12.「姫が結婚したくない理由というのは、一体なんだったんだ?」
「マリステラ王国第四王女、アミリア・マリステラです」
昨日より大人びた雰囲気の彼女は胸に手をクロスさせ、腰をかがめるような礼を取った。
明るい場所で見る彼女はまさしく太陽のような姫だった。
健康的な小麦色の肌に、太陽を映したかのような大きくて金茶色の瞳。
強いくせのある黒い髪は腰まであり、身を包んでいるドレスも南国のフルーツを思わせるようなはっとするようなオレンジ色だ。腰には海と同じ色のリボンが巻かれており、首元には何重にも重ねられた金のネックレスがまるで陽光のように輝いている。
想像していた彼女よりも大人な対応に、セシリアも「プロスペレ王国から参りました。セシリア・シルビィです」と挨拶を返す。
「セシリア様、昨晩は本当に申し訳ありませんでした。私、いきなりのことで気が動転してしまいまして」
「いいえ、そんな。私の方こそ、驚かせてしまい申し訳ありませんでした。お怪我はありませんか?」
「わ、私は大丈夫です! その、とても柔らかいクッションがありましたので……」
アミリア姫は頬を赤らめながらなぜか自身の胸元を触った。その様子に、「クッション?」と首をかしげる。あの場にクッションなんかなかったはずである。
「それにしてもどうして窓から?」
「それは、部屋から抜け出してきたので」
「部屋から?」
窓から外を見る。セシリアの部屋から比較的近い場所に一際せり出したベランダが見えた。恐らくあそこが姫の部屋なのだろう。部屋自体は一階だが、手すりはセシリアの胸の高さほどあるので、姫の身長で越えるのは相当大変だったに違いない。
「昨晩私を助けた方が目覚めたと聞いて、いても立ってもいられず。でも、廊下を堂々と通ったら、お父様やお母様に見つかってしまいますから……」
見つかったら『結婚したくない理由』を無理矢理聞かれてしまうとでも思っているのだろう、彼女はそう言って視線を下げた。その様子は、身長の低さもあいまってか、どこか怯えた小動物のようにみえる。
「あの、姫様は公爵と結婚したくないとお聞きしたのですが」
「え!?」
まさかセシリアがそのことを知っていると思わなかったのだろう、姫の声がはねる。
セシリアは彼女の動揺を無視して、さらに言葉を続けた。だってこんなチャンス、次にいつ巡ってくるかわからない。
「ちょっと小耳に挟んでしまって」
「そう、ですか」
「あの、もし答えたくないのでしたら、答えなくてもいいのですが。どうしてアミリア様はご結婚したくないのですか?」
その問いにアミリア姫は、地面をじっと見つめたまま黙ってしまった。
あまりにもまっすぐ聞きすぎたのがよくなかったのだろうかとセシリアが不安になっていると、姫の顔がじわじわと赤く染まっていく。
そうして少し考えるそぶりを見せた後、口を開いた。
「あの、使用人から聞いたのですが、セシリア様はプロスペレ王国のご出身なのですよね?」
「そうですが……」
どうしてそんなことを確認されるのかわからず、セシリアは首をひねる。
「そ、それなら、セシリア様にはお話ししてもいいかしら」
彼女は頬に手を当て、身をくねらせた。その表情は先ほどとは打って変わって花の恥じらう乙女である。
「私、誰にも言えない禁断の恋をしてしまったのです」
「き、禁断の恋?」
「私、プロスペレ王国の王子様に恋をしてしまいましたの!」
「え?」
(それって、オスカーの――)
その言葉を聞いた瞬間、数分前に頭を駆け巡った考えがもう一度蘇る。
他に相手がいなかったら――
(もし、他に相手がいたら?)
