【小説2巻発売記念】閑話『セシリアの夏休み』
本日(8月1日)2巻が発売になりましたー!
皆様どうぞよろしくお願いしますー!
ヒロロは3巻も出したいよー!(土下座)
これはほんの少し前の話――
「セシリア様は、ギルバート様とオスカー様、どちらになされるのですか?」
夏休み最終日。鼻の穴を膨らませながら、そう詰め寄ってきたのは侍女のシャロンだった。彼女はセシリア専属の侍女であるベッキーとレナとは違い、シルビィ家全体を管理する侍女である。しかしながら、その明るい性格がセシリアと合うためか、比較的仲良くしている侍女の一人だった。
学院に帰るということで、自室で荷物の整理をしていたセシリアは、彼女の言葉に目を瞬かせた。
「どっち?」
「はい! 本当はセシリア様が決められるまでそっとしておくのがいいとは思ったのですが、我々どぉしても我慢できなくなってしまって! もし決まっているのならばお聞かせ願えないでしょうか!?」
「我々って……」
その言葉にセシリアはシャロンの後ろを見た。彼女の背後にある扉は開け放たれており、隠れる気があるのかないのか、侍女達がそこから二人の会話を覗いている。セシリアが数えられるだけで四人の侍女がそこにいた。シャロンを合わせて計五人だ。
セシリアはシャロンに視線を戻す。
「ちょっと言ってる意味がわからないのだけれど。ギルとオスカーがどうかしたの?」
「『オスカー』!?」
「もう、お互いに呼び捨てにされる仲になったのですね!?」
シャロンの後ろから二人の侍女が飛び出てくる。名前は確か、アニタとジョアンナだ。
そんな二人に詰め寄られ、セシリアはしまったというような顔つきになった。
(つい、いつものクセで……)
セシリアではなく、セシルの時の呼び方になってしまった。本来ならば『殿下』もしくは『オスカー様』と呼ぶべきところを呼び捨てするだなんて、不敬もいいところだ。
しかし彼女達は、何を思ったか頬を赤らめたまま期待のまなざしをセシリアに向ける。
「やっぱり、殿下なのですか?」
「婚約者ですものね!?」
「待ってください! 名前呼びぐらいで決めるのは時期尚早!」
「ギルバート様は常に愛称で呼ばれていますわよ!」
アニタとジョアンナに対抗するように、残りの二人も飛び出てくる。あれはルーシーとハーレイだ。
「それはお二人がご姉弟だからでは!?」
「姉弟ですが、義理ですよ! それは関係ありません!」
「関係大ありです! あの愛称は幼い頃からの仲という意味合い以上になにも含まれておりません!」
「ですが、今セシリア様が一番信頼されておられるのは間違いなくギルバート様です!」
「ご、ごめんなさい。みんながなんで言い争ってるかわからないのだけれど……」
興奮気味に言い合う四人を、セシリアはそう制した。
その疑問に答えたのはシャロンだった。
「もちろん! セシリア様が、将来どちらを選ばれるか、という話をしているんです!」
「将来? どちら?」
「はい! 侍女としては、己の主人が誰と将来を共にするかはとても重要なことでございます。高貴なオスカー様を選ばれるのか、英邁なギルバート様を選ばれるのか! そして私たちは、手と手を取り合うお二人の壁になりたいのです」
「……」
そもそも壁ではなくて、彼女達は侍女だろう。
混乱するセシリアを余所に、シャロンはさらに続ける。
「ちなみに、アニタとジョアンナがオスカー様派で! ルーシーとハーレイがギルバート様派。ちなみに、私は中立でございます! どっちもいける口です! えぇ!」
鼻息荒くそう宣い、シャロンは胸を反らした。
セシリアはこめかみを押さえ、話の内容を精査する。わかっているのはこの五人がオスカー派とギルバート派になって争っているということだ。
「えっと。つまり、二人のどっちがかっこいいか、とか、そういうこと?」
「まぁ、そうですね! そういうことでございます! 大枠ではあっております!」
そうやってシャロンは頷くが、『大枠で合っている』というのは『正確には違う』という意味だ。
「で、セシリア様はどちらがいいと思いますか!?」
「ますか!?」
『大枠であっている』状態でも構わないのか、オスカー派、ギルバート派、それぞれがセシリアに詰め寄ってくる。
セシリアは首をひねる。
