8.「その格好のまま出ようとするなら、このまま首筋に噛みつくからな」
(……って言われてもねぇ)
国王の話から一時間後。
セシリアは王宮内の自室にとあてがわれた客室で、使用人たちに手伝ってもらいながらドレスを着替えていた。
マリステラ王国は南の島国ということもあり、プロスペレ王国に比べ気温が高い。なので、持ってきたドレスでは暑すぎて倒れてしまうだろうと言われたのだ。それに今晩は宴もある。
ありがたいことに、ドレスはあらかじめ部屋に用意してあり、セシリアはそれに袖を通していた。のだが……
「ど、どうしましょう?」
「これはさすがに……」
「どうかしたの?」
使用人たちは着替え終わったセシリアを見て、顔を見合わせた。
二人の使用人の顔には困惑が張り付いており、どうしてそんな顔をされるのかわからないセシリアは、首をかしげる。
「もしかして似合ってない?」
「そ、そんなことはありません!」
「とてもよくお似合いです!」
二人は互いにかぶせるようにそういいながら首を振る。
「ただ、その、全体的に布が足りないと言いますか……」
「十中八九、殿下に怒られてしまうような気がして……」
「どういうこと?」
彼女たちの言葉の意味がわからず、セシリアは眉をひそめた。
そのときだった。
『セシリア、着替えは終わったか? そろそろ宴の席に行こうかと思うのだが』
扉がノックされると共に、そんなオスカーの声が聞こえる。
彼女の部屋はリビングのような共用の部屋でオスカーの部屋と繋がっているのだ。
セシリアは共用の部屋で待つオスカーに声をかける。
「あ、うん。一応準備できたよ!」
セシリアがそう答えると、オスカーが扉を開けて入ってくる。
そうして、セシリアを見て……固まった。
彼はそのまま数秒間セシリアの姿を上から下まで見つめた後、ゆっくりと部屋から出て、扉を閉める。
「え!? なんで? なんでオスカー、出てくの!?」
『いや、それは……』
「やっぱり変だったかな!? 青色似合わない?」
『青色もドレスも似合ってはいるんだが……』
使用人の二人と同じように、オスカーの反応も芳しくない。
『一応確認なんだが、それで本当に完成なのか? 上にはなにも……?』
「え、あ、うん。そうみたい。うちのドレスと違って結構生地が薄いよね」
『いや、生地が薄いというか、少ないというか……』
扉越しのオスカーの声に、セシリアは自身の格好を見下ろした。
セシリアが着ているドレスは、身体のラインにぴったりとくっつくような細身のものだ。それだけならまだプロスペレ王国でもあるのだが、マリステラ王国のドレスはさらにそこから肩も胸元も、さらには背中まで露わになっており、スカート部分にはスリットまで入っている。
――つまり、露出が多いのだ。
露出が、多いのである。
はっきりとしないオスカーの物言いに、今度はセシリアが扉を開けた。頭だけ扉の外に出すような形で、セシリアは共用部分の部屋の中を見る。すると、こちらに背を向けるオスカーが目に入った。背中側からでも見えるオスカーの耳はこれでもかと赤くなっている。
「オスカー?」
セシリアの呼びかけにオスカーは振り返る。
そうしてやはり、セシリアの姿を見て顔をしかめた。
「やっぱり、ダメだな」
「なにが?」
「いや、独り言だ。……というか、前屈みになるな! 見えるだろうが!」
「え? だから、なにが?」
「お願いだから、それは自分で考えてくれ!」
オスカーは顔を真っ赤にしながらそう言い、再び背を向けた。
そうして、なぜか廊下に通じている扉に向かって歩き出す。
「……少し待っていろ。今すぐショールを買いに行かせる」
「え!? なんで?」
「なんでも、だ」
いつになく頑ななオスカーの態度に、セシリアは首をかしげた。
さっきからオスカーや使用人たちの反応がよくわからない。
(でも、ショールを買いに行くってことは、寒そうとかって思われているのかな?)
セシリアは彼らの言動をそう理解して、自室から出る。そうして未だ背を向けるオスカーの前に躍り出た。
「私なら大丈夫だよ。全然寒くないし。それより、今からショール買いに行くと宴席に遅れちゃうんじゃない?」
「大丈夫だ。元々余裕のあるスケジュールだからな。それに、多少遅れるぐらい――」
「いやでも、さすがに遅れるのはまずいんじゃないかな? 私、平気だよ! 全然大丈夫! だから――」
そういって、廊下に通じる扉のノブに手をかけた瞬間だった。
オスカーがドアノブを握った手の上に自身の手を重ねてきた。
そうして気がついたら、セシリアはオスカーに後ろから抱え込まれる形になっていた。
腹部に巻き付いた腕がセシリアの身体を固定している。
背中にぴったりとくっついたオスカーの身体から、いつもより速い鼓動が伝わってきた。
「え?」
「いいか、セシリア。絶対にその格好でこの部屋から出るな」
耳にオスカーの声と呼吸を感じ、セシリアは固まった。
「その格好のまま出ようとするなら、このまま首筋に噛みつくからな」
まるで獰猛な肉食獣のうなり声のようなオスカーの声に、セシリアの身体はなぜかぞくりと粟立った。
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