二人の婚約破棄は成立してしまうかもしれない。
アミリア姫は呆然とするセシリアの手を取って、熱で潤んだ瞳をさらに潤ませた。
「セシリア様。もしよかったら私に王子様のお話を聞かせていただけませんか?」
◆◇◆
――セシリアの様子がおかしい。
オスカーがそう思ったのは、セシリアが頭を打って倒れてから三日後のことだった。
どうやらあのあと、姫と会う機会があったらしく、二人はすっかり打ち解けたようだった。その経緯を踏まえ、セシリアの希望で姫への説得役を辞退する件はひとまず見送られることとなった。すでにかかわってしまった以上、ここから手を引くのは気がひけるらしい。
(だが、それにしても――)
セシリアは共有部の部屋のソファに座りながら、ぼんやりと虚空を見つめていた。心ここにあらずといったその様子に、オスカーの胸には不安が募っていく。
(やはり、姫のことは断っておくべきだったか? それとも、身体の調子が悪い、とか……?)
思い返せば、確かにここまでバタバタしっぱなしだった。しかも、この国には南国特有の暑さがある。体調を崩したとしても不思議ではない。
(今頃になって旅の疲れが出たのかもしれないな)
そう思ったオスカーはソファに近づく。そうして、後ろからのぞき込むような形でセシリアに声をかけた。
「セシリア」
「ひゃい!」
セシリアはいつも以上におどろいた様子で飛び上がった。
そうして、声をかけた方の耳を押さえながらオスカーから距離を取る。
「ど、ど、ど、ど、どうしたの?」
「『どうしたの』はこっちのセリフだ。どうした? 身体の調子でも悪いのか?」
「え? な、なにもないけど」
「なにもないは嘘だろう? さっきから上の空だ」
「そう、かな?」
「体調になにもないのだとしたら、もしかして姫になにか言われたのか?」
「そ、そういうわけじゃないんだけど……」
「だけど?」
セシリアはそのまま俯いてなにも話さなくなってしまう。
(『そういうわけじゃない』ということは、姫のことで悩んでいるのは間違いないのか)
確かに結婚式三週間前の姫の説得を任されるというのは大変だ。
世の中にはマリッジブルーというものがあるらしいが、姫がそういう一時の感情で結婚を嫌がっているのかどうかもわからない。
「やはり、姫のことは断るか?」
「ひ、姫のことは大丈夫なの!」
「しかし、そのことで悩んでいるんじゃないのか?」
「そんなことない! 実は、もうどうして結婚したくないのかも聞いていて……」
「そうなのか!?」
始めて聞く話にオスカーは目を丸くした。というか、結婚したくない理由を聞けているのなら、彼女の仕事はもうほとんど終わっている。後はそれを国王に報告するだけだ。
けれどもセシリアの中ではそう簡単な話ではないようで、しまったというような顔をした後、視線を泳がせていた。
オスカーは再びセシリアの方を向き、彼女に問いかける。
「姫が結婚したくない理由というのは、一体なんだったんだ?」
「それは……」
「それは?」
そこからはじまったのは百面相だった。恐らく、姫の結婚したくない理由をオスカーに言うか迷っているのだろう。本来のオスカーならここで『無理に言わなくてもいいぞ』と優しく許してやるのだが、今回の場合はそうもいかなかった。
父親である国王がその報告を待っているし、それにセシリアもそのせいで悩んでいるのだから、オスカーとしては聞かないという選択肢はなかったのだ。
それに、言うかどうかで悩んでいるということは、セシリアも本心では相談したいと思っているのだろう。それならここは待つべきだ。なにも言わずに。
それからたっぷり数分間悩んで、セシリアは思い切ったように口を開いた。
「な、なんか、姫様、他に好きな人がいるらしくて」
「そうなのか? どこの誰だ?」
オスカーの問いかけに、セシリアの人差し指がスッとこちらの方をむいた。
誰のことを指しているのかわからず、オスカーは思わず自分の背後を見る。しかしそこには当然のごとく誰もおらず、視線を戻すとどこか不機嫌そうなセシリアが唇を尖らせていた。
「……好きなんだって」
「ん?」
「オスカーのことが好きなんだって」
その言葉に、オスカーはこれ以上ないほどに目を見開いた。
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