「どっちがかっこいいか、ねぇ……」
正直、二人をそういう目で見たことがないからわからない。
どちらも女性に人気なのは知ってるが、容姿というのは比べるものでもないし、オスカーに至っては十二年間会っていなかったのだ。ギルバートは逆に近すぎてそういう考えに至ったことがあまりない。
セシリアは顎を擦る。
「うーん。二人ともあんまりそういう目で見たことがないからなぁ」
「えー!」
「そんな!」
セシリアの答えに一同は悲鳴のような声を上げた。
「それでは、ギルバート様が可哀想ですわ!」
「オスカー様の方が可哀想です!」
対抗するような声に、それぞれの派閥は互いに睨み合った。
「あんな『最初から勝ち組、ぽっと出男』なんて、かわいそうではありませんわ!! 長年、セシリア様を守っておられたギルバート様の方が可哀想です!」
「『長年。セシリア様を守っておられた』!? 『長年、独り占めして囲っておられた』の違いではないですか!? 大体、オスカー様とセシリア様は婚約者同士!! お二人が結ばれるのは運命なのです!!」
「運命とは、笑止千万! 親同士が決めた政略結婚だなんで少しもドラマチックではありません! それに比べて、ギルバート様のほうが、セシリア様とご姉弟な上、オスカー様と婚約している事実があり、物語で考えたとき、そちらのほうが映えます! 絶対!」
「何を言ってるのですか!? 物語というものは障害があればいいと言うものでは、ありません!! 甘々ラブラブな溺愛物で過度な障害は不要! 私としては、お二人には存分にいちゃいちゃしてもらいたいのです!! それにヒーローとして、ギルバート様は役不足です!! ヒロインを単身で守れる強さがあってこそのヒーロー! 知略謀略では、いつか限界がきます!」
「それこそ脳筋思考ですわ! 力こそすべてなんて、バカ丸出しではありませんか! 戦う前に場を制す! これこそが一番賢い勝ち方です! 剣を振り回して勝つなんて所詮は対処療法ですわ!」
四人は白熱する。シャロンはまるで審判のようにその間に立ってウンウンと頷いていた。
言い合いではらちがあかないと思ったのだろう、アニタはセシリアに視線を移した。そして詰め寄る。
「今の話を聞いて、セシリア様はどちらがいいと思いましたか!?」
「あ、ごめん聞いてなかった」
セシリアは荷造りをしていた手を止めてアニタを見た。
「なんかみんな白熱してるから、私はいいかなーって」
「そんな!!」
「それに、結局二人ともかっこいいって話でしょ? 私も二人はかっこいいって思うよ」
ニコリと笑うセシリアにアニタは詰め寄る。
「それでは私達の気が――っ!」
アニタはセシリアの広げていた荷物につまずく。
「危ないっ!」
「セシリア様っ!」
こけそうになったアニタの手をセシリアは引いた。
そして、頭を打たないように後頭部に手を回す。そして、彼女が潰れてしまわないように手のひらを床についた。
それは傍から見たら押し倒しているようで……
「大丈夫、アニタ」
「セ、セシリア様!?」
セシリアは、後頭部を支えていた手を抜くとアニタの頬を撫でた。
「怪我をしてないみたいだね。アニタが怪我をしなくて良かった」
そして、セシルのときのような白薔薇王子様スマイルを浮かべる。
「周りが見えなくなるぐらい熱くなるのはいいけど、君が俺以外に熱くなってるのは、ちょっと妬けるな」
「セ、セシリアさ、ま」
「あ……」
アニタの顔が真っ赤に染まる。
その顔を見て、セシリアは自分の過ちに気がついた。
(や、やっちゃったー!)
ついいつもの癖で、王子様的な反応をしてしまった。
セシリアはアニタを起こすと、そそくさと扉の方に向かう。
「ちょ、ちょっと、小腹がすいちゃったから、お茶してくるわねー! んじゃ、みんな仲良くするのよ!」
そう言って、セシリアは部屋から出ていく。
残された侍女たちは互いに顔を見合わせた。
「一番かっこいいのは……」
「セシリア様かもしれないわね」
息を呑む侍女たちの後ろで、アニタは扉を見つめたまま、赤い顔でほうけてしまっていた。
コミカライズは8月5日発売です!
フロースコミックさん等で絶賛連載中!
8月5日には、またこちらの方でSS出したいと思いますー!
楽しみにしててね!