1.帰ってきた日常
※大注意
タイトル通り、オスカールートになります。
前回のギルセシルートでハッピーってなった方は、読まない方がいいかもしれないです。
時系列的には、五部のあとになります。
皆様どうぞよろしくお願いいたします!
週一で更新いたします。次の更新は6月20日になります。
――この世に運命というものがあると、教えてくれたのは貴方だった。
少女は広いベッドの真ん中で一枚の姿絵を抱きしめる。
そこ描かれているのは、少女にとっての最愛だった。
まるで物語の中から飛び出てきたような、愛おしい彼。
見るたびに心を潤してくれる、麗しい貴方。
「王子様……」
少女はうっとりとそう言って、静かに瞳を閉じた。
◆◇◆
ヴルーヘル学院には『王子様』がいる。
朝陽に照らされた蜂蜜のようなハニーブロンドに、
深く澄んだ湖面のようなサファイヤ色の瞳。
気品溢れる彼の立ち姿はどこを切り取っても絵になるほどで、
誰にでも向けられる優しい微笑みは、まるで曇り空に差す一筋の光のようだった。
『王子様』の名は、セシル・アドミナ。
公爵令嬢、セシリア・シルビィの仮の姿である彼は、学年があがってもやっぱり、みんなの『王子様』だった。
「こ、この感じ、ひっさしぶりかもしれない!」
セシル、もとい、セシリアは走っていた。
これ以上ないほどに走っていた。
背後には土煙を上げながら追いかけてくる女子生徒たち。
彼女たちはそう、――新入生である。
「きゃあぁあぁ! セシル様よ!」
「こちらを向いてください!」
「私、セシル様に会うためだけにこの学院に来たんです!」
「降神祭で助けてもらったマリアです! ご恩を返しに参りました!」
(最後のは誰!?)
セシリアは背後を振り返ることなく走り続ける。
学院に来たばかりの頃こそ、こんな風に追いかけ回されることもあったが、最近ではすっかりそんなこともなくなっていた。それもこれも、セシルファンクラブが厳格なルールを定め、それを女子生徒に律儀に守らせていたおかげである。
けれども、追いかけてくる生徒たちは、まだその指導を受けていない新入生たちだ。
なので、かなり久々の追いかけっこ、というわけである。
しかも、降神祭での活躍が知れ渡ってしまったせいか、なんだか数が多い上に、セシリアが逃げたときのことを考えて対策をしている女生徒までいる。
具体的には、複数人で追いかけたり、先回りして進路を塞いだり、木の影に潜んで待ち伏せしたり……
気分はまるで猟師に追い詰められる狐である。
セシリアは四つん這いになって生け垣に隠れて進みつつ、静かに息をついた。
(いつまでこんな感じが続くんだろう……)
一ヶ月ぐらいだろうか。二ヶ月? いや、三ヶ月……は、勘弁してほしい。
正直、このままだと身が持たない。早々にどうにかしないと、もみくちゃになる未来しか見えない。
(落ち着くまで休学……はやり過ぎだしなぁ)
なにより敵前逃亡は性に合わない。
そんなことを考えながら四つん這いですすんでいると、校舎の窓から女生徒が顔を出すのが見えた。瞬間、目がバッチリとあい、セシリアは怯んでしまう。
女子生徒はセシリアを見つけると満面の笑みを浮かべた後――
「皆様! セシル様を南方面で見つけました! 植え込みの付近ですわ!」
その声に引き寄せられるように女子生徒が集まってくる。
(や、ヤバい、見つかる!?)
セシリアは頬を引きつらせながら、はいはいの姿勢で必死に逃げる。
そのとき――
「お前、なにをしてるんだ?」
「ひゃぁぁ!」
背後から声をかけられ、セシリアは飛び上がった。
振り返ると、そこにはオスカーの姿がある。
「オ、オスカー!?」
「こちらからセシル様の声がしましたわ!」
女生徒たちの声が迫ってきて、セシリアの顔は青くなる。
彼女の怯えたような表情に、オスカーは全てを察したようだった。
「やば、逃げなきゃ!」
「セシル」
「え?」
気の抜けた声が出たのは、オスカーがセシリアの手首を掴んだからだった。
そのまま立ち上がろうとしたのを阻止され、セシリアは慌ててしまう。
「ちょ、ちょっとまって! 私、逃げないと!」
「いいから」
ぺたんとへたり込んだセシリアの足下にオスカーは自分の上着を掛けた。そうして「怒るなよ」と一言告げた後、セシリアのカツラを取る。
「へ?」
突然の出来事に驚いているうちに、オスカーに抱きしめられた。
「ちょ、オスカー!」
「喋るな。声でバレる」
直後、複数の足音が近づいてくる。話し声からして、女生徒たちだ。
セシリアの身体は硬直する。セシルの時の姿ならまだしも、こんな姿で見つかったらひとたまりもない。というか、どういう騒ぎになるか想像も出来ない。
セシリアはぎゅっとオスカーの制服を掴んだ。
そうしているうちに、女生徒たちは近くまでやってくる。
「確かこの辺りで……って、オスカー殿下!?」
「殿下? あっ!」
「きゃ! す、すみません!」
女生徒たちは皆一様に狼狽えているようだった。
