10.「誰か! 誰か! 来てください!」
それからしばらくセシリアは中庭を歩いていた。
宴は最高潮の盛り上がりを見せており、中央にある焚き火を中心に、誰も彼もが陽気に騒いでいる。
そんな様子を横目にセシリアはゆっくりと歩を進めていた。
(早く、オスカーのところに戻らないといけないのにな……)
先ほどまでの妙な恥ずかしさはなくなったが、今度は慌てて飛び出して行ったことへの羞恥が胸の中にぐるぐると渦巻いていた。このまま帰ってオスカーに『さっきはなんで逃げたんだ?』『惚気ってなにを言ったんだ?』など聞かれた暁には、またテントから飛び出していってしまうような気がする。
(とりあえず、もう少しだけ頭を冷ましてから帰ろう)
そう思った時だった。
視線の先に女の子がいた。女の子といってもセシリアとそう年齢の変わらない彼女は木の陰からじっと宴会の様子を盗み見ていた。
セシリアが彼女に目が行ってしまったのは、それが同世代の女の子だからではない。その姿が先ほど一緒にいた王妃の姿と重なってしまったからだった。
姿を隠すためか身体は長い外套のようなもので隠れているが、強いウェーブのかかった腰まである長い黒髪は王妃の持っていたものとそっくりだし、日に焼けた健康的な肌もそのままだ。大きな瞳は爛々と輝いており、口元には眩しいぐらいの白い歯が覗いている。
年齢もセシリアと同じか、少し低いぐらいだろう。
(まさか……)
セシリアは半ば確信した状態で少女に近づいた。
「あの……」
「へ?」
セシリアが声をかけると少女はまるで子猫のように飛び上がった。そうして、セシリアの姿を認めると、じり、と一歩後ずさる。暗くてはっきりと顔を見ることは出来ないが、その表情はどこか強ばっているように見えた。
「貴女はもしかして、姫様、ですか?」
その問いに答えたのは声ではなかった。彼女はまるでセシリアの言葉が正解だというように身体をびくりと硬直させて、唇を戦慄かせる。
「えっと、怖がらないで――って、あっ!」
セシリアが一歩踏み出すのと同時に、少女は突然身を翻した。
そのまま脱兎のごとく逃げていく。
セシリアは反射的にその少女の背を追った。
「ちょ、ちょっと待って!」
追ってきていることに気がついた少女は、さらに走る速度を上げた。けれど普段から鍛えているセシリアにはどうしてもかなわないようで、どんどん距離は縮んでいく。
そうしてあともう少しで追いつきそうなその時――
「きゃっ」
少女は木の根につまずいた。
そうして、彼女の身体はそばにあった岩に一直線に――
「危ない!」
セシリアはとっさに少女に抱きついた。そうして少女の体を守るように抱きしめる。
次の瞬間――
「――っ!」
後頭部に鈍くて強い衝撃を受けた。
目を開くと、ぼわん、と視界が歪み、意識がどんどん遠のいていく。
少女はセシリアの腕から抜け出す。そうして、こちらを見てはっと息を呑んだ。
彼女はこちらの身体を何度か揺り動かした後、泣きそうな顔になる。しかしそれも一瞬のことで、彼女は素早く身を翻した。
「誰か! 誰か! 来てください!」
そういいつつ、彼女はどこかに走っていく。きっと助けを呼びに行ってくれたに違いない。セシリアはそんな彼女の背中を見ながら、ゆっくりと意識を飛ばしたのだった。
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