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6.「期待してしまいそうになるから……」

 そうして一時間後――


「はしゃごうにも、はしゃげない……」


 セシリアは青い顔で船室内の椅子に腰掛けていた。

 そこはセシリアとオスカーがゆっくりと過ごせるようにと用意された王族専用の応接室。護衛も侍女たちも今は部屋の外に出ており、そこに二人以外の人間はいなかった。

 ぐらぐらと揺れる船の中、セシリアの隣には心配顔のオスカーがいて、ぐったりともたれかかる彼女の背を優しく撫でてくれている。

 セシリアはオスカーの方に頭を預けながら、「うー」と今にも泣きそうな声を出した。


「ごめんね、オスカー。まさか、船酔いするとは思わなくて……」

「気にするな。よくある事だ。それよりも、体調は戻ってきたか?」

「ある程度は。でも、まだ気持ちが悪い……」


 ぐらぐらと揺れる船の床に、セシリアはそういいつつ口元を押さえ身体をくの字に曲げた。ちょうど昼食を食べる前だったので吐くというようなことはなかったが、それでも胃がひっくり返りそうな不快感と全身から冷や汗が出るのは止められなかった。


「吐き気が収まってきたのなら、少し横になるか? 多分、横になった方が楽だぞ?」

「でも、今ベッドまでいけないかも……」

「それなら、ここで横になるか?」

「ここで?」


 オスカーが膝をぽんぽんと叩く。

 その様子にセシリアは一瞬固まったあと、すぐさまオスカーがなにを考えているか理解した。


「ひ、膝枕?」

「まぁ、あまり柔らかくはないかもしれんがな。ただ、縦になっているよりはマシになると思うぞ? 頭の位置が固定されるからな」

「いやいやいや! だとしても、王子様にそんなことさせられないよ!」

「今なら誰にも見られてない。それに、『王子様』なんて、今更だろう? お前はなんだかんだ言いつつ、俺のことをそういう扱いしたことないからな」

「それは、そうかもしれないけどさ。でも……」


 セシリアがそう言葉を詰まらせると、オスカーがセシリアの肩を持つ。そうして思いっきり引き寄せられた。船酔いで鈍っていたセシリアの身体は大きく傾き、気がつけばセシリアは横にされていた。

 視界の先にあるのは部屋の天井。

 それを背景にオスカーがこちらをのぞき込んでいる。

 その思った以上の顔の近さに、セシリアの頬は熱くなった。とっさに起き上がろうとするが、それはオスカーの腕により制されてしまう。


「いいから暴れるな。目を瞑っていろ」


 そう言いつつ、オスカーはセシリアの目元を手で覆ってきた。

 隠された視界と、手のひらの温かさにドキリとしたのは一瞬だけだった。


(あ、これ、楽かも)


 船はまだゆらゆらと揺れているのに、気持ち悪さが薄れていく。先ほどまではただ煩かった波の音も、今はどこか心地がよかった。


「どうだ? 少しは楽になってきたか?」

「うん。ありがとう」

「それにしても、お前がこんなに船に弱いなんてな」

「うーん。今まではこんなことなかったんだけどね」


 こんな大きな船には乗ったことはなかったが、船自体には何度か乗ったことがある。遠方に住む父親の親戚に会いに行くのに利用していたりしたのだ。そのときは別段、体調が悪くなるなんてことはなかったのだが。


