7.「人生の先輩として、是非、姫の話を聞いてやってはくれないだろうか?」
それから、船は順調に航海を続けた。
はじめのうちは船酔いに悩まされたセシリアだったが、それも二、三日でなんとか落ち着き、以降は体調を崩すことなく過ごすことができた。
そうして、出発から二週間後――
「わぁ! やっと陸が見えてきた!」
頭の帽子を押さえつつ、セシリアは甲板の上でそう弾んだ声を出した。
視線の先には白い砂浜とエメラルドグリーンの海。どこまでも高い空には大きな入道雲が浮かんでおり、こんもりと茂った木々の間には、色鮮やかな花々とオレンジ色の屋根を物真っ白な建物がいくつも点在している。
白い砂岩で出来た大きな港にはいくつもの大型船が停泊しており、積み荷を運ぶ人々がせわしなく行き交っていた。
「なんか、太陽の国って感じだね」
目前の島国を総評するセシリアに、隣のオスカーも「そうだな」と同意を示してくれた。
「オスカー! 見て見て! 綺麗な砂浜だよ! あっちにはフルーツの屋台もある! ここにいる間に街見て回れるかな?」
「結婚式までまだあるからな。見て回る時間はあるかもしれないが、他国の王族がそうそう市井に出るわけにも行かないだろう。お忍びで行くにしても、俺はともかく、お前は目立つからな」
「それってドレスがって話だよね?」
「まぁ、そうだな」
「それなら大丈夫! セシルの時の衣装も持ってきているから! 男性の格好ならそこまで目立たないでしょう?」
「お前な。ここでもそれをやるつもりか……」
「だめだった?」
セシリアの言葉にオスカーは一瞬だけあきれたような表情を見せたが、すぐにふっと表情を緩ませる。
「いや、まぁ、お忍びをするのならそれぐらいでもいいかもな」
「それじゃ!」
「ただし、危ないことはするなよ? 約束だからな?」
オスカーの釘を刺すような一言に、セシリアは笑って「うん!」と頷いた。
マリステラ王国の王宮は、タマネギ型の青い屋根と白亜の壁が特徴的な城だった。
隣には背の高い尖塔が建っており、中には眩しいほど磨き上げられた金色の鐘が輝いている。
塔と塔をつなぐように優雅なアーチの回廊が巡らされており、一部分は海にせり出していた。どの方角の部屋でも太陽の光が降り注ぐように緻密に設計されており、その中でも一番日当たりがいい部屋が、王の謁見室だった。
プロスペレ王国とはまた違う開放的なその場で、マリステラの国王は満面の笑みで二人を迎えてくれた。
「よくぞはるばる来てくれた。ようこそ、マリステラ王国へ」
「この度は、アミリア姫の結婚、おめでとうございます」
隣のオスカーがそう言って腰を折ると同時に、セシリアも淑女の礼を取る。
二人の様子にマリステラ国王は「そう堅くならないでくれ」と二人に頭を上げるように言い、警備に来ていた兵士を下がらせた。
どうして人払いをするのか疑問に思いつつ、セシリアが頭を上げると、国王は優雅に玉座に腰掛ける。
「姫の結婚式は約三週間後だ。滞在中は是非自分の家のようにくつろいでくれ。あぁ、それと、今晩は宴を用意している。前祝いのようなものだな。他の来賓たちと一緒だが大いに楽しんでくれ」
「ありがとうございます」
そういって頭を下げたオスカーの視線が、なにかを探すように部屋の中をさっと一巡した。恐らく姫の姿を探しているのだろう。確かにこの場にいてしかるべき彼女が姿を見せないのは少し不自然だ。こちらとしても挨拶を交わすつもりでいたのだから、余計に気になってしまう。
オスカーの視線に気がついたのだろう国王は先ほどまでの笑みを収め、難しい顔で眉間を掻いた。
「アミリア姫はな、今ここにはおらん」
「体調でも悪いのですか?」
「それは……」
「それは?」
国王は大きく息を吸い、やがて意を決したように――なぜかセシリアを見た。
「実は、君を呼んだのには理由があるんだ。セシリア殿」
「わ、私、ですか?」
いきなり話を振られ、セシリアは目を瞬かせる。
そんな彼女に国王は、あろうことか深く頭を下げた。
「どうか我が姫を説得してはくれないだろうか?」
「へ?」
早い話が、どうやらアミリア姫が結婚を嫌がっている――らしい。聞けば、アミリア姫の結婚が決まったのが半年前。相手はこの国のカサロス公爵だという。
当初、アミリア姫はそれを特に拒んではいなかった。だが三か月ほど前、突如として『結婚はしない!』と言い出したそうだ。
この宣言に国王は困り果てた。当然だ。もう結婚のことは他国にも伝わっているし、式の準備だって進めていたのだ。今更なかったことには出来ない。しかも厄介なことに、アミリア姫は結婚したくない理由をなにも言わなかったそうなのだ。
「結婚相手と何かトラブルがあったのでは?」
そう問いかけたのはオスカーだった。
しかし、国王はこれに首を振る。
「アミリア姫とカサロス公爵は、実はまだ一度も顔を合わせてはおらんのだ」
聞けば、カサロス公爵は現在国外にいるらしい。
カサロス公爵は母親が国外の出身だったこともあってか、若くして外交に長けており、王命を受けて長年実現が難しいとされていた西方の国との貿易を成立させたらしい。その国とは一時期、戦争をするのではないかと言われていたほど関係が険悪だったこともあり、その功績をたたえられ、公爵たっての願いでアミリア姫と結婚することとなったという。
「いまカサロス公爵には、別の国に行ってもらっておる最中でな。数日中には帰ってくる予定なのだが……」
「ならば、姫と年齢が離れすぎていたり、公爵にあまり良い噂を聞かなかったりとか、そういうことはありませんか?」
オスカーの言葉に国王はまた首を振る。
「カサロス公爵は誰が見ても申し分のない好青年だ。年齢も二十三。十六歳の姫と大きく離れているわけでもない。むしろ公爵という立場を考えれば若いくらいだろう。……それに、一度は姫も承諾した婚姻だ。相手に問題があるのではないと、私は思っている」
そこで国王はセシリアの方を向いた。
国王と目があい、 セシリアの背は自然と伸びる。
「セシリア殿、恥を忍んで君にお願いしたい。姫がどうして結婚を嫌うのか、それを聞いてもらいたいのだ。私としてはこのまま結婚してもらうのが一番だが、姫がどうしても、本当にどうしても嫌だというのならば、結婚を白紙に戻しても構わないと思っている」
「それは、その、謹んでお受けいたしますが、どうして私なのか、お聞きしてもよろしいでしょうか?」
「セシリア殿と姫は歳が近い。その上、婚約者であるオスカー殿下とは大変仲が良いと聞いている」
「それは……」
誰がそんなことを……とは思ったが、相手が一国の王となれば相手は限られてくる。きっと、オスカーの父親――プロスペレ王国の国王がセシリアのことを伝える際、そう言ったのだろう。
国王はもう一度深く頭を下げる。
「人生の先輩として、是非、姫の話を聞いてやってはくれないだろうか?」
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