう言葉も使うんだね」
そう、側で肩を揺らす友人を一人でも多く作りたいと思うようになったのも、きっと彼女のおかげだろう。
オスカーは目の前であたふたと準備を進める彼女を見つめながら、緩んだ口元を隠すように手で覆った。
新年一発目はオスセシです。
次の話もオスセシなので、楽しんでいただけたら幸いです。
明日も更新あります!(多分)
8日まで娘がお家にいるので執筆時間がなかなか取れません。
色々とご了承くださいませ!
期待を全くかけられなかったギルバートと、期待で押しつぶされそうになっているオスカーの対比が上手に書けているといいな。