「まぁ、船に酔うかどうかは体調云々もあるからな。お前のことだからどうせ、船旅が楽しみで、眠れなかったりしたんだろう?」


 船を見た時のはしゃぎようを思い出しているのだろう、オスカーは微笑みながらセシリアの頭をなで続ける。


「そ、それは……」

「まさか本当に眠れなかったのか?」

「旅行が楽しみでって理由じゃないけど……、はい」


 セシリアは視線を泳がせつつ頷く。

 その反応に、オスカーは一瞬だけぎょっとした後、セシリアから視線をそらし、肩を揺らしはじめた。


「ちょっ!」

「楽しみがあって眠れないなんて、まるで子どもだな」

「ち、違うって言っているでしょ! わ、私が眠れなかったのは――」

「眠れなかったのは?」

「ね、眠れなかったのは……」


 セシリアは視線を落とした。じわじわと頬が熱くなる。

 本当はこんなこと馬鹿正直に言いたくない。だけど、見下ろしてくるオスカーの視線が言わないという選択肢を与えてくれなかった。

 黙ったまま言葉を待つオスカーに、セシリアは蚊の鳴くような声を出す。


「それは……」

「それは?」

「オスカーとずっと一緒だと思ったらさ」


 セシリアがそう言葉を吐いた瞬間、オスカーの表情から笑みが消えた。

 鳩が豆鉄砲を食らったような表情の彼に気がつくことなく、セシリアはまるで取り繕うように、言葉を重ねる。


「なんだか、その、変に緊張しちゃって。いや、その、いつもどおりって言えばいつもどおりなんだよ? オスカーとは学院でも結構一緒にいるし。旅行っていっても別に二人っきりじゃないし。船にも沢山人乗っているし。だけど、ほら、今回はその、未来の夫婦みたいなポジションで呼ばれているからさ、その……」

「お前、ちゃんとわかっていたのか?」

「わ、わかってるよ! それぐらい!」


 そう言いつつもセシリアがそのことに思い至ったのは学院に帰って、リーンにこのことを報告したときだった。


『いいじゃない。婚前旅行ね』

『へ? こんぜ……』

『だってそうでしょう? それに今回は「未来の国王夫婦」として呼ばれたんだから、まごうことなき婚前旅行よ』


 その言葉にセシリアは思わず絶句してしまった。『オスカーの婚約者』としてマリスステラ王国に呼ばれたということは最初から理解していたが、それが『将来の国王夫婦』と同じ意味だということにはなぜか思い至らなかったのだ。

 もちろん意味として『婚約者』というのは『将来の結婚相手』だということはわかっている。けれど、『オスカーの婚約者』というものになれすぎたセシリアにとって、婚約者と夫婦は雲泥の差だったのだ。

 セシリアの反応にすべてを悟ったのだろう、親友はどこかあきれたような表情で肘をついた。


『アンタの選択だから、私がどうこう言うつもりはないし、きちんと考えようって言うアンタの姿勢自体は否定しないけどさ。……オスカー、初めて会ったときからアンタのこと好きなんでしょ?』

『あ、いや、その……』


 その辺をはっきり聞いた覚えはない。だけど、なんとなくわかっている。セシリアの知っているオスカーは決められた女性いる状態で、他の女性に目移りするような不誠実な人間ではない。少なくとも、この世界のオスカーはそうだ。

 オスカーが最初からセシリアのことを好きだったかはわからない。けれど、彼がずっとセシリアのことを待っていてくれたのは、確かだった。

 リーンの言葉に、初めて会ったときのオスカーの様子が蘇る。


(今思えば最初のアレも、私に会おうとしてくれていたんだよね……)


 幼い頃に刺繍をしたハンカチが見つかり、セシリアとの接点を疑われていたあの頃。何度も呼び出され『セシリアに会わせろ』とすごまれたあの日々。セシリアは単に怖がってばかりいたが、オスカーはきっと必死にセシリアと会おうとしてくれていたのだ。

 セシリアが黙ったのを見て、リーンは息をつく。


『わかっているとは思うけれど、十二年って、結構長いわよ?』


 セシリアはリーンの言葉を思い出しながら、お腹の上でぎゅっと手を握る。


「わ、私、ちゃんと考えているからね。オスカーとのこと」


 そう言った瞬間、頬が熱くなる。

 前に王宮の中庭で言おうとしていたのもこのことだった。自分への戒めも合わせて、ちゃんと考えていくからねと宣言したかったのだ。


(もう、オスカーを待たせない。ちゃんと答えを出す)


 出来ればこの旅行中で。

 出た答えがどういう答えであれ、きっとそれは二人の将来に必要な答えだろうから。

 赤くなっただろう頬を隠すように両手を当てると、オスカーが頭を押さえるのが見えた。


「オスカー?」

「あんまりそう言うことを言うな。しかも、そんな顔で……」

「え?」

「期待してしまいそうになるから……」


 そう言う彼の表情は優しいのに、どこか悲しそうにも見えてしまった。


面白かった時のみで構いませんので、評価やブクマ等していただけると、

今後の更新の励みになります。

どうぞよろしくお願いします!

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― 新着の感想 ―
オスカー切ないなぁ。彼はもう潮時だと感じて、この旅行を彼女との最後の思い出にしようとしているんだよね。今までやがて王になる為と色んなしがらみの中で生きていたからこそ、セシリアは自由にしてやりたい。この…
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