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5.「わかってる! 大丈夫! 絶対にはしゃがないから!」

 国王から、オスカーと共にマリステラ王国の姫の結婚式に参列してほしいと告げられてから一週間後。


「うわぁ! 船だ!」


 セシリアの姿は港にあった。

 ノクス港――そこは、プロスペレ王国にいくつかある港のうちの一つで、岩肌を削って築かれた天然の入り江と深い海底が特徴的な港だ。波が穏やかなため大型船の停泊にも適しており、周囲には遠国の商人や職人が集まる賑やかな市街地が形成されている。

 そんな港には現在、一際大きくて豪華な船が止まっていた。

 そう、これからセシリアとオスカーが乗り込む予定の、マリステラ王国へ向かうための王族専用の帆船である。

 前世含めて見たこともないほどの大きな帆船に、セシリアの目は輝く。

 そんな彼女の隣にはどこまでも心配そうなギルバートとリーンがいた。

 二人とも、セシリアがマリステラ王国に行くと聞いて、学院を休みこうして港まで見送りに来てくれたのである。


「本当に気をつけてね? 間違っても海に飛び込もうとなんてしたらダメだからね? 立ち入り禁止って書かれている場所にも絶対に立ち入らないこと!」

「そうよ。船の下でイルカが泳いでいても、鯨が泳いでいても、絶対に飛び込まないのよ! というか船から身を乗り出さないでね! アンタは好奇心だけで動くようなところがあるんだから!」

「もー、そんなに言わなくても大丈夫だよ。二人とも心配性だなあ」


 左右からあれこれ言われて、セシリアは唇をすぼめながら不服を訴える。

 すると、二人の語気は更に荒くなった。


「姉さんはいくら心配しても足りないぐらいなんだよ。自分が今まで何回やらかしてきたかちゃんと覚えてる?」

「そうよ。前世の野外学習で、一人だけ森で迷子になったのはどこの誰かしら? 捜索隊が出る寸前で帰ってきたからいいものの、みんな本当に心配していたんだからね!?」

「そ、それは……」


 前世のことまで持ち出され、セシリアの頬は引きつる。

 二人の剣幕にタジタジになっていると、背後で声が聞こえた。


「なんだ? 騒がしいな」

「オスカー!」


 振り返れば、そこにはオスカーがいる。彼の背後を見ると、こちらに向かって頭を下げる船員らしき人間の姿があった。どうやら旅の打ち合わせをしていたらしい。

 旅を意識してかいつもより軽装なオスカーは、セシリアたちを見て片眉を上げた。


「お前たちも来たのか」

「えぇ。姉さん一人だと、心配だったので」

「釘を刺しておいても無茶をするんですから、二本でも三本でも余計に刺しておかないといけないでしょう?」


 二人はそういってセシリアの方を睨めつける。

 その視線にセシリアは思わずオスカーの背後へ身を隠した。

 二人が心配してくれていることは十分わかっている。

 それでもやっぱり、怖いものは怖いのだ。


「おすかー……」

「お前は相変わらず愛されているな」

「今だけはその愛が重たいです……」


 半泣きになりながらそう返すと、オスカーはふっと笑んだ。

 そのまま彼は、セシリアを落ち着かせるように頭をぽんぽんと撫でてくる。

 その手のひらの大きさと温かさにどこかほっとしていると、ギルバートがこちらに歩み寄ってくる。そうして、セシリアに視線を合わせるように腰をかがめてきた。

 その表情には先ほどまでの剣幕はない。あるのはいつもの安心させるような優しい笑みだけだ。


「本当に無茶しないでね。絶対に無事に帰ってきて。……わかった?」

「うん、わかった」


 ギルバートはセシリアの返事を聞いた後、目を細めて笑う。そうして、かがめていた身を起こしオスカーに向き合った。


「しっかり見張っていてくださいよ。この人、油断していたら本当に海に落ちますからね」

「わかっている。ちゃんと目を離さないようにしておく」

「怪我でもさせたら、私が許しませんからね!」

「君は、いつも怖いな」


 そんな会話を交わしていると、船から「殿下、そろそろ乗船お願いします」という声が聞こえる。その声にオスカーは「あぁ」と返した後、未だ背に隠れているセシリアに視線を落とした。


「セシリア、そろそろ行くぞ」

「わ、わかった!」

「ちょっと待ちなさい! セシリア、これ」


 そういってリーンが渡してきたのは、つばの広い帽子だった。潮風に飛ばされたらいけないからとリーンが持っていてくれていたのだ。セシリアはそれを受け取った後、「ありがとう」と微笑む。

 そうして、先で待つオスカーに駆け寄った。


「オスカー! 見て見て! すごく大きな船!」


 近くで見る帆船は想像以上に大きかった。まるで一つの大きなお屋敷が海の上に浮いているぐらいの規模である。そんな船と陸を沢山の人々がせわしなく往復していた。セシリアたちの荷物を運び入れるためでもあるが、結婚式に行くということで、祝いの品やこれを機に取引をしたいと思っていたものなどを乗せているのだ。それに伴って、王家御用達の商人や外交官なども船に乗り込んでいく。近衛騎士団の護衛やセシリア付きの侍女なども乗り込んでいるのでかなりの大所帯だ。

 マリスステラ王国まで、この船で二週間。

 こんな大きな船に乗ることもさることながら、二週間も船の上で過ごすという体験に、先ほどギルバートたちから釘を刺されたにもかかわらず、セシリアの胸は躍っていた。


「旅行、楽しみだね!」


 少し後ろを歩くオスカーに振り返りながらそういえば、彼は「そうだな」と微笑んだ。

 そうして二人は連れだってタラップをあがる。


「姉さん、ちゃんと殿下の言うこと聞いて、はしゃぎすぎないでね!」


 船に乗り込んだところで、ギルバートにそう声をかけられる。

 いつまでも心配してくれる彼に、セシリアは満面の笑みで声を張った。


「わかってる! 大丈夫! 絶対にはしゃがないから!」



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