2.「とりあえず、旅行楽しもうね!」
翌日、セシリアは王宮の謁見の間にいた。
大理石の白と金で彩られた荘厳な空間。その最も高い位置に据えられた玉座には、国王が座していた。ドレス姿のセシリアの隣にはいつになく畏まった正装のオスカーが立っている。
国王は久しぶりに会うセシリアに目を細めた後、やがて呼び出した理由をこう告げた。
「私の名代としてマリステラ王国のアミリア姫の結婚式に参列してきてほしい」
思わぬ願いにセシリアは目を瞬かせた。
「結婚式に参列、ですか?」
「あぁ。式自体は一ヶ月半後なんだが、私も王妃もちょうどそのときに忙しくてな。本当はオスカーだけに行ってもらうつもりだったんだが、先方が是非婚約者殿も一緒にと……」
「そう、なのですね」
婚約者が公になっている場合、こういう申し出もないわけではない。
つまり、未来の国王夫婦として式典に呼ばれるのだ。
気の抜けたような表情をしているセシリアの隣で、オスカーが少しだけ眉を寄せた。
「そういうことなら、先に私に言ってくださってもよかったのでは?」
「お前に言ったら『セシリアに無理はさせられません。私一人で行きます』と言って聞かなかっただろう?」
「それは、そうかもしれませんが……」
どうやら図星だったらしく、オスカーは苦虫をかみつぶしたような表情になる。
「それに、そろそろ彼女にも外交での実績が必要だからな。なんの成果も実績もないまま王妃になっても彼女が辛いだけだろう?」
つまり国王はこれまで社交界に出ていなかったセシリアに、実績を積ませてくれると言っているのだ。確かに、社交界には出ない。その上、なんの実績も成果も上げられていない見た目だけがお綺麗な公爵令嬢なんて、王宮に入ったところで軽んじられるに決まっている。
それがわかっているのだろう。オスカーも黙っていた。
そんな彼の隣で、セシリアは深々と頭を下げた。
「国王陛下、お気遣いありがとうございます」
「おぉ。それなら――」
「はい。この度のご指名。謹んでお受けさせていただきます」
そうしてセシリアは優雅に淑女の礼をとった。
「はあぁぁ、本当によかった。たいした話じゃなくて」
セシリアがそう言って息をついたのは謁見が終わった直後だった。
彼女たちのいる中庭には、四季咲きの薔薇が咲き誇っている。
安堵の息をつくセシリアの隣にいるのは、あきれ顔のオスカーだった。
「たいした話じゃなかったか?」
「たいした話じゃないよ。要は、結婚のお祝いに行けって話でしょう?」
「いやまぁ、それはそうなんだが……」
もちろんセシリアだってこれが大切な外交だということはわかっている。しかし、たとえこの外交を失敗しても生きるか死ぬかの話にはならないだろう。
ここに来るまで死ぬか生きるかみたいな想像をしていた彼女にとっては、それだけでもう『たいしたことがない話』だった。
「それにしてもマリステラ王国って、南の島国だよね。私、行ったことがないからちょっと楽しみかも! 綺麗な海と、美味しいフルーツある場所だってって聞いたことあるし、ちょっとした旅行だよね」
「お前な……」
セシリアの脳天気な言葉に、オスカーはどこか呆れたような表情になる。
しかし、瞬き一つでそれを収めて、彼はセシリアの頭を撫でた。
「そうだな。俺も楽しみにしている」
頭も撫でているし、声のトーンも幼い子どもに向けるような温かいものなのに、彼の視線からは熱のある愛おしさがにじみ出ている。その視線に気づかないほど鈍感ではなくて、セシリアの頬はじわりと熱くなった。
「あのさ、オスカー――」
「セシリア様。お着替えの準備が整いました」
セシリアの言葉を遮るように使用人の声が投げかけられた。
声のした方を見ると、王宮で何度かお世話になっている顔見知りの使用人が、こちらに向かって頭を下げていた。
「あ、はい。ありがとうございます」
セシリアは声を張ると、スカートを持ち上げた。
このまま(セシリア)の姿で学院に帰るわけにはいかないので、彼女にはセシルに着替え直す部屋を用意してもらっていたのだ。
「セシリア、さっきの――」
「えぇっと、また話すね!」
「は?」
「とりあえず、旅行楽しもうね!」
そう言って、セシリアは逃げるようにその場を後にした。
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