そこでようやく、セシリアは自分たちが女生徒たちにどう見えているかに気がついた。今自分たちは、『茂みに身を潜めるように寄り添う、オスカーと金髪の女性』である。制服のズボン部分はオスカーの上着に隠れて見えないし、オスカーの腕によって女生徒の制服の特徴的な袖の膨らみも見えなくなっている。
茂みの中にいるこの状況と相まって、女子生徒たちには『禁断の逢瀬』に見えていることだろう。
「あの、殿下、その女性は?」
「セシリア様……は学院に通われておりませんよね?」
バレてしまう恐怖と抱きしめられている状態に、心臓がバクバクと音を立てた。その音が大きすぎて、背中側にいる女生徒たちの声がどこか遠くに聞こえる。
視界の端でオスカーが唇の前に人差し指を立てるのが見えた。
「すまないが、黙っていてもらえるか?」
「わ、わかりましたわ!」
「もちろんです!」
二人の女生徒は足早に去っていく。小さな声で「きゃぁ、見ちゃいましたわ」「見ちゃいましたわね」と声を上げる女生徒たちの声が聞こえる。
彼女たちの気配がなくなると同時に、オスカーはセシリアを解放した。
そうしてこちらに微笑みかける。
「なんとかなったな」
「な、なんとかなったけど! ……よかったの?」
「なにがだ?」
「あれ、絶対勘違いされたよ? オスカーに婚約者いるってみんな知ってるのにさ……」
オスカーの婚約者がシルビィ公爵家の深窓の令嬢だということは公然の事実だ。
まぁ、自分がその深窓の令嬢なので、本当の意味ではなにも勘違いではないのだが、問題は彼女たちが『先ほどオスカーが抱きしめていた女性』をセシリアだと思っていないことである。
「いいのか悪いのかと聞かれれば、……よくはないな」
「でしょ?」
「しかし、よくある事でもあるしな」
政略結婚が多い貴族の間では、結婚相手とは別に恋人を持っている人も多い。中には愛人に別に屋敷を買い与え、夫人よりも良い扱いをしている貴族もいたりする。そういう貴族は、貴族の間でも白い目で見られたりするのだが……
「よくある事かもしれないけどさー。オスカーはそういうことをする人じゃないでしょ?」
どこか他人事のようにそういう彼に、セシリアはどこか疲れたようにそう言った。
すると、オスカーが少しだけ驚いたように目を丸くする。
その表情にセシリアは首をひねった。
「どうしたの?」
「いや、随分と信用されているんだなと思ってな」
「信用?」
「確かに、俺は浮気をするような男じゃない。……だからまぁ、安心して良い」
「あんしん……?」
数秒遅れてなにを言われているかに気がつき、ボンと一気に頬が熱くなった。
オスカーは自分とセシリアが結婚するのを前提として話している。その事実に頬も身体も熱くなってくる。
「あ、あの……」
「それに誰にどう思われても、お前に勘違いされなかったらいいだけの話だからな」
再度攻撃を食らい、セシリアの顔はまたさらに熱くなる。
なんとなくオスカーの顔を見ていられなくて、セシリアは視線を横にそらした。
(いい加減ちゃんとオスカーの気持ちにも応えないとな)
このまま返事を先延ばしにしていても、二人はいずれ結婚するだろう。けれど、だからといってこのまま彼の気持ちになにも返事をせずにいるのは、あまりにも不誠実だ。
それに、憂いていたゲームのストーリーは終了したのだ。
ゲーム内でのラスボスであったジャニスもマルグリットと共に姿を消し、選定の儀である一年も無事終わった。神子にはなってしまったけれど、それも形だけで公表もされることなく、みんなで仲よくひとつ上の学年へと進学した。
つまり、ここからは本当になにも用意されていない人生が始まるのである。
だからもう、別にオスカーとどうこうなっても問題ないはずなのだ。
(ここからいきなり国王様とかに呼び出されて、無実の罪とかをなすりつけられた上に打ち首とかにならなければだけど……)
前世で見たセシリアの死に際が脳裏を掠め、セシリアの背筋に冷たいものが落ちた。
そのとき、オスカーがじっとこちらを見つめていることに気がつく。その視線はどこか深刻そうなで、セシリアは首をかしげた。
「どうしたの?」
「……いや」
「オスカー?」
「……なんでもない」
どこか歯切れ悪くそう言ったオスカーに、問いただそうと思ったそのときだった。
「あぁ、そういえばお前に伝えなくてはならないことがあったんだった」
思い出したかのようにそう言われ、セシリアは目を瞬かせた。
「なに?」
「父が会いたいと言っている」
「へ? な、なんで?」
セシリアの脳裏に先ほど振り切ったはずの(ゲームの)セシリアの死に際が浮かんだ。
「いや、理由は俺が聞いても教えてくれなかったんだが……」
そこでオスカーは言葉を切った。きっとセシリアが青い顔をしていることに気がついたのだろう。その表情を見て、オスカーは途端に怪訝な顔になった。
「お前、まさかまた何かしたのか?」
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